第14話 再開

 謁見の間に通されるかと思いきや、応接間のような……調度品はとてつもなく立派なんだけど……小さな部屋に通された。ソファーはあるが、座って待っている訳にもいかず、とりあえずドアから一番遠い壁際に立たされた生徒のように立って待った。


「これは、やっぱり処罰される流れかね……」

「怖いこと言わないでくださいよ」

「だって、こんな小さ部屋に王子がくる訳ないじゃないか」

「……ですかね」


 ギスギスした中年女と小さな醜女(黒髪なだけだから! )が身体を寄せあいボソボソと喋っていると、扉が開いてまさかのジークが先頭に入ってきた。


 私の顔を見てパッと笑顔になったジークが、こんな状況ではあるが本当に美青年過ぎて、思わず私もミモザも顔が弛んでしまう。


「やっと会えた! 」


 ジークが私の目の前に歩み寄り、サッと膝をついた。

 その場にいた全員の目が点になる。

 相手は一国の王子、その王子が膝をついて手を差し出している相手は娼館の見習い娼婦。奴隷同様人間ですらない、いわゆる物でしかない存在だったから。


「あ……あの? 」


 手を差し出されたものの、それをどうするのが正解なのかわからず、ミモザに助けを求めて視線を送った。最初はポカーンとジークを見ていたミモザだったが、すぐにそれが不敬に当たると気がつくと、視線を床に落として伏礼をとった。淑女の礼は起礼であるが、最大の礼である伏礼は土下座に近いかもしれない。両膝を床につき、お尻をつきあげるようにして頭を下げ、両手を前にのばして掌を上に向ける。

 私もそれにならおうとすると、ジークが立ち上がって私の手を握った。


「やだなぁ。公式の謁見ではないのだから立ってください」

「しかし……」

「それでは話しづらいじゃないか」

「不敬なこととは存じますが、あたしから言葉を発することをお許しください」

「許すよ。どうぞ」


 威風堂々とした王族のイメージとは少し違い、軽いというかチャラいというか……。ヒラヒラと手を振り、どうぞどうぞと話しを促す。


「この子がどんな無礼を働いたかわかりませんが、まだ十歳の子供がしたこと。どうか、ご容赦いただきたくお願い申し上げます」

「無礼? 」

「失礼な発言をして、刑罰を言い渡される為に呼び出されたんじゃないんですか? わざわざいろんな娼館の娼婦達を呼び寄せ、黒髪の少女がいないか聞いていたと聞きました」

「違う違う。うっかり、名前を聞き忘れて、どこの娼館の娘かもわからなくて、それで探していたんだ。会いに行くと約束したのに、呼び出す形になってしまってすまない」


 ジークは私の手をとって、手の甲にチュッとキスをしながら言った。


「………………ッ!! 」


 声にならない悲鳴をあげたのは私だけではなかった。みな、瞬きも呼吸をするのさえも忘れ、時間が止まったかのように無音状態になる。

 そんな中、ジークのみがニコニコと私の手をニギニギと握っており、とろけそうなくらい甘い微笑みを浮かべていた。


「うんッ! ミモザ様。ジークフリード様はこの間の宴で、そちらの黒髪の少女をいたくお気にめしたのです。なので、刑罰などとんでもない」


 侍従の一人、一番ジークの近くにいた初老の男性だけが、ジークの行動に一瞬固まりつつも、自らその呪縛を解き、咳払いをしながら一歩前に進み出た。

 それでみな初めて呼吸をすることを思い出す。


「じょ……冗談は止めてください! 」


 ポーッとなり上気していた頬を引き締めつつ(誰だってこんな美男子に手キスなんかされたら舞い上がっちゃうわよ! )、私はジークを睨み付けてその手をピシャリと打った。

 その行動で、さらに周りがパニック状態に陥る。ミモザなど、口をアングリと開き、顔面蒼白である。

 たかだか娼婦見習いが、許しも得ないで口を開くなんてあり得ない上、一国の王子を正面から睨み付け、その手を叩くなどあってはならないからだ。

 もちろん、身分なんかない世界で育った私だからなんだけど、この世界の常識から言ったらそれこそ不敬罪で即刻打ち首でおかしくない。皆息を呑んで初老の侍従に視線が集まる。


「ぶ……無礼な!! 」

「セバス! 」


 セバスと呼ばれた初老の侍従が私に手をのばそうとした時、ジークが素早く私の肩を抱き寄せ、自分のマントの中にフワリと包み込んだ。


「控えろ! 」

「……ハッ」


 セバスは一歩下がって片膝をつく。

 一瞬重圧を感じたように思われたが、私がジークに視線を向けると、ジークは甘々の笑顔を私に向けて微笑んだ。


「僕の自慢の温室を見に来ないか? 君と色々と話しがしたい」

「ジーク様! 」

「ついてくるなよ」


 ジークは私の肩に手を回したまま、部屋を出るように歩を進める。つられて私も歩きだし、部屋には憮然とした表情のセバスと、理解不能で青い顔色のミモザ、ざわつく侍従達が残された。


「みんなの顔を見たかい? なんて愉快なんだ」

「何が愉快か、私にはさっぱりわからないわ。っていうか、一人でも歩けますから離してください!」


 下から見上げるジークも、また彫刻のように整った顔をしている。本当に……本当に、こんな美男子見たことない。

 ついついボーッと見惚れてしまいそうになる自分に喝を入れ、この男はロリコン変態だと頭の中で何度も繰り返す。


「マイスウィート、そんなに眉間に皺を寄せるもんじゃないよ。可愛い顔が台無しだ」

「私はディタ! マイスウィートなんて名前じゃないわ。前も聞いたけど、この黒髪が見えないの? 色の区別がつかない人? 」

「ディタというのか、素敵な名前だね。この間は舞い上がってしまって、君の名前も年齢も聞くのを忘れてしまって……。後で凄く後悔したんだよ。だから、今日は色々君のことを聞かせておくれ」


 ジークは私の髪の色や失礼な発言についてはスルーし、私の名前を何度も口にして満足そうに微笑んだ。


 私のことを聞かせてくれと言われても、私が知っているのはほんの数ヶ月分のディタとしての記憶と、最初にカシスに聞いた自分の家族のこと、病気がちだったということだけで、両親の目の色や髪の色さえ知らないのだ。

 それで何を語れというんだろう?!


「たいした過去なんかないわ。前に娼館に売られた経緯は話したでしょ。貧しい家に生まれて、姉と二人で人買いに売られたの。本当は私だけ厄介払いで売られる筈だったんだけど、病気がちな私を心配して、姉のカシスが私についてきたのよ」

「病気がち? 」


 王宮の裏庭にあるジーク専用の温室につき、ジークに促されるままに温室に足を踏み入れると、花々の香りに全身が包まれた。


「凄いわ……」


 良い香りの花ばかり集められていた。それでいて色んな匂いが混ざり合っても喧嘩していない。調合された香水のように、歩く場所により匂いが混ざり、薄れ、また違う匂いになっていく。花の見た目を楽しむというより、そんな匂いの変化が楽しい温室だった。


「ここに座って。今はここが一番香りが良いんだ」


 温室の中に装飾豊かなテーブルと椅子が置いてあり、ジークは椅子を引いて私を待ち、まるで淑女のように腰を下ろした。


 なんか、凄い幸せなんですけど?!


 意味不明な世界で、いきなり人買いに娼館に売られて、生き残る為にアップアップしているという現実が、いきなり超絶美男子からレディな扱いを浮けて、良い香りに包まれて、まさに夢の一時……。


 ……うん?

 椅子は二脚あるのに、なぜそこに座る?


 ジークは私の座った椅子の肘掛けに腰を下ろし、私の頭に手をかけて撫で撫でしている。


 この状況はいったい?!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る