Act.17 羊飼いの観測者
ミナミはアストロワンを纏っていた。
やたらと広々とし、雪のように真っ白な空間。
剣を構えながら、目の前の相手を凝視していた。
ミナミの構え。
変化の構え・・・霞の構え。
ミナミは勝負が始まった途端先を狙うつもりでいた。
しかし、相手がただの人間だったらばそれで終わりだったのだ。
人間が相手ならば負けることはない。
しかし、今は違う。
相手は・・・
剣を握り、襤褸の袖から見えるその腕は、人間のものとは到底思えない。
その腕は触手のようであった。
否。
ようであったではなく、そうであったのだ。
脚まで覆いかぶさった襤褸。
相手は、剣を正眼に構えていた。
唯一さらけ出された触手によって構えられた正眼は、構えた本人には似つかない。
捉えようによれば滑稽とも取れる。
顔は襤褸の影に隠れて見えない。
ミナミのこめかみに冷や汗が伝う。
限りの無い白の空間。
漂っているのは『無』。
風や空気は幾ら経っても流れてこない。
相手も微動だにし動きさえしない。
時間が無限にも漂っている感覚に陥りかねる。
何も聞こえないし何も匂わない。
唯一感じるのは刀を持っている感触と冷や汗のみだった。
ミナミには、狙う相手が邪神であることぐらい見抜いていた。
だが・・・あの微動だにしない姿。
何も動こうとしないこの空間で、相手がただの人形と錯覚してしまう程の・・・。
ある意味で特異な空間。
いや特異そのもの。
「・・・・・・・ッ!!」
冷や汗が・・・伝う。
何分が経過しただろう。
もっとも、ミナミの感じ方を頼りにしているだけで、もしかしたら分単位ではないのかもしれないが・・・。
冷や汗が伝う。
何度も何度も何度も。
冷や汗が頬を伝い、ようやく・・・覚悟を決めた。
狙うは先。
あの体躯を貫いてみせる。
ミナミは地を蹴った。
月星人の跳躍力と、アストロワンの力を以てして。
目にも映らぬスピードで。
観測さえ不可能な程のスピードで。
相手に向かって正面に跳んで行く。
それは等速直線運動であった。
一定の時間で一定の距離を跳ぶ。
跳躍。
いや・・・さながら野鳥が、狙った獲物を捕捉し食い殺すまでの一連の流れ・・・
パターンを模していると言っても過言ではない。
ある意味では飛翔に近いのかもしれない。
・・・そう、飛翔である。
ミナミは獲物を狙う。
獲物を貫かんとする。
飛びながら刃を前方向に押し出し、突き刺す。
捕捉は・・・既に完了していた。
「・・・・・・。」
とんでいる間さえ、ミナミにとっては自分の動きが遅く感じられた。
まるで、宇宙空間をそのまま進んでいるかのような。
不思議な感覚。
しかし、だからといって目標を見失ったりはしない。
相手は微量、剣を動かしたように見える。
しかし、その微量の間にも、ミナミは距離を詰めていく。
僅かな見落としが致命的になるほどに。
右側の剣を、正面に持ってきて、そのまま突きのフォームに持ってくる。
勝負が決するのは着地した瞬間。
刃は襤褸・・・そして相手の体躯を貫き、その反動が手の平に伝わる。
着地。
相手は・・・剣を地に落とした。
剣の刃を伝って、大量の液体がこぼれていくのを手の平で感じた。
殺した。
殺した手応えがあった。
その瞬間だった。
ミナミは相手と・・・自然に目が合った。
目が合ってしまった。
反動でフードが取れる。
顔・・・。
口からは血を流し、虚ろな瞳をしていた。
そこにあったのは・・・ミナミの顔だった。
現れた自分の顔。
ミナミは驚愕を隠せるはずもなかった。
目が合っていた。
真っ黒な・・・虚ろな瞳と・・・。
宇宙の色を表したかのような黒さ。
ミナミは思わず・・・剣を掴んだまま、その黒に・・・危うく吸い込まれるところだった。
× ×
私は言った。
「これまでのあらすじッ!!
家庭の都合上一人暮らしだった素敵美少女、彩奈八雲ッ!!
肉まん食べながら帰ってた放課後、謎の怪物に襲われちゃったッ☆
そこに現れたのはなんと、謎の装甲を纏った優しい同級生の美沙夜ちゃんッ!!
あと自分をニトクリスとか名乗る死んだ魚の目をした中二病のおばはんから、
アストロワンとかいう謎の装甲を纏うアイテムをもらっちゃたよッキラッ☆
度重なるドロドロした仲間同士の衝突や謎の女同士の謎のやり取りを乗り越えながらも、なんとか命の大切さを分かち合うことが出来たよッ☆
明日は一体どんな日になると思う?
あ、私ピザまん食べたいな♡
ねぇ明日香ちゃん、どう思・・・」
「うぜえェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッッ!!!!」
「ゴッ・・・!!」
顔面に正拳突きを受け、私は壁に突き飛ばされた。
そして頭を強打した。
「うるせぇんだよオイ・・・・。」
怖い顔しながら明日香は言った。
「何で私の部分省かれてるんだよォッ!!!」
「あ、そこなのねッ!!」
「永遠に黙ってろッ、死ねェッッ!!!」
「ギャースッッ!!!!」
理不尽な暴力を受けた。
そんなにあらすじに入れてほしかったのか明日香たん。
あぁ・・・ピザまん食いてぇ・・・。
「今日、ミナミ来てねぇな。」
「あの、サラッと話を進めないでくれます?」
顔がまだヒリヒリしていた。
「過去は振り返る必要が無い限り振り返らない。それが私のモットーだ。」
「じゃかましいわッ!!たまには適度に振り返ることも大切なのよッ!!
都合のいいモットーめッ、モットー星人かこんにゃろーッ!!」
おのれ明日香め・・・。
今夜こっそり明日香の家に忍び込んで冷蔵庫にひたすらバナナの皮を投げ込んでやろうかと脳裏で画策した。
ふへへへざまぁみやがれ。
これで貴様の冷蔵庫はバナナの皮で溢れ、朝食はバナナの皮を貪り食う羽目になるのだッ!!
フハーハハハハッ!!
・・・・・・。
「ミナミちゃん今日どうしたんだろうね。」
「お前も人の事言えねぇぞ。」
「オイやめろ、地の文読むな。何処で読んでんだよつーかどうしたら読めるようになるんだよッ」
「お前の顔に逐一表示される。」
「どんなシステムッ!?私って顔に出やすいタイプだったのッ?つーかどんなタイプッ!?
『顔に書いてある』どころの話じゃねーじゃんッ!!」
これからポーカーフェイスを心がけようとそっと思った。
ル○ン三世みたいなニヒルな笑みを常時浮かべてる系JKになろうと思った。
・・・・と、まぁ本筋に戻るとしよう。
教室だった。
昼休みということもあり、教室にいる人数も少ないっちゃ少ない。
いつもなら4,5人で弁当を食べるものを、今日は私と美沙夜と明日香と
香美は大抵誘う前に弁当を食べ終わるので、一緒に食べられる確率は低い(そしてそのまま何処かに蒸発する)。
一緒に食べれるのは珍しくはないのだけれど。
しかしミナミがいない昼食ほど珍しいものはない。
大抵表情一つ変えずしみじみと弁当食べてる様子に馴染んでしまったせいか、今日の昼食に限っては違和感が半端じゃなかった。
珍しい。
何かあったのか、疑わざるを得ない。
「体調不良・・・だったけ?」
私は明日香に聞いた。
「あぁ。でも、あの月面人が体調崩すとか信じられねぇな。これまで休んだこと自体あったか?いつも鬱陶しかった仏頂面も、突然いなくなったら寂しいもんだな。」
「・・・・・。」
ミナミは、知っての通り宇宙人の為、健康面でも体力面でも人間のそれを優に超えている。
精神面は知らないけれど。
あぁ見えてオチャメだし。
要するに心配なのだ。
心配のし過ぎなのかもしれないのだけれど。
「ま、気にし過ぎなんじゃねぇの?宇宙人だって人間なんだ。体調悪い日だって、一日や二日ぐらいあるよ。」
「まぁ・・・そうだよね。」
気にし過ぎ。
心配し過ぎ。
そうだよね、きっとそうだ。
明日になったら、きっといつも通り元気に登校してくるはずだ。
「八雲ちゃん!」
「ん?」
声がしたと思って振り返る。
美沙夜だった。
図書館に行った帰りだったので、何やら分厚そうな本と薄い本を数冊。
あ、私がオススメした本借りてくれたんだ。
嬉しい。
美沙夜は言った。
「八雲ちゃん、先輩が呼んでるけど・・・」
「先輩?」
明日香が聞く。
嫌な予感がした。
「・・・・追い返して。」
私は言った。
「え?酷くね?」
と明日香。
まぁ、明日香の問いはひとまず無視をして、
「八雲ちゃんはいません。
本場のシュラスコが食べたくてブラジルに飛びましたって言っといてくれる?その先輩に。」
美沙夜に言った。
「どんだけ会いたくねぇんだよッ!!そこまでして動きたくないんかッ!!」
明日香は言った。
美沙夜は困り顔を浮かべている。
「いーやーだーぁッ!!だってアイツ嫌いなんだもんッ!!
図々しいもん厚かましいもん学校まで顔も合わせたくないんだもんッ!!」
「もんもんもんもんうるッせぇッ!!」
「ヴェゴォッ!!!」
またぶん殴られた。
明日香は言った。
「嫌い嫌いって言い続けて特定の人間を避けられるように世の中は出来ちゃいねぇんだよ。
どんなに嫌いな人間でも好きになれる努力をしねぇと生きちゃいけねぇよッ!!
世の中嫌いな人間だらけになる。さぁ行けッ、好きになる努力して来いッ!!」
「め・・・名言だ・・・。けどもっと良い所で聞きたかったッ!!」
捨て台詞みたいに去り教室の外に向かった。
やっぱりアイツだった。
「やーくもちゃん!・・・顔、部分的に赤いけど、どうかした?」
茉那華だった。
「・・・何用?」
若干不機嫌そうに聞いた。
「今日の夕飯何がいい?」
「んな事ッ!?」
「んな事って何よッ!!こっちは八雲ちゃんの為に愛情込めて作ってるのにッ!!」
「へーへー、いつもお世話なってまーす」
「むぅ・・・。」
両者口を尖らせた。
茉那華は言う。
「・・・それで、今日は何がいい?」
「ハッシュドビーフ。」
「うーん・・・作れるかなぁ。」
「ウン頑張ってッ!!」
「ブチッ!!」
圧のある笑顔を作り眉をしかめた茉那華。
とりあえず怖いので、目をサッとそらした。
まぁ賑やかな廊下、二人の空間のみ沈黙が漂う。
怒りの沈黙と言ってもいい。
しばらく続いて、茉那華はわざとらしい咳払いをした。
「・・・・まぁ、八雲ちゃんが言うなら頑張って作ってあげるけど?
ちゃんと日頃の感謝を込めて頼んでネッ?」
高いトーンながら怒りの込もった声、圧のある笑顔でそう言われた。
やだもう怖い。
不法侵入者ってこんなに怖いんだ引き出すとさらに悪化しそうだから言わないけど。
「は・・・はーい。」
「うん、分かったなら良し。」
笑顔から圧が消えた。
心の底でそっと安堵する。
「・・・・?」
茉那華はふと、私の教室を覗いていた。
そして言った。
「夕凪ミナミちゃんって子、今日はいないの?」
「・・・・・。」
ひょっとしたら、考え過ぎかもしれない。
でも、この女は私を催眠スプレーで眠らせて不法侵入しそのまま居座ってる女。
うん、こう字面で振り返ると本当にさらりととんでもないしてんだなって思う。
そう、この事実は忘れちゃいけない。
絶対に。
こう距離をこんなに縮めて来ているという事実さえ恐ろしいの一言。
感じないだけで、感じさせないだけで、
常識というか・・・自分の生活情報が上書きされている。
警戒しなくちゃいけないのかもしれない。
普通なら、冗談抜きで何の用もなく見知らぬ他人は私の家にやって来ない。
なら、何故この女は私の元にやって来た?
私がアストロワンの適合者だから?
私が夕凪ミナミの友達だから?
どうして・・・?
「八雲ちゃん?」
言われて、ハッとした。
茉那華が私の顔を伺っていた。
私は答えた。
「うん、今日はいないよ。」
噓をついたってどうせバレる。
ミナミがこの学校に属している事実は変えられない。
何故ミナミの事を聞いた?
ミナミが月で生まれたから?
・・・分からない。
考え過ぎなのかもしれない。
でも・・・でも、警戒しなきゃいけない。
そんな気がするんだ。
「・・・・・。」
茉那華は・・・私の元へ近づいてきた。
距離を縮めてきた。
そしてやや小さいトーンで、私に言った。
「もしかして、お姉ちゃんの事・・・警戒してる?」
「・・・・・。」
茉那華の笑顔・・・。
不思議な雰囲気・・・妖艶ささえ漂ってくる。
恐ろしいんだ。
恐ろしいはずなんだ。
なのに何で・・・こんなにも安心出来るのだろうか。
クスリと、茉那華は笑った。
そして言った。
廊下。
賑やかな場所のはずなのに、私達の空間だけ、別世界に思える。
「心配ないよ。だって私、八雲ちゃんのお姉ちゃんなんだもん。」
「・・・・・・。」
茉那華は、そっと私のもとから離れると、じゃあね、と何事もなかったかのように去っていった。
いきなり元の世界、元の色彩が戻ったような気がして、一瞬脳が戸惑いを見せた。
賑やかな廊下。
ちゃんと認識出来るまで、何秒かかかった。
「・・・・・・。」
やっとのことで思考。
教室に戻ろうと思った。
夕方。
帰り道だった。
あの後藤宮先生に、ミナミについて聞いた。
ミナミが休むなんて珍しい・・・という話。
休みの連絡は無論、ミナミ自身から。
先生は言っていた。
「声はいつも通りだったよ。いつも通りのミナミちゃんの声だった。
でも・・・」
「?」
「・・・思い過ごしかもしれないけど、何か・・・違和感を感じたような・・・。」
違和感?
ミナミの声に?或いはミナミ自身に?
「・・・・・。」
今日は何かとモヤモヤする日だ。
モヤモヤデー。
夕食はハッシュドビーフ。
モヤモヤした日はハッシュドビーフを食べることにしようかな。
美味しいんだよなぁハッシュドビーフ。
思わず唾液が口内で溢れる。
いかんいかん口から危うく出るところだった。
唾液を飲み込んだ瞬間だった。
「八雲ちゃーんッ!!」
「え?」
声。
違和感をはらんだ声だった。
声自体が矛盾しているような。
脳が混乱しているかのような感覚さえ湧き上がる。
その違和感の正体を知るため、私は急いで振り返った。
それは、鳩が飛び去って行くのと同時に、私の瞳に映り込んだ。
手を振りながら、笑顔で、私のもとに走ってくる。
「ミナ・・・ミ・・・・?」
ミナミ・・・だった。
徐々に速度を緩め、ようやく私のもとに辿り着いた。
そして言った。
明るいトーンで。
その姿からは似つかないトーンで・・・。
「会いたかったよ~八雲ちゃん。」
「・・・・・。」
戸惑う。
先生の言っていたことをふと思い出した。
ミナミの声に違和感があったと。
違和感・・・。
そうだ。
私の目の前にいる女からは、違和感しか感じない。
だけど・・・脳がそれを当たり前のことだと受け入れている。
認識している。
異常だと思えることが正常に見えている。
よく出来たコンピュータグラフィックス。
映画の中で平然とつかれる噓。
自然に見える噓。
この女は・・・・・ッ
「アンタ・・・・・誰?」
「何言ってるの八雲ちゃん。私は私だよ。」
「・・・・・・ッ!!」
「あ、そうだ。渡したいものがあるんだった。
・・・はい、友達の証!」
ミナミが差し出したものは、謎のキーホルダー。
黒い翼が生えた緑色のタコみたいなやつの頭に、十字架が突き刺さっている。
「どう?可愛くない?私の趣味なんだ。」
「・・・・・・。」
ミナミのキーホルダーを・・・恐る恐る受け取った。
大事にしてね、と笑顔で言った。
ミナミが笑ったら、こんな笑顔なのか。
友達の顔をした、見知らぬ誰か。
誰なんだ?
本当に・・・誰・・・・。
ふと、
「あなたがミナミちゃん?」
近くで、声がした。
何処かで聞いたことのある声が、私の耳に吸い込まれる。
「?」
ミナミは、後ろを振り返った。
黒いキャップ、黒い服装、黒い手袋・・・全身黒ずくめの女が・・・クスリと笑みを浮かべていた。
そして言った。
「お姉ちゃんと一緒に・・・イイコトしようよ。」
すると女が、突然右手を・・・何かを握った右手を・・・素早く下へと振り下ろした。
数秒遅れで、何かが飛んで、そのまま足元に叩き落ちた。
黒伏の女が右手に持ってるものに気が付く。
あれは・・・バルザイカッターだった。
「あ」
ミナミは声を出す。
彼女のもとに、先程あるはずのものが無かった。
私は瞬時に、足元に目を向けた。
そしてその物体に・・・目が留まった。
左腕だった。
まごうことなく・・・ミナミの・・・左腕・・・・ッ!!
再び二人に目を向けると、黒服の女が・・・今まさに、ミナミの首を狙っていた。
「ッ!?」
女のバルザイカッターを、ミナミは優にかわし、女の後ろへと引き下がった。
女に向かい叫ぶ。
「てめぇッ!!」
「八雲ちゃん、あれはミナミちゃんじゃないよ?証拠に下、見てみなよ。」
聞き覚えのある苛立つ声で、言われた通りに元の場所を見る。
すると・・・
「なッ!!」
ミナミの腕が・・・黄色の液体を出しながら・・・溶解を始めていた。
そして後も残らず、元々そこに何もなかったかのように、完全に消えた。
もう一度ミナミの方を見る。
途端、ミナミの無くなった腕から、爆発でもするかのように、数多の触手が発生した。
そしてその触手が絡まりあって、やがて肌色を帯び、人間の腕を構成していた。
あのミナミは、何処から取り出したのか襤褸を被り、フードで顔を隠した。
女は被っていたキャップを放り投げ、後ろ姿を見せながら私に言った。
「そこで待ってて八雲ちゃん。大丈夫、私だけで殺れるから。」
女・・・大神茉那華は、左手でポケットから取り出した謎のスイッチを握り、親指でそっと力を込めた。
刹那、茉那華の服装が・・・装甲へと姿を変える。
色は・・・黒に近いパープル。
「アストロ・・・ワン?」
いや、違う。
展開方法は似ていても、装甲の形状が違う。
茉那華は、襤褸を着た女のもとへ足を動かした。
そして、右手に掴んでいたバルザイカッターを、相手に向けてぶん投げた。
高速で飛んでいくブレード。
だがそれは狙った対象を貫通することなく建造物の壁の向こうへと消える。
茉那華は・・・腰に付けていた筒状のものを、ランスに変形させる。
両手で握りしめた。
そして、上空へと飛ぶ。
捕捉した的へと、茉那華はランスを突き刺した。
貫いた雰囲気さえあった。
だが・・・貫いた刹那、襤褸が勢い良く宙に舞った。
中身は・・・中身は何処に?
見渡しても見渡しても、ミナミ・・・いや、ミナミに似た誰かの姿は確認できない。
誰もいない。
誰も・・・。
茉那華は着地するやいなや、逃したことを悔やんだのか、ランスを勢い良く地面にめり込ませた。
その表情からは・・・獲物を取り逃がしたことへの後悔の念が感じられた。
夕陽が沈んでゆく。
空中には・・・夕陽に照らされた一枚の襤褸が、風に乗り、ひらひらと舞っていた。
× ×
ミナミはベッドで眠っていた。
無論、本物のミナミだ。
熱さを感じていた。
何か・・・悪夢を見ていた気がした。
それがどんな内容なのかは、詳しく思い出せないのだが・・・。
「・・・・・。」
ふと、少しだけ開いた扉から、電気が点いていることに気が付いた。
そして何やら、肉料理の良い香りが漂ってくる。
「・・・んっ・・・・」
ミナミはゆっくりと立ち上がりながら、明かりの方へと向かった。
少々頭が重かったものの、何とか体を動かした。
扉を開けて、キッチンの方へと向かう。
目の前には・・・懐かしい人間の姿があった。
「あ、おはようミナミ。」
昔と変わらない・・・元気な笑顔で、可愛らしいエプロンをしたその女は言った。
「・・・師匠。」
七星牧は、にっこりとした笑顔で答えた。
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