Act.2 I AM NOBODY

「ニトクリス主任、世界中の戸籍データを探りましたが、例の少女のデータはどこにも見つかりません。」

「どーも・・・つーかいつから主任になったんだ私は。」

データが無い。それはすなわち、この世界の住人ではないことを意味する。

「いや、まいったね全く。せっかく見つけた適合者が、まさか名無しの権兵衛ごんべえだとはな。」

アストロワンに呼ばれたこの世に存在しないはずの少女。

一体彼女は何者なのか、組織内でも激震が走っていた。

「該当するデータは無し。その答えを知るのは彼女一人。答えは直接本人に聞くしかない・・・か・・・。」

ニヤリと、笑みを浮かべるニトクリス。

興味深い、実に面白い。

何が何でも知りたい。

ニトクリスの好奇心を刺激する彼女という存在。

何故なにゆえ、何故、何故、何故、何故・・・・・

こんなにテンションが上がったのはいつ以来だろうか。

はやる気持ちを抑え、早足で彼女のもとへ向かった。



『あのー、なんで私培養液で一杯のカプセルの中に閉じ込められてるんですか?

それも素っ裸で。恥ずかしいんですけど、つーか人生初なんですけどコレ。』

カプセルの培養液内なので声が反響していた。

つーかどーして液体のなかで普通に喋れようか。

「元気そうで何よりだ。」

聞き覚えのある女の声。

ニトクリスだ。

一体何処をどう見たら元気に見えるのでしょうか。

『出して。』

「断る。」

即答。

『なんでッ!?』

「聞きたいことが山ほどある。」

『出してから聞けばいいじゃん!』

「面倒くさい、時間がかかる。」

面倒くさいで済ませやがった。

「はい、質問1:名前と年齢。」

『なんですかそのリスト的なものは』

「いいから答えろ。」

彩奈あやな八雲やくも、15歳。』

「質問:2・・・・この辺必要皆無だな。一気に飛んで質問:16。」

『飛ばしすぎでしょ。』

「えー質問:16、あなたの好きな回転寿司チェーン・・・」

『なんのアンケートなんですかそれッ』

「もういい、面倒くさい。」

『投げたッ、アンケート投げたッ!!』

一体何がしたいんだこの人。

つーかさっさとここから出せ。

「私は他人の趣味とか個人情報には興味がなくてね。

興味があるのは貴様の体と存在だけさ。

謎ってのは解いて冷めての繰り返し。

私はただ、謎を解く間の精神の高揚を楽しみたいだけさ。それが私にとっての唯一の楽しみだよ。」

『つまり八雲のことを性的な目で見てるってことなのねッ!?

キャーッニトクリスのエッチー』

「チッ」

随分と軽蔑的で破壊力のある舌打ちだった。

声が反響してるので余計腹が立つのかもしれない。

「・・・・・とにかく、貴様は今我々組織の管理下に置かれている。

貴様自身で選んだ選択だ。こちらの意向に従ってもらおう。」

『つまり、その組織ってやつの言いなりになれってこと?』

管理下。

今培養液にひたされている私は、皮肉にもその状態を体現されていた。

今の私は首輪をつけられた犬だ。

鎖は鋼鉄のビスで留められ、吠えなければ外してもらえない。

「従いたくなかったらそれでいいが・・・その代わり永久的に培養液に浸かってもらおう。さーてなんの実験に使おーかなー」

最後棒読みだった。

吠えるしかないのだ結局。

『いーやーだッ絶対ヤダッ!!分かったからッ従ってあげるから仕方ないけど!!

従うからさっさと出せぇぇぇぇぇぇぇッ!!』

ニトクリスは腹の立つ笑顔を浮かべていた。

あんにゃろぉ・・・

「なら話は簡単だ。カプセルから培養液抜くから、さっさと来てもらおう。」

『何処にッ』

「学校だ。」

『はぁッ!?』

学校?

何故なぜゆえ?



車中。

広い地下通路だった。

なんかさっき学校のブレザーみたいなのを着せられた。

本当に学校に行くのか。

つーかもし私が18越えてたらどうするつもりだったのか。

そんなことを考えていたのもつかの間、ニトクリスが口を開き始めた。

「さっきの質問の続きだ。貴様はどこから来た?」

「えーと・・・異世界?」

「ふむ・・・並行世界か・・・世界中を探っても貴様のデータが見つからなかったんだ、ありえなくはないな。」

「こっちからも質問いいっすか?」

「なんだ。」

「学校ってどーゆー学校ですか。」

「戦うための学校だよ。こないだの深きものdeep onesモドキどもみたいな化け物と戦うためのな。」

「このブレザー高校のですよね、もし私が18越えてたらどうするつもりだったんすか。」

「さーな、それでも入れてたんじゃないか?どうやらその感覚は世界的に近いらしい。」

「そーっすね。」

似ているのか?この世界と私のいた世界は。

まだ疑問はある。

「アストロワンって何なんですか。」

ずっと聞きたかった。

あの時私に何が起こったのか。

あれは結局なんなのか。

ニトクリスは説明する。

「機甲タイプギア・アストロワン。かつて旧神や星の戦士が作り上げたとされる対邪神用機甲兵器。旧太陽系第五惑星サイオフのエネルギーが流れているとされていたが、Aによるサイオフの破壊により行方知れずとなったらしい。

だがアストロワンは・・・果たして自我を持つのか否なのか・・・。」

「結局アストロワンって何なんですか。」

全ッ然ッ言ってることがわからない。

何一つ理解できない。

つーかこの人が喋ってるのホントに日本語?

「誰にも分からないってことさ、今の貴様と同じで。

謎を解くのに必死なんだ。みなも私も。」

ニトクリスは笑みを浮かべている。

謎を追う好奇。狩人のような目つき。

この人は謎に取りつかれているんだ。

謎を解くという行為そのものに。

「・・・・・。」

トンネルを抜けた。

青空。

座っている側・・・左側の窓を覗き込む。

海だ。

果てしなく広がる青い海。

波の音がハッキリと聞こえる。

「随分と無防備に見えるが、化け物やらが攻めてこないように色々トラップが張られていてね。さて、もうすぐだ。」

「あれが・・・学校?」

「そうだ、中々イカしたデザインだろう?」

ガラスで出来た戦艦のようなフォルムで、屋上と思わしき場所には幾つもの巨大なアンテナが設置されている。

何のためのアンテナかは先ほどまでの話から察するに、愚問であろう。

ニトクリスは語る。

「戦うための学校だ。最悪のパターンを想像したときに比べればまだ設備が足りん。」

「これで足りないって・・・。」

「それ程危険な仕事ってわけだ。着いたぞ。」

車は建物の中に入る。

向かった先は駐車場だった。

駐車の途中ニトクリスは私に聞く。

「腹はすいたか?」

「そうですね。」

「食堂がある。行くぞ。」

車を出、ニトクリスのあとを追った。



食堂というか・・・カフェ!?

めっちゃおしゃれだった。

「なんか、こう来てみるとデートみたいな雰囲気ですね。」

「さっきも言ったが私は貴様に性的興味はない。」

二人席で向かい合いながらランチを食べる。

いや、私今日朝食食べてないから実質朝食だわ。

それにしてもこの構図というか雰囲気というかこれってやっぱり本当にデートで(以下略)この生姜焼き定食美味うめぇッ!!

「一週間も眠っていたんだ、やはり腹はすいていたようだな。」

「一週間!?」

そんなに眠ってたんだ私。

つーか一週間も培養液に浸してたのかよオイ。

「もっきゅもっきゅ」

ニトクリスは親子丼食べてた。

何この効果音可愛い。

「それで、ご飯が終わった後は何するんですか。」

「オリエンテーションといったところか。適役がいてね、まずは彼女のところに行こう。」

「ふーん。」

「なんだ、不満か?」

「そりゃあ、何もかもがいきなりで困りますね、せっかちすぎて。もうちょっと準備ってもんがあるでしょう。」

「私達はこれでも焦ってるんだ。申し訳ないが、少しのせっかちは許して欲しいものだ。」

「ふーん。」

「不満顔だな。問題はせっかちだけではないと見た。そんな顔をされてはこちらも困るのでね。」

「いや、別に不満ではないんですけど・・・ほら、私転移してきて・・・私のデータはこの世界にはないんでしょう?」

「だからどうした。」

「だからその・・・当然のことなんですけど、皆、私のことしらないんだなぁって。」

誰も私を知らない。

元居た世界では違った。

少なからず誰かは私のことを知っていた。

知ってる人は必ずどこかにはいた。

でも、今はどうだろう。

転移した世界に、私が生きた記録はない。

私はこの世界に存在しなかった。

だから私を知る者は誰もいない。

一人もだ。

この世界にいる人の全員が見知らぬ他人で、誰の記憶にも私は存在しない。

私は一人だった。

誰も知らない世界で、ただ一人。

「そうか、貴様はあれだ・・・まるで知らない街の人混みの中で一人でつっ立っている状態のようだな。知らない街の知らない住人を自身が知っているはずないと。」

「まぁ、そんな感じ・・・なのか?」

「だが、貴様の世界の知り合いは本当に貴様のことを100%知っているのか?

貴様の知り合いが全員が全員貴様の性癖を知っているわけではないだろう?」

「ここに来て性癖の話します?」

「先に性的な話を始めたのは貴様だったはずだが?」

とにかく・・・と、ニトクリスは話す。

「誰もが誰もたった一人の人間を知り尽くして、知らないことのない人間など存在しないということだ。私を知らない人間など、貴様を含めて山ほどいる。それが数人かそれより多いかの違いだけさ。」

そうだ、当然だ。

イメージすると寂しい気がするだけで、状況は前の世界と同じようなものだ。

クラス替えをして知らない人が多い。

状況としては似ている事例だ。

これから知っている人を作ればいい。

答えは至ってシンプルだった。

「食い終わったか?さっさと片付けて行くぞ。」

ニトクリスは早くも食器を持っていこうとする。

全く・・・せっかちだ。



「おや、かの恐ろしき食屍鬼グールの女王が、普通オブ普通の一般高校教師に何の用ですかな?」

「その呼び名はやめてもらおうか。私はもうただの研究者だ。それに、この学校に所属している者は一般常識的に普通な人間は私の記憶ではいないはずだが?」

この人がニトクリスの言っていた『適役』なのだろうか。

「紹介しよう、こいつは藤宮ナオ。貴様の担任だ。」

「あなたが八雲ちゃん?ニトクリスから聞いてるよ~。あんなババァ臭いクソババァと一緒にいてつらかったでしょ。」

「本人の前でいうセリフかそれ。」

スゲェ。

担任の先生からナチュラルに凄い悪口が飛び出した。

いくら年上っぽくてもババァは酷くね?

ニトクリスになんかされたんかこの人。

「じゃあ私はしばし席を外すから、藤宮、そいつを頼んだ。」

「は~い。じゃああんな腐れババァはほっといて行こうか八雲ちゃん。」

「聞こえてるぞ、さっきから。」

この先生平然を装いながらホント口が悪い。

ニトクリスはどこかへ行ってしまった。

「また研究かな?あの謎解きおばさん、興味のあることにはやたら熱心だからね~」

本人がいなくなってはじめてちょっとマシな言い方になった。

「じゃ、行こうか。この学校広いからさ、油断したら本当に迷子になっちゃうくらい。」

私は藤宮・・・先生の後をついていった。


   ×                               ×


ニトクリスはその後、再び地下基地に戻っていた。

管制室の隅でノートpcを触る。

ピアノの演奏のように軽やかなブラインドタッチだった。

アストロワンの生体、性能データのウィンドウを開きながら、古代文字の解読ウィンドウを睨むニトクリス。

「ふむ・・・アストロワンに関わる伝承を調べようとしたはいいものの、エジプト語はともかくナアカル語にアクロ語・・・超古代文明の言語の解読とか、さすがに気が遠くなるな。」

椅子にもたれかかり、ため息をつくニトクリス。

すると・・・

「おーいニトクリス、さっさと仕事終わらせて一杯飲もうぜ!!」

こないだのビルの屋上の青年である。

「言わなかったか?貴様みたいな安酒男は嫌いだと。」

「俺の持ってくる酒に安い酒なんざねぇッ!!」

「そうだったか?まぁ、ともあれ貴様の持って来る酒は私の好みではないということを覚えておくといい。つーか貴様そのものが好みじゃないな。」

「ぐッ・・・・・俺の誘いはアウト・オブ・眼中ってわけか!?」

「いかにも。」

「一言で片付けやがってッ・・・俺はお前が好きだッッ!!」

「知るか失せろ。そんなに誘いたければ藤宮を誘ったらどうだ?あいつなら喜んで相手になってくれると思うが。」

「いや・・・あいつ年下のくせになんか近寄りがたいオーラを感じるとゆーか誘いたくないとゆーかあまり関わらない方が身のためとゆーか何とゆーか・・・」

「同感だ。とゆーわけで失せろ。貴様の思うほどこの世は狭くない。貴様の望む女性はここ以外に沢山いるはずだ。だから失せろ。このままだと食屍鬼グールの餌にされる可能性大だぞ。」

「励ましてるのかけなしてるのかどっちなんだよ。」

「さっさと失せろ。」

「待てよ、まだ仕事の報告がだな。」

「はぁ・・・・先に言ってもらえないだろうか。だから貴様はみんなから女たらしクソジジィとかロリペゾヘドロンとか影はおろか表でも言われるんだ。」

「噓つけよッ!!どんだけ嫌われてんだよ俺!!なぁ、噓だよなみんな。影はおろか表でもそんな酷いこと言うはずないもんなぁッ!!」

シーーン。

みんな目をそらしてた。

漂う静けさ。

痛かった。

青年は痛かった。

精神的にメンタル的に。

ニトクリスがトドメを刺す。

「ほら見ろ。」

「うるッせぇよッッ!!!!泣きそうだよッ、組織で総じてこんな扱いじゃ身が持たねぇよッ!!」

室内に響く青年の嘆き。

「つーかロリペゾヘドロンってなんだよッ!!俺ロリコンになった覚えねぇよッ!!」

青年は半泣き状態だった。

ドンマイ、ロリペゾヘドロン。

室内の職員ほぼ全員が心の中で呟いた。




「さて、報告を聞こう。」

青年が落ち着いたところでニトクリスは聞く。

「ここ最近の深きものdeep onesモドキの発生についてだが、奴らが発生した瞬間、一定の魔力電波が流れることが分かった。」

「Deep Ones・・・知っての通り邪神クトゥルフの眷属でダゴンの末裔と言われている。1920年代、インスマスを中心に根を張り地上侵略を企てていたことが発覚し、政府により存在を抹消されたはずの種族。根城となるルルイエも、核爆弾をぶち込まれ消滅したはずだが・・・」

「ルルイエ異本・・・。」

青年の発した単語に、ニトクリスは反応した。

青年は続ける。

「クトゥルフやその眷属を呼び出す為の魔導書とされる。話によれば、召喚対象を時空を超えて呼び出すことができるとか。」

「仮設としてはあり得るが・・・問題の異本についてはどう説明する?魔導書の類のほとんどはミスカトニック大学の図書館に保存、管理されているのは知っているだろう。ここ最近魔導書が奪取されたなんて話は聞いたことがないぞ。」

「新ルルイエ異本の噂は聞いたことがあるか?何せ、ルルイエ異本は当の昔にパブリックドメインになってやがる。俺もネット上で幾つか見かけたことがあるが、こんなん幾ら潰しても何度も復活するさ。まるでもぐら叩きだ。何らかの形でテロリストの手に渡ってたとしても何の不思議もないわけだ。」

「だが、その手の魔導書は解読者を発狂死へと誘う。その点はどう説明する気だ?」

「人間にさせなければいいのさ。」

「?」

「ルルイエ語は今や、ネットワークの拡大によって有名な古代言語のひとつになった。だが当然解読したら発狂死することも知れ渡っている。だから人間が解読せずに魔導書を使う方法を考えなければならない。・・・学習型AIを知ってるか?」

「AI・・・だと?」

「そうだ。あらかじめ人間の言葉を学習させたAIに、古代言語を学習させる。

最近のAIは恐ろしいほど学習スピードが速いらしいからな。解読例を出せば、人間より速いスピードで解読できるし、感情も発狂も知らないAIは魔導書をいとも容易く解読するだろうな。この仮説にさっき言った魔力電波と来た。」

「成程、これで解読側は被害を出さず安心安全にテロリズムが行えると。皮肉なものだ。中々恐ろしいことを考える。目的は差し詰めルルイエの人為的蘇生と人為的浮上というわけか?」

管制室に不穏な空気が漂う。

ルルイエが浮上するとき、世界に混沌が訪れると言われていた。

それが今回、人為的に行われた暁には・・・・・。

可能性の一つにせよ、組織は早急に手を打たなければならない。

「だが、逆にこれはチャンスだ。」

「チャンス?」

「召喚を行ってる張本人はAIの魔術発動時に魔力電波を発生させている。

AIにとって魔力電波は召喚時にどうしても必要になる。過去数回の召喚時にもこの魔力電波が少なからず近くから発見されたらしい。この魔力電波を逆探知すると・・・」

「成程、召喚者本人を直接割り出せるというわけか。」

「ま、それには皆さんの協力が必要になってくるけどね。」

「いつ召喚が行われてもいいようしっかり作戦は立てておくさ。なら貴様には、その魔力電波とやらについてもっと詳しく調べてもらおう。」

「・・・・・。」

「どうした?不満か?」

「いや、やっと本来の仕事が回ってきたと思っただけさ。」

「そうか、なら期待していよう。アトラス探偵?」

「分かりました期待にこたえるよう頑張りますよッ」

この女性ニトクリスに名前で呼んでもらうのにこんなに時間がかかるとは思わなかった。

探偵、アトラスクルスは管制室を後にした。

直後、ニトクリスは思う。

――――アストロワンの前に魚介類の化け物・・・忙しいものだな、全く。

ため息をついた。

ノートpcの画面。

ニトクリスは新しいウィンドウを開いた。


   ×                               ×


「で、ここが教室だよ。」

紹介されたのはほんのわずか。

『舟』と呼ばれる学校。

その広さには驚くばかりだ。

話によれば、先生ですら舟の全貌を知らされてないらしい。

謎の設備の数々。

私が紹介されたのは学生として日常生活に必要な場所のみだった。

ニトクリスからは戦う為の学校と聞いていた。

だが・・・

「え?戦闘設備?まぁ、必要になったら話すから~」

・・・・・。

不安だった。

日常生活の隙間の中にすぐ地獄が潜んでいるような気がして。

この軽いノリは何だろう。

藤宮先生だって分かっているはずだ。

戦うことの重みを。

私の手には、まだあの時の感触が残っていた。

斧を持った時の感触。

半魚人みたいなのが消える前、わずかに切り裂いたような感覚が斧を通じて伝わってきた。

私は戦うことを選んだ。

だって選択はそれしか無かったのだから。

このまま幸せな日々が必ず過ごせるかどうかと聞かれたら否だろう。

私は自ら踏み入れたのだ。

知らない世界の知らない地獄に。

異界。

誰も私を知らず、私が知る者も誰もいなかった。

ふと・・・

「あのッ、先生!!」

女の子の声がした。

聞き覚えのある女の子の声だった。

神崎美沙夜だった。

「どうしたの?美沙夜ちゃん」

「あ、いえ・・・その・・・。」

神崎さんは少し焦ったように見える。

衝動的に私を見つけたはいいものの、なんて声をかけていいのか分からない・・・といったところなのだろうか。

「あ、そうだ。こちら、新しいクラスメイトの彩奈八雲ちゃん。初対面じゃなかったんだっけ?仲良くしてあげてね。」

「は・・・はい!!」

先生のナイスフォローが入った。

「よ、よろしくお願いします。」

神崎さんに私は応えた。

「うん、こちらこそよろしく。」

そして用事を思い出したのか、神崎さんはその場を去った。

去り際に見せたはにかむような笑顔。

「ね?いい人でしょ、あの子。」

「そうですね、とても。」

「八雲ちゃんはちょっと心配しすぎなんじゃないかな?何も八雲ちゃん一人で戦うわけじゃないんだから。誰か一人で背負い込まず、皆で同じ痛みを背負って戦う。そういうところだよ、『舟』ココは。」

「・・・・・。」

「じゃ、教室の説明も終わったし、次は寮の説明をしようか。」

・・・・・。

そうか、少し考えすぎてたのか。

神崎さんもいい人だった。

藤宮先生もニトクリスも、ああ見えて親切な人だ。

私は寮のベッドの中に入る。

そうだ。

ニトクリスも似たようなこと言ってたな。

人っていうのはいきなり内面が見えるものじゃない。

一緒に生活して、その性格を考察して初めて人間が見えてくるんだ。

今の私は誰かにとって誰でもないかもしれない。

それでも今は、気にも留めないぐらいどうでもよかった。

眠ろう。

今日も眠ろう。

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