第2話
12月半ばの冷え込んだ夜、B市警察に通報が入った。
『B市内のC川の河川敷で男子高校生が救助を求めています。C川で溺れかけたとのこと、本人からの通報です。県立○△高校2年、名前は清水 翔さん。現在D橋付近にいる模様。急行願います』
B市警察署の佐伯巡査長が、現場に急行した。
通報してきたと思われる男子高校生は、D橋の下の川岸に縮こまるように座り、震えていた。
「清水翔さんですか」
「——……そうです」
小さく返事が返ってきた。
「川で溺れかけたとのことですね。怪我などはありませんか」
何とか立てる清水を支え、寒さを凌ぐために急いでパトカーへ乗せた。
佐伯は、持ってきた厚手の上着を清水にかけながら問いかける。
「どうして川へ? 転落したのですか?」
「…………みんなが、嫌がらせをするんです……」
呆然としたように視線を不自然に硬直させ、清水はガクガクと震えながらそう呟く。
「——え?
嫌がらせ?」
「ここを歩いていたら、いきなりスマホにメッセージがどんどん来て……友達から。
『そこで泳げよ』『10分以上泳がないと殺すぞ』『見てるからな、逃げられないぞ』って……
真っ暗で、あいつらがどこから俺を見ているのかわからなくて、ものすごく怖くて……」
そのただならぬ言葉に、佐伯の顔も思わず引きつる。
「本当ですか?
そのメッセージの画面、確認させてもらえますか?」
佐伯の言葉に頷き、清水はスマホの画面を操作するが、次第にその表情が強張っていく。
「……ない。
あんなに入ってたメッセージが、ない!!
——嘘だ!! さっき確かに……」
「……」
「そ、それに! 今までも、いろいろあったんです!!
今まで仲良かった奴らが全員シカトしてきて。教科書のページが真っ黒に塗られたり、『死ね』って殴り書きされたり……
何度問いただしても、『何もしてねえよ、お前頭おかしいだろ』って笑うばっかりで……そのくせ遠くで固まってクスクス俺を嘲笑うんです。
ほら、証拠があります、これ!!」
彼は半ばパニックに陥ったように自分のリュックから何冊も教科書をつかみ出し、必死に目の前に広げるが、車内灯に照らされたそのページはどこにも異常など見られない。
「——……嘘だ……
今だって……恐ろしかった。
冷たくて、寒くて、死にそうになった。
もうだめだ、と思った時に、何かものすごい力で川岸に引きずり上げられた。
目の前に、俺のスマホがあって……『警察を呼べ』って、誰かが耳元で……
——訳がわからない。怖い。あいつらに殺される…………!!」
清水はそう叫びながら、掻き毟るように激しく耳を塞ぐ。
もはや半狂乱だ。
これは、いじめによる事件なのか?
だが、それらしい証拠は何一つ得られない。
思考を巡らせながら、佐伯は清水の気持ちを鎮めようと試みる。
「清水さん、落ち着いてください。一旦病院へ……」
清水の背を撫でながら必死にそう声をかけるうちに、佐伯は清水の左手首から細く何かが流れ出ていることに気づいた。
「清水さん……ちょっと左腕を、見せてください。
それは——血?」
清水も、その言葉にぎくりとして自分の腕を見る。
赤く流れ出す液体に怯えながらセーターを捲り上げた腕には、文字が記されていた。
皮膚を薄く裂いたような傷で示した文字。
『味わえ』。
「——……許して…………」
清水は小さくうわごとのように呟くと、佐伯の腕に倒れ込み、意識を失った。
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