第31話ドキュメンタリーのヴァンパイア・撮影

「ご主人様、セット組めました。コウモリが害虫を食べる畑や手紙を届ける家の準備できてます」


 あ、大道具担当のもんすたーさんがセットを作り終えたみたい。よくできてるなあ。作り物なのに本物みたい。まだ、モンスターを怖がる人間も多いから野外ロケなんてできないから、畑のシーンもセット作って撮らなきゃいけないんだから大変なのに、畑だけじゃなく家までも……あ、ヴァンパイアさんがオペレーターさんとベンシさんと打ち合わせしてる。


「その、オペレーターさんはわたしの実況を、ベンシさんはわたしの活弁をお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします。すべて打ち合わせ通りに、ヴァンパイアさん」


「ヴァンパイアさんは好きに動いてください。僕が合わせますから」


 うわあ、みんな気合入ってるなあ。もうすぐ本番の時間だし……


「少女役のコロボックルです。準備できました」


 わ、話の流れで転んで泣く女の子が出てくることになったから、人間の女の子を演じるコロボックルが人間の女の子らしい格好してる。こうして人間の服を着ると人間の子供と区別つかないな。


「少女の母親役のエルフです。準備できました」


 女の子のお母さんがヴァンパイアさんにお礼することになったんだよね。で、エルフさんが母親役を演じることになったんだ。こっちも、少し小柄だけど十分人間に見える。


「それじゃあ、ユウシャさん。合図をお願いできるかしら?」


 わ、モンスターマスターちゃんに合図を任されちゃった。よし。


「それじゃあ、時間です。撮影本番です」




「さあ、ここはのどかな田園風景です。時刻は夕暮れ時。お日様が沈もうとしているところです。おや、子供の女の子が一人寂しく歩いています。今から家に帰るところでしょうか。遊びに夢中で時間を忘れてしまったのでしょうか。しかし、モンスターがはびこるこのご時世、こんな薄暗い時間に子供の一人歩きは危なくないのでしょうか」


 あいかわらず、オペレーターさんの実況は上手だなあ。感心しちゃう。あ、ベンシさんが活弁を始めた。


「あああ、言わんことではありません。おさない女の子に忍び寄るモンスターの影。そのモンスターの種族はヴァンパイア。そのヴァンパイアが女の子の背後からこっそりと忍び寄ってくるではありませんか。なんとなんと、いまにもヴァンパイアが幼な子の首すじに噛み付こうとしたその時、幼な子が転んでしまいました。ヴァンパイアは何もしておりません。こっそり後ろから近づいていたわけですから、女の子はその存在に気づいていないことは想像にかたくありません。これは、女の子がただ転んでしまっただけなのではないでしょうか」


 ベンシさんの活弁も名調子だなあ。すらすらとまるでよどみがない。まだ続くみたい。


「これはこれは、女の子が泣き出してしまいました。なんとなんと、ヴァンパイアが慌てているではありませんか。それもそうです。たしかに襲いかかろうとはしていましたが、しかしまだ何もしていないのです。それなのに女の子に泣かれては面食らうのも当然でしょう。おや、女の子がヴァンパイアに気づきました。おっと、女の子が泣くのをやめました。これは……」


「女の子の勇気に感心してしまいますね。モンスターであるヴァンパイアに気づいてさらに泣くのを激しくするかと思えば、泣くのをやめました。そこには、『モンスターであるお前なんかに泣き顔なんて見せるもんかという強い意志が見られます」


 オペレーターさんの実況に切り替わった。このへんのコンビネーションも見事だなあ。あ、ベンシさんの活弁に戻った。


「おおっと。さらに女の子は擦りむいた自分の膝小僧をヴァンパイアに差し出した。これはすごい。『このくらいのかすり傷、お前にくれてやるぜ』といったところでしょうか。こんな幼い女の子のこれだけの勇気を見せられるとは思ってもいませんでした。ややや、ヴァンパイアが女の子の膝小僧を申し訳なさそうになめています。これは吸血しているというよりは、血をいただいていると表現した方がふさわしいかもしれません」


「女の子がすっくと立ち上がってきりりと立ち去っていきます。その姿は、戦闘に勝利したかのようです。ヴァンパイアが調子が狂った感じでその場を去ろうとすると、物陰からひとりの女性があらわれてヴァンパイアに礼をしました。どうやら、先ほどの女の子の母親のようです。母親が物陰に隠れてひとり家路につく娘を見守っていたようです。そこに忍び寄るヴァンパイア。しかしヴァンパイアに何もされずに転んでしまった女の子。ですが、その転んでしまった女の子がヴァンパイアを見たことで泣くのをやめた。そこで母親はヴァンパイアに礼をしたのかも知れません」


 ううん。打ち合わせでモンスターマスターちゃんが『わたしの血、食べるかしら?』なんてヴァンパイアさんに言ったって知ったけど、そんなことを言う人間なんてそうそういないだろうし、こっちのほうが話としていい。ヴァンパイアさんもこんなことがありましたよって言ってたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る