成果主義魔法少女物語
グロテスクな魔物、横には可愛いマスコット、その手には紐で巻かれた小さな紙が収まっている。街中にあったはずの人混みは消え去り、昼間のはずなのに空は薄暗く、まるで夜明けを待っているかのようだった。
この上なく異常。でも、私はこの状況をテレビで見たことがある。
魔法少女。一度は憧れるであろう魔法を操る可愛い女の子。この状況は、私がそれに選ばれたことを意味している、はずだ。
グロテスクな魔物は、芋虫の身体に人間の四肢、そしてキリンの首とサイの頭を兼ね備えたカオスな見た目をしていた。ホラーかコメディかどっちかにしてほしい。
今は、頭上高くにあるサイのつぶらな瞳とにらめっこして膠着状態だ。正直、マスコットが何か言ってきても対応できる自信はない。
マスコットが視界の端で動いた。紙に巻かれた紐を外し、クルクルと紙を伸ばして、バカでかい声で私に叫ぶ。
「ボクと準委任契約して、魔法少女になってよ!!」
「……んん?」
なんか余計な言葉がついていたような。じゅんいにん?
「あの、契約ならわかるんだけど、じゅんいにんって……」
「あれ、学校で習わなかった……じゃない、習いませんでした? 準委任契約っていうのは契約形態の一種で、受注側が契約期間内に依頼業務を遂行することで報酬が支払われる―――」
「いやそういうことを聞いてるんだけどそうじゃなくて。普通、ここは契約してって言って変身アイテムもらって変身バンクに入るんじゃないの?」
「でもその前に、この契約書にサインしてもらって準委任契約を締結しないと……」
「あ! それ契約書なの!?」
変にリアルな変身アイテムだなって思ってたのに。かわいいアクセサリーとかじゃないんだって思ってたのに。
「魔法少女なんだから、もっと夢がある話しようよ! こう魔法のアイテムとかないの!?」
「あるけど契約締結後に渡せる規則ですし、まず契約報酬として3,000ポイント前払いするので、それと交換してじゃないと……」
「魔法アイテム買うの!? というか3,000円!?」
「あとあんまり質問されても困るんですよね。ボクまだ2年目だから」
「そんなこと言われても!!」
2年目とかそんな社会人みたいなこと言われても。というか、急に言い合い始めたから魔物すら困惑してる。
「ともかく、契約書の右下に親指のお腹を押しつけてくれれば契約成立ですから! 1年契約で、契約終了1ヶ月前に更新について話をしましょう!」
「いやすっっっごい怪しいね!?」
というか契約の更新ってなに!?
「怪しいと言われても、これが規則ですから……。ゴメンね?」
「いや謝られても……」
魔物はこっちを警戒しているのか、あるいは変身バンクまでのボーナスタイムなのか攻撃してこない。
チャンスとはいえ、ここで契約せずに逃げたらどうなるんだろう。
「ちなみに、契約してすぐにやめるとかできないの? たとえば、そこの魔物倒したら、とか……」
「契約書にも書いてありますけど、すぐだと違約金が発生するんですよね。……あと、できればしっかり契約書を読んでから質問してください」
「この状況で読めると思う!?」
にらみ合いながら、視界の端にぼんやり映るマスコットと言い合いしてるこの状況。ちゃんと受け答えしてることをまず褒めてほしい。というかこの魔物も律儀すぎない?
「あー……。確かにそうですね。ゴメンね?」
イマイチ誠意がない謝り方をしてから、マスコットはフラフラと地面のほうに下がっていった。少しもしないうちに、私の親指に紙が当たる感触がする。どうも拒否権はなかったらしい。
ともかく、もう自棄だから変身バンクの瞬間は楽しもう。
―――そう思った瞬間に、すでに私の服は様変わりしていた。腕を目の前に持っていく。魔法少女っぽい服だけど、やけにヒラヒラが少ない。
「変身バンクは!?!?」
「あれコストパフォーマンスに見合わないからって開発部のほうでカットされちゃって……」
「もー!!! ツッコミきれない!!!」
開発部ってなに。憧れの魔法少女の服がやたらヒラヒラが少ないのもコストカット? 変なとこコストカットしすぎてもし弱くなってたら文句じゃ済まさない!!!
お約束が済んだからか、魔物が猛然とこちらに突っ込んでくる。色々ありすぎて一周回って冷静になったので、私は待ち構えて一発ぶん殴ってやろうと考えた。
私と魔物の距離は遠くない。あっという間に押し潰される距離まできた。テレビで観た正拳突きを真似して、腰だめにした拳をまっすぐに突き出す。
―――ズバンッと野球ボールがミットに収まるような音がして、魔物が弾け飛んだ。
「は?」
私の拳を起点にして、花が咲くみたいに魔物がバラバラになった。赤いお肉と緑のエキスがそこら中に散らばっていく。あまりにグロテスクだったので、咄嗟に目を逸らした。視線の先には、私を魔法少女にしたマスコットがいる。よくある茶色のくまのぬいぐるみで、頭の天辺に五寸釘が刺さっていた。それは魔物のほうを向きながら首を捻ったり頷いたりして、何か考えているみたいだ。
「この魔物だと……3,000ポイント! 3,000ポイント獲得です! おめでとうございます!」
声がにこやかなんだけど、見た目がぬいぐるみなので感情はさっぱりわからない。3,000ポイントがすごいのかもわからない。
でも、魔法少女の強さだけはわかった。
「魔法少女ってすごいんだね……。パンチ一発でこんなになるなんて……」
「いや、普通の魔法少女服だとなりませんよ。今回のは初回限定の貸与品で、6,000ポイントですね。いやー、ちょっと前に魔法少女の初期リタイアが問題になったから、念のため稟議通しておいて正解でした」
「どういうこと……?」
稟議とは?
「最初に選ぶ権利を与えて弱い装備を買われちゃうと早々にリタイアしちゃうので、上と話をして初戦のみこちら側で装備をお貸しするようにした、ということです。例外的処置なので、持っているポイント以上のものはその後の魔物討伐ポイントから前借りする形で処理しています」
なるほどなるほど。初期リタイアという言葉がすっっごい怖いけど、ちゃんと考えてくれてたってわけか。
それにしても6,000……6,000?
「私が契約したときにもらったポイントってどれくらいだっけ」
「えー、3,000ですね」
「さっきのから獲得したポイントは?」
「3,000です」
「最後に質問なんだけど……。私の手持ちポイントって今どれくらい?」
「0です」
予想通りの回答に、ガックリと肩を落とす。
いや別にポイント持ってるからってなんだっていう話なんだけど……。
「今すぐに契約終了したい……」
「違約金は600,000ポイントですけど」
「ケタおかしくない!?」
0が2つ多い気がする。
「そういう決まりですから。落ち着いたことですし、改めて契約書に目を通しておいてください」
改めて渡された契約書には、さっき質問したことは全部書いてあった。魔物の前じゃなかったら突っぱねて帰るレベルの酷さだ。週休2日制と書かれているのが唯一の救い。
「安心してください。0ポイント魔法少女にも、ポイント前借りで装備は支給されますから!」
「それってつまり、下手すると永遠に0ポイントのままなんじゃないの?」
おーい、目を逸らすな。
シレッと契約書を回収したマスコットの目を見てやろうと追いかけるも、ことごとく逸らされる。結局、契約した以上は諦めるしかなさそうだ……。
「あるかわかんないけど、魔法少女裁判所に訴えてやる……!」
「ありませんね。それでは、1年間よろしくお願いします」
あっさりと告げて、マスコットは自己紹介もすることなく目の前から消えた。暗かった空は徐々に明るくなり、それに合わせて魔物の身体は薄く、周りにいたはずの人混みが濃くなってくる。
たぶん、この境界ギリギリのタイミングでしか叫べないことが、1つある。
息を整えて、人混みが私に見向きもしないのを確認してから、大きく息を吸った。
「魔法少女なんて、滅びろーーーーーーー!!!!!!!」
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