路地裏に咲く
石畳の路地裏を、ふわりと鉄臭い匂いが漂う。大通りの街灯の薄い瞬きが差し込む先で、クラシカルなメイド姿が踊っていた。その華麗さは、足元に散らばる人骨人肉の異質さが際立たせている。
彼女は、手に持つどこにでもあるようなモップで手品のようにそれらを掻き集め、麻袋の中に詰め込んでしまった。血は、固着する前にあらかじめ用意していた溶液を撒き、モップで石畳から擦り取っていく。
血肉をそこにぶち撒けたのは彼女のはずなのに、彼女の持つモップの先以外に、麻袋の中身と関連付けられるようなものはない。
仕上げとばかりにモップにも溶液をかけ、繊維にしがみつこうとするそれらを引き剥がした。
「ごー主人。終わりましたよ」
屈んだために前に流れた後ろ髪を片手で背中に追いやり、碧玉のような瞳を街灯の瞬きさえ届かない路地裏の奥へと向ける。
視線の先で、胡散臭い笑みを顔に貼りつけた長駆の男が、壁から背中を離してわざとらしく寂しそうな顔をする。
「本当に、私がいる意味があるのですか? 君だけで万事が上手くできてしまうというのに」
「なーに言ってるんですか。ボクは折衝できませんし根回しもできません。そこはご主人の得意分野ですよ」
「やれやれ。メイドにこき使われる主人というのも、乙なものですね」
「なーに楽しんでるんです。というか、この服装も『ご主人』呼びも、あなたの趣味じゃないですか」
「これは失礼を。しかし、私のロマンは決して曲げられないものですから」
「まー、それくらいはボクでもわかります。いまさら文句も言い飽きました。こんな目立つ格好をして見つかったらどうするんだって文句は、毎回言いますけどね」
「そこは私の折衝の腕の見せ所ですよ」
「そーんなところで腕を見せなくていいです」
彼女はぶすっとした表情で顔を背け、胡散臭い男は胡散臭い表情を浮かべてその頭を撫でようとし、払い除けられていた。
片付けを終えた彼女は、麻袋を片手にさっさと路地裏を出る。真夜中というのもあって大通りに人はおらず、少し高いところに多くの窓が締め切られている。不気味なほどの静寂が、そこにはあった。
「やはりこのあたりは穴場ですね」
「そーなるようにしたのは、偉い人たちの弱みを握ったご主人ですよね?」
「完全無欠な人がいなくて助かりました」
「あー、そうだ。明日の朝食はどうします?」
「もう今日でしょう? 私は眠いので、朝食は大丈夫です。昼食も軽いほうがいいですね……」
男は顎に手を当て、わざとらしく悩む素振りをする。
「そうですね。クロワッサンが食べたいです」
「ぜーったいに私の髪を見て言いましたよね」
そして、視線を明後日の方向に逸らした。
掌編集 N.C @shijima666
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