第8話女優ベンシ

 さて、ベンシさんの住所はと……ベンシさんは人間がモンスターを倒す冒険に同行して実況してたって言ってたな。考えてみれば、あたしもちょっと前までは人間とモンスターは戦って当たり前だと思っていたからな。シケンカンさんも別にそこまでの悪人ってわけじゃないのかも。あ、ここがベンシさんの住所だ。あれ? またなにか聞こえてくる。


「やや、なんとなんと、ティーカップにティーバッグが投入されたぞ。ああ、そこに熱湯が注がれるではないか。湯気がもうもうと立ち込め始めたぞ。視界がいったんぼやけてしまう。いったい何がティーカップの中で行われているのか。おおっと、湯気が晴れてきた。これは、なんとなんとお湯にティーバッグから茶色の成分が染み出していく。先ほどまで透明だったお湯がみるみるうちに茶色になっていくぞ。そして、なんとなんとかぐわしい香りが鼻腔をくすぐるではありませんか。視覚に嗅覚を同時に刺激するとは。この先、どんな味覚がわたしを襲うのでしょうか……これで三十秒ってところか。スポンサーの注文に合わせた時間で芸を終わらすってのは難しいな」


 え、三十秒って……それって、『三十秒で何かやってくれ』って言われたら、三十秒でできるように訓練してるってこと? そんな訓練が女優には必要なの? こんな訓練してるベンシさんがオーディションが途中で中断しちゃったせいで、ベンチャーさんのテレビ局の専属女優になれないって間違ってる。早くオーデイション合格を伝えなきゃ。


「あの、こちらはベンシさんのお宅ですか?」


「そうですけど。まったく、次のオーディションに向けての練習に忙しいこの時期に誰ですか。今日のオーディションは気合を入れていたのにあんあことになっちゃったから、こっちは肩透かしだってのに……今ドアを開けますよっと……あんたは! 僕が面白おかしく戦闘を活弁してたモンスターを回復した……後ろにはそのモンスターが! ああ、そうか、そう言うことか。これでこのベンシも年貢の納め時てっことだな。いいよ、一思いにやってくれ。それとも、一思いに殺すなんてせずに拷問の限りでもするのかな」


  ベンシさんもオペレーターさんに負けず劣らずモンスターを怖がっていると言うか……人間とモンスターだって仲良くなれるのに。


「そうですよ。僕はこれまで冒険者がモンスターを倒す所を活弁して生活の糧としてきたんだ。直接モンスターとの戦闘に関わっていない。後方作業をしていただけなんて言い逃れをする気は無いさ。それとも、自分だけ安全なところで血を流さずに金を稼いでいたことを卑怯だと責め立てるのかい。そうだよ。冒険者がモンスターに返り討ちにあったら、自分だけ見物客と逃げたさ。『戦闘をエンターテイメントと楽しむだけですか。実際の戦闘を経験していないから、そんなふうにのほほんとしていられるんですよ』とでも言う気かい。その通りだよ。僕は腕っ節はからきしだからね。だから、抵抗なんて無駄だと悟っているのさ」


 モンスターから逃げるってことは、十分に戦闘の危険を味わっていると思いますが、ベンシさん。あたしだって、モンスターから逃げようとしても、何度も回り込まれて全滅して、『おおユウシャよ、死んでしまうとは情けない』と何度も言われたし。


「そ、それじゃあ、ベンシさん。とりあえず部屋に入れてもらえませんかねえ、後ろのスライムさんたちとリビングアーマーさんにゴーレムさんもいっしょに」


「どうぞ。どうせ僕はもう逆らえやしないんだから」


 さて、どうオーディション合格を伝えようかな。ベンシさんも、オペレーターさんみたいにややこしい人みたいだし。あ、紅茶のいい匂い。ここは紅茶の話題で場を和ませて……


「その紅茶、ステキな香りですね」


「なるほど、そう来ましたか。この紅茶は、遠い異国でモンスターが奴隷としてこき使われている農場で収穫されてものだからね。『モンスターを奴隷として酷使させて飲む紅茶は美味いか?」と言う説教ですか。それとも、僕がその農場で奴隷にされるのかな? そこで僕が面白おかしく活弁したモンスターに仕返しとばかりに重労働させられるんだね」


 あちゃあ、そうきたか。


「そんなことしませんよ。ねえ、スライムさん、リビングアーマーさん」


「そうですよ。そんなに怯えないでください。俺たちベンシさんに復讐しに来たわけじゃ無いんですから。ですよねえ、ユウシャさん」


「そういうことです。あたしたちは、ベンシさんにオーディション合格を伝えに来たんですから」


「???」


「そんな不思議そうな顔をしないでください、ベンシさん。ベンシさんはベンチャー社長のテレビ局の専属女優になるんです。それとも、お嫌ですか?」


「いや、そんな……まさか合格だなんて思っても見なかったから」


「良かった。それならテレビ局にいきましょう。ベンシさんの前に自己アピールしたオペレーターさんも合格なんですよ。きっともうテレビ局にいるはずです」

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