六話
「……『恋人』……」
その言葉は、友紀人の何かを刺激したらしい。
右手を伸ばして澪の手を捕らえた。
澪がコーヒーを飲んで気を取り直そうと、ソーサーに添えた左手だった。
「何?」
カップの持ち手に右手の指をかけようとしていた澪は、顔を上げた。
友紀人は捕らえた手をエスコートのように掬い、目の前に掲げた。
「指輪、してないね」
「何の話?」
「結婚、してないんだねってこと」
「……する必要性を、感じないだけよ」
澪はうんざりしながら返答した。
最近、同僚たちからも言われるようになった『結婚』という言葉。
なぜ彼らは『適齢期だけど』などという、余計なひと言をつけなければ気がすまないのだろうかと、苛立ちを覚えた。
「そっか」
「なぁに? 晴れ晴れとした顔して。『昔、自分を手酷く放り出した相手が、いまだに独り身でいい気味だ』って?」
「そんなこと、思ってないよ!」
ずっと余裕のありそうだった友紀人が、初めて慌てる様子を見せた。
澪は少し溜飲を下げ、素直に謝った。
「ごめんなさい。今のはやつあたりだったわ。……でも、あなたも気をつけたほうが良いわよ。迂闊に『結婚』という言葉を出すと、痛い目をみるから」
「ん。わかった」
友紀人は頷き、自身の手の中にある澪の手を見つめた。
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