Act.13 SKY HIGH VENUS
10年前。
ストラップ付きのキーが回され、エンジンがかかる。
右ハンドル。
車種はインサイト。
青とシルバーを基調としたデザインだった。
女はシートベルトを着用して、助手席の少女に向けて軽やかに声を掛けた。
「かなり衝撃来るかもだから、ちゃんと捕まってなよ、ベイビー?」
女は蹴りつけるかのようにアクセルを踏んだ。
女は法定速度を守る気などサラサラ無かった。
急発進による揺れが車内にこだます。
そしてホイールは回りだし、車体は前へ前へと進む。
加速する。
少女は助手席の窓をふと覗き込む。
摩天楼が発していると思われる光の数々。
その数々が前方に現れてはすれ違い消えていく。
その光景を・・・少女はうっとりしながら瞳に焼き付けていた。
しかしそれは突如として中断される。
女はハンドルを切り、車をドリフトさせた。
少女は突如自分の体が傾き始めたことに驚愕し、瞬時に背もたれに抱き着いた。
女はアクセルを踏みなおし、車を揺らせ、またもや急発進させた。
徐々に運転が安定してゆく。
女は言った。
「気を付けなって、私運転荒いからさ。・・・いや、そうならないように勿論努力もするけどさ。
何て言うんだろう・・・その・・・ほら、私よく『お前は暴走機関車だー』とか、
『とんだじゃじゃ馬ですね』とかよく言われたりするしさ。
・・・うん。だから・・・多少運転荒くても温かい目で見守ってねーっていうか・・・。
・・・・何喋ってんだろ私・・・。」
女は苦笑いした。
少女も苦笑いした。
そして思う。
――――師匠、じゃじゃ馬な上に暴走機関車なんだ・・・。
・・・と。
この車内には地球出身の人物はいなかった。
少女は月、女はもっと遠い・・・地球から観測できるかも分からぬ星だ。
車は夜の高速道路を独走していた。
他の車種は見当たらない。
一台も。
女は少女に聞く。
「ミナミはさ・・・・何か欲しいもの・・・ある?」
「え?欲しいもの?」
「良いから言ってみなって。」
「いえ・・・特には・・・。」
「むぅ・・・・謙虚だなぁ。」
少女・・・自分を師匠として慕ってくれてる夕凪ミナミに、自分の運転に気を向かせまいとしてか、
雑な話題を振ってみた。
「じゃあさ、この後食べたいものある?何でもおごるからさ。」
「うーん・・・特には・・・。」
「あっそう・・・謙虚だなぁ。」
あれ、おかしいな話題が続かない。
無欲だなぁと女は思う。
「じゃあさじゃあさ、何処か連れてって欲しい場所とかある?何処でも連れてってあげるからさ。」
「うーん・・・特には・・・。」
「遠慮すんなやッッ!!!」
ちょっと怒った。
「師匠が何でもしてあげるって言ってんの!!おこがましいとかそーゆーの良いから、素直に甘えなさいよッ!!」
「す・・・すみません。」
「全くもー、ミナミちゃんてば無欲なんだから―」
他愛もない話。
車は相も変わらず道路を独走している。
いや・・・独走している風に思われていた。
闇に紛れ、静かにインサイトに近づく一台の車。
左ハンドル。
気づかれないように・・・左側の窓を開け、インサイトの右側に回り込む。
運転手は懐からワルサーP38を取り出し、インサイトの運転席に銃口を向けた。
ロックを外す。
運転手は呟いた。
「あばよ・・・七星・・・。」
ニトクリスだった。
引き金に・・・指をかける。
その瞬間・・・窓越しに・・・インサイトの女は笑顔を浮かべた。
無邪気な笑顔・・・それをニトクリスに向ける。
挑発的とさえ読み取れる。
見事一瞬だけ隙が生まれ、女は叫ぶ。
「ミナミッ!!伏せながら頭と心臓ぐらいは守っといてッ!!」
瞬時に女はブレーキを蹴り下ろす。
ニトクリスの引き金は引かれたものの、銃弾は僅かにボンネットをかすめただけだった。
唐突の急ブレーキ。
インサイトは回転しながら走行を止める。
車内に再び巻き起こる強烈な揺れ・・・スパイラル。
「ぐ・・・・ぐぐ・・・・ッ。」
ただ耐えるミナミ。
そして、車体がこれまでの走行方向の真逆を向いた瞬間、女は再びアクセルを踏みつけた。
そしてボソリと呟いた。
「・・・面白くなってきた。」
車は揺れを起こし、ホイールが再稼働する。
・・・笑顔。
女・・・
インサイトは加速した。
数秒遅れで、目標を見失ったニトクリス。
舌打ち、ブレーキを踏みつけ、ドリフトの要領で進行方向を変える。
そして七星牧と同様、アクセルを思いっきり踏みつけた。
そして呟く。
「・・・・七星・・・精々足掻くがいいさ。貴様に質素な葬式は似合わない。
派手に・・・殺してやるッ!!」
ニトクリスもまた、笑みを浮かべた。
ニトクリスの、赤とシルバーを基調としたカラーリング・・・アルファロメオが加速を始めた。
闇夜。
レースゲームもさながら、2台だけのカーチェイスが始まった。
一度来た道を折り返す形となったインサイト。
牧は一度左手を離し、手慣れた様子でディスプレイをいじり、プレイリストを再生させた。
自分で組んだアニソンメドレーだ。
余裕を見せる牧。
牧はミナミに語りかける。
「ミナミ、生きる上で大切なことを・・・今から一つ教えるね?
騎士道とか武士道とか、堅苦しくて自分を縛るルールってのも大切になってきたりするものだけれどさ、戦ってる場合でも時として、ノリとフィーリングが大事になってくる場面があるんだ。
これは借りた言葉なんだけどさ、心の余裕がないと、張り詰めた糸はすぐ切れるんだって。
クイックシルバーだって音楽聞きながら高速超えるし、
過信せず真剣に、加えてノリノリで戦いに臨むことが、重要だよ。」
中々難しいことなのでは・・・とミナミは思った。
しかして、それが出来るからこそこの人は英雄なのかもしれないとも考えてみる。
一見何も考えてなさそうだけれど、この人は真剣にノリノリなのかと関心もした。
何も考えて無さそうだけれど。
「チョット、何か地の文で馬鹿にされてなかったッ?はーい、面舵いっぱーいッ。」
カーブに差し掛かったようで、今度はでたらめに左側の車体が浮き、そのままドリフトが行われた。
当然揺れた。
力学上仕方ないとはいえ、ミナミが不便に見える運転の仕方である。
ミナミがちゃんとドアにしがみついていたから良かったものの。
牧は言った。
「私反面教師はしない主義なのッ!!孔子なの私はッ!!
もういいもーんだ!!ご飯も何もおごってあーげないッ!!」
すねた。
子供みたいと思った。
自分よりも子供みたいと思った。
うん、子供みたい。
「泣いちゃうよッ!!私そろそろ泣いちゃうよッ!?」
いじる。
命がけでいじる。
刹那、牧は背後のライトの存在に気づいた。
アルファロメオ・・・ニトクリスの車ッ!!
カーチェイスの再開だった。
「ちぇッ・・・嫌な女。」
思わず舌打ちをする牧。
「ミナミ、精々死なないよう気を付けてッ!!」
牧の言葉に、ミナミは不安を覚えた。
いやいつものことなのだけれど。
牧は車体を極力・・・ボディが壁に擦れ合うかどうかぐらいのギリギリを攻める形で近づけ、タイヤを壁に引っ掛けた。
徐々に斜めに傾く車体。
牧は右手のドアウィンドウを開け始めた。
そしてドアのポケットをまさぐり、探していたモノを掴んだ。
黒い塊。
車体は限りなく90度に近づいていく。
ミナミは必死に座席にしがみついた。
牧はほぼ頭上の位置となったドアウィンドウから上半身を出し、掴んだものをニトクリスのアルファロメオに向ける。
それはニトクリスのワルサーのそれより長い銃口を持つ、特徴的なフォルム。
44オートマグだった。
引き金を・・・引く。
銃口が目に映った瞬間、ニトクリスはその標的から外れようと、
ハンドルを勢い良く左に切った。
「くッ!!」
しかし、それこそが牧の狙い。
本当はニトクリスに銃弾が当たろうが当たるまいがどっちでもいいのである。
引き金を引いた直後・・・弾丸を放ち瞬時にハンドルを掴む牧。
勢い良く・・・右にッ・・・そして、アクセルを踏みつけたッ。
車体はほぼ90度。
そして、車体は壁の向こう側に浮く形をとる。
その下にはまた別の通路に通じている高速道路がある。
インサイトはそのまま、一切体勢を崩さず地面に落下した。
どしんッ・・・と、車体そのものに重力が加わる。
そして牧は再度、アクセルを踏みつける。
何度も揺れる車体。
牧はニヤリと笑みを浮かべた。
ニトクリスは体勢を立て直しながら、車が落ちる光景を、ただ見る事しかできなかった。
「・・・ッ、まだだッッ!!!」
叫ぶニトクリス。
右手でレバーの直ぐ近くのボタンを叩きつける。
刹那、アルファロメオのボンネットから、二つ・・・銀色の何かが顔を出した。
そのフォルム・・・例え小型に過ぎなくても、何処からどう見てもガトリングガンに他ならなかった。
ハンドルの左右に、小さなレバーのようなものが顔を出した。
レバーを右側の壁に向け、端のボタンを押した。
牧は車内から・・・外から、奇怪な音が聞こえるのをすぐに察知した。
そしてバックミラーから後方を確認する。
「え?噓でしょ・・・マジでッ!?」
先程乗り越えた壁壁から火花が散っている。
穴が開いてゆく。
「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバーいッ!!」
流石に焦りを覚える牧。
アクセルを思いっきり踏みつける。
先程から思いっきり踏みつけすぎて壊れないか物凄く不安なのだけれど。
ジョーズみたいな壁だなと、自分を落ち着かせるために呑気なことを考えてみたりもする。
ジョーズ壁から徐々に距離を離すインサイト。
気が付けば先程のような独走状態に戻っていた。
「危なかった~~~~~ッ!!」
安心しきってもスピードは落とさない。
幸いというべきか、まだ車のガソリンはあるらしい。
車体はボロつき始めていた。
「車検、行かないとなぁ・・・。」
ため息をつく牧。
そしてふと助手席の方を見やった。
「・・・・・。」
うつらうつらと・・・目が閉じかけているミナミ。
眠たそうな顔をしていた。
つーか自分で言うのもなんだけど良くこの運転で眠れるな。
牧は思った。
将来タフな大人になる。
タフな大人になる私みたいに。
「・・・・・・。」
ミナミのその顔は・・・牧にとって・・・微笑ましく思えた。
「ゆっくりお休み、ミナミ。」
ミナミは重い瞼を閉じていった。
最後には牧の優しい笑顔が焼き付き・・・霞んでいった。
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