十二話

 あの後、友紀人をなだめた澪は、どこへ行くつもりだったのかと訊ねた。

 その答えは、


「昔よく行った展望台」


 だった。



 ***



 友紀人が離したがらないので、手をつないだまま展望台に着いた。

 周囲にいた人々からは、カップルが痴話喧嘩をした後、その場を去ったように見えただろう。


 真相は、澪の手を握る手がわずかに震えていることに気づき、離してと言えなかったのだが。



 階段を上がると、見えてきたのは白いベンチ。

 澪は懐かしそうに指差した。


「授業の後ここに来て、あのベンチで、よく弾いていたわね。あなたの家だと、ご近所迷惑になるかもしれないからって」

「……澪さんは、大学のレポートを書いてたよね」

「あなたの音は、しっかり聴いていたわよ」

「……また、そうやって……だいたい、さっきの笑顔、何? 他の人がいるところで、あんな笑顔見せたら、澪さんを狙う人がまた出てくるのに……」

「まさか……」


 笑顔を見せたくらいで、と言おうとして、友紀人の非難めいた目に口をつぐんだ。



 柵の近くで、ふたりは足を止めた。

 あの頃と同じように、街が一望できた。


 街並みは──人の営みは変わっても、この展望台は昔の風情を残したまま。 


 春を迎える穏やかな風が、ふたりの頬を撫でていく。


「──八年前、あなたのギターの音を初めて聞いた時。あなたは世に出るべき奏者だと確信したの」


 遠くを見つめる澪。

 はるか彼方へ思いを馳せるように。


「澄んだ音色は温かみがあって、あなた自身を音にしたら、こうなると感じたわ」


 柔らかな声と、微笑み。

 その姿を、友紀人はじっと見つめていた。

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