Act.18 夕餉時の赤トンボ
イヤホンから流れているのは、夕焼け小焼け。
辺りは太陽が沈みかけており、まさに曲を聴くにあたってはジャストタイムとも言える。
イヤホンで耳をふさいだ少女の目先。
オレンジ色の鮮やかな空に、沈みゆく
そしてその太陽の光を受けた、二つの黒い巨影の姿がそこにはあった。
走り、ぶつかる、二つの巨影。
その度に震動がこちらに伝わってくる。
片方の巨影は人型をし、相手に拳と小刀を向けた。
もう片方は不定形。時折形を変え、伸びる触手で相手を傷つけた。
火花も散り、血肉も散った。
何度も打ち合い、何度も震え、何度もぶつかった。
太陽は沈んでゆく。
徐々に・・・沈んでゆく。
直に・・・両者とも疲弊を見せた。
しかし戦いをやめる気配はなかった。
やがて、人型の巨影は無定形の巨影の隙を見つけた。
タイミングを合わせ、人型の巨影は傷つきながらも無定形の巨影の元へ走る。
大地を蹴って・・・。
そして小刀を、無定形の巨影へ向けて・・・刺した。
突きであった。
しばらく静寂がこだました。
やがて・・・無定形の巨影の体躯は・・・徐々に先程まで保ちつつあった形をも失い、液状となって崩れていった。
気づけば、蝉の声が響いていた。
少女は目の前に残った人型の巨影と夕暮れと、イヤホンの夕焼け小焼けに沁みていた。
ふと、少女の目の前に、一匹の赤とんぼが姿を現した。
やがて赤とんぼは、少女の頭上・・・遥か遠くへと飛んでゆき、そのまま姿をくらました。
× ×
夜。
自宅だった。
あんな戦いがあった後にも拘わらず、茉那華は自分が料理すると言って引かなかった。
手伝うと言っても聞きやしない。
八雲ちゃんをちょっとでも誤解させちゃったからその詫びとして・・・
ということらしいけど、あまり意味が分からない。
「・・・・・。」
香ばしい匂いがキッチンから漂ってくる。
唾液が口内に溢れ、腹が減る。
・・・暇だ。
テレビでも見ようかなと思ったけど、この時間は好きな番組がやってないことを思い出す。
他にすることが無いので、スマホを点けた。
ふと・・・ミナミの顔が頭に浮かんだ。
「・・・・。」
やはり、気になってしまう。
ミナミがちゃんと生きているのか。
先程のミナミが偽物だってことは分かるんだけども、何故か本物の方が心配になってくる。
・・・Bellするか。
メッセージングアプリを起動し、ミナミのアカウントへメッセージを送る。
元気?
大丈夫?
・・・・と。
数秒遅れで既読が付いた。
そして返信。
『? 何がだ?』
何も知らない様子。
話そうか悩んだけど・・・知らない方が良い気もした。
まぁいずれ知ることになると思うけど、今言っても信じるかどうかは分からないと思うし。
適当に返すか。
『いやプレステ2のコントローラーの感触が悪かったからミナミちゃんに何かあったかなと』
送信。
既読が付き、『どんな因果関係だ』とツッコミが返ってきた。
私のプレステ2のコントローラーが一切動かなくなった時、それはミナミの死を表す・・・多分。
まぁ深読みされないように、先手を打つ。
『あ、これから私夕ご飯だからしばらく返事できない。』
送信。
まぁご飯食べながらスマホを触るとか行儀が悪いという理由も込みだ。
というか今60%は夕ご飯のことで頭がいっぱいだ。
腹が減っては何とやら。
マジご飯食べたい。
既読、そして返信。
『私も。』
『師匠がご飯作ってくれた。』
『詳しい話はまた後で。』
・・・と。
師匠が来ているのか・・・?
まぁ詳しい話はご飯食べた後でいいや。
「しかしこの時は知る由もなかった。まさか、ミナミちゃんがあんなことになるなんて・・・。」
「・・・・・。」
思わせぶりなセリフだった。
茉那華だった。
私は言った。
「みんなみんな、フリーダムすぎると思うんだ。最近地の文読みすぎ。
私が一方的に不利な立場になってるというかさ、ナレーターの言動に逐一反応するスポーツ選手がいますか?っていう。」
「耳が良いんだね、皆。」
「あんたもな。」
「出来たよ、ハッシュドビーフ。」
「無視かよ。」
「あ、さっきの私が言った言葉、何の意図もないから。」
「意図なしかい。」
茉那華が料理を運んできてくれた。
美味しそうな香りが徐々に近づいてくる。
「はい、お待ちどおさま。」
瞳に映る彩り。
ほくほくと上がる湯気。
口内の唾液の増幅。
湯気に乗って香りが鼻の奥まで伝わり、食欲がさらに湧きあがった。
いただきます・・・と、茉那華は静かに挨拶をした。
「い・・・いただきまーす。」
私も挨拶を終え、スプーンでハッシュドビーフを口に運ぶ。
「・・・・ッ!!」
熱と味が口内に広がる。
「う・・・美味いッ!!」
思わず感嘆の声を上げてしまった。
程よい酸味のルーに包まれたライス。
そして程よく火の通された牛肉。
絡み合う飯の旨み。
それらが出来立ての熱さの中に内包されていた。
「ふふ・・・良かった。」
笑顔で茉那華は言った。
若干警戒している相手だが、料理の腕は確かだった。
あの時食べたラーメンもまた同様。
美味ぇ。
美味ぇんだよこの人の料理。
他にもほうれん草のおひたしや鮭のマヨネーズ焼きなども並ぶ。
次から次へと料理を求め、気づいた時には完食していた。
「ふぅ・・・お腹いっぱい。ごちそうさまでした。」
「うん、おそまつさまでした。」
食器を運ぼうとするものの、私が食器を持つ前に手早くキッチンに運ばれていた。
「自分の食器持ってくぐらいは・・・」
「いいの。これぐらいさせて。」
「・・・・。」
茉那華は食器を洗い始めた。
・・・。
ミナミのアカウントに、ご飯美味しかったーと送信した。
すると、『私のアカウントはブログではない』と返信・・・及びツッコミ。
苦笑いスタンプを押そうとしたけど、先にメッセージが送信された。
『まぁ私も師匠の料理、美味しかった。懐かしい味だった。』と。
そして可愛らしい鳥か何かの嬉しそうなスタンプが送られてきた。
ほっこりした雰囲気が感じ取れた。
私は『良かった良かった』と送信。
あと『私のアカウントはブログではないが』とも送信。
すぐ返信が来た。
『お前言うな。』のメッセージと共に、謎の鳥のマスコットキャラが威圧的な顔で人差し指を指してくるスタンプが送られてきた。
ミナミはこーゆー時折隙から駄々洩れるお茶目さがある。
若干怖そうなイメージがあるとか周りから聞くけど、意外と天然なのである。
天然記念物に指定されそうなくらい天然なのである。
「・・・・ん?」
スマホから軽快なリズムが鳴り出す。
Bellのテレビ通話の表示・・・ミナミからだった。
「・・・・・。」
え?
もしかして地の文読まれた?
こんな遠くから?
地の文って遠隔で読めるものなの?
いやスマホから突き出てるの?薄っすら見えるの?
地の文ってそーゆーもんなの?
ってゆーか地の文って結局何なんだッ!!
「・・・めんどくせぇ。」
私は通話の×ボタンを押し、通話をキャンセルした。
こーゆーのは文で伝えればいいのだ。
つーか地の文を読まれ続けるのも相当なもんである。
そろそろノイローゼになるぞ。
もうスマホ見るのも嫌になってきた。
テレビか漫画か見るか。
スマホをソファの方へ投げようとした時だった。
ピコン・・・と、通知の音が聞こえた。
ミナミのBellだった。
『拒否るな怒』とメッセージが来てた。
そしてまたテレビ通話の表示が表れた。
「・・・チッ」
無論通信拒否である。
×ボタン押した。
直後にメッセージが送信された。
『拒否るなと言っているであろう激おこぷんぷん丸ッ!!』
あとなんか謎の鳥が可愛らしく怒ってるスタンプが投下された。
何かわいこぶってんだばーかと思った。
すると直後、続々とメッセージが送信され始めた。
『私は天然ではないッ!!』
『舌打ちしたな其方ッ!!』
『私に見通せないものはない』
『其方を見ているぞ』
そして先程送られてきた謎の鳥が威圧的な顔で人差し指指してくるスタンプが投下された。
「・・・・・怖ぇよぉッッ!!!!」
思わず声に出して叫んだ。
バケモンじゃんッ!!
偽物と変わらんほどのバケモン具合じゃんッ!!
怖ぇ・・・・怖ぇよッ!!
なんで地の文・・・とゆーか心の声駄々洩れなんだよぉッ!!
皆がエスパータイプなの?
それとも私が心の内読まれやすいタイプなだけなのッ!?
軽快な音楽が鳴る。
戦慄した。
三度目のテレビ通話表示だった。
通話ボタンを押すしか方法はなかった。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
テレビ通話を開いた途端、ミナミのむっつり顔が現れた。
「誰がむっつりだ。」
ミナミから言われたので、私は力なく言葉を返した。
「やーい・・・むっつりスケベー・・・。」
本当に力なく。
さすがにミナミも心配したらしい。
「八雲・・・その・・・大丈夫か?」
「誰かさんのおかげでね・・・あはははは」
感情を一切込めず機械的にセリフを喋った。
それ程までになるのである地の文読まれ続けると。
てゆーか地の文って何だっけ、ゲシュタルト崩壊してきたなあはははは。
「その・・・悪かった。」
ミナミから謝罪の言葉が送られてきた。
「これからは・・・ほどほどにする。」
「なーにがほどほどだッ、土下座しろォッッ!!!」
「ヤバい読み過ぎたせいかおかしくなってる。情緒おかしくなってる。
ごめんなさい、ごめんなさーい。」
「ああああああああああああ――――――――――――――――」
落ち着くまで、数十分要した。
× ×
「どうだ、美味いか?母さんの料理は」
ニトクリスの問いに、少女はコクンと頷いた。
ニトクリスは微笑んだ。
恐らく誰にも見せたことのない、ニトクリスの一面。
数ある素顔の一つであったことは・・・間違いないかもしれない。
鯖戸市の何処かに点在するアパート。
その一部屋。
そこにあったのは、たどたどしい愛の形。
ニトクリスすら・・・慣れていない。
微笑み。
慣れない・・・微笑み。
そんなニトクリスの表情に、少女もついに口元を緩めた。
どこか温かく、どこかこそばゆい雰囲気。
「なぁ、リエ」
ニトクリスは、少女の名前を呼んだ。
「明日の料理は・・・何がいい?」
「・・・・・。」
リエはしばらく考えた。
そしてたどたどしく、答えた。
「オム・・・オムライス。」
「そうか、オムライスか・・・分かった。具材、用意しておく。」
言って、ニトクリスはリエをしばらく見つめた。
「・・・・・・。」
そして優しく、リエの頭を撫でる。
たどたどしく・・・不器用に。
そう・・・不器用だった。
ニトクリスも、リエも。
不器用ながら、彼女らはお互いに、何を思ったのだろう。
「あれ?もう切っちゃったの?」
牧はミナミに聞いた。
えぇと頷くミナミ。
「それがどうかしましたか?」
「ミナミちゃんの友達とお話したいなって思ってたのに・・・楽しそうだったし。」
「楽し・・・ん・・・・まぁ、楽しかった?ような・・・。」
「いーなー、一人だけ。」
牧は子供のようにぷくと頬を膨らませた。
まぁまぁとミナミは牧をなだめる。
そして聞いた。
「次はどこに行かれるんですか?」
牧は世界中(もしかしたら宇宙中かもしれないが)を飛び回っている。
会える日が稀だったりするのだ。
「あー・・・」
牧はしばらく考えたのち、ミナミの問いに答えた。
「ちょっと用事があってさ、しばらくはここに留まろうかなって思ってたところなんだ。
あ、そうだ。折角だからミナミちゃんの家にしばらく住んじゃおうかなーって思ったりー・・・思わなかったりー・・・やっぱり、迷惑かな・・・あはは・・・。
美味しい料理作るからさ。」
「ほ・・・本当ですかッ!?嬉しいです師匠ッ!!」
「え?本当?」
「はいッ、夢見たいです。」
「良かったー・・・ってうわッ」
ミナミは思わず、牧に抱き着いた。
牧は改めて実感した。
自らの弟子が成長したこと。
身長ももうすぐ抜かされそうな気がする。
――――大きくなったなぁ。
思いながら、牧はミナミを、優しく抱きしめた。
× ×
「・・・・・はぁ・・・。」
通話終了ボタンを押して、思わずため息をついた。
なんか、疲れた。
感情のアップダウンが激しすぎて、精神に疲弊を感じた気がした。
「楽しそうだったね、八雲ちゃん。」
「・・・ん」
「さっきのが本物のミナミちゃん?」
「うん」
「本当はどんな子なの?」
「うん」
「そろそろ相槌以外で喋ってほしいなぁ。」
「チッ」
「舌打ち・・・?」
どっと疲れが溜まっている。
自称姉の話に乗ってやる義理は無い。
口をとがらせ目をそらした。
時計を見て納得する。
良い子はお眠の時間だった。
そういえば今日ゲームもしなければ漫画も読んでない。
まぁ今からする気力もないのだけれど。
正直、さっさと風呂入って寝たい。
「あ、そうだ。」
と、茉那華が言った。
「偽ミナミちゃんから何かストラップみたいなやつ貰ってたよね。あれ、見せてくれる?」
「・・・・・・。」
「大丈夫、見せてもらえるだけで良いから。」
「・・・・・へい。」
「どうも。」
別にこだわりはなく、持っていたい訳でもなかったので、素直に渡した。
そして聞いてみる。
「・・・何だったの?アレ」
「偽ミナミちゃんのこと?」
「そう」
「多分、邪神なんじゃないかな。」
「邪神?」
「そう、邪神。」
「あんなに小さかったかな・・・。」
「八雲ちゃん、邪神っていうのはね、姿が自由に変わるものなの。だから目撃証言によって、姿が若干異なったりするの。
ストラップからも・・・大体割れてきたかな。」
「誰なの?」
「恐らく・・・ハスター。」
「分かんない。」
「その方がいいんじゃないかな。」
「どうして?」
「迂闊に邪神を知ろうとすると、死んじゃうからね。」
「・・・・・・。」
ニトクリスや・・・皆からも言われたことだった。
知りすぎると、発狂死する。
最初は信じがたかったけど、邪神を知りすぎて生還出来た人間は少数らしい。
だからそれ以上聞くのは止めた。
別の話に切り替えた。
「茉那華が纏ってたアレ、何だったの?アストロワンじゃないみたいだけど。」
「うーん・・・ようやく名前で呼んでくれたのはいいんだけど、お姉ちゃんって言ってくれないと・・・。」
「マナカオネーチャン、アレナンダッタノ?」
「棒読みかぁ・・・まぁいいや。」
知ったことではなかった。
茉那華は言った。
「あれは・・・コズモギアって言うんだ。」
「コズモ・・・ギア?」
「そ。アストロワンと違って、ラピッドエネルギーで動いていないの。
似てるようで、ちょっと違うんだ。」
「○ッキーとトッ○みたいな?」
「うーん・・・的確だけどそうじゃないような・・・。」
アストロワンと、もう一つの装甲『コズモギア』。
似て非なる兵器・・・らしい。
詳しいことは茉那華も知らないらしいけど。
「・・・もうこんな時間。先にお風呂入っておいて。もう沸いたから。」
「さすが仕事が早い事で。」
「ふふ・・・ありがとう。」
それから風呂に入って、髪を乾かして、歯を磨いて、床に就いた。
重い体。
疲れを早く、取りたかった。
× ×
深夜、チャイム音が鳴り響いた。
「・・・・ッ、ったくうるせぇなぁ・・・・。」
明日香の住んでる古アパートの一室。
この場所、この時間帯には珍しい訪問者だった。
「誰だよ・・・こんな時間に・・・。」
明日香は苛立っていた。
それもそうであろう。
時間帯は深夜だ。
「・・・恐怖新聞は頼んだ覚えはねぇぞ。」
明日香は、玄関のドアアイを覗いた。
外は雨が降っているらしい。
ドアの前にはおぼろげながら、人らしきものが立っていることが理解できた。
そのフォルムに、見覚えはない。
訪問者に、見覚えはない。
――――――誰だ?・・・コイツは、誰だ?
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