Act.7 月兎
ピアノの旋律が聞こえる。
真夜中の夜空をバックに奏でられる英雄讃美歌。
窓から差し込む月光。
静かな雰囲気。
作り出されたのは一つのセカイ。
夜風がピアノを弾く彼女の元をよぎる。
月が綺麗だ。
心からそう言えるようになって・・・一体どれぐらい経つのだろう。
彼女は語る。
月の上を兎が跳ねるなんて冗談も、何故か今になって信用するようになった。
満月。
取り戻される自由。
広がる人間の
どんな悪い冗談だって、笑い飛ばせる自信があった。
だって、英雄が助けてくれたから。
彼女は言う。
助けてくれた
それでも恩を忘れてはいけない。
だから彼女は讃美歌を弾き続ける。
彼女が好きな曲を。
楽観的に聞こえるかもしれない。
それでもいい。
少しぐらい感慨にふけるのも許されるのではないだろうか。
そして・・・。
ただ讃えるだけじゃない。
ただ守られてばかりではいけない。
彼女はそう思った。
讃美歌を奏でていると常々思う。
地下基地・・・ニトクリスのラボ。
様々なカプセルが立ち並ぶ中、ニトクリスは背後の人物に説明をする。
「ラピッドエネルギー・・・アストロワンに流れる未知の物体。
このエネルギーこそ、アストロワンの
実のところ、アストロワンの装甲はこのラピッドエネルギーを実体化し、装甲の形に変形させて
ラピッドエネルギーは人間の思念によってその姿を変えることができる。
この間の八雲の戦闘記録を見たか?
ブレスレットによってラピッドエネルギーを解放すると、適合者とアストロワンとラピッドエネルギーが同調し、途轍もない力を発揮する。
エネルギーを纏った武器を自由に動かすことも可能だ。
だが、ラピッドエネルギー解放は大きなリスクを伴う。
元々適合者というのはアストロワン・・・もといラピッドエネルギーと同調した者のこと。
ラピッドエネルギーの解放とは、その同調をさらに助長することを指す。
つまり一体化だ。
この名称タイプギア・アストロワンはあくまでプログラムによって装甲の形をとどめているのに過ぎない。
同調を続ければプログラムは崩壊し、全てエネルギーに持っていかれるだろうな。
装甲は溶け、いずれ適合者と完全に同調し、エネルギーと一体になる。
その暁には恐らく・・・エネルギーと共に何処かへ消える。」
背後の人物はニトクリスに問いただす。
「つまり・・・適合者が消滅する可能性を知りながら、ただ黙って見ていたということですかッ!!」
「そうだよかぐや姫。それに・・・
だ。・・・謎が解けるなら・・・・・人を殺したって構わない。」
「・・・・・狂ってるッ」
「何故だ?」
「私は邪神から人の命を守る為に戦うのですッ!!命を失う為に戦おうとしているのではないッ!!」
「私は犠牲だなんだと言うつもりはない。だが・・・命が失われるのが戦いって奴なんだ。どうせ何かは命を落とすんだ。戦いがなくたって皆命を失う。
貴様らが食っているものは何だ?命だろう?命を食べない人間はいない。
邪神も猫も人間も植物も地球も・・・皆等しく命なんだ。
弱肉強食・・・。
この星に暮らすもの全てに課せられたルール。
命を食らわないとその命が死ぬ。食らわなくても自分で自分の命を殺したことになる。
ここだってかつては生きていた。命だった。
生き物は皆
貴様はまだ分かってないんだよ。
生きるって何なのか、殺すって何なのか、戦うって何なのか、守るって何なのか。
さぁ、貴様はどのぐらい屍の上に立ってると思う?
貴様、邪神を殺すんだろう?
貴様はまだ、入口にしか立っちゃぁいない。」
「ッッ!!」
背後の人物・・・
目に映る全てのものが命。
その全てが・・・一瞬生きているように思えた。
ミナミの体に悪寒が走る。
何故かは自分でも分からなかった。
ミナミの背後にもカプセルがあった。
緑色の不透明培養液で、中身は見えなかった。
カプセル内で、泡が突然浮かんでは・・・消えた。
× ×
「夕凪さん、食欲無いの?」
私は聞いた。
ご飯を食べるスピードが今日はちょっと遅い気がする。顔も少し青く感じる。
いつもこうやって机を囲んでご飯を食べたりする。
「・・・・どうしたにござるか?」
も一度聞いてみる。
「・・・・なんでもない。」
答えるミナミ殿。
「・・・あれだ、前の剣術の授業で八雲にボロ負けしたの根に持ってんだよ。」
と、明日香。
「え?そなの?」
マジで?
「違う。根に持ってない。つーかボロも負けしてない。」
「バリバリ負けてたじゃん。ものっそい根に持ってんじゃん。」
「負けてないって言ってるであろうッ!!全然根に持ってなどいないッ!!!」
これは完全に根に持ってるご様子。
心の底で謝っておこう。
ごめんなさい。
「負けてないから謝るなッ!!謝られるようなことは何もないッ!!」
「あの、勝手に地の文読まないでもらえないでござるかッ!?」
そんな感じの昼ご飯だった。(どんな感じ?)
今日も・・・夕日が段々と沈んでくる。
そびえるビル。
真っ赤な空。
蝉の声が街に響いた。
飛行船のニュースは告げる。
奇怪な死体が発見されたと。
ビルのモニターは告げる。
数名の人間が蒸発・・・行方不明になったと。
今日の夕日は怪しく見えた。
蝉の声も不気味に聞こえた。
全てがこれから始まる悪夢の予兆に見えて・・・。
人の群れは動く。
夕日に照らされ、各々の目的地へ動く。
いつも通りのはずなのに。
いつも通りの風景のはずなのに。
こんなに空間の異様さを感じるのは・・・何故なのだろうか。
× ×
『舟』、屋上。
海に沈む夕日。
美沙夜はずっと悩んでいた。
少女の虚ろな瞳が脳内にまだ・・・渦巻いている。
残留する。
聞こえる波の音。
悲しげな夕日だった。
美沙夜にはそう見えた。
・・・ふと、後ろから足音が聞こえた。
足音の主は美沙夜に声を掛ける。
「美沙夜、」
美沙夜は振り向いた。
明日香だった。
いつになく真剣な眼差し。
美沙夜は聞く。
「・・・・どうしたんですか。」
「イライラしてんだよ。何日うだうだ悩んでるつもりだ?どうせ・・・邪神を呼んだあのクソガキのこと考えてたんだろ。」
「ッ!!」
「図星だな。」
波の音が聞こえる。
明日香は続けた。
「お前、あのガキが何したかホントに分かってんのか?あのクソは邪神を召喚しやがった。ここの乗員全部の
もうとっくに人殺しだってしてるかもしれねぇぞ?
そんな危険な奴、ただ可哀想だったからの一言で軽々しく助けようだなんて思ってねぇだろうな?」
「・・・・。」
「どうなんだ?・・・返事はッ?」
美沙夜は押し黙った。
明日香の意見は正しいかもしれない。
多分正しい。
だけど・・・。
美沙夜は言った。
「それでも・・・それでもッ、あの娘は邪神じゃなくて、人間なんですよッ!!
ただ何かに怯えてる・・・私達と同じ人間なんですッ!!」
言い放つ美沙夜。
・・・対し、明日香は舌打ちをした。
「甘ぇ・・・甘ぇよ美沙夜ッ!!その言葉・・・政府のお偉いさんや国民全員の目の前で言ってみやがれってんだッ!!
少しでも遅れてたら沢山の人間殺してたかもしれない奴をッ、可哀想だから、辛そうだから、哀れだから、だから何されても黙って娘っ子一人に優しくしましょうってかッ?
ふざけんじゃねぇッ!!
人間の罪って奴が・・・可哀想だからの一言で見逃していいもんじゃねんだよッ!!
あのクソガキが誰かを殺していたとして・・・その罪を見ないまま・・・知らないまま助けるのかよッ!!
過去もどんな人間かも知らないまま、罪も償わない他人を可哀想だから助けるのかよッ!!」
「・・・・・・・ッッ!!!!」
美沙夜に反論は無かった。
明日香の言っていることは正しい。
・・・・正しかった。
「死体が無造作に・・・原形も留めず転がってるあの場所に・・・情けなんてもんはねぇ。あのクソガキは既に一線超えてんだよ。抹殺対象になるかもしれねぇ。
殺す覚悟無しで・・・戦場に戻ってくるんじゃねぇッ!!」
最後に明日香は言い放った。
そして、その場を立ち去った。
美沙夜は何も言い返せなかった。
美沙夜はあの少女を知らなかった。
何も・・・何も・・・・。
太陽は沈む。
波の音が・・・悲しいほど、美沙夜のもとに響いた。
× ×
「この辺り?」
「ああ。」
街。
私がこの世界で始めて見た街。
首都東京、鯖戸市。
夕日は沈み、今日は通り過ぎた。
ビル街から離れ、とある住宅街を目指す。
目標地点は団地。
何故団地に向かうのか。
私達が戦った邪神を召喚したらしい女の子の、身元が判明したからだ。
なんでも、美沙夜さんとその女の子が対峙していた時のカメラ映像を解析して割り出したとか。
「とゆーか、夕凪さんも一緒なんですね。」
「ああ。」
「こーゆーのも私達の仕事なんですかね果たして。」
「邪神を呼び出した少女の住所と思われる場所だ。人の気配も出入りも全く無いらしい。下手に人員を送って行方不明者を出すより、こうして力のある者を送った方がリスクが低いのだろう。」
「え?そんな理由!?つーか行方不明者出るのッ!?」
「可能性の話だ。・・・まぁ、私は自分で志願して来たのだが・・・。」
「どーしてですか?」
「戦場が見たかった・・・とでも言うべきか。」
「?」
「何、私はまだ
「ちょっと、変なフラグ立てないで下さいよ。」
と・・・そうこう話してるうちに、目的の場所と思われる団地に着いた。
結構敷地面積と建物含めてデカい。
出来てかなり時間が経つのだろうか。
建物に罅が入っていて、それが夕焼けの影と連なり、不気味に見える。
「ここ・・・ですね。」
「ああ。」
私達は敷地に足を踏み入れた。
建物から不気味オーラがプンプンと流れ出てきてる気がする。
・・・と、目に映り込んだ人影。
女の人のようだった。
何やら、建物の上の方を覗いているようだ。
何にしても、話を聞いてみるしかない気がする。
「どっちが声かけます?」
「時間の無駄だ。」
「・・・分かりました、私かけます。」
人影に近づく。
声をかける。
「すみませーん、少しお話よろしいですか?」
女の人はこちらに気づいたようだった。
「えぇ、何でしょう。」
「こちらにお住まいの方ですか?」
いいえ、と女の人は笑顔で言う。
「友人の部屋を訪ねて来たのですが、どうやら留守の様でして。チャイムを鳴らしても反応が無かったものですから、そろそろ帰ろうかと。」
「そうなんですか。最近物騒なので、早めにお帰りになった方がいいんじゃないですか?」
「あなた達は帰らないんですか?見た感じ学生さんのようですが。」
「え!?いや、その・・・。」
ヤバい。
一般の人への受け答えとかまるで考えてなかった。
一般の人に、
「いや~私達、邪神滅ぼす組織的な何かに所属してる人なんすよ~バケモノ殺す関係の仕事してるんですよ~謎の組織なんすよ~」
なーんて言えるはずがない。
私達の組織世間一般に公表されて無さそうだもんどう見ても。
言ったら消されそう。
ニトクリス辺りに。
女の人は首をかしげる。
ヤバい全然思いつかない。
・・・と、
「私達もこの団地の友人を訪ねに来たのです。どうやら調子が優れないそうで、私達遠くに住んでるものですから、少し遅くなりましたが、お見舞いに・・・と。」
不自然にならないよう直ぐに入った夕凪ミナミのナイスフォロー!!
女の人は納得したようだった。
「そうですか、ではお互い早めに帰宅したほうが良さそうですね。」
そう言って、女の人は出口に向かおうとしていた。
刹那のことだった。
女の人から、思いがけない言葉が飛んできた。
「・・・・もしかして、ニトクリスの知り合いですか?」
「え?」
すれ違いざま、私とミナミは振り返った。
ニトクリスを知っているのか?
女の人は言う。
「あ、いえ・・・やはりそうでしたか。ニトクリスとは古い友人でして・・・。
変わった人ですが、仲良くしてあげてくださいね?」
そう言って女の人は去って行った。
浮かぶ疑問。
「誰・・・だったんだろ。」
「・・・・考えるのは後にした方がいいかもしれないな。行くぞ。」
「あ、うん。」
あの女の人は一先ず置いておき、まず目的の棟に向かった。
× ×
アイリーンだった。
団地から出た後、帰路の道を辿る。
無論、あそこに友人などいない。
全て噓だ。
今回起こってる事件だって、きっと彼女らが解決してくれるだろう。
そう思った。
「さて、どうしましょうかねぇ。」
アイリーンが呟く。
アイリーンはあの団地に適合者が来ることを知っていた。
大方、あの団地の危険性を知っていようが知るまいが、来るのは適合者辺りと踏んでいたのだ。
「しかし、いきなり本命に出会えるとは・・・思ってもいませんでしたがね。」
出会った二人とも、この星の人間ではなかった。
一人は月から。一人は別世界から。
適合者の中でも特殊な部類である。
・・・・。
ふと、アイリーンは帰路への足を止めた。
何かを察知したのか・・・。
恐らく・・・遠くの震源地から流れる魔力の余波だ。
「・・・・まさか・・・。」
アイリーンは方向を変え、少し寄り道をすることにした。
× ×
「八雲、
「え?どしたのいきなり。」
階段を上ってる最中、ミナミは私に聞く。
ミナミは言う。
「文字通り、我々の立つ場所は戦場になり得る。其方は二度、戦を経験したのだろう?覚悟もなしに戦場に向かっているなどとは到底思えん。其方には・・・理由があるのだろう?戦う・・・理由が。」
少し・・・困った。
いきなりドドンと言われる機会無いから。
ちょっと考えた末、私なりの答えを話した。
「うーん・・・実は明確に何かを守ってるって自覚はないんだけど・・・まずは先生の為かな?」
「先生?」
「そ。先生、邪神のせいで苦しんでるんだ。私、先生と約束したんだ。怪物から命が失われない世界を作るって。
・・・あんな先生の姿、初めて見たんだ。きっと・・・先生だけじゃない、他にも皆、怪物のせいで苦しんでる人が沢山いるんだ。
私が言ってることが簡単じゃないことぐらい分かってる。
今でも・・・邪神や
私にはまだ・・・何もない。
でも、何もない自分だからこそ・・・誰かのために出来ることがあるんじゃないか・・・って。」
「・・・・そうか。」
これから
そして・・・。
「私にも・・・守りたいものがあるのだ。子供の頃、私を救ってくれた恩人が守った宝だ。」
何かを決めたような表情だった。
ミナミは続ける。
「今改めて決意しよう。私は・・・自分の誓いに・・・命を掛けると。」
私達には理由があった。
誓いがあった。
戦う為の・・・。
「この部屋で間違いないかな?」
「ああ、表札にある通り間違いない。」
表札には
目的の部屋だ。
私はチャイムを押す。
「すみませーん、彩奈八雲とゆー者ですがお邪魔してよろしいでしょうかー。」
反応はない。
・・・と、ミナミは気付く。
「・・・鍵が開いている。」
「マジ?」
「入ろう。」
「え?あ、ちょっ・・・お邪魔しまーす!!」
扉を開けると・・・そこには薄暗い空間が広がっていた。
まだ辛うじて日がある状態なのに、こんなにも暗い・・・。
「ここ・・・土足?」
玄関と家の段差のようなものが見当たらない。
何故か室内は湿っぽくて・・・ちょっと変わった匂いがした。
地面も何故か柔らかい。布や綿のような柔らかさではない・・・これは・・・。
通路の先には微かに光が見える。
薄暗闇の中の唯一の光だった。
先に進むにつれ、光は段々大きくなってくる。
ついに光のある部屋に入った。
「・・・・これは・・・。」
光があってもなお、室内はまだ少し薄暗く感じた。
そして、床、壁、天井・・・全てを覆う謎の模様。
いや・・・模様なんかじゃない。
それは・・・薄紫色の筋肉のようにも見える。
いや・・・実際にそうだったのかもしれない。
滑らかな曲線。
醜悪な形。
室内の光に照らされ、不気味に光る紫。
この部屋の内装は全て肉で出来ていた。
「・・・・この部屋・・・全て・・・命・・・か・・。」
ミナミが何かを呟いた。
本当に・・・この部屋は一体・・・。
「・・・・出て行って。」
声が聞こえた。
か細い・・・女の子の声だ。
光・・・肉と思われる物体に囲まれた電球の奥に、黒いフードの少女がそこにいた。
私は話しかける。
「あの、暗渦さん・・・ですか?」
「・・・うるさい・・・・出てってよ・・・・出てってよッッ!!!」
女の子が叫んだ。
刹那、壁や床が・・・音を立てながら蠢いていた。
部屋が変質する。
徐々に広がり、壁から瞳が現れる。
醜悪。
あまりにも醜悪な空間ッ。
「これも・・・魔導書を取り込んだ人工知能の力なのかッ!?」
ミナミもこの光景を信じられないのだろう。
恐らく・・・AIが再現したであろうこの世の地獄。
部屋の変質と共にどこからか聞こえる呪詛のような雑音。
聞きようには人の声にも聞こえる・・・。
空耳かもしれないが・・・くとぅるう・・・やら、うがふなぐる・・・とか、そんな風にも聞こえなくもない。
背後の壁は閉まり、突然
その数・・・何十体も・・・。
女の子は壁から出現した暗闇の中に姿を消した。
私達は囲まれていた。
異形によって。
「ここから脱出するぞ・・・八雲。」
ミナミはどこからともなく日本刀を取り出していた。
つーかホントにどこから取り出したの?
「・・・うん。」
私はブレスレットのボタンを押し、
まずは・・・邪魔な
私はトマホーク、ミナミは日本刀を構える。
ミナミは・・・霞の構えだった。
「ねぇ、その日本刀カッコいいから私のトマホークと交換しない?」
「そう簡単に上げられるものか。この剣は誓いの剣。込められしは・・・私達の願いだ。」
魔斧と魔剣。
繰り出す準備は出来ていた。
いざ尋常に・・・。
「だァッ!!」
地を・・・蹴りつけた。
向かう瞬間、敵は止まって見える。
隙だらけだった。
刃は斬り裂く。
異形共の体躯を。
一撃で一体倒せれば上出来だ。
尋常じゃない数だ。
先が見えない。
・・・と、ミナミは装甲もなしに敵を何体も切り伏せていた。
ミナミが放ったのは魔剣だった。
霞の構えから・・・まるでバッターがボールをヒットさせるが如く、フォームを変形させながら走る。
フォームを変える途中で刃は敵の体躯を切り裂く。
一撃目。
二撃目は斬り裂いたのち刀身を左側に持っていき、そのまま刃の重心を下に落とし、二体目の体躯に向けて斬り上げた。
ここまでの一連の流れ・・・走りながら、霞の構えからの斬り上げる動作まで、そのフォームの変化は燕返しにも似ていた。
斬り上げたのち、やがてフォームは元の霞の構えへと帰する。
そして刀身を元の状態に戻した反動を使って、地面を蹴り上げ、ミナミの体はそのまま飛翔した。
いや・・・鳥の飛翔と例えるよりは、兎が空に向かって地面を離れる瞬間に例えた方がその場に適しているのであろうか。
ミナミは跳んだ。
突然の反応で何も対処できない
空中で前転し、着陸する共に目の前に向けて刃を振り下ろす。
して、そこから刃は右上へ向けカーブを描く。
背後の体躯をも穿つ刃。
その剣技・・・魔剣であった。
月兎の目にも止まらぬ速さで放つ、魔剣であった。
・・・しかし、魔剣だけでは乗り越えられる場所では無さそうだった。
敵があまりにも・・・多すぎる。
「何か・・・ちょっと増えてない?」
きりがない。
壁は徐々に広くなり、敵の数は増えていく。
このまま戦い続けるのは・・・あまりに危険だ。
「早く外に出ないと・・・つーかどこまで広くなるのよこの部屋ァッ!!」
どうすりゃいいのこのバケモノ団地。
・・・・団地?団地・・・。
・・・いや、なんとか・・・いけるか?
「夕凪さんッ!!」
ミナミを呼ぶ。
振り返った。
刹那、私は天井にトマホークをおもっきりぶん投げた。
恐らくバケモノに浸食されている団地だ。
別に壊したって怒られないよね?
遠心力を受けてトマホークは回転する。
そして・・・見事天井を貫通した。
「早くッ、捕まってッ!!」
ミナミを抱え、私はトマホークの進む進路に向けて飛ぶ。
いくらバケモノに浸食されていたとて、団地は団地。
建物を抜けた先は、必ず外に通じている。
果たしてこの先に・・・空は見えるか?
何枚もの天井を破った末、トマホークは未知なる空間に飛び出した。
ほぼ夕日の沈みかけた夜空。私は・・・元居た地面へと着地を試みた。
「くッ!!」
巨大な音を立て、いつの間にか私は着地していた。
そして背後で、建物が揺れる。
外壁は崩れ去り、紫色の何かが露出した。
そして紫色の巨大な塊は・・・その姿を現した後、突然姿を消した。
いつも邪神が消えるときと同じ消え方だった。
「終わった・・・のか?」
「・・・・・。」
ゆっくりとミナミを降ろした。
その瞬間だった。
突然地面が揺れだした。
「なッ!!」
何が起きたんだ?
一体何が・・・。
× ×
付近の山の麓だった。
アイリーンの瞳に映り込む少し離れた海の景色。
海から・・・隆起する。
それはこの世から消えたはずの存在。
かつて海底に沈んでいた古代都市。
この時代に・・・遂に再現されてしまったのだ。
アイリーンは呟く。
「
模造品であろうと、ただならぬ魔力を放っていた。
異形の城。
魔王の城。
隆起する。浮上する。
邪なる神は・・・蘇る。
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