第2話 話す





「え、マジすかハナ先生。それ完全お持ち帰りじゃん。ウケるんだけど」

「ウケるな」


 翌々日、外来の患者を待つ間にその話をした俺に、千草ちぐさひとみは楽しげに肩を揺らした。

 千草ひとみ。俺の勤めるこの片田舎の病院で、俺の受け持っている小児科の外来ナースをしている女だ。


「部屋まで送っただけです」

「送り狼じゃん」

「俺はヒトのまま帰りました」

「ええ? でも名刺置いてきたんでしょ?」

「千草さん、次のをください。午前が閉められない」

「次、相原さんの息子さんっす。二歳四ヶ月」

「相原……、D病棟の師長ですか?」

「仕事に子育てに大変っすねえ。ハナ先生来るまでは小児科なかったし、もっと大変っしたけど。はい、カルテどうぞ。食べちゃダメですよ」

「食べません」


 優美な外見のわりに粗暴な言葉使いをする千草からカルテを受け取って、開く。

 まずそう。咄嗟に閉じてしまいたくなるのを我慢して、目で文字を追った。


 俺が小児科医になると言ったとき、友人たちは漏れなく全員反対したし、母さんや姉さん達も目をまんまるにしていた。そんな反応をされるだなんて心外だ。本能の赴くまま生きている幼児たちの行動はシンプルかつ明白で、その相手をするのは嫌いではなかった。

 唯一、父だけがどこか納得したようにうなずいて、俺の肩を叩いたことを覚えている。


「相原さんはどんな様子ですか」

「ハナ先生と二人きりで会えるって喜んでましたよ。化粧ばっちりして」

「息子はどうしたんですか、息子は」

「そんなん二の次っしょ。看護師っすもん、自分の子供のことくらいわかりますって」

「その程度なら市販薬でいいでしょうに」

「またまたぁ、モテる男はイケズなんっすからぁ。笑えばもっとモテますよぉ」

「モテなくていいです」

「で、会うんすか。その人と」


 何気なく紡がれた言葉に振り返る。千草は何でもない顔をしてアル綿を用意していた。


「……どうしてそう思うんですか」

「だってハナ先生が、酔っ払いを介抱しました、ってだけの話をするとは思えないっすもん。次があるから話してくれたんっしょ? いいっすよ、早めに閉めましょ、今日は」

「千草さん、黙ってれば優秀なのにね」

「黙ってて看護師が務まりますかってんでぃ。ハイ、その能面みたいなお顔ちょっと緩めて。相原慎也くーん! いざ尋常にお入んなすって!」


 ああ、今日もカルテはドロみたいな味がする。

 紙の隅に書かれた千草の落書きを噛み締めながら、俺はそっとため息をついた。




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