第14話
次の日の朝、久々に太陽を黄色く感じた。
――結局寝ないし!
自分のことではない、目の前にいる昨夜ずっと寝ようとしなかった我儘皇帝だ。
折角夜中にばっちり起きたのに! なんだかんだと言っては、寝なかった!
「交代するから寝てよ」
昨夜もう一度つけた焚き火の側で座るシー・リオンにそう言ったのに、告げたあと一時間はこれまでの話を色々としていた。
それからさすがに少しは眠らないとと促したのに、横に転がっても、微笑んで見つめ続けている。
「シリオン……」
困って髪を梳いてやったら、途端に恥ずかしそうに顔を隠してぼそぼそと文句を呟いている。
――なんで、そこで僕の顔が悪いみたいな話になるんだ!?
「お前の顔は昔と変わりすぎだ。お蔭で側にいると、とても眠れん」
「それなら僕はどこかに離れて見張っているけど」
「そんなことはいっとらん!」
――そう今度は真っ赤になって怒りだしたっけ。
わからない。シリオンの行動は謎が多いけれど、昨日の今朝でもうご機嫌なのもさっぱりわからない。
けれど、そんなアースの横で並んで馬を歩かせるシー・リオンは、鼻歌さえも飛び出しそうな勢いで、にこにことアースを振り返っている。
「この次の橋を越えれば、アルペーヌの町だが、そこに入るのでいいか?」
「ああ、うん」
遠くに白い盾のように聳え立つアルペーヌ山をアースは目を細めて見上げた。夏でも積もった白い雪に反射する黄色い太陽の光が眩しい。
「こっちは帝国に行くには難所だから、追手は少ないと踏んだんだけどなあ」
昨夜の早馬の様子では、こちらにも知らせが来ているとみて間違いがないだろう。
「峻厳なアルペーヌ山に囲まれているからな。さすがにあの夏でも雪の積もる山脈を越えるのは大変だろうが、その割にはさっきから旅人の姿が目につくな」
田舎町なのに、先程から二人の周りにはぽつりぽつりとではあるが、同じ方向を目指す旅人らしい姿が目に映る。
髪の長さがばれないように、アースは布で隠した頭に更にしっかりと外套をかぶると、シー・リオンの疑問にああと笑って答えた。
「アルペーヌには隠れた秘湯があるんだよ。そんなに有名でもないんだけど、口コミのお蔭で湯治客が絶えないらしい」
「温泉があるのか?」
「うん、美容と神経痛に絶大な効果があるそうで、女性とお年寄りに大好評なんだって」
「なぜ、美容と神経痛? その二つに何の関係があるんだ?」
「強いて言うなら、商売繁盛。効いても効かなくても気は心ってところかな」
「完全に詐欺じゃないか!」
思わずつっこんだシー・リオンにアースはまあまあと笑って肩を叩いた。
「それだけ需要が多いってことだよ。お蔭で、自殺と遭難の名所と名高く、行くときは厄除けのお札を必ず身につけるようにとまで言われていたアルペーヌの、苦肉の町おこしの努力もそこそこ報われて、僕らも湯治客に紛れて目立たずにすむんだから」
ぽんと肩に手を置かれて、ふんとシー・リオンは赤くなりながら顔を背けた。
「山一つで帝国だというのに、不用心な話だ。いくら大軍が越せない山でも、もう少し城塞ぐらいは作るべきだろう。その方がよっぽど町も潤う」
「あれ、珍しく僕と意見が一致したね。僕も昔ここには念のため要塞を築いた方がいいと言ったんだけど、却下されてね。せめて関所の強化をと進言したけれど、まだ塔でひよっこだったからなあ。まあ、お蔭で今僕たちが抜け道に使えるんだけど」
三方を帝国に囲まれた今となっては、北のアルペーヌ山越えよりも、東の帝国領地や南の属州に逃げた方がよっぽと早い。
「でも、食べ物は他州にも轟く名物があるんだよ。アルペーヌ山羊の蜂蜜漬け唐辛子焼とか、蜂の子の揚げ物黒砂糖まぶしとか」
極上の笑顔で解説したのに、その瞬間シー・リオンの顔が強張った。
「ちょっと待った。どういう意味での名物だ? どんな評判で名が轟いているのか、そっちが気になるんだが」
「うーん、たしか『一度食べたら地獄まで忘れない味! これを知れば人生のあらゆる苦難も軽々と飛び越えられる偉大な人間への飛躍!』だったと覚えているけれど」
「待て。偉大なじゃなくて遺体になりそうな味の間違いだろ」
「へーシリオンにも冗談が言えるなんて初めて知ったよ。これはやっぱり挑戦してみないとね! そして帝国に更なる飛躍を!」
「待て! お前、それは俺にだけ食わせるつもりだろう!」
「そんなことないよー」
左腕に嵌められた見知らぬ腕輪が陽光に光るまま、アースは笑いながら馬首をアルペーヌの町へと向けた。
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