Act.3 昼の月 

居合術。

それは、日本刀(打刀とは限らない)を鞘に収めた状態で帯刀し、鞘から抜き放つ動作で一撃を加えるか相手の攻撃を受け流し、二の太刀で相手にとどめを刺す形、技術を中心に構成された武術である。(by Wikipedia)



私は相手を凝視していた。

霞の構え・・・つか(持ち手)を顔の右に添え、刃を相手に向ける構えをしていた。。

恐らくはせんを狙い、攻撃する瞬間剣が飛んでくるであろう。

だが・・・相手の構えが構えなだけに、どんな刃が飛んでくるのかが不明だった。

霞の構えは変化の構え。

それは名の如く、目の前を見通すことは不可能である。

後の先カウンターを狙うとしても、飛んでくる刃を瞬時に判別し、防いだ上仕留めなければならない。

リスクが大きすぎる。

斬られる確率があまりにも高い。

幸い、私はまだ剣を抜いてはいなかった。

恐らく相手が攻撃するタイミングは鞘からわずかに刃を見せたその一瞬だろう。

相手は未だこちらのタイミングを伺っているものと見る。

相手もこちらの抜刀術がどんなものなのかも知らないはずだ。

静かに脈打つリズム。

相手の間合いに踏み込むには、そのリズムを崩し、思考を止め、虚を突くしかない。

相手の思考を揺さぶらねばならない。

そうだ、エラーだ。

魔剣だ。

なれば方法は一つ。

私は瞬時に身をかがめ地を蹴った。

鞘と鍔を左手で抑えながら。

駆ける。

若干のタイムラグで、相手の剣がこちらに真下に飛んでくる。

身をかがめている私には、真上から叩き切るしかない。

逆さにこちらに向けていた刀を真下に下ろすために刀の方向を変えたのだ。

相手の目的は私を斬ること。

故に、剣を見せずにこちらに突進してきた私への対抗策は真上から刀を振り下ろすことのみ。

恐らく、私の居合を受け止めるつもりでいたのだろうか。

想定外が故に刀の向きを変えたのか、あるいは切っ先を向けた状態で私を突くより振り下ろした方が命中率が上がると判断し向きを変えたのか。

だが私はその振り下ろされる剣を避け、相手の視界外に身を移す。

恐らく今の行動で目標のスイッチが切り替わったであろう。

この瞬間じてんでは、目標は刀ではなく私自身のほうに向いていると思われる。

戦いの最中さなかわたしが不可解な行動で隙を見せながら突進してきたのだ。

ならばそのまま目標を私に向けたままにした方が得策だろう。

今は相手の間合いを外れている。

恐らく先を狙ってくるであろう。

私は地を蹴る。

相手はまた私がこちらに飛び込んでくると踏んだのだろう。

既に剣を振り下ろす準備に取り掛かっていた。

恐らくはこのまま進めば私は斬られる。

ただし、このまま一定のスピードで進めば・・・の話だが。

私は蹴った瞬間しゅんかんもう一方の足ですぐさま地面を踏みしめた。

そしてまた蹴った方の足で地を踏みなおす。

リズムを変化させた。

まるで散歩でもするかのように。

相手の刀は一定のスピードで振り下ろされる。

私が見出した先の先。

その狭間が、徐々に垣間見え始めた。

相手はあっけにとられたような表情をしていた。

一定の速さで落ちる剣。

それを私はジョギングをしている最中かのようにただ見ていた。

チャンスだ。

私は足の力を入れなおす。

駆けるとともに左手でそのまま剣を抜く。

一太刀めは外れてもいい。

最重要事項は二太刀め。

二太刀めが全てを決める。

相手を一回でも斬ってしまえば私の勝ちだ。

問題はこの瞬間、私の剣の存在に気づかれてしまうこと。

相手の思考より早く剣を抜き、相手の思考より早く動くッ。

相手の切っ先が地面に着陸した瞬間、私は地を蹴った。

そして重力に身をゆだね、宙に舞った。

まるで木からはらりと地に落ちる桜のように。

飛びながら目に映ったのは、雲一つなく無限が漂う青空だった。


     ×                            ×


藤宮ナオは、青空に浮かぶ月を見上げていた。

月。

昔から月にはデカいウサギやら目の無いカエルやらが住んでると言われていた。

何でも、夢の世界と繋がっているとかいないとか。

「・・・・・。」

伝承やら歴史学はナオの専門ではなかった。

故に・・・昼に浮かぶ月を、好奇な気持ちでみつめていた。



『舟』付近の小さな公園。

防衛関係者以外立ち入り禁止のこの区域に、何故公園が存在するのか。

所謂いわゆる、職員が外で酒を飲む時のムード作りの為のものなのか・・・。

どんなものにせよ、ニトクリスには心底どうでもよかった。

「腐れババァ、お疲れ様です。」

「これで分かった。貴様には呼んでもらって気持ちのいいニックネームを付ける才能はないと。つーかナチュラルに悪口を本人の目の前で呼ぶ習慣をやめてもらいたいのだが。なんか慣れそうで怖いわ。」

「事実じゃないですか。ミイラになって何百年も生き長らえたんでしょ?

これは正真正銘腐ってるんじゃないんですか、ババァ?」

「お望みの通りミイラにして食屍鬼の餌にしてやろうか。」

「冗談に決まってるでしょ、ホント怖い・・・。そんなんだから皆に腐ってるとかババァとか言われるんですよ。」

「そうだな、たった今言われたばかりだな、貴様に。

とりあえず・・・色んな作品のニトクリスを代表して貴様に言っておきたいことがある。」

「なんですか。」

「全国のありとあらゆるニトクリスファンに謝れ。」

藤宮ナオとニトクリスの奇妙なコンビ。

何かと偶然居合わせることが多い。

その度にナオはニトクリスに有り得ない悪口というか暴言を言い放つのであった。

しかも初対面の時から。

こんな悪口毛ほども痛くないが、こいつ本当に学校の先生なのか?と、時々思うニトクリスである。

「いやぁ、今日面白いものが見れました。」

「何がだ。」

「体育の剣術実戦の授業ですよ。」

「先ほどの貴様のような酔狂な科目だなそれ。」

「八雲ちゃんの繰り出す居合切りの魔剣!凄まじい勢いでしたよ(清々しくスルー)。やっぱりあの子何者なんでしょうかね。」

「さぁな、ただの人間じゃないことは間違いないな。

だが・・・。」

「?」

少し黙った末、ニトクリスは再度口を開く。

笑みを浮かべながら。

「あれは、申し子だよ。」

「申し子?」

「そうだ。アストロワンに呼ばれ異界から来た使者、それが奴さ。

かなり強引な仮説だが・・・私が言うんだ、間違いないよ。

異界から来たと言っていたが、果たして・・・どこの星だ?」

「また始まった。腐れ謎解きババァの悪い癖、喋ってる最中に自分の世界に入りがち。」

いつもの悪口だが、これにはニトクリスも虚を突かれた。

ナオに指摘されるのは癪だが、確かに悪い癖だと本人も薄々感じていた。

「・・・・・。」

「それにしても、八雲ちゃんや美沙夜ちゃん・・・良い教え子を持ったものです。

皆優しい子ばっかり。一人の教師として嬉しいものですね。」

「・・・・・・そういえば、あの部隊クラスの指揮の担当も貴様だったか。」

「えぇ、それがどうかしましたか?」

「・・・いや、権利関係をハッキリさせようと思っただけさ。」

「?」

「他の人間はどうだっていい。だが、彩奈八雲アイツだけは私の所有物モルモットだ。貴様がどんな作戦を立てるかには極力口を出さんが、実験材料を勝手に使い潰されては困るのでね。」

「なんだ、やっぱり八雲ちゃんのことが好きなんじゃないですか。」

「誤解を与えるような表現もいい加減やめてもらいたいところだ。」

「分かりました、言われずとも善処しますよ。」

そう言い残してナオは立ち去った。

「・・・・・。」

それでもニトクリスの心に、不安は取り残されていた。

澄んだような青空に白い月がかかっていた。


    ×                            ×



『舟』がっこう、昼休み。

なんか・・・疲れが・・・。

つーか剣術実戦の授業って何。

頑張って居合切りしたけど、毎回あるたびに居合切りしなけりゃならないの?私。

無理だよ。

あんな計算使ってあんなに文字数使って居合を毎回なんてとても出来ないよ

読者もついていけないよ。

机に突っ伏していた。

「いよぅ侍さん、今日の居合切り見事だったな。」

「誰が侍さんじゃ、吾輩はもうバテバテで疲れたぜよ。剣術は引退してえってぃーなゲーム作るぜよ。」

「なんでそうなるんだ、因果関係が見えねーよ。」

話しかけてくれた女子は八乙女やおとめ明日香あすかだった。

私が知る限りこの『舟』、女子校である。

『舟』に入学して何日か経つ。

『CLASS:GA』。

アストロワンの適合者が集まるクラス・・・らしい。

「必要なのかな、剣術の授業。だって相手敵さん人間じゃないし。」

「必要なんじゃないか?剣術の授業。もしかしたら相手人間かもだし。」

「絶対人じゃないよあの化け物たち。人殺しはしたくない。」

「そーゆー話じゃなくて、人間と対峙する場合があるかもって話。」

「どっちにしても人殺しはしたくない。」

「余程のことじゃねぇと人殺しはねぇよ、多分。そう願いたい。」

「昼ご飯前に湿っぽい話は良くないと思うでごじゃる。お前切腹。」

「おめぇがしだしたんだろうがッ、つーかさりげなく殺そうとしたよね?」

「うるせーでごじゃるッ、さっさと死んでくれません?でごじゃる。」

「うるせーのはおめぇだろ、何さりげにキャラ付けに失敗してるんだッ!

ブレブレなんだよッ、もっと徹底してキャラ作ってこいキャラッ!!」

編集さんかあんたは。

・・・・・。

腹が減った。

「そういえば、美沙夜たん何処行ったけ?」

「購買部に行って飯買いに行くって言ってただろ?

・・・つーかお前神崎のことそんな風に呼んでるの?」

「そうだよ、明日香たん?」

「喧嘩売ってるんのか?」

「生憎そのような商売はしておりませぬ。死ね。」

「んーにゃろう・・・・言わせておけばァァァァッッ!」

つーわけで、今私は穏やかで静かーな日常を過ごしているのであった。 ←どこがだ


    ×                            ×

「あのッ」

「?」

「ニトクリスさん・・・ですよね?」

「・・・・美沙夜とやらか。」

『舟』、船内の廊下だった。

ニトクリスと美沙夜の関係は一目瞭然。

実を言うと、こうして話をするのも珍しいぐらいだ。

「何か用か?」

ニトクリスは聞く。

「あの・・・八雲ちゃんと・・・どんな関係なんですか?」

「・・・・・。」

あぁ・・・とニトクリスは思い出す。

――――そういえばこいつ・・・コミュニケーションの取り方が上手く無かったんだったな・・・。

ニトクリスはそのまま言う。

研究対象モルモット。」

「へ!?」

「私の研究材料。それ以上でも以下でもない。あいつに謎がある限りな。」

「な、謎って・・・・・八雲ちゃんって何者なんですか?」

美沙夜の問いに、ニトクリスはつまらなそうに答える。

「モーゼだよ・・・恐らく。」

「モーゼ・・・・・?」

「川から流れ着いて、引き上げられた預言者だ。きっと素敵な未来ばしょに導いてくれるだろうさ。」

ニトクリスは言葉を抑える。

先ほどのナオとの会話がまだ脳内に残留していた。

「・・・・・。」

会話に空白が生まれる。

気まずい雰囲気だった。

二人とも今すぐ会話をやめたかった。

ふと、ニトクリスは思い出した。

「・・・そうだ。これを八雲アイツに届けてくれないか?」

「なんですか?これ。」

美沙夜に渡されたのはブレスレット状の何か。

「このままだと渡す時間が無さそうだからな。とりあえず武器だということを伝えて渡してもらえれば問題ない。それに・・・」

「それに?」

「もうそろそろ作戦とやらが始まるらしい。準備をしておくことだ。飯は今のうちに腹に収めておけ。」

そう言ってニトクリスは去った。

やはり美沙夜はニトクリスとの会話が苦手だった。

どういう接し方をすれば良いのか分からなかった。

――――ご飯・・・食べないと。

美沙夜は購買で買ったパンをかじり始めた。


    ×                            ×

「うわッ!!」

突然サイレンが鳴り響いた。

至る所から流れてる。

何々!?何事?

そして突然明日香に腕を引っ張られる。

「オイ、行くぞ。」

「ど、何処へッ!?パンまだ食べかけなんですけど?」

「さっさと口にねじ込んどけッ、いいから来いッ!!」

教室から連れ出される。

「何?学校全体で私達のデートの祝福?」

「んな訳ねーだろ、いい加減にしろ。」

「じゃあ何さ。」

「大方、また化け物が現れたんだろうよ。」

「え!?」

いきなりにも程がある。

折角昼休み満喫してたのに。

つーか疑問が山積みだ。

「なんで私達だけ?アストロワンの教室だったんでしょ?」

「まだ準備が出来ていないのさ。機甲を纏うにはそれなりに時間がいる。準備が完了したのはアタシと美沙夜だけ。そしてイレギュラーのお前。動けるのはアタシ達だけだ。」

「で、私達は何処へ向かってるの?」

「サイレンが鳴ったら行くところはただ一つ、カタパルトだッ!」

そして見える『catapult』の文字。

横に書かれてる数字すら見る暇もない。

マジだ。

マジで戦いに行くんだ。

開いていた馬鹿でかい自動扉を通り、薄暗い室内に到着した。

室内というには広すぎる。

アニメやドラマに出てくるような、巨大ロボや戦闘機が今にも出動してもおかしくない雰囲気。

鉄でできた階段を上る。

上った先に、知ってる顔が一人。

美沙夜だった。

「二人とも、早く!!」

「あぁ。」

明日香が答える。

向かった先に何かが見える。

あれは・・・戦闘機?

いや、それにしてはフロントにガラスらしきものついてないし、乗り込む場所コックピットが機体の胴体の真上だ。

「八雲、乗れ!!」

「あ、うん。」

明日香は言い、早くもコックピットに乗り込んだ。

よし、私も・・・。

・・・と、その時。

「八雲ちゃん、これ。」

美沙夜からなんかブレスレット状のものを渡された。

ナニコレ。

これ、ニトクリスさんから・・・と美沙夜は言う。

「武器らしいから・・・多分。」

なんだいその多分って。

よく分かんないけどとりあえず持っとくことにした。

そして美沙夜も私もコックピットに乗り込む。

先程チラとレールらしきものを見た。

リニアモーターカーっぽかった。

恐らく磁力を使って機体を浮かせてまず助走するんだ。

だが私が見た限り『舟』が何処かとレール伝いに繋がっているところは見たことがない。

多分助走した後エンジンを点火させてこの機体は飛ぶんだ。

戦いの待つ何処かに。

「・・・・・?」

座席に座っている。

なんか体に違和感が・・・。

「って、うわッ!!」

体のほとんどがいつの間にか装甲で包まれていた。

全然気がつかなかった。軽く怖ッ。

遂に装甲は体全体を覆い、耳や頭部まで到達した。

私の装甲は赤い。

手の感覚はゴム手袋をしている感覚に等しい。

いや、それ以上に馴染んでいる。

不思議だ。

自分の体に元からあったかのように馴染んでいる。

体全体にフィットした感覚だった。

先ほどの違和感があまり感じられなくなった。

そして右手に握っているブレスレット状の何か。

美沙夜がニトクリスからと言っていたが、お守りか何かかコレ。

流石にあの人からお守りはないと思うけど・・・。

「・・・・・!?」

突然、ガコンッと、機体が揺れたような気がした。

妙な浮遊感に襲われる。

「え?」

そしてゆっくりと加速しているようなスピード感。

凄い加速だ。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァッッッ!!!!!」

離陸したのか、瞬間物凄いGがかかった気がした。

化け物と戦う前に死にそうだった。


    ×                            ×

ニトクリスは発射された機体を見送った後、空にかかる昼の月を眺めていた。

果たして、彼女は月を見上げ何を思ったのか。

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