元凶と歯車 刑場 Sea視点

 ベッドに横になるものの、いまいち足枷が届かず、片足だけずり落ちた形での就寝となる。

 ここにユノがいればいいのに。


「-----♪--♪-----♪♪♪---」


 またすぐ、明日の朝会えるのに。

 毎日そんなことばかり考えてしまう。


「---♪♪---♪……………はぁ…」


 麻痺していく。

 私は羽を斬られるんだ。

 恐らくユノに。

 小さなため息と共に、口癖のように出てしまう。


「人間に……産まれたかった…」


 カイ。今、どこにいるの?

 また会える? あの人間の2人の様に。

 全てを知っても私を許してくれる?


「……………?」


 革靴の音がする。こんな時間に。

 止まった……………。

 思わず飛び起きて扉をじっと見つめる。

 房の鍵がガシャリと音を立て、やがて誰かが侵入して来た。


「だ………誰……?」


 灯のない独房。

 部屋の中心まで来て、ようやく天窓から入る月光に照らされた姿は、紛れもないユノだった。


「どう……したの……?」


 顔が見えない。でも、分かるよ。私は、私の魔力は『水』だから。

 そっと抱き寄せられ、確信に変わる。


「何があったの?」


 想いを溢れさせたまま、冷静を装ってたと思う。震える指をそっと包む。冷たい……。


 ユノが静かに呟く。


「マリンが……自害した」

「……………え…………?」


 ユノの愛妹。

 私の後継者。

 そして『計画』の………。


「な……何があったの……?」


 ユノは私の問とは違う言葉をぶつけてきた。


「『窓』って必要なの? 何を見たらそうなるんだよっ」

「…………」


『窓』。

 人間が見れる『窓』。

 私の後任者が、自害………?

 とても他人事に思えなかった。

 私と同じ結論を出した、リヴァイアサンの女の子。

 私の愛した人の妹。


 でも、私には何が出来る…?

 ただ、処刑を待つ日々。そうだ。私、ユノに羽を斬られるんだ。

 かけられる言葉が出ない。


 そして止める暇などなかった。

 ユノはゆっくりと私から離れると、硝子のような大鎌を掲げ…………一瞬だった。


「ユノっ!!!」


 血に塗れた彼の身体が目の前で床に沈む。

 私は反射的にベッドのシーツを破り集めて背に当てる。


「私の枷を外して! 血なら操れる…止血するからっ!」


 落とされた羽根が赤い液体を吹きながらビクビクと足元にのたうち回る。


「大丈夫………それ専門の鎌だ……血はすぐ……」


 自らの羽を切り落とした姿に、パニックを起こしているのは何故か私で、彼の言葉が頭に入らない。


「俺はこのまま堕天する。妹を連れ出して来る」

「連れ……出す…? 地獄から?」


 いつの間にか泣いているのは私の方で、ユノにもう1度強く抱きしめられる。

 血液のぬるりとした感覚が、彼の覚悟を刻み込むように私の身体に痕を残す。


 私から離れたユノが何かを床に置いた。

 たちまち空間を切り裂いたように、一つの歪んだ世界が現れる。

 ユノが強引に私をベッドから引きずり出す。


「痛いよっ!」

「お前は霊界に行くんだ!」

「えっ……!?」

「人間の亡者に紛れるんだ。枷を外す」


 霊界にこの天使の姿のまま………?

 そんなの……どうしたらいいか…分からないよ。


「sea、頼みがある」


 痛いくらい、ユノに肩を掴まれる。


「もし、無事に妹を助けられたら…そのリヴァイアサンの鱗を一枚欲しいんだ。

 自害で地獄に落ちたマリンにはもう実体がない」

「鱗……でも……」


 私のこの身体も、カイの身体も……確かに神獣 リヴァイアサンの一部から創られた。

 でも、その本体の保管場所を私は知らない。


「私は構わないけど、リヴァイアサンの身体を隠した場所はカイしか知らないの!」


 聞いておけば良かった。

 神殿じゃない。カイは確かに青の部屋に『本体』を隠しておいたはずだった。


「カイは人間界に行った!

 身体は最後でもいい。カイを……」

「動かないで……!」


 淡々と止血後、着替えを始めたユノを見ながら、まだ私の脳は痺れたまま働かない。


 カイは人間に転生した…………?ユノは知ってたのね…。


 私に背を向け、ユノはキッパリと言い放つ。


「お前は人間の亡者に紛れて、念願通り人間界へいけ。

 そしてカイを探せ。天使のハーフとして行けるよう羽は残す。魔力も必要になるはずだ」

「………でも、霊界の監視はそんなに甘くないよ……?」


 違う。

 そう言う事じゃない。

 私の願いは…。


「俺は狂犬の森から妹を連れ出す。

 全てが終わったら、また会おう」

「終わったら………………」


 それは何年先なの?

 ユノは漆黒に染まってしまった大鎌を手にすると、まっすぐ顔を上げ呟いた。


「出逢えるだろ。その人間の男女の様に。一度『縁』が出来れば、いつか必ず。

 俺達も、きっと………」


 どうして?

 私は一緒に行っては駄目なの?

 離れたくない!

 出逢えるかどうかなんて、他の人の場合なんて知らないの!


「ユノっ! お願い!

 私も一緒に…………!!」


 まだ、言いかけた途中だった。

 まるで私を断ち切るように。

 未練を取り払うように。


 ユノは私を思いっ切り突き飛ばす。


 瞬間、ガラリと風景が変貌する。


「あ…………あ…………」


 もうそこに、次元の亀裂は無かった。

 ユノの姿も。独房も。


 生い茂る枯れ木。裸足の足にさらりと掛かる小さな池のほとり。


 一人、たった一人。

 霊界の辺境に、天使の姿のまま。


 まるで犬を捨てるように。


「くっ………ふっ……うぅ……」


 早く逃げなきゃ。一先ず身を隠さなきゃ。先の事考えなきゃ。


 涙が、止まらない!


 一緒に行っては行けなかったの?

 私を愛しては居なかったの?

 頼ってよ!

 力を貸してって、言って欲しかった!


 動けない……動かない………。

 どうしていいか…分からない。


「カイ………助けて………っ」

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