苦手な味が好きなとき
朝起きて、脱ぎ散らかされた服を着る。最近ご機嫌斜めな彼女のせいで、朝だというのに疲労が溜まっていた。
隣で寝る彼女を見やると、そこにはいつも通り丸まった寝姿があった。一応、ちゃんと片付けたか確認しておく。問題なさそうだ。
彼女を起こさないようにドアを開け、朝食の準備を始める。朝は洋食という決まりがあるので、コーンスープとスクランブルエッグ、それとスクランブルエッグにつける野菜を用意しよう。パンは焼きたてのほうがいいから、彼女の準備が終わる頃を見計らって焼くつもりだ。
手作り料理だからって、何度も作っていれば雑になる。手でレタスを千切り、4つのミニトマトと一緒に小さいザルで洗いながら、スープカップにコーンスープの素を入れていく。コーンスープは、お湯でちょっと溶かしてからホットミルクを入れるのがポイントだ。
不意に、寝室から足音が聞こえてきた。普段の彼女を知る人からすれば想像できないような、のたりのたりとした足音だ。
「おはよぉ」
「おはよ。もうちょっとでご飯だから」
「今何時ぃ……?」
「うーん、たぶん6時」
キッチンからだと時計が見えないので、適当に返事しておく。遅刻するような時間ではなかったはずだ。彼女がのたりのたりと洗面所に行ったのを確認して、スープカップに少しのお湯を入れる。パンもオーブンレンジに突っ込んだ。
「あ、先に牛乳温めるんだった」
ちょっとした失敗に思わず口に手を当てるが、このくらいだったらリカバリできるだろう。そのまま、ザルに入れていた野菜をお皿に盛り、準備を進める。
あらかた準備を終えて料理を机に並べ始めたところで、先ほどとは打って変わった足音がやってきた。顔つきも、寝起きのふわふわしたものから、いつもオフィスで見る怜悧なものに変わっている。
彼女と同居してしばらく経つ。家具の好みも映画のジャンルもすべてが意気投合して今も一緒にいるが、未だに一つだけ反りが合わない部分があった。
「いただきまーす。……うわ、そんな甘いの飲んで虫歯にならない?」
「そっちこそ、よくそんなの飲めるよね」
「コーヒーはこの状態がサイコーなのよ」
お揃いのコーヒーカップに入った中身は言わずもがなコーヒーだが、それはまったくの別物だった。
彼女の手に持つそれには、真っ黒な液体が揺れている。
対する僕のといえば、薄茶色よりもう少し白寄りな色合いをしていた。香り立つ匂いも微かに甘い。
そう、ただ一つだけ、コーヒーの飲み方の好みが合わないのだ。
「それを言ったら、僕にとってはこの状態が最高なんだけど」
「まぁ、好き好きよねー。私は絶対飲まないけど」
「僕も君のは絶対に飲まない」
毎朝恒例のやり取りをしながら、食事に手を付けていく。雑談を交えながら、つけたテレビのしょうもない話題を時折ぼんやりと観て、出かけるまでの時間を二人で過ごす。
そうこうしているうちに、その時間が近づいてきた。手早く支度を済ませ、玄関へと向かう。僕が靴を履いた後、毎朝恒例のイベントが僕たちを待っていた。
お互いが、苦手な味を交換する。このときばかりは、この味も苦手ではない。
むしろ、
「「好きだな」」
同時に口を突いて出た言葉に、二人して笑う。
ひとしきり笑ってから、彼女も靴を履いて、玄関の外に出た。寒い風が首筋を撫でる。年末も近いし、そろそろ忙しくなりそうだ。
「鍵持ってる?」
「大丈夫。君は?」
「大丈夫大丈夫。どうせ先に帰ってるでしょ?」
「まぁ、君のほうが役職は上だし、忙しいしね」
「じゃあ、先に行ってる」
彼女はそういうと、軽やかにエレベーターへと向かってしまった。仕方なく鍵を閉める。いつも鍵閉めは僕の役割だった。でも、こういう何気ないやり取りに幸せを感じて、思わず顔がにやけてしまう。
唇を舐める。苦手だけど好きな味を堪能して、今日も一日が始まる。
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