Act.16 MOVING
アメリカ アーカム ミスカトニック大学附属図書館。
本棚が沢山並んでいた。
図書館には誰一人おらず、ぎっしりと詰められた分厚い本の数々と、それが収められた本棚、それと・・・静寂が佇んでいた。
それはいつも通りの風景。
図書館は厳重な警備がなされ、如何なる侵入者も通さない。
図書館に納められているのは、ただの書物ではない。
厳重な警備の理由・・・それには、実にオカルチックな意味合いを孕んでいる。
本棚に納められた本のほとんどは、その昔魔導書や禁書とも呼ばれ、現在では出版はおろか、その存在自体さえあらゆる記録から抹消されたものだった。
・・・本に記された意味を理解したならば、その者は奇怪な死を遂げるという。
故、かつて多くの死をもたらした書物はこの図書館に納められている。
インターネット・・・ナクアが紡いだかの如く糸で世界中が繋がっている現代。
混沌を広げることは案外、手軽に実行出来たりするものなのだ。
だから納められた書物は、永劫に管理されなければならない。
パブリックドメインは許されないのだ。
警備は固い。
誰も来ない。誰もいない。
それが日常。
・・・だが、例外はある。
今回だってそうだ。
本棚にもたれかかり、本を読んでいる女がいた。
i podのイヤホンでジャズを聞きながら、常人が読み解けば発狂死するはずの書物を、何事もなく読み通してゆく。
やがて、子供が絵本を読み終わるが如くパタと音を立てて本を閉じ、本棚の元の場所に仕舞った。
女がただの人間だったならば、本を読み終わる前に棚と棚の間で奇怪な死に方をしていただろう。
女がただの人間だったならばの話なのだが・・・。
そもそも、女は人間ではなかった。
この星に生まれたわけでもなかった。
女の名前は・・・七星牧。
ふと、牧はi podで再生中のジャズ曲を止めた。
牧は気が付いていた。
気が付かないはずが無かった。
数メートル離れていたにせよ、右側に人間が立っていたことに。
図書館の人間・・・その女は、己の瞳に怒りとか悲しみとか、そんな激情を宿しているわけではなく、表情を込めずに、観察でもするかのように牧を見ていた。
牧はフランクな性格だ。
どんな相手だろうが、いつも通り明るく挨拶をする。
「ハァイ」
無論、牧を覗く女は、挨拶には答えない。
軽く会釈はしたが・・・。
とゆーか何も答えない。
牧は少し困った表情を浮かべた。
何も言わずただ笑顔を浮かべられるのは少し怖い。
牧は思ったことをそのまま訊ねてみた。
「あー・・・もしかして、勝手に本読んだことに怒ってる?
ごめんねー悪いことは絶対にしないからさ。ほら、私正義のヒーローだからさ。」
女から帰ってきたのは、意外な答えだった。
「知ってます。英雄・・・ミラクルエースでしょ?」
思わず目を見開いて驚いてみせる牧。
「わお・・・私の通り名知ってるなんて只者じゃないねーほぼパク・・・リスペクトだけど・・・。」
濁した。
ちなみに名の由来は某特撮ヒーローのプロトネームと、イギリスのヒーローから取られている。
女は言う。
「実は、ファンなんです私。」
「えッ!?そなのッ!?」
途端に照れくさくなる牧。
照れちゃうなーと、言葉にも出した。
「良かったらサインでも何でも書くよ?あ、そうだ。キミ、名前は?」
女・・・といっても、まだ年端もいかない少女―――が、自らの名前を答えた。
「はい、
茉那華は元気よく答えた。
× ×
「・・・・はぁ・・・・・。」
学校への登校途中、思わず大きくため息をついてしまった。
「・・・?どうしたのだ?」
右側から私の方を覗いてくるミナミ。
私は答えた。
「いやぁ・・・何か昨日さ、謎の女に不法侵入されてさ。
しかも眠らされたの。
んで起きたらその女が朝食にラーメン作っててさ、何か勝手に私の姉を自称しだして?
何とか説教をすることに成功して謝らせたんだけどなーんか手応え無くて。」
「すまない、情報量が多過ぎて整理が難しい・・・。
え?てゆーか大丈夫なのか其方。」
そりゃあ心配もされるわな。
だって不法侵入者に眠らされてるもの私。
「どこも異常はないよ。ホントこれで終われば良かったのに・・・」
「え?まだあるのか?」
「その自称お姉ちゃんこと不法侵入者の大神 茉那華さんは、今日から私達の学校に転入してくるそーデース。」
本当テンションだだ下がりである。
なーんで不法侵入して人眠らせてオレオレ詐欺しといてそれをラーメン一杯で許してもらおうとする厚かましい女と一緒の学校に通わなくちゃいけないんだよぉッ!!
心の中で叫んだ。
心の外でも叫んだ。
ミナミは尚もこちらを覗きながら、
「・・・・八雲、其方も大変なのだな・・・。」
とか言いやがりました。
他人事みたいにッ!!
心の中でも、心の外でもミナミに向かって叫ぶ。
あーッ!!今度焼肉食べに行こーぜーッ!!
心の中でも、心の外でもミナミに向かって叫ぶ。
「そろそろ静かにしないと道路の真ん中でバラバラ死体として発見されることになるのだが、第一発見者は私ということでいいな?」
怖ッ!!
心の中でも・・・
背中のリュックとともに背負っていた日本刀の鞘をミナミが握っているのに気付き、もう何も言わないことにした。
「・・・・・逮捕されるぞよ銃刀法違反で。」
「案ずるな、真剣を一般の女子高生が所持してるなどと誰も思うまい。
ただ例外があるとすれば目の前の女が突如バラバラ死体と化して発見されるぐらいだなリスクがあるとすれば」
「やめてください目の前の女殺さないでください生かしてるといいことあるからッ!!。
つーか何処に一般の女子高生要素があるのよ、辻斬りじゃんッ!!
もしくは辻斬りじゃん或いは辻斬r・・・ぎにゃーごめんなさいッ!!謝るからッ!!
もううるさくしないからやめてッ!!」
「分かればいいのだ分かれば。歩行人の邪魔になる。遅刻せぬように急ぐぞ。」
言うまい。
もう何も言うまい。
何か言ったら命がいくらあっても足りないことに気づいたから。
地の文を読まれるがための対策だったのだけれど、お手上げですわ見事。
とりあえず一言。
あぁ窓に窓に。
× ×
「知ってますか?クラシックを聴かせると、花は綺麗に咲くんですよ。
優しい音楽が好きなんです。逆に、ロックやメタルみたいな過激な曲を聴くと枯れちゃうんです。」
花々に水をやりながらアイリーンは言った。
「へぇ・・・知らなかった。花も音楽が好きなんだ・・・。」
と背後で牧は反応する。
「えぇ・・・とても。」
「じゃあさ、火星に咲いてる花はどんなジャンルを聞くと思う?」
「ふふ・・・御冗談を。火星に花は咲きませんよ。」
「そうやってさぁ・・・NPCの振りをするのも無しだよ。
何もかも見透かしてることぐらい知ってる。
インチキ臭いお店の次はお花屋さん?前の方がホラー小説のお化け感あったよ。」
「皆さん私を何だと思ってるんでしょう。いつも親身に接するよう心掛けているのに・・・。」
アイリーンは苦笑した。
「うーん存在そのものが怪しいからなぁ・・・皆侵略型宇宙人と思って接してるんじゃない?」
「そろそろ泣いてもいいですか?」
アイリーンのメンタルはボロボロだ。
東京都鯖戸市内のビル街に存在する花屋には、色とりどりの花とクラシックで溢れていた。
「・・・それで、何しに来たんです?」
アイリーンは牧に聞いた。
「何しに?」
「なにしろ突然ですからね。用があるからこの街に来たんでしょう?」
「あぁ、うーん・・・大方ビジネス。あと・・・」
「?」
「お弟子ちゃんに会いに・・・かな?」
「アストロワンなんて奴は・・・もうとっくにこの宇宙にはいない。」
鯖戸市ビル街の地下深くにある研究所。
巨大な水槽や培養液カプセルが並び、青い光が空間を照らす。
水槽を眺めながら、ニトクリスは背後のナオに説明を始めた。
「アストロワンは太古から地中に埋まった兵器・・・オーパーツという解釈がなされているが、
実際は宇宙人の残骸・・・肉片と言ったところだ。
だがそれはただの説でしかない。証拠が無いからな。
その宇宙人様も今の文明が始まる当の昔にこの星を離れた。
確認のしようがないんだよ。」
「・・・・・。」
「だからアストロワンもラピッドエネルギーも、オーパーツとしか説明できないという訳だ。」
「・・・・それは・・・どれぐらいの人が知ってるんですか?」
「そう少なくはない。例え知っていたとしても、あまり意味のない事実だ。
それに、アストロワンにはもう謎は無い。」
「・・・・・・。」
ニトクリスは、もうアストロワンを知っていた。
謎の無くなった空箱を捨て、新たな謎を求めていた。
「そういえば、コズモギアの方は順調か?」
「あ、はい・・・適合者、ギア共にいつでも・・・。」
「そうか・・・なら良かったよ。」
ニトクリスは水槽の前からそこまで遠くないとあるカプセルの前へ場所を移す。
カプセルに・・・手をひたと当てた。
そして呟く。
「起きろよ・・・そろそろ。」
「・・・・。」
ナオはカプセルの中を除く。
影が見える。
暗くてはっきりしないが、人の形をしている。
影から・・・泡が発生し、上へ上へと上がってゆく。
恐らく少女なのだろう。
培養液の中で浮かぶ丸みを帯びた体躯。
その様子は・・・意外にも、安らかに眠っているように、ナオには映った。
だが・・・一体コレは・・・。
「・・・・何ですか・・・コレ?」
少し間を開けて、ニトクリスはナオの方を向いた。
その顔には、無垢とも邪とも呼べる笑みが・・・浮かんでいた。
そして答える。
「私の・・・愛しい愛しい・・・娘だよ。」
瞬間、カプセルの中の影が、目を・・・見開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます