第6話 最大の課題

「あんた、いったい何者? 」


 隣りの部屋のドアをバタンと閉め、少女は私の顔をマジマジと見つめた。金髪に近い栗毛で青い瞳はクリクリと大きい。


 この世界だからか、この館の特質からか、本当にここにいる少女達は皆綺麗過ぎる。

 同性からしてもドキドキしてしまいそうになる程だ。


「別に……何者でもないけど」


 それは正しくはないかもしれない。ただの十歳の少女ではなく、三十年異世界で生きた記憶を持つ十歳の少女だから。


「黒髪の癖に、こんな特別室まで与えられて、部屋付きまで……」

「部屋付きって? 」

「世話係よ。ミモザ母さんの部屋付きはあたしを入れて三人。あと、最上階に住む方々にも一人づつついてるわ」


 さっきイライザの部屋にいた少女はイライザの部屋付きということか。


「部屋付きは優秀な娘しかなれないのよ。トップ候補ってこと」


 つまりは、この少女は自分が優秀だと言っているんだろう。

 確かに、それくらいの美少女ではあるが。


「見た目だけじゃないの。座学も優秀で、技術も免許皆伝」

「3+8は? 」

「は? 」

「だから、3+8」


 少女は必死に指を折る。


「そ……そんなの、私達には必要ないんだから! 」


 座学って、いったい……。


 場所が場所だから、まあ勉強することは一つかもしれない。

 かなり高度な保健体育。


「必要ですよ。例えば、二時間銀貨三枚で男性と関係を持つとします」

「バッカじゃない! 二時間銀貨三枚なんて、トップの方々だってなかなか取れないわよ。最初なら銅貨十枚が妥当ね」


 そこは別に仮定だからどうでもいいところなんだけど……。私は気を取り直して話しを続ける。


「じゃあ銅貨十枚ね。一時間延長を頼まれて、プラス銅貨五枚を男性に請求するとするわ。合計いくら? 」

「……」


 答えられないようで、少女の目が泳ぎまくる。


「正解は銅貨十五枚。計算ができなかったらぼったくられるわよ」


 まあ、わからなければ十枚と五枚を別々に請求してもらえばいいだけなのだが、少女はなるほど……とすっかり感心したようだ。


「こういう計算が得意なのと、ちょっとした美容テクで、この部屋をゲットできただけよ」

「美容って? 」


 少女は興味津々なようだ。


「人を綺麗にすること」

「ああ、あんたは黒髪だから、何しても無理だもんね」


 馬鹿にした様子でもなく、事実を言っているだけの口調に、この世界のそれが現実なんだと受け止める。


「まあ、そういうこと。あなた、名前は? 」

「ミシャよ。あんたは? 」

「ディタ。よろしく」


 手を出すと、不思議そうに手を見つめている。

 握手の習慣もないのだろうか?


「手と手を合わせると、仲良くなった証拠なの」

「変なの。うちの地元ではそんな習慣ないし、他でも聞いたことないわ」


 そう言いながらも、ミシャは私の手の甲に手を乗せてきた。握手ともまた違う形になってしまったが、その手を振って握手とした。


 ★★★


 ミシャにより部屋は住める形に整えられ、しばらくするとカシスを連れて部屋にやってきてくれた。


「カシス!! 」


 離れたのは数時間だった筈なのに、私は懐かしくてカシスに抱きついた。


「ディタ、大丈夫? 何か痛いことてかされてないか? 」

「大丈夫よ、カシス。カシスこそ、大丈夫だった? 」

「ああ、まあ、ちょっとした洗礼はあったな」


 そう言うカシスの頬が少し赤い気がする。


「しょうがないわ。上下関係をしっかりさせる意味でも、新入りは多少痛い目に合うのよ」


 ミシャは当たり前のように言いながら、カシスに濡れたタオルを差し出してきた。


「でも、ほら。うちらは顔と身体が売り物だから、跡が残るような仕打ちは禁止されてるけどね」

「何てことないさ。相手はアオタンできたんじゃないか」


 濡れタオルが必要なのは、カシスではなく地下の集合部屋の誰か…

 …ということらしい。


「切り傷じゃなきゃ問題ないけど、骨折ったらダメよ。形が変形したら美しさが半減するから、やった方もやられた方も下級娼婦行きだからね」

「気を付ける」


 カシスはごくりと唾を飲み込む。


 下級娼婦=死……ということは理解していた。


「ところで、いったいどういうことなんだ? いきなり部屋付きに選ばれたから来いって言われたんだけど」

「あんたは、ディタの部屋付きになったの。姉だかなんだか知らないけど、ちゃんと面倒見るのよ」

「そんなのいいよ。自分のことは自分でできるし」

「それはダメ! ここの決まりは絶対! あと、二人共読み書きはできる? 」

「多分……さっき覚えたから」


 カシスは驚いたように私を覗き込んだ。


「あをんた、いつの間に?! 言葉だって話すのが遅かったあんたが……」

「で、カシスは? 」

「あたしは……数字くらいなら」


 後で知ったことだが、一般の人間は読み書きなどできず、字の読み書きは中流階級以上の嗜みだということだった。数字がかろうじて読めるのは、買い物の時の値段を見るのに必要だったからである。


「数字が書ければ上等ね。とにかく、ディタには早くミモザ母さんの手伝いに入ってほしいらしいから、座学や技術は特別教師がつくんですって。部屋付きのカシスも同様よ」



 確かに、なるべく早くに美容の方も訓練を開始し、売上に貢しないと、いづれは……。

 この世界の変態行為がどの程度のものかわからないが、最後に待つのが死である限り、半端ないSMに違いない。


 髪型を少しいじったくらいで、三年半売上を三倍に維持できるとも思えないし、とりあえずこの世界のことを勉強して、どうすれば男の人によりお金を出させることができるか研究しないといけない。


 魅力的な女性とは?


 これが最大の課題だ。


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