第10話 宴

 ミモザを先頭に、ミモザの館のトップスリーが続き、その後ろを荷物を持った私達が街を練り歩く。


 そう、この時私は初めてこの世界の生活を目の当たりにした。

 ザイザル王国の首都であるザイザルの街並みは、人買いの荷馬車から覗き見た風景よりも活気があり華やかだった。街にいるのは庶民である筈だが、小汚ない人間はおらず、みな生き生きと生活しているように見えた。もちろん、裏通りにはそうじゃないいわゆるディタ寄りの庶民が多数いるのだが、それはただ街の中央通りを歩く私にはわからなかった。


「ねぇ、ミシャ」

「何よ? 」


 誇らしげに大荷物を持って歩くミシャに耳打ちする。


「何で、馬車を使わないのかしら? もしかして、ずっと歩き?」


 王都ザイザルの街は、中央に王宮があり、その回りを貴族の住む上層階があり、それをとりまくように庶民や私達の住む下層階がある。全て高い塀で仕切られており、通常の往き来には通行証が必要だった。

 今回の宴が開かれるのは、王宮に最も近い上層階。貴族の館だ。毎年、五公の持ち回りでこの宴が開催され、今年はハインツ公爵邸で開かれる。

 つまり、それだけの距離を歩くことになるのだろうか?


「馬鹿ね。普通、庶民はあたし達を拝むこともできないんだから。ちょっとしたサービスよ。高嶺の華を指くわえて眺めてなさいよって」

「大丈夫よ。上層階に入れば、馬車が用意されているから」


 トップスリーであるエリスの部屋つきであるトワレが、笑顔で見ず知らずのおじさんに手を振りながら言う。


 確かに、私達の歩く道に人だかりができており、まさにパレードのように歩いている。

 無論、トップの三方はすました顔で、付き添いの部屋つきの少女達が愛想を振り撒いていた。


 何となく、京都の舞妓さんを眺める人だかりを思い出した。


 上層階に入るには、大きな門を開けてもらわねばならず、その門の前でしばらく門が開くのを待った。門が開くと、トワレが言っていたように馬車が用意されており、私達は三台目の荷馬車を少し良くしました……というような幌馬車に乗った。


「私も、いずれは姉様方みたいにあっちの馬車に乗るわ! 」

「私だって! 」


 それは見栄でも願望でもなく、部屋つきになれるくらいの彼女達には、手の届く夢なのかもしれない。


 馬車はしばらく揺れ、大きな湖の畔の大きな屋敷の前で停まった。


「下りろ」


 尊大な御者の態度にムッとしながら、みな手を借りることなく馬車から下りた。


「おまえらは裏から入れ」


 ミモザ達は正面の門から通されたが、付き添いの私達は裏手に通された。裏門といえど、知らされなければ十分正面だと勘違いしてしまいそうなくらい立派な門をくぐり、裏庭を抜けて通用口のようなところから屋敷の中に案内された。

 屋敷の中に入ると、紺色の衣服を着て、白いエプロンをつけたメイドのような人に引き渡される。


「館の下女だ」

「承知しました」


 御者のぶっきらぼうな言葉に、メイドも無愛想に答える。その視線は冷ややかで、明らかに見下したものだった。

 多分……きっと、私達に対する世の中の正しい評価なのだろう。


 使用人達の通る通路を案内され、装飾も何もない小部屋に通された。途中すれ違ったどの使用人も、冷ややかに見下すか、まるで私達が存在しないように無視してすれ違って行った。

 小部屋の中に私達だけが取り残され、特に何をしろとかするなとも言われずにメイドは部屋を閉めて出て行ってしまう。あるのはテーブルと椅子だけ。しかも、椅子は人数分ない。


「私、この化粧箱に座るから、ミシャ達は椅子に座って」

「あったり前よ! あんた一番新参なんだから! 」


 ミシャは、私に当たり散らすかのように大声を出した。

 みなの顔色は青く、明らかにこの仕打ちにショックを受けているようだ。自分達が売られた貧乏な娘だということを思い出したように。


「気にしないで。ミシャは今回初めてだから」


 トワレが、怒鳴り散らしたミシャを諌めるように肩を叩き、私に笑顔を向けた。


「トワレは二回目? 」

「三回目よ。あたし達は、ここで姉様達が終わるのを待つだけ。食事も出ないし、この部屋からも出れないわ」


 つまりは、貴族に見初めらるということもあり得なければ、私の黒髪がイライザ達を引き立てることもできないではないか。


 髪型が崩れたら……つまりはお偉い誰かがイライザ達を買って事が終了したら……、私が呼ばれて髪型を直すだけ。


 なんとも空しい気分になる。


 私はまだいい。娼婦になるつもりはない(なったら人生終わっちゃう)から。でも、ここにいる少女達はそうなるしかなく、またそれを目指して毎日頑張っている。せめて壁の華になるくらい許されてもいいのではないか?


「ねえ、あなた達も髪の毛結ってあげるわ。髪飾りも、予備を沢山持ってきたから」


 気分転換にでもなればと提案してみた。


「いいの? あたし、結ってもらいたかったの」

「ダメよ、ミモザ母さんに叱られるわ。髪を結えるのはある程度お客がとれるようになってからだって……」

「今回は特別。私も結うし、ミモザに何か言われたら、私が言い訳するわ」


 さすがに首を出すのはしのばれて、ハーフアップに髪をまとめ、編み込んだ髪の毛をまとめて頭の高い位置で簪でとめた。


「どう? みんなお揃いにしてみましょうか? 」


 私が自分の髪を結ってしまうと、みな心が揺れたようで、私の前に椅子を持ってきて座った。


「お願い」


 一番手はミシャだった。

 髪の毛を結い上げると、仕上げに口紅をさす。


「何これ? 」

「姉様達の口も赤かったわ。あれね? 」

「そう、口紅って言うの」


 私は次から次へ髪を結い、口紅をさした。この世界の衣装は形がみな同じ為、同じ髪型同じ化粧で双子コーデのようになる。四人だから四つ子コーデか。


 イライザの鏡を持ってきていたから、みんなに自分の姿を見せてあげた。


「凄い! こんなに変わるのね」

「三人並ぶとお揃いなのが逆にいいね」


 三人を見回して言うと、ミシャが怒ったように私の腕を引っ張った。


「四人でしょ」


 ミシャが他の二人に聞こえないくらいの小さな声で「ごめん……」とつぶやいた。


 それからしばらく、なんでこんなふうに髪を結おうと思ったのかとか、石鹸の作り方だとか色々と聞かれた。

 どの問いも答えづらく、曖昧に受け流す。だいたい、ミモザに言うなと言われていると言えば、最後はなあなあにしてしまえた。


 そんな質問漬けの中、まだ開くには時間があるだろうと思われていた扉が開いた。


「なんだい、あんた達……」


 現れたのはミモザで、私達の姿を見て眉を寄せた。


「あの、これは私が……」

「ううん、あたし達がディタにお願いしたの」


 私が自分がやったんだと言おうとしたら、ミシャが私の前に出てすかさず叫んだ。他の二人もウンウンとうなづく。


「まあ……今回は多目に見よう。っていうか、ちょうど良かった。あんたらにお呼びがかかったんだ。」

「あたし達? 」

「なんかね、今回はもっと沢山の女を用意しろといきなり言われて、女の人数が足りないんだよ。うちからもさらに三人出すように言われたんだ」


 三人と聞き、私以外の三人が顔を見回す。

 まあ、そりゃ、この三人で間違いないだろう。


「いってらっしゃい。綺麗にしておいて良かったわ」


 私はミシャが座っていた椅子に座り、手を振った。


「あんたら、このブローチを胸にお付け。御披露目前だって印さ。無体なことする方がいたら、これをしっかりお見せ。いいね」


 私以外の三人の胸にブローチはつけられ、私は一人小部屋に残された。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る