第2話

 ピンポーン


 5時になろうかという時、チャイムの音が部屋に響く。どうやらにぃにが来たみたい。

 怜子ねぇねが応対をして、マンション入り口のオートロックを解除してあげたようだ。


「さて皆様、本日の主役がいらっしゃいましたわ」


 にぃにはどんな顔をするのかな? 喜んでくれるかな? 期待と不安、色々な感情がぐるぐると巡る……もう長い付き合いなのにこうした気持ちが無くなることなんてない。

 きっとそれは、昨日よりも今日、今日よりも明日……毎日にぃにに……なつ君に恋をしてるから。



 ドキドキしながら待っていると、今度は玄関のチャイムが鳴った。怜子ねぇねが代表して迎えに行ったので私たちはそのままリビングで待っていることに。


「ようこそおいでくださいまし……た、お兄様。皆様、中でお待ちですわ」


 微かに聞こえた怜子ねぇねの声……あれ? 何か戸惑ったように聞こえたけれど……怜子ねぇねが戸惑いを見せるなんて珍しい。


 怜子ねぇねが戻って来て、後ろから入ってきたにぃにはその手に大きな箱を抱えていた。え? ケーキだよね……大きくない!? 普通のケーキ2個分はありそう……。


「わー! おっきいねー!? お兄ちゃんこんなに奮発しちゃ……って」


「凄いです……こんな大きいのは初めてかも。兄さん良かったんで……す」


 明莉ねぇねと孔美ちゃんもその箱の大きさに驚いているようだけれど……なんかおかしい? そう思い視線を箱からにぃにへと移すと……。


 高校に入ってからのにぃにのトレードマークとも言えた長い前髪をバッサリと短くし、ワックスでしっかり整えられ……メガネも外した昔のにぃにが居た……。

 ううん、昔よりも遥かにかっこいい。男らしさが増したにぃにだ。


 もちろん明莉ねぇねも孔美ちゃんも、そして驚きをうまく隠している怜子ねぇねだってにぃにの素顔は知っている。そりゃ、あんなことやそんなこと……口にするのも恥ずかしいことはもう皆経験済みだしね。

 それでもなお、やはりしっかりと整えたにぃに、なつ君の素顔は破壊力抜群だった……。


「待たせたか? 髪を切ってきたんだが……どこかおかしかったかな?」


「あ、違うくって! うぅ……それは反則だよ、なつぅ」


「夏希君、雰囲気が違いすぎるよ……」


「わたくしも本当に驚きましたわ。でも夏希様、よろしかったのですか?」


「あ、そうだよー!? 学校ではどうするのさー!」


「んー? まぁ今更、だろ? もう皆との関係は知られてるし……俺も覚悟を決めたんだよ」


 そう言い笑みを浮かべるなつ君……皆も一瞬で『兄』ではなく『夏希』という彼に恋した女の顔になっている。


「あ、夏希君ケーキ持たせたままでごめんなさい……テーブルに置いてほしいんだけれど……置けるかな……」


 私たちが思っていた以上に大きなケーキ、テーブルに並べた料理を少し避けてスペースを作る。


「美央、箱から出すの手伝ってもらっていいか?」


 そう言われて箱を開けると……そこには2段になったデコレーションケーキが収まっていた。


「なつ君……大きすぎない? そりゃ、孔美ちゃんもいるし食べきれるとは思うけれど……」


「ははっ、まぁ大丈夫だろ。それより、もう始めるのか?」


「そうですわね、もう少し見ていたい気もしますが、始めましょうか」


「そうか……ふぅ、わかった」


 あれ……なつ君、緊張してる? 皆も気が付いたのか、どこか落ち着かないなつ君に視線が集まる。


「あー、それじゃあ……始める前に皆に渡したいものがあるんだ」


 そう言ってなつ君は背負っていたボディバッグの中からお洒落な紙袋を取り出した。


「……皆に順番を付けるつもりはない、でも其々持って行ってくれだなんてあり得ないしな。俺と出会った順番に渡すことにした、ごめんな」


 そう言い、私の顔を見るなつ君……これってまさか……そんな期待がまるで波紋が広がるように全身に伝わっていく……手が震えて、脚を動かすことも出来ない。


 なつ君が紙袋から取り出したのはピンクのリボンで飾られた小箱。女の子なら誰しもが望む大好きな人からのプレゼント。


「美央は一番長く待たせてしまったな。これからも1人の女性として俺の傍にいてくれないか」


 なつ君が開けた箱の中には……ローズピンクの宝石があしらわれた銀色の指輪。

 

「いいの……? 私、これを貰って本当に良いの?」


 溢れる涙が止まらない……絶対に貰うことなんてないんだろうと思っていたなつ君からの指輪。


「貰ってくれなきゃ困るんだが。ほら、左手出して」


 動けなかった私の前に来たなつ君は、躊躇ためらいを隠せなかった私の左手をそっと取り……薬指に指輪を通してくれる。


「サイズは大丈夫だったな……まだ学生だから今はこれで我慢してくれよ?」


 私の手を取りはにかむ様な笑顔のなつ君……こんな幸せなことがあるんだ、私はこの人の傍にいて良いんだ……あぁ、この人に恋をして本当に良かった……。


 パチパチパチッと拍手の音でハッと我に返る……なつ君に見惚れてしまっていた私はすっかり周りの事を忘れてしまっていたようだ……いけないいけない、まだ私の大切な人たちが待っているんだから。

 名残惜しむように手を離し皆の顔を見ると……目に涙を浮かべ、あるいは零し、笑みを浮かべている。


「明莉、おいで」


 なつ君に呼ばれた明莉ねぇねが一歩踏み出したので私は入れ替わるように少し距離を開ける。私が最初に貰ったので、これから何を渡されるのかそれはわかっている……それでも、ちゃんと渡されるまでは不安でたまらないんだろうな、明莉ねぇねの小さく震える身体を見てそう思った。



――――



 明莉ねぇね、孔美ちゃん、怜子ねぇね……皆其々がなつ君からプロポーズをされ、左手薬指に指輪をはめて貰った。

 もちろん、実際に結婚なんて出来はしない……それでも『なつ君だけのもの』だと言われた証は私たちの左手薬指で輝いている。

 お互いに見せあったところ、私のローズピンクのように、明莉ねぇねはクリア、孔美ちゃんにはイエローの宝石があしらってあった。

 意外だったのは怜子ねぇねの指輪にはバラのように真っ赤なものが付いていた事だ、てっきりブルーかなって思ったのに……。


 そんな私たちの気持ちに気が付いたのか、なつ君が言うには『4人の中で一番なのは怜子なんだぞ』と教えてくれた……怜子ねぇねの顔がその宝石のように赤いのは……なんだろうな……これは負けてはいられないかもしれない。


 ちなみに、なつ君自身もお揃いの指輪をしている。何も飾られてはいないシンプルなものだけれど、それを私たち皆に一度ずつ左手の薬指に通させてくれた。


 自分でつけちゃうのかな、誰かが代表してかなって考えてたけれど……こういうところってなつ君らしいけれどずるいと思う……ほら、これからクリスマスパーティなのにそれどころじゃないくらい皆の顔がとろけちゃってるじゃない……。


「あー、後からにした方が……良かったか? それと言いにくいんだが……」




 ケーキを食べるときは皆で一刀ずつナイフを入れないか……そういうなつ君に全員が陥落したのは言うまでもないかな。

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