九話

「……私は、あなたの傍にはいられなかった。あなたの仮の止まり木にはなれても、あなたを包みこむ〝家〟にはなれなかった」


 友紀人を見送ったその足で、携帯電話の番号を変えたのも。

 その日に引っ越し業者を手配していたのも。


 中途半端な拠り所なら、いっそ断ち切ってしまったほうがいいと思ったから。


 内定していた本社への通勤には、この街は遠すぎるから……と、澪自身への言い訳まで用意して。


「……だから、音信不通にしたって……?」


 友紀人の声が、震えた。


「そうよ」


 澪は深く頷いた。


「……だから……訊かないの……? 俺の、スペインでの……」


 尻すぼみになっていく、友紀人の言葉。


「……切り捨てた俺には、もう……興味ない……?」


 訊いて欲しい。

 でも、訊いて欲しくない。


 友紀人の思いは、自身の左腕を掴む右手から伝わってきた。


 先ほど澪の手を逃してしまった分まで。

 ぎこちない動きしかできない腕を握りしめることで、友紀人自身の葛藤を堪えているようだった。

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