第13話 呼び出し

「……ィタ、ディタ」

「えぇ? あぁ、うん。できた?」

「もう! さっきから呼んでるだろ」

「ごめん、ごめん」


 宴から帰ってから、私はボーッとすることが増えた。


 だって、だって、考えてもみて?!

 キムタクが、松潤が……真横に座って自分の肩に手を回したり、オデコにキスなんかしてきたとしたら?


 それくらいの衝撃があったのだ。

 あんな美青年、美男美女だらけのこちらの世界でもなかなか見ることはない。男娼の館にいけばいるのかもしれないが、一般人……貴族を一般人と呼んで良ければだけど……であのクオリティ!

 醜女とレッテルを貼られている私にしてみたら、そんな美青年とからむことなんて、多分死ぬまでないだろうし、三十年生きてきた楠木絢の人生においても、一度たりとなかった出来事だ。

 少しばかり思い出してウットリしてしまったとしても、バチは当たらないと思う。


 うん、あっちはただの貴族の気まぐれだろうから、ちょっと思い出して……いや、ダメか。そんな暇は私にはない。だって、売上は毎日着実にアップしているけど、まだ目的の金額には達してないもの。


「あんた、最近おかしいよ?! 」

「そう? 」

「熱は? 」


 カシスはゴツンと私の額に頭をくっつけた。


「痛いよ、カシス。」

「うっさい! あんたはいつも高熱になるまで黙ってるからでしょ。倒れるまで頑張っちゃうから、あたしはいつもあんたの顔色見なきゃいけなくて、大変なんだから」


 プリプリ怒りながら乱暴に私の手に頬をつねる。


「いちゃい(痛い)よー」

「最近熱出さないからって、調子のんなよ」


 口は悪いし、すぐに手が出るけど、良いお姉ちゃんである。ディタとしての小さな頃の記憶はないが、この数ヶ月一緒にいるだけでそれはわかる。夜中に頻繁に私の腕に触れ、熱のチェックをしていたり、布団をかけ直したりと、ちゃんと寝れているのかしら? と思うくらいだ。それだけこの身体は病弱だったのだろう。私がディタになってから風邪一つひいてないが。


「ディタ、ちょっといいかい? 」


 ノックと同時にミモザが顔をだす。


「はい」


 本日はアップのアレンジを練習しているカシスを部屋に残し、隣室のミモザの部屋へ向かう。


「なんでしょう? 」

「あんた……第三王子とどういう関係だい? 」

「王子……ですか? 」


 部屋の中にいたのはミモザとイライザで、二人とも渋い顔をしていた。

 私の記憶にある一番身分が高そうな人は、ジーク様と呼ばれていた彼しかいない。


 でもあれが王子?

 いや、まさかね。


「王宮から、あんたを……黒髪の少女を連れてくるようにって……。あんたのことだよね? 」


 まあ、他にうちには黒髪の少女はいない訳だから、黒髪の……と言われれば私しかいない。


「昨日、王宮に召しあげられた時、てっきりこの間の宴で気に入っていただけたんだと思ったんだけど……」


 イライザが言葉を濁す。


 それはそうだ。王宮からの使い、第三王子の呼び出しとくれば、愛妾への道が開けたのかと、意気揚々と念入りにお洒落をし、王宮に馳せ参じた訳だ。もちろん、それは髪をセットし化粧を施した私だって知っていた。イライザの気合いの入れ方も、誇らしげに輝く美しい瞳も見ていた。


 それが今は、ふて腐れている感が半端ない。巻きタバコを燻らせて、スカートを捲し上げて組んだ足の上で爪を弾いていた。


 イライザの話しによると、第三王子に呼ばれて謁見の間に通されて王子に謁見したらしい。淑女の礼をして待つイライザの前に現れた第三王子は、真っ直ぐイライザの元に近寄ると、その頭をいきなり抱き寄せた。そして「この香りだ! 」とつぶやくと、侍従を呼び寄せ何かを耳打ちして部屋を出ていってしまったということだ。そして、その侍従から黒髪の少女を連れてくるようにと言われた。


 頭を抱き寄せたって……、匂いを嗅いだ訳ね。あのジークという青年のように。


「あの……、第三王子って、もしかしてジークとかいう名前だったりします? 」

「は? ジークフリード・ザイザール様でしょ。今さら何? 」


 まあ、そうだよね。自国の王や王子の名前って知ってて当たり前だよね。そりゃ名前言って知らないとか、あり得ない話しだよね。


「ジークフリードでジーク……ね。赤みがかった金髪で、紅の瞳? 」

「そうよ。紅の瞳は王族だけの特徴じゃないの」


 何を当たり前のことを聞いているんだというような呆れ顔のミモザとイライザに、私は頭をボリボリとかいてひきつった笑顔を向けた。


「お会いしたかな……? しかも、目見えてます? とか言っちゃったかも……」

「はあ? 」


 二人はギョッとしたように私を見る。

 やはり不敬に当たるよね。


「だって、知らなかったんですもの」

「知らないって、小金貨の表面、ジーク様でしょ」


 ミモザが小金貨を金庫から取り出して私に見せた。

 そっくり……という訳ではなかったが、90%あのジークと呼ばれた青年だった。私は青い顔をより青くしてコクリとうなづいた。


「金貨なんか見たことなかったし、でも……この人だったかも」

「ああ……」


 ミモザは頭を押さえ、イライザがそんなミモザを支える。


「じゃあ、刑罰的な? 」


 イライザの言葉に、みな青くなる。


「いや、あんたは何も知らなかったんだ。あたしが説明に……」

「館の妹の不手際はあたしも責任あるし。あたしが……」

「いえ、ちゃんと自分で謝ります。でも、もし私に何かあったら……カシスのことは」

「わかってるよ! でも……、あんた!」


 たった数ヶ月だが、たかだか数ヶ月でミモザがこの貧民の娘にこだわるくらいには、ミモザの館の経営に食い込んでいた。


 二人が私を惜しんでくれているこの時点で、私は変態貴族の餌食になることはないと決まったようなものなのだろうが、そんな事に頭が回っていない私は、衣服の裾をギュッと掴んだ。


「あたしもついて行く。いいね」


 ミモザが私に近寄り、肩に手を置いた。

 私はうなづき……、まさかのいきなりの打ち首とかはないよね? と、いろんな刑罰を想像してゾッとした。


 王子様とか、最初に言ってよね!!

 せっかくこの世界で生き抜いて行く道が見えてきたと思ったのに、いきなりジ・エンドとか、あり得ないから!

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