第16話 大金貨五枚? とんでもございません!
「ただいま~」
ジークは温室で花の香りと私の香りを心行くまで堪能すると、嫌々ではあったが元の部屋に戻ってきた。
「お帰りなさいませ。ジーク様、そろそろお時間になります」
「え~ッ! 」
「今日はハザス先生の講義をキャンセルしてこのお時間を確保したんです。これ以上ご無理をおっしゃるようなら、国王に報告しないてなりませんがよろしいでしょうか? 」
ジークは不満そうに眉を寄せたが、すぐに笑顔を取り戻した。
「まあ、今日は会えたのだから良しとしよう。ところでミモザ、君にお願いがあるのだけれど」
ミモザは後ろに控えていたが、呼ばれてジークの前に進み出て頭を下げた。
「なんでございましょう? 」
「ディタを譲り受けたいのだけど、どうだろうか? もちろん、正当な報酬は支払うよ。大金貨五枚を人買いに支払ったんだよね。僕もそれくらいなら自分で融通つけられる」
「大金貨五枚? とんでもございません! 」
「なら、プラス大金貨二枚、七枚でどうだ?! 」
大金貨七枚、それは私が自分達を買い戻す値段だった。けれども、その値段でもミモザは首を横に振った。
今や、髪結いを含め様々な美容の知識でミモザの館の評判はうなぎ登りだ。
ミモザの女は良い香りがする……そんな噂が広がり、客のリターン率もいい。さらにそんな客が他で話し、新規の客に繋がっていた。ミモザがそんな私を手離す筈がなく、私とした契約の日時までは、誰にも……たとえ王子であろうと……決して渡さないと心に決めていた。
「ディタは六年……いえ少し早いけど三年後御披露目致します。その際、どうぞ上客になってくださいまし」
三年半後、それはカシスの御披露目の時期で、そして私が自分達を買い戻すと契約した時期。それより半年早くに私の御披露目って、どういうこと?!
いきなりとんでもないことを言い出したミモザは、名案だとばかりに何度もうなづいていた。
「ちょっと、ちょっと、何を言ってくれちゃってるの? 」
慌ててミモザの袖を引っ張ると、ミモザは商売人の笑顔を浮かべる。
「御披露目の時期を決めるのはあたしの仕事さ。早い娘もいれば遅い子もいる。そういう趣味の御仁もいなくはないから、十三で御披露目もありっちゃありなんだよ」
「人道的にアウトじゃない?! 」
「何を今さら。あたし達の仕事に人道なんかあるわきゃないだろ」
三年半で、ギリギリ大金貨七枚稼げるか稼げないかくらいだから、三年じゃまずアウトだ。
「そんな酷い……」
「大丈夫さ、あんたを変態貴族に差し出すことはしないから。いきなり、使い捨てられてポイッてことにはならないだろうよ」
だとしても、大金貨七枚貯まるまでの半年間、娼婦の仕事をするのは激しく無理なんですけど?!
不感症の娼婦なんて、地獄以外のなにものでもない。しかも、その時私は十三歳。あまり成長のよろしくないこの身体が、どこまで成熟してるかも疑わしい。生まれてからの栄養不足のせいなんだろうけど、今だって十歳のわりには身長も低いし、胸なんか膨らむ気配すらない。娼婦になったって、需要なんか絶対ないって断言できる!!
「三年後に御披露目……。それは決定なのか? 」
「ええ、今決めました。十三……いや十四になったらすぐに」
「では、譲り受けることが叶わないなら、せめてその時は僕に専属の契約をさせてもらえないだろうか? 他の男がディタに触れるなど絶対に嫌だ! 」
ジークの笑顔が消え、真剣な表情でミモザに詰め寄った。
「他の客ですか? 黒髪のこの子に? 」
「黒髪だろうが、こんなに可愛らしいじゃないか! 」
「可愛い? この子が?! 」
ミモザは心底驚いたように私を見ると、王族の美意識はわからないと首を振った。
ジークのように黒髪の醜女に執着する貴人は稀だろうが、性の対象としてではなく、違う価値を見いだす者はいるかもしれない……と、ミモザは考えていた。
何故ミモザの娼婦が良い香りがするのか、化粧と言う顔に装飾を施す手法も、髪を結う技術も、その発信者が誰であるかはいずれはばれてしまうことだろう。そんなことを考え出せる娘なら、さらに素晴らしい知恵を持ち、それが金貨の山を生み出すだろうことは、容易く想像できる。無論、ミモザもそれを独占したくはあった。しかし、私との契約に縛られ、いずれは手離さなければならないのなら、せめて半年でもより高額を出す相手に売り付けたいと考えても仕方ないことだろう。
「わかりました。けれど、ジーク様専属のお約束はしかねます。この娘は特例として店に出すことはしません。高値を提示してくれた誰かの専属とすることとしましょう。ただし、半年間。それ以後はこの娘との約束がありますから、後はこの娘の好きなように」
なんか、いかにも自分は約束は守ってるみたいな物言いだけど、あまりに悪どすぎない?! 三年後っていうのも、今大金貨七枚で首を振らないのだから、三年間でもっと高額を用意しとけと言っているようなものだ。
「……わかった。それまでには必ず!! 」
必ず、大金を用意しとこう! ……だよね?
ただの気の迷いで、三年後やーめたとかなったら……いったい誰に売られるのだろうか?
それはそれで怖い気もするし、ジークが専属になっても……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます