三話

 澪は、驚愕の目を見開いた。

 その動作が、彼に確信を与えてしまったのだろう。

 踵を返すと、あろうことか入店してきた。


 女性店員の先導に従い、こちらへと歩いてくる様子は、さも待ち合わせだったと言わんばかりの、爽やかで堂々とした姿だった。


「こちらのお席ですね。間もなくご注文の品をお持ちしますので、少々お待ちください」


 にこやかな女性店員の明るい声が、これほど憎らしく聞こえたことはない。

 店員の言葉からして、彼は入り口で注文を済ませてきたのだろう。


 彼が向かいの席につくまで。

 澪はひそかに唇を噛み、うつむくことしかできなかった。




 店員が去ってから、おそらく十秒か二十秒ほど。

 沈黙を破ったのは、彼の苦笑だった。


「そんなに、俺に会いたくなかった? 澪さん」


 柔らかな声に、澪は反射的に顔を上げた。


「……そうじゃないわ」


 平静を装ったつもりの声は、わずかに震えていた。


「そう? じゃあ、何でそんな顔してるの? 俺、幽霊じゃないけど」


 この口調。

 この雰囲気。

 それから、澪さん、と呼ぶ時の、少し甘くなる声。


 声変わりで多少は低くなり、肩幅も広くなった。

 だが彼はたしかに、友紀人本人だった。


 友紀人からの問いに、澪は表情を硬くしたまま口を開いた。


「……あなたに会うとは思わなかったの。まさか……」

「『日本に戻ってくるとは、思わなかったから』?」


 口にできなかった続きを、友紀人が代弁した。


 昔は大人びていた表情。

 今はすっかり、大人の表情になった。

 その中に憂いを感じて、何を言えばいいのかわからなくなった澪は、頷くことしかできなかった。

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