第5話 敬具、愛を喰らう化け物たちよ






「それで? 定時に帰ってイチャイチャしようってんすか?」


 太ももも露わに足を組み直し、千草ひとみはそう、鼻を鳴らした。

 午前の診療を終え、カルテにペンを走らせる俺の隣で、彼女はにやにやと笑っている。


「いいっすねぇ、恋」

「お花畑に除草剤撒いた方がいいって言ったじゃないですか」

「恋したら、みんな頭がお花畑になるんすよ」


 そう言って千草は部屋の端にある本棚へと向かう。俺が非常食用にとストックしていた小説がずらりと並んだ、変わり映えしない本棚だ。そこから一冊を抜いて、有能な看護師はペラペラとページをめくった。


「ハナ先生、小説家にとって文字ってなんだと思います?」

「商売道具ですか」

「確かにそうかも。商売道具で、愛すべき子供で、友人で、時として恋人でもある」

「…………」

「何百年も前から、人間は文字を駆使して愛を伝えてきたんっすよ」


 ロマンチックっすよねぇ。本を胸に抱き、どこか演技がかった仕草で椅子に倒れこむ女に顔が歪む。そんな俺に千草は言った。「愛は食らえば食らうほど、お腹が空くんです」と。


「恋愛初心者のハナ先生に教えてあげます。どんなに豊富な稲穂でも、食い散らかされちゃったらぺんぺん草の一本も残んないんすよ」

「弁えろ、と?」

「わかってないなぁ、先生は」


 愛は、育み綴るもんなんっすよ。


「稲作ですよ、稲作。始めるんす。育てるんす。育むんすよ、二人で」

「俺が縄文時代レベルだと?」

「三千年遅れの恋愛伝来、お疲れさまでぇす」


 軽い声を出す千草に小さく笑って、カルテを閉じる。さて、今日はもう終わりだ。いつも不味そうに見えるカルテの文字が、今日だけは少し甘ったるく見えてそわそわする。


 椅子から立ち上がった俺に向かって、「へい、恋愛初心者」と千草は小説の角を向けた。


「で、今夜はどこに?」

「……清水さんの新作を、読みに」


 愛を食らう化け物たちよ。俺たちはここで、生きているぞ。










END.

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〇〇を喰らう化け物のはなし よもぎパン @notlook4279

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