Act.-- アザトース・レコード

「貴様、アカシックレコードって知ってるか?」

ニトクリスはワルサーP38を向け、眉一つ動かさず相手に問うた。

深夜の教会。

窓から冷たい空気が流れ込む中、ニトクリスとアイリーンは対峙していた。

「さぁ、どうでしょう。」

アイリーンは人質の頭にルガーP08を向けていた。

ニトクリスはため息をつく。

人質の明日香は・・・気絶して白目を向いた上、口と全身をガムテープで覆われていた。

果たしてここまでする必要があったのかは些か不明ではあった。

「そいつを解放しろ。私の実験材料仲間だ。」

「なんと書いて仲間と読みましたか?」

「黙れさもなければそいつごと撃ち殺す。」

「拉致した人間を間違えましたね。いやそもそも人質を用意するという選択をした私が馬鹿でした。

分かりましたよ、解放します。」

アイリーンは粗雑に気絶した明日香を床に放った。

そして何事もなかったかのように会話を再開した。

「えぇと、何の話でしたっけ?」

「アカシックレコードだ。」

「あぁ、そうそう。確か原始からの世界記憶の概念・・・でしたっけ?」

「そんな所だろう。差し詰め、ゲームのシナリオとでも呼ぶべきか?」

「ほう?あなたは神を、操り糸の付いた模型だとでも言いたいんですか?」

「そうさな。この世界が神の見る夢だとするならば、死海文書やアカシックレコードはその骨子だと言っても過言ではない。

永劫回帰で物語がループし、サイコロの目と数値、選択肢によって僅かに内容が違って見える。

神の夢が本体と別にあるのなら、神もまたただの模型に過ぎない。

模型に付いた釣り糸。

その先には一体何があると言うのか・・・。」

「果ての無い妄想ですね。

もし真実だとしても、きっと・・・それ以上進むことは許されないでしょうね。

イカロスの翼。

軽々と神を超えようとすると、やがて罰が当たる。

好奇心、秘剣猫殺し・・・ですよ。」

「けっ」

ニトクリスはワルサーのスライドをロックをし、銃口を下ろした。

そしてアイリーンに問う。

「なぜ明日香を拉致った?」

「ここ最近刺激が足りてなかったんですよ。人さらいはちょっとしたスリルでした。」

「・・・・・。」

「あッ冗談ですよ、冗談。

そうですねぇ・・・まぁ見てほしかったものがある・・・と言えばいいでしょうか。」

「メッセージングアプリでいいだろ。」

「直で合わないと寂しいんですよ。そもそも友達登録してましたっけ?」

「けっ」

ニトクリスはワルサーを仕舞う。

不意打ちで撃たれたとしても何とかはなる。

細胞の回復にはそう時間はかからない。

ニトクリスはアイリーンの方に近づいた。

アイリーンは手のひらを差し出す。

その上に・・・、

浮かび上がる三次元GUI。

球のようにも見えるそれは、ガラス玉と呼ぶには些か柔らかく、オーロラと呼ぶにはあまりにも固すぎる。

そんな印象を受ける。

映像が流れた。

ニトクリスは目を向ける。

球の奥へ。

奥の奥に見える世界へ。

「・・・これはッ!!」

「リプレイ映像・・・といったところでしょうか。」

「何のつもりだ?」

「あなた方に愛想が尽きたんですよ。

私は降ります。危険な橋は一人でお渡りください。」

「噓だな。完全にゲームを降りることは出来ない。今見せた映像も、アカシックレコードの断片。

何をしても世界って奴はそう簡単には変わらない。

たとえ分岐しても、似たような未来に辿り着く。

ドラ○もんも言ってたよな、新幹線や電車みたいなもんだって。」

「私という存在はあらゆる場所に隣接しています。

あらゆる場所の私を殺されようが瞬時に蘇りますし、世界は何も変わらない。

だけど、一度死んだと錯覚することはできそうです。」

「何がしたいのかさっぱり分からん。の思考なんざな。」

「神の如く悠久の中で生きて、宇宙に棲む我々です。

ニーチェが神は死んだと言ったように、一度死んでやり直すぐらいが丁度いい。

また復活すればいい。あなたはどうなんですかブバスティス。」

「錯覚に浸ってるほど私は暇じゃない。

私はただ求めるだけだ。

その手を休めず、何処までも。」

「フ・・・・。」

アイリーンはルガーP08をこめかみに当て、引き金を引いた。

緑色の血しぶきが散った。

脳の破片が辺りに跳び、やがて地面に落ちる。

スローモーションのように・・・。

操り人形の糸が切れるかのように。

その光景を・・・ニトクリスはただ悠然と見ていた。

ただ一人の女が倒れ行く様を。

ニトクリスは呟いた。

「牧も言っていたな。人は自由を歌うくせに、何かに縛られなければ生きてゆけない。

果ての無い空間で独りぼっち・・・暗闇で自由を見つけた時、人はその寂しさから糸に雁字搦めにされていた頃を思い出し、恐怖と絶望を感じながら死んでいくんだ。

なぁ、お前・・・自由になって死にたかったのか?」

アイリーンは瞳を開き、笑顔を作り答えた。

「さぁ・・・どうでしょう。」

アイリーンは人ならざる・・・白いメッシュ状の瞳でニトクリスの顔を覗いていた。









つづく

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