「おお、お嬢ちゃんたちか。待っとったで。さっそく撮影の打ち合わせ始めるで。なにせ、こないだの騒ぎのおかげでスポンサーがようさんついたからな。人手も増やすことができたしな。これでわしの特撮にも磨きがかかるわけや」

　ふう。ベンチャーさんが言う通り、またツブラヤさんの特撮の撮影に誘われちゃった。それにしても、ツブラヤさんの言う通り、本当に撮影スタッフさんの人数が増えたな。これでどんな特撮をするんだろう？

「お嬢ちゃんたちのヴァンパイアのドキュメンタリーで、わしが特撮で再現したいと思ったところは、ヴァンパイアがたくさんのコウモリに変身するシーンや。なにせ、わしのヴァンパイアは巨大ヴァンパイアやからな。そのでっかいヴァンパイアがコウモリに分裂したら、そのコウモリが人間と同じくらいの大きさでも不思議はないやろ。人間が同じ大きさのたくさんのコウモリに襲われる。これは盛り上がるで」

　なるほど。ヴァンパイアさんが巨大になると、返信して分裂したコウモリさんもそれ相応の大きさになるから、その人間サイズのたくさんのコウモリに人間が襲われるシーンはパニックものとしていいかもしれない。でも……

「そのコウモリさんもスーツアクターさんが演じるんですか？」

「ちゃうちゃう。それも考えたが、いかんせん生での放送やからな。今回はスーツアクターちゃんにはヴァンパイア役をやってもらうし……そんじょそこらの服ならともかく、ヴァンパイアの特殊スーツの早着替えはなんぼなんでも無理や。それに、どうせならいっぺんに何匹もコウモリをテレビ画面に映したいしな。ちゅうわけで、今回のわしの秘密兵器はこれや」

　ツブラヤさんが自身満々に指差した先には……人間サイズのコウモリの模型がぶら下がってる。でも……上下が逆さまになってるような。セットの上に組まれた足場からスタッフさんがいるけど、なにか細いピアノ線でぶら下げているみたいだな。なんで上下が逆さま？

「あの、ツブラヤさん。コウモリさんの上下が反対なようですが……」

「そやな。上下が逆さまやな。そんなもん見ればわかるな」

　『見ればわかる』と言われましても……

「じゃあお嬢ちゃん、あのコウモリがなんでちゅうにぶら下がってるかわかるか？」

「それは……ピアノ線でぶら下げてるからじゃないんですか、ツブラヤさん」

「そや。別に魔法であのコウモリを浮かばせとるわけやないからな。ご覧の通り、ピアノ線で人がぶら下げとる。で、これが重要なんやが……お嬢ちゃんにピアノ線が見えるっちゅうことは、テレビを見とるもんにもピアノ線が見えるっちゅうことやな。考えてもみい。空を飛んどるはずのコウモリからピアノ線が生えとるのが見えたら、『なんや、人がぶら下げとるんか』ちゅうことになって、どっちらけもええとこやろ」

　それはそうだけど……じゃあどうするんだろう。あたしも浮遊呪文なんて使えないし。

「そこで、こうするんや。お嬢ちゃんもやってみな」

　わ、ツブラヤさんがいきなり後ろを向いたかと思ったら、前屈して足の間から顔を出してる。変な格好。でも、ツブラヤさんが手であたしに同じ格好しろって誘ってるし……それじゃああたしも……えいっ……あ、なるほど。

「そういうこっちゃ、お嬢ちゃん。ああだこうだ言葉で言うより実際に見たほうがわかりやすいやろ。人間ちゅうのは『このコウモリ、人がぶら下げてるんやろな』なんてコウモリの上を注目することはあっても、コウモリの下はよう見いへんもんや。その下にピアノ線があっても、そんなもんにはなかなか気づかへんちゅうことやな」

　たしかに、こうしてでんぐり返って逆さまに見るとツブラヤさんの言ってる通りだってことがよくわかる。あ、コウモリさんぶら下げてるスタッフさんが、コウモリをブランブランさせてくれた。本当にコウモリさんが空を飛んでるみたい。

「この上下逆さまのコウモリを、これまた上下逆さまにしたカメラで撮影すれば、上下がおうとるように飛んどるコウモリの映像の出来上がりっちゅうことや。ちなみに、コウモリの胴体ぶら下げとるだけやのうて、二枚の翼にもそれぞれピアノ線つけて、翼がはためいとるように見せられるっちゅうしかけやな。一体のコウモリに三人がかりや。そのコウモリが何体もおるんやから、金がいくらあっても足りへんわ、ほんま」

　本当だ。一体のコウモリさん人形を三人がぶら下げてる。おおがかりだなあ。

「で、このコウモリが空を飛んどるシーンの次に、人間がコウモリに襲われとるシーンを映すんやな。これは別のコウモリ人形を人間の役者と取っ組み合いさせるんや。コウモリは人形やが、役者がその人形を上手いこと操ってじたばたしとれば、人間がコウモリに襲われとるように見えるわけやな」

　あ、上下逆さまにぶら下がってるコウモリさん人形とはべつに、コウモリさん人形とジタバタしてる人たちがいる。『胸に抱きつかせて首を噛ませるのがいいかな？』『後ろから後頭部をガブリなんてのはどうだろう』なんて打ち合わせしてる。