第11話 宴 2 ……出会い

「暇だーッ! 」


 私は机に突っ伏してジタバタとしていた。

 あまりに暇過ぎて、何をしたらいいかわからない。スマホなんかもちろんないし、本もない。どうせなら、実験道具一式を持ってくれば良かった。


「暇なんだ」

「そう! ものす……ご……く?」


 いきなり頭上で声がして、私は椅子から転げ落ちる勢いで驚いた。実際、勢いよく振り返り過ぎて、椅子からずり落ちそうになった。


「おっと、危ない」


 そんな私の腕をつかんで落下を阻止してくれたのは、少年と青年のちょうど中間くらいの男の子だった。

 私(楠木絢)にしたらただのお子様、でも十歳の少女である今の私からしたらかなりお兄さんだ。


 見た目は……もう言うまでもない。この世界には美男美女しかいないのかってくらい、見目麗しい。赤みがかった金髪で、深紅の瞳。彫りが深く整った顔立ちに、長い手足。少年の身体から青年の身体に移行途中なのか、ほっそりした身体にも筋肉が付き始め、細マッチョのように引き締まった身体をしている。

 あちらの世界なら、まさにジュ○ンボーイに選ばれること間違いない。


「あ……りがとうございます」

「どういたしまして」


 この青年が私を驚かしたから椅子から落ちそうになった訳で、何か腑に落ちないものを感じる。


「君は、ここで何をしているの?」


 美青年は声までセクシーだ。


「何……と言われましても。姉様方を待ってます」

「姉様? ああ、館の子なんだね」


 ここの使用人達のように、見下され蔑まれるのかと思いきや、青年は爽やかな笑顔のまま、椅子を近くに持ってきて私の横に座った。

 その距離が近い気がするのは、私の気のせいだろうか?


「あ……あの? 」


 見た目からして、立派な衣服を着ており、どこぞの貴族の御曹司なんだろうが、宴の最中にこんなところに入り込んでいていいのだろうか?


「何? 」


 美青年のこんな優しげな笑顔、間近で見れるなんて激レアだ。

 しかし、何? と聞きたいのはこっちである。


「こんなところで油を売っていてよろしいのですか? 」

「そりゃ、良くないかもしれないねぇ」


 青年の指が私の髪に触れ、クルクルッと髪を指に巻き付ける。あまりに自然なというか、悪びれた感じもない表情に、止めてくださいと言うこともできず、固まってしまう。


「ふーん、君の髪の毛はいい匂いがする」


 自分の鼻に私の髪を持ってくると、クンクンと匂いを嗅ぐ。

 いや、いくら美青年でも、見ず知らずの少女の匂いを嗅ぐのはアウトでしょ?!


「どなたか存じませんが、宴にお戻りになられた方がよろしいんじゃないでしょうか」

「知らない? 僕を? 」

「不勉強で申し訳ありません。」


 貴族の御曹司っていうものは、一般的に有名人なんだろうか?

 青年の驚いたような表情に、こちらこそ驚きだ。


「ジークって言うんだけど……知らない? 」

「はあ……? 」


 この世界においてもこれだけの美青年だから、きっと有名人なんだろう。あんた誰? みたいな態度はきっと失礼な筈だ。でも、知らない人を知っているふりもできず……。


「申し訳ありません。なにぶん田舎出身で……」

「いや、そうか、知らないか」

「すみません」

「いいんだ。そうか……そうか」


 知らなかったことに、特に憤慨した様子もなく、ただ珍しそうに私を眺めていたが、何を思ったかいきなり私の肩を抱き寄せた。


「あの? 」

「君の黒髪……」


 ああ、またブス扱いか。

 それなりに理解はしてるけど、やっぱり一女性として嬉しいもんじゃない。特に、相手がこれだけの美青年だと。


「お目を汚してすみません」


 目を伏せて言う。 


「なぜ? とても綺麗だよ」

「は? 目、見えてます? 黒ですよ黒! 」


 身分とか忘れて、マジマジと見ながら思わず失礼なツッコミを入れてしまった。


「見えてる。ばっちり見えてるよ。君の愛らしい茶色い瞳も、その艶やかな黒髪も、その小さく赤い唇も……」


 青年の顔がふいに近づいてきて、その体温まで感じるくらい近くに寄ってきた時、今度こそ私は椅子から転がり落ちてしまう。


 ってか、今何しようとした?

 今さっき会ったばかりの、しかも十歳の少女にたいして、いい若者(推定十八才)がキスしようとしなかった?

 大学生くらいの男の子が小学生の女の子にキスを迫るとか、犯罪ですから!


「な……な……な! 」

「大丈夫かい? 腰をうったんじゃないかい? 」


 言葉も出ない私の身体を抱き起こし、あろうことかお尻を撫で撫でと撫でる。


「そ……そういうことは、宴の席に戻って相手を決めてからですね」

「僕は君がいいな」


 もう、意味がわからなすぎて、開いた口が塞がらない。


「私は付き添いで来ただけでですね! 」

「だって、ブローチつけていないじゃないか。ほら、御披露目前の印ってやつ」

「私は宴に出席しないからつけていないだけよ」

「ええ? だって、ブローチつけていない子なら、誰を選んでもいいって言われたよ」

「私は無理! 絶対無理なんだってば」


 ジークは、そんなに力を入れていないようだが、私が非力過ぎるのかその手を振りほどけない。


「何で無理なの? 」

「黒髪! 黒髪の醜女よ?!」

「別に僕は気にしないけどな。だって綺麗だもの。それにとってもいい匂いだし」

「それは、うちの姉様方はみんないい匂いですから」


 ジークは今度はがっつりと私の頭に顔を埋めるようにして匂いを嗅ぐ。


「僕は君の匂いがいいな。第一、僕は鼻が良すぎるんだ。あの宴の広間は地獄だよ。何が悲しくて、あんな臭い女達を選ばないといけないんだ。まあ、確かに多少は、いい香りの子達もいたようだが」


 そう言われると、ジークからはこの世界の人特有の香の匂いも、風呂に入らないゆえの体臭もなかった。良い香りもしなかったが、ほぼ無臭に近かった。


「これは石鹸の香り。私の匂いという訳じゃないから」

「石鹸? こんな匂いのするもの知らないよ」


 私は石鹸を作るきっかけについて話し出した。

 もちろん、貴族といえど調合の仕方は教えられないと前置きをしつつだ。


「じゃあ君は変態の毒牙にかからない為に、自分を買い戻そうとしているんだね。こんなに小さいのに」


 感心したように私の手を握るが、そんな小さい私に手を出そうとしたあなたは変態ではないんですか? と問いたい!


「まあ、そんなところ。だから、私は娼婦にはなるつもりはないの」

「ならば、僕が君の上客になるよ。そうすれば、変態の毒牙は回避できるだろう? 」


 だから、十歳にせまるあなたは変態ではないんですか?


 人間、見た目と性癖は別である。

 十歳の私を求める辺り、ロリコンとしか思えず、私がロリコンと認定されない年になった時、無惨に捨てられ、行き場がなくなって変態貴族の慰みものになるなんてごめんこうむりたい。


「それも無理! 私は娼婦には不向きな人間だから」

「向き不向きなんかあるのかい?」

「大ありよ!! 」


 私の体質からして、絶対に娼婦に向いている訳がない。今まで八人の彼氏、ワンナイトラブが二人、その全てとしたナニにおいて、気持ち良いと感じた瞬間が一秒だってなかった。私が気持ち良くないと、それは男性にも伝わるみたいだし、いわば不感症の女が、娼婦って……一番不向きな職業だと思う。

 しかし、そこまでぶっちゃけトークもできず……というか、この身体はまだ男性を知らないんだから、不感症だなんだと言っても説得力に欠ける。


「でも僕は君を選んだんだけどなぁ」

「却下! 私は選ばれたくないから」


 ジークは私がいいと言い、私は無理ですを繰り返す。

 そんなやり取りを繰り返し(個室で二人きりだというのに、ジークは私を抱き寄せる以上の行為には及ばなかった)、そろそろ宴も終了するんじゃないかという時刻になって、部屋の扉がバタンと開いた。今度入ってきたのはミモザではなく、初老の男性だった。


「ジーク様、お探しいたしましたぞ」

「あ、見つかっちゃった」


 ジークは悪戯が見つかった子供のように舌を出し、私の腰に回していた腕を外した。


「残念だけど、時間がきたようだ。君にはまた会いに行くよ。必ずだ。これ、その約束の印」


 ジークは自分のつけていた指輪を外すと、私の手に握らせた。


「そんなダメよ」


 高価か高価じゃないかなんてわからないが、貴族の御曹司がイミテーションなんかつけるとも思えない。この世界の宝石の価値はわからないが、大きな赤い石もついているし、文不相応ですと返そうとした。


「持ってて、可愛い人」


 私の額に爽やかなキスをする。


「な……」


 真っ赤になり硬直している私に極上の笑顔を残し、ジークは初老の男性を従えて部屋を出ていった。

 バタンという扉の閉まる音と同時に、私は腰を抜かしたように床に崩れ落ちてしまう。


 な……な……何が起こったの?!

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