夏を数えよう

 初夏はとうに過ぎ、カンカン照りが青空に長く居座るようになっていた。

 その下で、一人の少女が木のベンチに腰掛け、うたた寝をしている。振り子のように頭は上下に揺れ、それに合わせて身体も危なげに揺らぐ。

 不意に、人影が彼女と日の光の間に立った。急に陰ができたせいか、うたた寝をしていた少女が目を覚ます。彼女は目をこすり、大きな影を見上げる。そして、まるで最初から誰が来るのかわかっていたように笑った。


「おはよ」


「あぁ、おはよう」


 今にも散りそうな儚いその笑みに、影となった青年は微笑みを向けた。


「いい天気だね」


「あぁ、そうだな。……そうだ」


 思い出したかのように言った青年は、後ろに回していた手をほどいて彼女の上にかざした。


「忘れ物だ」


「わぁ」


 突然被せられた麦わら帽子に、少女は小さな驚きを見せる。

 反対に、青年はどことなく冷ややかだ。


「あれほど、外に出るときは帽子を被れと言っただろ。もう忘れたのか」


「えー。でも木の根っこで寝てたら涼しいよ?」


「えー、じゃない。現に日の当たるベンチでうたた寝してるじゃないか」


 青年の反論に、少女は言葉を詰まらせた。返す言葉もなく視線を泳がせる彼女に向け、辟易したような溜息を吐いた彼は、彼女の横にそっと座った。視界に復活した日の光を見て、少女は帽子を深くかぶり直す。その仕草に、彼は彼女の頭を撫でた。壊れ物を扱うかのような繊細な動きに、少女は目を細めて顔を綻ばせる。

 やがてその手をベンチに置いた青年は、また微笑みを浮かべた。


「さて、散歩の時間はそろそろ終わりだ。先生も待ってる」


「えぇー。もっと遠くに行きたいよー」


「終わりなものは終わり。決まりは決まりなんだ。しょうがないことだから、割り切ってくれ」


「ぶーぶー」


 口に出して不満を表す少女に、青年はまた同じように頭を撫でた。そしておもむろに立ち上がる。渋々といった様子で、彼女もそれに続いた。

 二人は横並びで歩き始める。夏日とは思えないような涼風が頬を撫で、道の脇の木立を揺らす。見下ろせば、田んぼの青とひまわり畑の黄が見えた。


「ところで、いい加減に教えてくれないか?」


「何を?」


 とぼけたように首を傾げた少女に、青年は少し不満げだ。


「いつも真夏になって、あそこのベンチに座っている理由だよ。別に木陰でもいいだろ?」


「そういうことかー」


 間延びした返答をした少女は、数秒は逡巡するように顎に手を当てる。やがて彼女は、苦笑いとともに口を開いた。


「あのね。あのベンチに座ってると、遠くのひまわり畑が見えるの」


「あぁ、見えるな。それで、それを眺めてたのか?」


 その言葉に、彼女は緩やかに首を振った。


「ううん。確かにひまわり畑も見てたけど……。それより、空を見てたんだ」


「空、か?」


 問う声に、彼女は頷く。

 その表情は、今にも砕けてしまいそうだった。


「あと何回、この青空を見れるんだろうなぁ、って」


「そうか。……夏を数えてたんだな」


「そうだよ。なんか詩的だね」


「……そうか」


 それっきり、彼は黙ってしまった。気まずそうに見上げた彼女は、ぶらりと垂れた彼の手を掴む。

 二人は舗装もされていない道を歩き、目的地を目指す。空のカンカン照りは、ちょうど真上に来ようとしていた。

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