第12話 宴会 3……ジークの立場で

 ああ………………臭い!!


 赤みががっ金髪を揺らし、耐えられないないというように頭を振る。


 ジークフリード・ザイザール十七才。すでに成人した王族として認められている彼は、王家の男子にしては華奢な身体つきの、ザイザール国王の第三番目の息子であった。

 この王家があまり体面を気にしないというか、王子とはいえかなりその扱いもぞんざい……いやおおらかに育てられており、最近では教育係で侍従長のセバスの頭痛の種になっていた。

 まず、国主催の行事や宴はことごとくトンズラする。勉強なんかより庭いじりが好きで、ひたすら温室に入り浸る。

 豪傑で名を轟かせるライオネル一世の直系子孫のわりには、剣術にも積極的でないし、体術に至っては、断固拒否して部屋に鍵を閉めてでてこない始末……。


 そして何より、妃一人に愛妾数人を持つことが当たり前(愛妾の人数が、その家の裕福度に直結していた)のこの世の中、男女の営みはそれなりにオープンで、貴族の世界では娼館通いが当たり前、男の嗜みくらいに思われている中、ジークはことごとく女性に興味を示さなかった。すでに正妃や愛妾を数人抱えていてもいい筈なのに、積極的に周りから女性の召し使いを排除し、第三王子男好趣味の噂が流れてもいた。

 本人もその噂は知っていたが、一笑して特に肯定も否定もしなかった。


 今回はそんなジークの不名誉な噂を撤廃する為に、盛大な宴を企画し、有名処の五大娼館の娼婦達を招く宴と合体させた訳なのだが……。


 なんとか宴の席に座らせたものの、ジークはただ座っているだけで、自分から積極的に女達に話しかけることもなく、高級娼婦達に劣らないその美貌をただただ歪ませていた。


「ジーク様、どなたか御目に止まった女はおりませんか? 」


 指を指してもらえば連れてきますと、セバスがジークの傍らに膝をついて尋ねた。


「一人も(いない)」


 ばっさり言い放たれ、セバスはしょうがなく引き下がった。引き下がったが、諦めた訳じゃなかった。

 五大娼館の女主人達を呼び集めた。


「今回は、より多くの女達が必要だ。至急、調達して欲しい」

「調達……と申されましても、ここまで連れてくるのに時間もかかりますし、第一皆様方のお目に相応しい身なりを整えるにはさらに時間が……」


 女主人の一人が無理難題だと抗議をするが、セバスにジロリと睨まれて口をつぐむ。


「……あの。御披露目前の娘になりますが、それでもよろしいでしょうか? 御披露目前と言っても、高級娼婦の幹部候補、お目汚しにはならないと思います。ただし、まだ御披露目前なので無体は困りますが」

「ああ、それでいい! 印をつけて、娼婦見習いであることを知らしめよう。何か問題があれば、こちらでしっかりと対処する」


 ミモザの提案に乗ったセバスは、至急同じブローチを多数用意させると、付き添いできた少女達の人数分配布した。


「すぐに宴の席に参加させろ」


 こうして、宴の席には異例な人数の女が増えた。

 そうして、文頭に戻る訳だ。


 ★★★


 数人は良い香りのする人間がいるみたいだけど、あまりに人間が集まりすぎて、その熱気で余計匂いが渦を巻くように充満し、ジークは頭痛すら覚えていた。


 彼女達は魅力的なのかもしれないが、ジークにはこの場にいるのが拷問でしかない。

 生まれた時から嗅覚が発達しまくまくっていたジークは、この世界の匂いに辟易していた。


「どこへいらっしゃいます? 」


 耐えきれなくなって立ち上がったジークに、セバスが声をかける。


「ちょっとおなかが……」


 押さえているのは頭痛のする頭だが、トイレに行くふりをして宴の広間から退出した。

 トイレを素通りし、なるべく人のいない方いない方へ歩く。

 できれば外に出て新鮮な空気を吸いたいが、慣れない屋敷ですっかり迷ってしまった。


 出口を求めて、とりあえずドアを開けまくる。

 ある扉の前に立った時、中から「暇だー! 」と叫ぶ可愛らしい声が聞こえた。

 そっと中を覗くと、黒髪の少女が机に突っ伏してジタバタしている。

 その動きが妙に可愛らしくて、ふと興味を覚えた。


 こんなところで暇だと叫んでいる少女は、いったい誰なんだろう?上品な衣服を着ているから、召し使いではなさそうだ。


 後ろから忍び寄り声をかけてみた。それに驚いたようで、椅子から転がり落ちそうになった少女を支えた。すると、フワリと良い香りが鼻をくすぐった。まるで温室の中にいるような……。


 この匂いは?


 二三言言葉を交わし、娼館の娘であることはわかった。が、そんなことより、このかぐわしい匂いの出所を知りたかった。


 宴の広間にもこれに似た匂いはあったが、ここまで花の香りそのものではなかった。


 少女の髪だ!


 ジークはそう思った瞬間、少女の髪を指に巻き付け、鼻先に持ってきていた。


 ああ、この匂い!!


 ジークが求めていた匂いだった。この悪臭が漂う世界で、唯一安らげる香り。ほぼ無臭のこの少女から零れる花そのものの香り。


 しかも、この少女は第三王子である自分を知らないと言った。

 誰もが機嫌をとり、頭を垂れて視線を合わせないというのに、綺麗な茶色の瞳で真っ直ぐ自分を見てくる。

 その瞳に釘付けになった。


「君の黒髪……」


 自然と少女の肩を抱いていた。もっと触れたい。その匂いを心行くまで吸いたいという欲求のおもむくままに行動する。


「お目を汚してすみません」


 少女が目を伏せ、その綺麗な瞳が見えなくなり、ジークはそんな少女とまた視線を合わせたいと望んだ。 


「なぜ? とても綺麗だよ」

「は? 目、見えてます? 黒ですよ黒! 」


 驚いたようにジークをマジマジと見る視線に、ゾクゾクするような興奮を覚える。しかも、王子の自分にこんな口のきき方をする人間なぞ、家族以外で今まで存在しなかった。


「見えてる。ばっちり見えてるよ。君の愛らしい茶色い瞳も、その艶やかな黒髪も、その小さく赤い唇も……」


 そう言った途端、その愛らしい唇に引き寄せられるように身体が動いた。

 王子として育ってきたジークは、自分の欲求を抑えるということを学んでこなかった。

 欲しい物に手を伸ばせば手に入ったし、余程のことじゃない限り、ノーと言う人物もいない。……セバス以外だが。


 あと僅か……という距離まで近づいた時、予想外な行動に少女は出た。自分から唇を寄せてこようとする女性が多い中、少女はジークから逃れようと椅子から転がり落ちたのだ。


「な……な……な! 」

「大丈夫かい? 腰をうったんじゃないかい? 」


 慌てて少女を抱き起こし、怪我がないか確認する。結果、お尻を撫で回したことになってしまったが、ジークにスケベ心があった訳ではない。まあ、キスはしようとはしたが、娼館の女性に求めるような行為を強いるつもりはなかった。


「そ……そういうことは、宴の席に戻って相手を決めてからですね」


 相手を決めると言われて、今日の宴の主旨を思い出したジークは、どうせ選ぶならばこの少女がいいと思った。


「僕は君がいいな」

「私は付き添いで来ただけでですね! 」

「だって、ブローチつけていないじゃないか。ほら、御披露目前の印ってやつ」

「私は宴に出席しないからつけていないだけよ」

「ええ? だって、ブローチつけていない子なら、誰を選んでもいいって言われたよ」

「私は無理! 絶対無理なんだってば」

「何で無理なの? 」

「黒髪! 黒髪の醜女よ?!」

「別に僕は気にしないけどな。だって綺麗だもの。それにとってもいい匂いだし」

「それは、うちの姉様方はみんないい匂いだから」


 ジークは今度はがっつりと少女の頭に顔を埋めた。似たような匂いはあっても、同じ香りの人間はいない。

 少女はこれは石鹸の香りだと言い、それを作るきっかけになったことを少女の生い立ちも含めて語りだした。

 それは王子のジークにとって衝撃的な事柄ではあったが、この世の中にはゴロゴロ転がっている話しだった。ただ普通の話しにならなかったのは、彼女がもがいてあがいて、そこから抜け出そうとしていること。その着眼点が普通じゃなかったことだ。


 ジークは少女がいいと言い、少女は無理ですを繰り返し、そろそろ宴も終了するんじゃないかという時刻になって、部屋の扉がバタンと開いた。ジークを探して、探して、探して……、やっとこの部屋にたどり着いたセバスだった。


「ジーク様、お探しいたしましたぞ」

「あ、見つかっちゃった」


 ジークは悪戯が見つかった子供のように舌を出し、少女から離れた。


「残念だけど、時間がきたようだ。君にはまた会いに行くよ。必ずだ。これ、その約束の印」


 ジークは自分のつけていた指輪を外すと、少女の手に握らせた。


「そんなダメよ」

「持ってて、可愛い人」


 少女の額に爽やかなキスをする。


「な……」


 真っ赤になっている少女は、本当に愛らしかった。後ろ髪を引かれる気持ちで部屋を後にする。


「ジーク様、先程の娘は? 」

「ああ、可愛らしい少女だろう?僕はあの娘に決めたよ」

「決めた……とは? 」

「だから、今日の……いや、これから先ずっと、彼女に側にいてもらいたいなって」

「……黒髪……に見えましたが」

「そうだね。問題ないだろ」

「まだお若そうに見えましたが」「そうだな。何歳だろう? 披露目前だとは言っていたけど」

「愛妾にご希望ですか? 」


 今まで、どんなに美姫が微笑みかけても、最上級の娼婦が媚びをうっても、全く興味を示さなかったジークが、初めて女性に興味を示したのだ。相手が多少若かろうが、黒髪の醜女だろうが、喜ばしいことだった。そう、次の一言を聞くまでは……。


「正妃でもかまわないけど。というか、彼女だけでいいんだ」


 セバスは、目の前が暗くなった気がした。





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