最終話

 夕日が沈んで、ふたりの体温が服越しに溶け合った頃。

 友紀人が静かに顔を上げた。


「……覚悟、してよね」

「何を?」

「俺、内定もらったから」


 思いきり泣いたからか、どこかスッキリしたような顔の友紀人と。


「そう。おめ──っ、まさか……」

 

 ゆるめられた腕の中で、目を見開いた澪。


「祝い言葉は途中で止めたらダメなんじゃなかったっけ? 


 ちょっとしたいたずらが成功したような顔で、友紀人は口の端を上げた。


「あの後、大検受けて日本の大学に入ったんだ。澪さんが勤めてる会社、大卒が条件だったから。澪さんの性格からして、あのまま進路を変えなかったはずだし。ホームページを調べたら……第一企画室の敏腕秘書だってね。特集ページ、見たよ」


 すらすらと語る賢そうな姿も。


「面接受けたら、経歴が珍しいって採用してくれたんだ。音楽関係の会社だからかな。ギター持ってって『今はこんな音にしかなりませんが』って、弾いてみせたら……捨て身の戦法に、興味持ってくれたみたい」


 少し恥ずかしそうな表情も。


「新人研修、澪さんがしてくれるんだよね? そのために、本社から異動になるんだもんね。プレ研修で課長が言ってたよ」


 無邪気な顔も、あの頃の友紀人と変わらないはずなのに。


 目の前にいる友紀人が、あの頃の友紀人と重ならない。



 戸惑う澪に、友紀人は、ふ……と笑った。


「その様子だと、まだ名簿まではチェックしてないんだね」


 それはカフェで見た、大人の表情だった。


「……澪さんが切り捨てようとした、俺の愛情がどれほどのものか……これから、思い知るといいよ」


 薄闇の中。

 もう一度、澪を抱き寄せた友紀人は──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この街で、ふたりは 香居 @k-cuento

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ