第3話

 クリスマスも過ぎたある深夜、午前2時過ぎ。

 東京都E区警察の電話が鳴った。


『E区○○番地、△△マンションの住人から通報がありました。隣の××号室から男性の激しい叫び声がするとのこと。現場へ急行してください』


 E区警察署の大沼巡査部長が部下を伴って現場へと向かった。

 当該マンションへ到着して部屋番号を呼び出すが、応答がない。

 管理人から合鍵を受け取り、エレベーターで10階へ上がる。

 インターホンにも応答がなく、玄関の鍵を慎重に開ける。


 そして、その現場を目撃した二人は、惨状に息を呑んだ。



 ベッドサイドの照明に照らされていたのは——

 ルームウェアを引き裂かれ、下半身を血に染めてベッドでぐったりとうつ伏せに横たわる、若い男の姿だった。



「……E区警察です。

 私の声が聞こえたら、お名前を教えてください」



「——上野 拓馬……」


 消え入りそうなその声は、ひどく掠れ、震えている。



「上野さんですね。

 激しい叫び声がすると、住人の方からの通報を受けました。

 この状況は……ここで、何がありましたか?」



「……

 獣か……鬼……」


「え?」


「……わ……わからない……


 寝ようと思ってベッドでスマホ見てたら、スマホも部屋の電気も急に消えて、真っ暗になって……

 何か、とんでもなく大きな身体をしたものに……

 に。

 突然襲い掛かられ、のしかかられて……

 どれだけ抵抗しても、痛いと叫んでも、無駄だった……」



 近づくと、服はひどく裂けているが、その下の皮膚には不思議に傷などは見られないようだ。

 上野という男は、顔面を蒼白にしてガクガクと歯を鳴らし、ベッドに倒れたままだ。


 これは——状況的には、明らかにレイプだ。


 しかし……加害者は……

 巨大な獣? 鬼……? まさか。


 だが、鍵を借りなければ開けられないこの部屋に、どうやってその不審者は侵入し、脱出したのか?

 ここは10階だ。そう簡単に窓から出入りなどできるはずがない。



 とにかく、下半身に認められる出血は相当な量と思われる。

 どの程度の被害を受けているのか、ここでは詳細な確認ができない。まずは病院へ搬送する必要がある。


「上野さん。体に受けた傷などの状態を診察しますので、このあとすぐに病院へ搬送します。その時の状況を詳しく——」



「——……い……

 嫌だ……」


 恐怖に身体を硬直させた上野は、追い詰められた声で呟いた。



「そんなこと、できない……!!

 できるわけないだろ!!!

 恐ろしくて……思い出したくない。……思い出せない……

 話したくない。話せない、絶対に!!!!」


 激しく頭を抱え、気が狂ったように喚く。



 その勢いで、服の袖が捲れ——左腕の皮膚に何か目立つ傷があることに、大沼は気づいた。


「上野さん。

 左腕に……傷が。

 見せていただけますか?」


「嫌だ!! 来るな……触るな!!!!」


 激しく拒否する上野を必死に宥めながら、左腕の傷を確認する。


 その傷は、文字の形をしていた。

 皮膚を薄く裂いたような傷に血が滲み、文字を浮き上がらせている。




 ————『味わえ』。




「……この文字は……

 上野さん、この傷に心当たりは……」


 そう言いながら上野を見て、大沼はぎょっとした。

 上野はその文字を見つめたまま、蒼白な顔を一層激しく引きつらせている。




「——……

 罰か」



「罰……?」




「——ああ、殺せ。


 殺せ————!!!」




 罰。


 激しく叫ぶ上野を必死に鎮めながら、大沼はその呟きの意味を考えていた。




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