天界 刑場

堕天と処刑 刑場 Sea視点

 冷たい石の床。

 魔法封じのされた四方の壁。

 高い天井にほんの少しの天窓と格子。

 床に這いつくばったままもう二時間は過ぎてる。動く気力がない。動けると分かれば、処刑人たちは余計に痛め付けてくる。


 扉の開く大きな軋む鉄の音。

 ほら、また一人………ここに来てから毎日だわ。

 彼らは処刑前に天使をいたぶる。


「従者は完了してます」


 私が目の前の処刑人たちに望むものは一つだけ。


 早く私を殺して。

 堕天させて。

 その氷の様な澄んだ大きな鎌でひと思いに、早く彼の元へ。


 早く逝かないと同じ時期に転生出来ない。


「資料、これだけ?」


「はい。罪状も神に対する反逆罪とだけ……」


「ふーん」


 独房に入ってきたのは黒髪の男だ。

 スラリとした足が私の側へ踏み込まれ、男の絹のような滑らかな髪が私の頬に掛かる。


「へぇ……神に逆らうとはね…。

 水系の天使か。髪が青い」


 あぁ……今日からこの男に代わるんだ。

 もう打たれ過ぎて身体の感覚も無い。


「従者は俺が担当だったから話は多分覚えてる」


 従者………?


「そうでしたか…」


「分かった。お前ら出てって」


「あ、はい」


 他の処刑人たちがそれぞれの鎌を持ち独房の外へ出る。


「あの、なるべく痛めつけろと指示が……」


「そうか。なら死んだら元も子もないな」


「……そ……ですね…」


 朝から私に群がっていた処刑人たちが独房を後にする。彼らにも上下関係があるのね。


「俺はユノ」


「……………」


 返事なんて返しようがない。

 私の口には枷がある。

 手も足も。全てが魔法封じの拘束具。


 紙の束。資料だ。

 ユノと名乗った男は天窓の下のほんの少しの灯りの下でじっとそれを見たまま。

 そして半日が過ぎた。


 ……忌々しい。

 羽を斬り、地獄へ堕天すれば…少なくとも悪魔に成り果てても、枷で繋がれている今よりずっとマシなはず。


「神獣………か…」


 書類から顔を上げ、ユノが言う。

 そう。厳密には私、天使じゃない。神獣。

 そう言えば、リヴァイアサンの私の本来の身体はカイが青の部屋に隠してが保管してるんだった。今はどうなっているんだろう…。


 ユノは私を頭の先から爪先まで、疑わしくまじまじと見る。

 やがて私の元へ来ると枷を外した。


「え………あ、あぅ……いい……んですか?」


 なんだか久しぶりに言葉を話したような気がする……。ここに来てからたった五年程だったのに。五年ってとんでもなく長かったのね。青の部屋では時間の感覚なんて気にしてなかったから……。


 長い間の枷のお陰で唇の感覚がおかしいわ……。まぁ、人間に比べれば天使の身体だと多少回復も早いのだけれど。


「お前一人、ここで暴れても俺に傷一つ付かないし、割に合わない労力は使わない主義なんだ。

 忠告しておく。

 俺はあいつらのような品の無い仕置きはしない。身体を清める水も用意しよう。俺の当番日は枷くらいは外そう。

 だが、おかしな真似をするならこの鎌が身体諸共、羽とお前を切り裂く」


 硝子のような透明な大鎌が私を威嚇する。そしてゆっくりと最後に、私の手枷を鎌で撫で切り落とした。凄い切れ味だわ。


 でも、私の意思は変わらない。


「………せて……」


「…なんだ?」


 眉間にしわを寄せて私に耳を澄ませる。


「私を早く……堕天させて……」


「……………」


 ユノは無言のまま私の前に椅子を滑らせ、ため息をつくと暫く私をじっと見つめ続けた。

 やがて、全く脈絡のない一言を言い放つ。


「何故、反逆罪を?」


 私は彼の持っていた紙の束に、つい目が向いてしまった。裁判の記録などが書いてあるのではないのかと。

 何故、知っていて尋ねるのか。

 彼は私の視線に気づくと凛とした物言いで私に言葉をぶつける。


「俺、自分で聞く質だからさ」


「…………はい」


 瞬時に、安堵したのは事実だった。

 少なくとも、この男は今ここですぐ凌辱してくるようなことは本当に無いのだと。


「お前は『何』だ?」


 私は顔をあげると、ことの経緯を話す覚悟をした。


「私はリヴァイアサンとして神に創られた者。

 人間界から追放され、天界に戻ってからは実体もなく、精神のみで海中を漂う期間が長らく続きました。

 私の役目は、来るべき終末の日に海の災害を司る破壊神として産まれたのです」


「空のジズ、陸のベフィモス、海のリヴァイアサンか……俺の同期が一度ジズを経験してるよ。

 今はここの管理人。

 神様も天使が代行する時代になったからな…」


 そんな事、知ったのなんて最近だわ。


「私が天界で過ごした場所は青の部屋と言う隔離された特殊な場所です。

 終末に備え、神の従者達は私に天使の身体を与え、やがて海水で埋め尽くされた青の部屋に空気を創り、神殿を建造しました。

 天界の仕組みを知り、また私に破壊する人間界を学ばせるために。

 話す、食べる、見る……全てが新鮮で。

 同時に私には自分の従者が一人あてがわれました」


 彼が置かれた紙の束を再び手に取り、渋い顔をする。


「カイ………だな。

 もう、二年前に刑は執行されてる。あくまで従者だったからお前より刑が軽かった。

 今は人間に転生してるか…悪魔になり堕天してるか……正直分からないけど?」


 私は頷くしかなかった。


「なるほどね。それでさっさとここを出たい訳?」


「私……」


 ユノがまっすぐと私を見る。その眼光の鋭さに胸の奥がせり上がるような緊張を覚えた。

 これって話してもいいの?

 でも、ずっと話してなかったストレスが酷い。堕天するならいっそ秘密事なんて、吐き出してしまった方がスッキリしそう。


「私の青の部屋には『窓』がありました」


「窓………?」


 天使の身体を与えられた私には神殿に、ある特殊な窓が設置された。


「人間界を一望出来る『窓』」


「………それが何か関係が?」


「青の部屋に『窓』が来るまで私は人間を知りませんでした。人間の生活も、人の感情も、生き様も。

 ある日、一組の男女に目を奪われました。

 彼等は決して結ばれない……。

 それでも、輪廻転生を繰り返して、何度も何度も出会い…………そして報われず生をまっとうする。決して結ばれないのに、時代が違えど、国が違えど必ず出会い……私は次第に二人から目が離せなくなった。

『窓』さえ無ければ…こんな事にならなかったかもしれない。

 海の災害の執行書が届いた日、『窓』から見て決めたの。自分が羽根斬り場に行く羽目になっても人間界は壊したくないって。

 私は後悔してないの」


 たった100年の生の中、必死に愛し愛され、そんな生活を送る罪の無い生き物を………何よりその二人の次の転生を見たかった。

 人が好きだから。あの2人に結ばれてほしいから。壊せなかった。


「カイは『窓』のそばにいた私の元へ来ると、私が神の従者の所へ出る前にこう言った…」


『俺は貴女がどんな選択をしても、決して後悔しません。従います』


「同意の上。でも、ほとんど私のわがままだわ」


 ユノは背もたれにもたれ掛かると、軽くため息をついた。

 笑いたければ笑うといいわ。

 冷徹そうな雰囲気のこの男には、考えられない愚かな行為かもね。


 その後は無言だった。

 拷問する気はないようだけれど…これはこれで気まずいわね。

 ユノは少し嫌悪感を抱いた面持ちで、結局その日は月が上がると共に独房を出るようだ。

 魔力封じの枷を再び嵌められる。


「あんた、名前は? 」


「リヴァイエル。従者にはseaって呼ばれてたけど」


「Ok、レディ・シー。

 言っておくが、俺は連中と違ってあんたをどうこうしようなんて気はない。ただ、逆らうなら、一撃だ。

 それともう一つ。

 お前の従者のカイ。

 執行……殺したのは俺なんだ」


「………っ」


 目の前が霞む。

 これは怨み………悲しみ……絶望………?

 会いたい…カイに。

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