十一話

 友紀人は焦ったように辺りを見回し、席を立った。


「店、出よう」

「急に、何?」

「いいから早く」


 急かされた澪は、訳もわからず席を立った。



 ***



 会計を終えると、友紀人は澪の手を握り、早足で店を出た。


「……ちょっと、待って……!」


 澪は後ろから静止をかけるが、友紀人の足は止まらない。

 しだいに、息が上がっていく。


 歩幅も体力も差があるふたり。

 先に根を上げたのは、やはり澪のほうだった。


「……ちょっ……もう……!」


 業を煮やした澪は、その場で足を踏ん張り、


「¡Deténgase止まりなさい!」


 友紀人の後頭部に言葉をぶつけた。


「っ!?」


 雷に打たれたようにビクッと跳ねた友紀人は停止した。そして、勢いよく振り返った。

 その目は、大きく見開かれていた。


「……何で……スペイン語……」

「あなたの足を、止めるには……最も有効だと、思ったからよ」


 澪は、息を切らしながら答えた。


 友紀人には耳馴染みの言語。

 だが、この街では聞き慣れない言語。


 日本語が飛び交う中、日本語の静止は耳に入らなくても。

 スペイン語なら、友紀人の聴覚を刺激するのではないかと思った。


「……俺は、そういうことを訊いたんじゃないよ。何で澪さんが、スペイン語を話せるの……?」

「あなたと一緒に、行くことは……できなかったから……」


 澪は呼吸を整えた。


「いつかこの街で、公演をする時が来たら。スペイン語で、お祝いを言いたかったの。あなたのギターの原点は、スペインのリメルさんだもの」

「……何……それ……」


 くしゃりと顔を歪めた友紀人。


「……スペイン語、とか……ふいうちの笑顔、とか……」


 澪の手を握り込んだ右手に、力が入る。


「澪さんは、俺のこと切り捨てたくせに……! 何で……!!」


 友紀人の叫び声に、歩道をすれ違う人々が何事かと振り返った。


「何で俺には、もっと好きになっちゃうようなことするの……!?」


 今にも泣きそうな友紀人の顔は、あの頃の友紀人と重なって見えた。

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