Act.11 PEACE

「なーんでまた培養液の中に閉じ込められてるんですかねぇ、人生二回目。

何?へきなの?培養液に閉じ込めちゃいたい癖なの?」

閉じ込められてる私。

ニトクリスが言った。

「相変わらず元気そうだな、八雲。」

「だからどこがッ!?アンタは人を培養液に閉じ込めると元気になると思ってんの!?この液体そんな作用あんのッ!?」

「無い。」

「言い切ったッ!?」

「いや、培養液に入れられるの好きかなーと・・・」

「誰が好き好んで自分から培養液に入りますかこのババァッ!!

ほんッとニトクリスのクソババァッ!!」

「おっと、この私を見事キレさせたな。褒美に貴様で思う存分実験してやろう。

さて何しよう・・・」

「もう嫌だァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」



いつも通りの日常が帰って来た・・・と、言っておけばいいのだろうか。

戦いを終えた直後で、あまり実感が無い。

久々に取り戻した落ち着き。

安らかな風が頬を撫でてゆく。

昼休み。

私はそんな日常の中、あの綺麗で穏やかな青空を眺めたくて、一人屋上へ足を運んでいた。

この世界に来るまで、これだけゆっくりと青空を眺められることが、どんなに幸せなことなのかも知らなかった。

戦場で倒れるたびに見上げた空の表情いろ

今度はちゃんと起き上がって・・・。

扉を開く。

光とともに流れ込んできたのは、少し暖かみのある潮風。

そして、さざめく波の音。

全開にしたところで、望んでいた風景がやっと瞳に流れ込む。

絵画のような鮮やかな場面に、宇宙飛行士が惑星に着陸した瞬間の如く、第一歩を踏みしめる。

そして二歩目三歩目と、足数を幾らか重ねたところで、深呼吸。

大きく伸びもした。

晴天。

座り込みたい気分。

早く腰を下ろしたい。

周りを見渡してみて、左手の方にベンチがあるのが気が付いた。

そこに見知った顔が一人。

美沙夜だった。

私は軽やかにベンチの方に向かってみる。

声もかけてみる。

「美沙夜ちゃーん」

美沙夜は私の声に気づいたようで、顔をすぐにこちらに向けた。

「八雲ちゃん・・・?」

「そこのベンチ座っていい?」

「あ、どうぞ」

どしりと座る。

あー腰楽ッ。

年寄りみたいな感想だけど。

まだ若いですからね私。

「あー腰楽ッ。」

声に出ちゃった。

ベンチの方向により、美沙夜と私は前方の海と上空を眺める形になった。

鮮やかな青。

穏やかな青。

当たり前だと思っていた生の喜び。

繊細な目の前の情景を目に焼き付けて、ただ、感動していた。

「平和だねぇ~」

思わずそう口にしてしまっていた。

「・・・うん。」

私の漏らした言葉に、美沙夜は少し空白を置いて、相槌を打った。

私は美沙夜の方を覗いた。

美沙夜は不安そうな笑顔を浮かべていた。

「どーかしたの?」

思わず聞いてみた。

美沙夜は言った。

「・・・うん。私・・・聡美ちゃんの力に・・・なれたのかな・・・って。」

「・・・・。」

暗渦聡美は、聞いた話ではあの後、その筋邪神関連の取り調べを受けて、

専用の少年院に入ったらしい。

美沙夜は述懐した。

「私・・・ね、聡美ちゃんを始めてみたとき、本当に辛い思いをしてきたんだろうな・・・って思った。

自分の悲しい感情おもいを・・・無理矢理抑え込んでて、それを何かを壊すことで・・・自分自身を保ってるんじゃないか・・・って。

あの子の目は・・・悲しそうで、辛そうで、疲れてるように見えた。

私・・・・何とかしてあげたいって思ったんだ・・・。

多分・・・大きなお世話なのかもしれないけど・・・。

放っておけなかった。

あの子を何が何でも救い出したかった。

それでも、それは自分が満足したいだけなんじゃないかって思ったりもした。

助けたいって気持ちなだけで、何も出来てなかったんじゃないか・・・って。

ただの一方通行だったんじゃないかって。

私・・・聡美ちゃんの力になれたのかな?」

それは美沙夜の吐露だった。

何処までも真っ直ぐで、何処までも純粋な、美沙夜の気持ち。

美沙夜の問いに、私は自分なりの気持ちを伝えた。

「なれたと思う。」

私は美沙夜の方に向いた。

「だって、美沙夜ちゃん、聡美ちゃんの為にこんなにも悩んでたんだもん。

ただ助けたいからって理由で、そこまで相手を思いやれる人って、滅多にいないんじゃないかな?

美沙夜ちゃんが一生懸命悩んで、一生懸命頑張ったんだもん。

きっと聡美ちゃんにも伝わってるよ。

聡美ちゃんの為に一生懸命悩んだ事実こと、私知ってるから。」

思いのまま・・・伝えた。

私は美沙夜ちゃんが初めてだったんだ。

この世界に来て、何も知らない自分のことを、困ってる私を、助けてくれたこと。

そう、助けてくれた。

赤の他人であるはずの自分を、あんなに思いやってくれたんだ。

届かないはずがない。

美沙夜の思いが・・・届かないはずがない。

あの優しさが無ければ、今私はここにはいないんだ。

私を救ってくれたんだ。

だから・・・

美沙夜の言葉が・・・

美沙夜の思いが・・・

伝わらないはずないじゃないかッ!!

「・・・・・・。」

ふと気が付いた。

美沙夜の頬に雫が伝っていたことに。

泣いていた。

美沙夜は泣いていた。

美沙夜は私に向かって、

涙を拭ってただ一言、笑顔で言った。

「・・・・ありがとう。」

「・・・こっちのセリフだよ。」

私はそう返した。

波の音がさざめき、

穏やかな風が吹いていた。

私はこの世界を離れることになるかもしれない。

それでも、今すぐに離れることは絶対に出来ない。

理由は今、もう一つ見つかった。

私は・・・美沙夜の力にもなりたい。

美沙夜が私を助けてくれたように、私も美沙夜を助けたいと思った。

誰かのために、目の前の人間の為に、

私は誓った。



×                                    ×


地下基地。

ニトクリスのラボ。

その中でも・・・。

そこは滅多に誰も訪れることのないエリア。

いや、訪れることはおろか、組織内の人間の中で、そのエリアを知っている人物の数は少ない。

ニトクリスは培養液のエリアを横切った。

数多のカプセルの中の一つ、不透明培養液の物から、微かに泡が浮かんでは消えた。

そのエリアはラボの隠し通路に通じている。

エリアに通ずる扉は本棚によって巧妙に隠され、また通路にしても本人のID無しでは通り抜けることもままならず、その鉄壁なセキュリティにはすり抜ける隙間もない。

通路内に、足音が鳴り響く。

ニトクリスはエリアに向かう。

しばらく歩いて、徐々に光が見えてきて、エリアは姿を現した。

だだっ広い空間。

ニトクリスはエリアに入り、やがて足を止めた。

そして・・・頭上を見上げた。

ニトクリスの目線の先にあるもの・・・それは・・・・。

「・・・・・・。」

は・・・ニトクリスを見下ろしていたのかもしれない。

巨大なカプセルの中、巨人と思われる物体が・・・ただそこに・・・・鎮座していた。

その姿は・・・まるで抜け殻のような印象さえ受け取られる。

ニトクリスは巨人の姿を見上げたまま、いつものように、

ニヤリと微笑んだ。



                                    続

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