十話

 家庭教師と生徒という間柄だった頃も、友紀人に関心がなくなってしまったのかと、しょんぼりしていたことがある。

 表情があまり変わらないせいか、澪の対応は、時に事務的に見えてしまうらしい。


(……根本的なところは、変わっていないのね)


 澪は、あの頃のような気持ちになり、少し心が和らいだ。


「聞いても良いなら、聞かせて。スペインでの暮らしは、どうだったのか」

「……うん」


 しょんぼり継続中の友紀人が、こくりと頷いた。

 

 澪の問いに、友紀人がぽつりぽつりと答えていく。


 師匠とそのご家族が、温かく迎えてくれたこと。

 師匠の飼っていた犬がチコという名前だったこと。

 チコは小さいという意味なのに、大型犬で驚いたこと。

 四歳のお孫さんがいたこと。

 その男の子がアティリオという名前で、人懐こくて可愛かったこと。

 向こうで高校に通わせてもらったこと。

 それから……筋が良いと褒められたこと。


 友紀人の話ぶりから、スペインでの生活が良い経験になったのだと、澪は安心した。

 突き放したのは自分だが、言葉も文化もわからない地に一人で赴いた友紀人のことが、ずっと気にかかっていた。

 だから無意識に呟いた。


「良かった」


 と。


「あなたは、〝世界の巨匠 パウリーノ・リメル〟に認められたのね」


 まるで自分のことのように喜ぶ澪。

 再会してから初めて見せたその微笑みに、友紀人が目を奪われたことを知らずに。


「……聖母……」

「え?」

「今、師匠の家で見た、聖母像とおんなじ顔してた」

「私が?」

「うん。あったかくて、優しくて。見守るって感じの──」


 友紀人は、不自然に言葉を止めた。

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