Act.5 UNBALANCE

1966年 春、東京。

この国はまだ、綺麗な国とは言いにくかった。

ニトクリスの頭上に降る宣伝ビラの雨。

広範囲でばらまかるビラ。

雨の断片はひらひらと舞いながら地面に落ちる。

ニトクリスはビラの存在を気にもかけず、落ちてくる雨を払いながら、ただ前へ進んだ。

科学がもたらすのは地球ほしの汚染なのか。

オリンピックから2年。

国が栄え、空気が汚れる日本。

いずれはこの汚染が、この国の住人に厄災を振りまくだろうと密かに予想するニトクリス。

彼女は現在イマと変わらぬ姿でこの街を歩く。

目的地に向かう為。

これから始まるであろう地獄・・・その予兆を確かめる為に。


     ×                              ×


現在。

「ニトクリスってさぁ、何歳なの?」

気になったので聞いてみた。

聞いた途端呆れ顔になるニトクリス。

そして真顔で言う。

「永遠の15歳。」

「何時代のアイドル?」

「うるせー貴様。いい加減にしないと食屍鬼グールの餌にした上で回収した頭蓋骨を実験台に貴様のクローン量産して酷使した上でもう一度食屍鬼グールの餌にしてやろうか。」

「何そのエンドレス人肉状態 怖ッ!!」

「いいか?女ってのはな、秘密を着飾って美しくなるとか某国民的眼鏡探偵アニメで言ってたんだよ。謎と秘密は別物だッ!解いていいのが謎で解いちゃいけないのが秘密なんだッ!!多分ッ!!!」

暴論やん。

ニトクリスは続ける。

「私は永遠の15歳。今年はもちろん来年も再来年も15歳。それが永遠の15歳ってことなんだよッ!!」

「じゃあ、私が歳とったらニトクリスは私の後輩になるの?」

「ならねーな。何故なら、どんな年齢よりも永遠の15歳が永遠に年上だからだ。

だって永遠だもん。永遠に年上だもんッ。」

「子供かッ!!小学生でも言わねーよそんなことッ!!さっさと年齢教えろクソババァッ!!」

「あんだとクソガキッ!!大の大人に生言ってんじゃねぇッ!!」

「さっき永遠の15歳って言ってたじゃんッ!!」

「永遠の15歳は大人で素敵な女性って意味なんだよッ!!」

「先ほどまでの発言のどの辺が大人でしたかッ!?」

「るせぇッ!!」

物凄い低次元な争いをした。

なんかもうゲシュタルト崩壊しそうだった。

永遠の15歳って・・・何?


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1966年 春、東京。

人気のない商店街の一角。

ここら一帯が休業日なのか、ほとんどの店のシャッターが閉まっている。

その店の一つの前に、ニトクリスは立ち止まった。

そして周りに誰もいないことを確認し、店のシャッターを強引に開け、銃を取り出し、中に入った。

変わった形の銃だった。

そしてシャッターを閉める。

薄暗い店内だった。

そんな中でも辛うじて、ニトクリスは店内に置かれているものがある程度理解できた。

だが、ここが一体何屋なのかは分からなかった。

本に骨董品、子供の玩具や着物、様々な置き物。

バラバラな品がただ置かれている店。

一体誰のための・・・何のための店なのだろうか。

ニトクリスは銃を構えながら店内を見回す。

ふと、店内の電気が独りでに点いた。

「いらっしゃいませ」

突然ニトクリスの背後に現れる声。

反射的に振り返り、声の主に銃を向けた。

声の主は表情一つ変えなかったらしい。

若い女だった。

どうやらこの店の店主のようだ。

店主は声色も一切変えず、ニトクリスに対し口を開く。

「今日は休業日のはずですが・・・それと、その物騒なものを早く降ろしてくださいませんか?」

「なぁに、ちょっとした冗談だ。宇宙人の店って奴がどんなものか気になっただけさ。」

「困りましたねぇ、商品でなく私が目当てのご様子。」

「前々から噂になってたんだ。と名乗る謎の女が、時折妙な店を開いていると。

店の品のジャンルはてんでんばらばら。

毎週水曜日にだけ店を開けるという。

実態は謎だらけだ。話によれば、子供の壊れた玩具を修復したり、玩具を販売したり。

何でも、売られる玩具は他では手に入らない何処のものなのかも分からぬものらしい。

次の話はこうだ。女は骨董品を売っているらしい。

奇妙な印のついたものや、奇妙な絵画など。

一種の魔除けの品らしい。

それで水曜の夕方は子供と大人が店を訪れる。

一風変わった店内の雰囲気は、伝奇小説や日曜夜の怪奇特撮番組のそれに似ているらしい。」

「この店が伝奇作品の題材とは・・・フィクションならともかく、別に怪奇なことなど起こりませんよ。」

「宇宙人が店主の店だ。十分怪奇だろう?」

「何処にそんな確証が?」

「貴様の売ってる品だ。そこに新月刀を模した玩具があるだろう?よくできたレプリカだ。実物の3分の1か。こんな精工に実物を再現できる技術は現在においてこの地球上に存在しない。玩具にしておくには勿体ないぐらいだ。値段は?」

「いりません、好きに持ってって下さい。ちゃんと子供が遊んでも怪我をしないように作ってあるんですよ?」

「いいサンプルだ。」

「それで、この店に来た本当の目的は何ですか?私としては、このままお店の営業を続けたいのですが・・・。」

「それについては上の判断次第だ。私が知りたいのはこれから始まる地獄についてだ。

貴様は知っているんだろう?これから何が起こるのか。」

「そうですね。確かにこれから地獄が始まります。

ですが、人類にとって一方的な地獄でないことは確かですが。」

「どういう意味だ?」

「人は誰しも・・・己が危機的な状況に陥った時、『英雄』を求めます。

己を救済する希望の偶像化・・・何度も地獄が再現されては人の前に現れ、役目を果たして消える。

先ほどあなたは、これから地獄が始まっているとおっしゃいましたね?

残念ながらもう始まってるんですよ。

誰も気づかないうちに・・・。

人に一方的な地獄が無慈悲に与えられるとき、闇が人の地を蹂躙した瞬間、

『英雄』は現れるのですよ。

人間に平和という安らぎを与える為に。闇に正義という名の不確かな概念をぶつける為に。」

「・・・・・・。」

「まぁ、そんな大役は回ってこないようですけどね。あなたにも、私にも。」

「守ることなんて考えてないだろう、お互いに。」

ニトクリスとアイリーン。

2人の顔には笑みが浮かんでいた。

決して穏やかなどではなかった。

悪い顔だ・・・両者。

ニトクリスは問う。

「それで、その英雄様とやらはいつご降臨になられるんだ?」

「星の瞬く祭りの夜・・・その時が予兆かと。」

「今時祭りなんてするのか?」

「過去の文化はそう廃れはしませんよ。一種の風習です。そんな日と降臨日が重なるなんて・・・まさに奇跡としか言いようがありませんね。」

「フン・・・・・星祭りの奇跡・・・・か・・・・・。」

約束された奇跡など・・・ニトクリスには興味はない。

夜空に願いが届こうが届くまいが・・・ニトクリスにはどうでもよかった。

問題は・・・・

「英雄様はどこから来る?」

「私達の知らない次元からです。誰も知らない先の・・・向こう側から。」

「そいつは心が躍るな。私は誰も知らない謎ってのが大好きなんだ。

是非解いてみたいよ、その謎を。」

「やはり、変わった方ですね。」

「私にとっての褒め言葉だ。」

言い残し、ニトクリスは店を立ち去ろうとした。

ふと、

「・・・この新月刀、本当にタダなんだな?」

「えぇ、好きにお使いください。」

「分かったよ、好きにな。」

店外に出るニトクリス。

そして玩具の剣を見て呟く。

「バルザイの新月刀のレプリカ・・・か。・・・さて、何に使おうかな。」

再び笑みが戻る。



現在。

「はぁ、はぁ、はぁ、」

息を切らすニトクリス。

「ったく・・・何処行った八雲アイツッ」

年齢の話でケンカになったニトクリスと八雲。

ついに殴り合いに発展しそうだったので、隙を見て八雲は逃げ出した。

殺意に溢れるニトクリス。

2人の音速を超えた鬼ごっこ。

理由も理由なだけに、史上類稀なる人間の域を超えた命賭けの鬼ごっこであった。

そして目標を完全に見失うニトクリス。

白熱した戦いを見せていたが何も考えずに走ったため、ここに来てスタミナが切れそうだった。

・・・と、何かを発見するニトクリス。

見たことがある顔だ。

八乙女明日香だった。

言葉を発するニトクリス。

「オイ、小娘ェッ!」

「ヒィッ!」

明日香でも怖かった。

「聞きたいことがあるんだけどォッ」

「な・・・な・・・何・・・です・・・か?」

明日香が震える程である。

ニトクリスはそれ程殺意の波動に満ちていた。

明日香だってニトクリスが組織で偉い方の人だとは知っている。

そんな人が殺意マシマシで喋りかけていたら流石に怖い。

てゆーかニトクリスだから益々怖い。

再び言葉を発するニトクリス。

「八雲見なかったァ?」

「み、みッ・・・見て・・・ないデス。」

「そうかァ、見かけたら呼べ。すぐに絞め殺してやるッ・・・さらにひき殺してやるぜッ」

「ガクガクガクガクガク」

「あぁ、隠し立てとかしたら同罪だから。半殺しにしてからが本番だからなァ・・・クケケケケケ。」

言って去るニトクリス。

膝が震え、絶対あの人を怒らせてはいけないと思ったのと同時に、あまり関わらないでおこうと思った明日香だった。


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「あの人怖ェー」

「うぉッ!!」

隠れ身の術を解く私。

すぐ隣にいた明日香が驚いた。

「え?ちょっと・・・何処からツッコめばいいの?」

「いやさ~ニトクリスったら年齢聞いただけであんなに怒るのよ?マジやばくね?」

「いやお前のせいで私も殺されそうになったんだよッ、謝れッ・・・つーか謝ってこいあの人にッ。」

「いやいや~素直に謝ってもどうせ殺されちゃうでしょ~大丈夫大丈夫~逃げ切るから。」

「なんつーかスゲェな、何処から湧いてくるんだその勇気。」

「じゃ、長居すると殺されそうだから、ここでお暇。アデュー!」

とりあえず逃走再開。

ニトクリスが攻めて来ようがマッハ全開で逃げ切って見せるぜッ!!



   ×                              ×


1966年 夏、東北地方 湖

真夜中だった。

辺りは炎に包まれ、巨大な死体が横たわる。

邪神と思われる死体だ。

今しがた戦いを終え、邪神は勝負に負けたのだ。

立っているのが勝者。

人間の何十倍もの高さで、燃える死体を眺めていた。

暗闇の中、シルエットが見える。

その姿を言い表すならば・・・巨人と言った方がいいのかもしれない。

ニトクリスの瞳に、光景が焼き付く。

巨人は振り返り、見下ろす。

目の前にあるのは未知だった。

ニトクリスの知らない未知。

暗闇の中に光る瞳。

ニトクリスは一人、感嘆としていた。

そして問う。

巨人に向け、胸にあふれる好奇を込めて。

「ゾクゾクするよ。誰なんだ・・・貴様は一体誰なんだッ!?」

星が瞬く夜だった。

この瞬間は地獄の予兆か、或いは・・・

                                     続

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