決断 刑場 ユノ視点

 seaの房を出た頃には、もう深夜だった。

 全く、らしくない。俺は何をしてるんだ。

 懐中時計を戻し、襟を正す。

 扉、廊下の鉄格子……それらの重量感ある鍵を締める時にようやく我に返る。ここは処刑場で、自分は執行人なのだと。


 処刑人達の待機所に戻ると人の気配はなかった。

 シェルのデスクのそばにあるボードにseaの独房の鍵を掛ける。

 囚人全員分の鍵が定位置にズラリと揃っている。


「俺が最後か……」


 魔力封じと幻覚作用のある薄霧の中にあるこの建物は脱獄は不可能。前例もない。

 夜間は一番戦闘力のある俺かシェルが担当だったが、俺がseaの担当になってから、夜の見張り番はシェルがやっていた。

 その、本来ここにいるはずのシェルがいない。


 真っ暗な室内に、シェルの机だけぼんやりとランプが灯っている。

 トイレにでも行ったのか?

 何がなくジャケットを脱ぎながら、シェルの机上に置かれた書類と魔術具に目が行く。


「……マリ……ン……………」


 頭が真っ白になる。

 なんだ、この書類は。

 なんだ?

 遺体。死んだ………死んだ………?

 自殺………。


 感覚のない指で紙面を力なくなぞる。

 どういう事だよ…。なんであいつが。

 立っていられず、思わずデスクにしがみついて床に落ちる。

 整理が、つかない。


 落ち着け。落ち着け!

 アイツ!! くそ!くそがっ!!


 俺はシェルが用意した魔術具を鷲掴みにすると、まずは息を整える。

 酸素がやがて脳へ届くと、頬が濡れている事に気付く。


「卑怯じゃねぇ……? シェル……」


 わざとらしくデスクに置かれた二つの書類を手繰り寄せる。


「執行日………執行日は………?」


 今日の早朝………………!

 反射的に時計を取り出す。あと三時間もない。


 だから置いてったのか…シェル。

 シェルシア………お前はどうしてだ。

 何故これを置いたんだ?

 これじゃお前も、バレればタダでは済まない。分かってんのかよ…。

 頭が何度も、何も考えられなくなる。


「行かなきゃ…」


 脚が……重い。それでも進まなければ。

 手に握りしめたシェルの魔術具の存在が、俺をどんどん追い詰めていく。


『早く私の羽を斬って』


 こんな時になってそんな言葉を思い出すなんて。


「マリン…」


 解錠する手が震える。


 誰の目にも触れぬまま、俺はseaの独房へ引き返した。


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