利害一致のヒーロー/魔法少女

妖堂藤四郎

利害一致のヒーロー/魔法少女

そりゃあ、始めたばかりの頃は世界を救うヒーロー、ヒロインに憧れていた。

少なからず、あのキリリとした形のヒーロースーツや、フリフリで可愛い魔法少女ドレスにも。

「だけどさぁ!テレビで自分が写ってる姿見てみろよ!凄い体型くっきり見えるからネットとかで『あれ、レッドちょっと太った?』とか囁かれるし、何しろあのスーツ通気性ゼロだから蒸れるんだよ!俺、戦ってるんだぜ!?汗かくに決まってるじゃん!戦闘終わり、皆から『汗くさい』って言われる俺の気持ちにもなってよ!」

「確かに、変身後の服可愛いで。モチベーション上がるで。でもなぁ、敵から技、喰らった時めっちゃ擦りむくし、冬場めっちゃ寒いねんけど?というか、ウチ、知ってんねんで。ネット上で『魔法少女ハート、そろそろあの衣装、無理ある』っていわれてんの。あと、あの気持ちばかりのスパッツなんなん?太股で丈、止めるくらいやったら、膝下まで伸ばしてぇや!」

とある、ヒーローと魔法少女の声が交差した。

「もしかして、同業者ですか!?」

初対面の男女。二人の間に妙な友情が生まれた。


「いや〜!話のわかる人がいてよかった!俺と同じでレンジャーやってる奴、他府県住みなんで、なかなか会って愚痴れないんですよ!さっきも電話で愚痴ってたんですけど、やっぱり会って語り合いたい!」

平日の真昼間。

「ホンマにそれなぁ。人員不足とかで一緒に魔法少女やってた子、移動になったし。と、いうか今この街にウチと、えーっと。名前、何やったっけ君」

生ビールのジョッキ片手に

「明石勇気って言います!鳩中しおりさんですよね」

「そうそう、ウチと明石くんしか、この街、救う人おらんのちゃう?」

居酒屋で、おっさんのごとく酒を飲み交わす、ヒーローと魔法少女の二人。

傍から見たら、いい歳して厨二病じみた会話をしている、危ない人たちである。

「警察は何してるんだよって話ですよね!俺ら、一生懸命戦ってるんですから、ちょっとくらい応戦してくれたらいいのに」

明石は枝豆を一つ、口に放った。

「ホンマやでぇ。ウチなんかステッキから出るビームみたいなので、戦ってんねんけど、これがなかなか、敵さんに当たらんくてさぁ、あ、よかったらステッキ見る?」

何やら、リュックサックを探り出す鳩中。

「え、武器、持ち歩いてるんですか!?」

「そうやねん。ウチ、これ一つで変身もしてるからなぁ…あった。ほい、重いで」

そう言って、星やらハートやらリボンがじゃらじゃらついたステッキを明石へと手渡す。

「うわ、重い!こんなの持って戦ってるんですか?」

「せやねん!量ったら五キロやで、五キロ!米か!って話やわぁ、逆に明石くんはどうやって変身してるん?」

鳩中に尋ねられて、恥ずかしそうに上着を脱ぐ明石。見れば、腰元に所謂、変身ベルトというやつが装着されていた。

「うわぁ…え、明石くん今年、何歳やったっけ?」

「大学二年なんで、もう20ですね…ベルト見られるの恥ずかしいんで、いつも上着とかで隠してるんですよ…」

しばらくの間、沈黙が広がる。

「そりゃ、21のウチがあんな可愛いドレス着てんの、イタいはずやわ…」

「いや、鳩中さんは、まだギリギリイケますよ…僕なんて、ベルトの存在、忘れて試着した時、店員さんになんて言われたと思います!?『男はいつまでも少年ですよね!』ですよ!?店員さんのフォローが逆にイタい!」

お互いに自分の傷口を自分でえぐる二人。

「しかも、給料おりる訳じゃないしなぁ。ウチが敵倒して受けれるメリットって街が平和になることだけやねんけど、いや、いいねんで。それでええんやけど…」

「いや、もう本当に。世界に貢献してたくない訳じゃないけれど、せめてヒーロー、魔法少女は税金、払わなくてもいいことにして欲しい」

酔い潰れたかのように机に伏せる二人。

「あれだけの攻撃、喰らっといて俺達まだ死んでないから、あのスーツの防御力は本物なんでしょうけど、死んだらどう責任とってくれるんですかね…」

「平和の為に戦ってくれてありがとうだけで、おわるんちゃう…知らんけど…」

死んだ魚のような瞳で愚痴だけを、ひたすらこぼし続ける。

一種の地獄絵図である。

ヴーッ!ヴ―ッ!

突如、明石のベルトと鳩中のステッキがバイブレーションのように唸り出した。

「鳩中さん、緑ヶ丘公園に敵が!」

ベルトのバイブレーションを止め、行きましょうと手を差し出す明石に鳩中が声をあげた。

「待って、明石くん!大事なこと忘れてた!」

鳩中は机上の、半分ずつ残ったビールと枝豆を指差す。

「くっ、お店の方に申し訳ないですけど、食べている時間はありません!早く行かないと!」

悔しそうに机上から目を背ける、明石。

「ちゃうねん!明石くん!」

鳩中は明石の手を掴んで尋ねた。

「割り勘でいい?」


街の人の悲鳴が聞こえる。敵のうごめく声が聞こえる。

いつも子供達の笑顔に溢れていた、緑ヶ丘公園は不穏な空気と壊れた遊具の残骸でめちゃくちゃなっていた。

「おい!ドクタービート!この街の平和を乱す奴は俺が許さない!」

「いつもより遅いぞ、レンジャーレッド!今日こそは、お前を倒す!」

ドクタービート。怪しい眼鏡に、白衣を羽織ったドクターというよりは、マッドサイエンティスト風の怪人に何故か叱られる明石。

「仕方ないだろ!割り勘にてこずったんだよ!」

正直に言う明石。ふと、何を思ったのか隣にいた鳩中が手を挙げた。

「せんせーい、質問やねんけど!」

「俺は先生じゃない!何だ!というか、そこの女、お前、誰だ!俺、悪者だぞ!?悪者目の前に何、堂々としているんだ!」

わかりやすく、怒りはじめるドクタービートに鳩中は呑気に言った。

「いや、ウチあんたと初対面やねんけど、あんたこそ誰?」

「鳩中さんと俺が戦ってる敵、違うんですか?」

質問に質問を重ねる、明石。

「なんか、それっぽい。ウチいつも戦ってるの悪の女帝エルメス率いる、ゲリマンダー軍団やし」

「マジで。ドクタービートって、悪の帝王デオネスの手下だろ?えー、悪の組織2グループあるわけ…」

戦う前から、敗者のように絶望した顔を見せる二人。

「うるさい、うるさい!何をごちゃごちゃ言っているのかは知らないが、こないのならば、こちらから攻撃するのみ!」

ついに青筋をたてたドクタービートが、指を鳴らすと巨大なガトリングガンがドクタービートの頭上に現れる。

そして、次の瞬間、おぞましい程の大音量の銃声と共に火花が散った。

「危ない!」

明石は鳩中の手を引くと残骸の裏に隠れた。

「ドクタービート!何すんねん!当たったら、危ないやろうが!保険、下りへんねんで!」

鳩中が銃声に負けないほど、大声でクレームを叫ぶ。

「うるせえ!こっちとら、お前らをやっつける気で撃ってんだよ!黙れ、エセ関西弁女!」

一度、攻撃を止めて怒鳴り返すドクタービート。

「エセちゃうわ!自分こそ、ドクター名乗るくらいやったら、医者っぽいことしたら、どうやねん!」

幼稚な言い合いを続ける二人。

「あーもう、ムカつくわ。明石くん。担当、違うけどウチも戦うわ。あいつボッコボコにせな、気ぃすまへん…」

鳩中がステッキを構えたその時。

大きな影が二人を覆った。

「あらぁ、誰かと思えば魔法少女ハートじゃない。なぁにぃ?今日はお友達も連れているのねぇ」

大きな黒鳥の背中に乗って現れた、紅い化粧を施し、露出の多い服を着た女。いかにも悪の手先の風貌をしている。

「まさか、鳩中さんが言っていた…」

明石の額に汗が走る。

「うっふふふ!私はゲリマンダー軍団幹部のシスターデネブ!今日こそ、魔法少女ハートをやっつけてエルメス様にお前の首を差し出すんだから!」

「くっそ、名前にツッコミたいわぁ。やけど、毎度毎度やってるから、もう、やらんでええ?」

「元からツッコミなんて、頼んで無いわよ!」

シスターデネブは、黒鳥から降り立つと、悪の幹部らしく黒鳥に命令する。

「さぁ!スワンちゃん!あいつを吹き飛ばしてしまいなさい!」

シスターデネブの号令と共に羽で強風を巻き起こす黒鳥。

「くそっ!俺がシスターデネブをやっつけますんで、鳩中さんはドクタービートをお願いします!」

強風の中、手探りでベルトを掴んで変身を試みる明石。

「なぁ」

鳩中が明石の肩を掴んでニヤリと笑った。

「面白いこと、思いついたんやけど」


「あらぁ…?いつもならこの当たりで、『やめーや!この悪党が!弁償できるんか!ああ!?』って言いながら、魔法少女ハートが出てくるのだけど?」

風を起こしはじめて早、20分。シスターデネブが黒鳥に風を止めるよう言う。

風の音もおさまり、静まり返った公園。明石の気配も鳩中の気配もまるでしない。

「お前が起こした風で吹き飛ばされたんじゃないのか?全く。後味が悪いから、俺の敵まで盗らないで欲しいのだが…」

ドクタービートの台詞が言い終わったが早いか、彼の顔にレンジャーのキックが炸裂した。

「くっ!」

数メートル吹っ飛ぶ、ドクタービート。

シスターデネブがあららと言ったのも束の間の事で、続いて放たれた赤い光の弾が黒鳥を撃った。

「きゃああああ!私のスワンちゃんがあああ!」

シスターデネブの悲鳴が響き渡る。

「へぇ、やっぱり、レンジャースーツの方が動き易いんやなぁ…」

蹴りを入れた方の足を叩きながら、レンジャーがポツリと言葉をこぼした。

「お、お前!レンジャーレッドではないな…!」

ドクタービートが殴られた方の頬に手を当てながら、体を起こす。

「どぉもぉ。エセ関西弁のレンジャーハートですぅ」

ドクタービートに近づき胸ぐらを掴む、レンジャーハート。

「さて、あんたが撃った銃弾の数だけ殴りましょうか」

「そ、そんな物、何発、撃ったかなんて覚えていないだろう!」

冷や汗を流しながら、たじろぐ、ドクタービート。

「6024発。数えるの大変やったわぁ」

「は?」

「だから、6024発やって。覚悟しぃや」

マスクごしで顔は見えない。ただ、悪党よりも悪党らしく笑ったような気がしたと後にドクタービートは語る。


「だ、誰よ!私のスワンちゃんにこんなことするのは!」

駆け寄る、シスターデネブ。ビームを打たれた方向に立っていたのは

「や、やだ。魔法少女ハート…ご、ごつくなったわね…?」

フリルのドレスに心ばかりのスパッツがパンツスタイルになった可愛いのを着ている、明石勇気。新たな地獄絵図の完成とも言える光景に敵すらも言葉を失う。

「俺はハートじゃねぇよ!えーっと、レンジャー、じゃねぇし…ま、魔法青年レッドだ!」

自分で言って、恥ずかしくなった、明石勇気である。

「だあああああ!もう!大体お前らのせいでこんなの着て戦ってんだからな!おい、おばさん!お前こそ、その服装もう無理があるって!もう、やめとこうぜ!」

明石の一声に、シスターデネブが顔を引きつらせる。

「うっさいわよぉ!それに私はまだ、おばさんっていう歳じゃないんだから!あんただって、人のこと言えないじゃない!この未熟坊主!」

「俺は好きでやってねぇし、もう20のいい大人だからこんな格好したくねぇんだよ!俺だって帰りてぇよ!」

「それでなくても、レンジャースーツとか他にもヒーローっぽい衣装あったでしょう!?」

「利害が一致した結果だよ!」

明石はステッキから光の球を出すと、野球のようにステッキで球を打つ。

キンッ!キンッ!

気持ちのいい音が鳴って、黒鳥に二度目、三度目とダメージを与える。

「きゃああ!スワンちゃん!いいわ、そっちがその気なら、こっちにだって考えがあるわぁ!」

シスターデネブが手の平に、明らかにまずそうな色の光の球を構えると、勢いよく明石に向かって投球した。

「あーかーしーくーん!もう、三発撃ったやろ!やったら、真ん中のボタン押し!必殺技が使えるから!」

遠く離れたところで、ビンタを喰らわせ続けながらアドバイスする鳩中。

明石は言われた通りにボタンを押す。

一瞬、ステッキが強い光を放って…何も変わらなかった。

「鳩中さん!何も変わらないんですけどもおお!」

迫り来る、光の球をフルスイングで迎え撃つ明石。

「ちょっと、こっち来ないで!きゃああああああ!」

打ち返した、球はシスターデネブと黒鳥を包み込んだ。放たれた銀色の光に目が眩んだ。

再び、目を開けると公園の遊具も壊れた建物、傷付いた人々も元通りになっていた。

オマケに、シスターデネブも黒鳥も綺麗さっぱり跡形を消していた。

「もしかして、今のが必殺技か?」

いつのまにか、明石の変身も解けていつも通りの姿に戻っていた。


「明石くん!」

声をあげて駆け寄って来る、鳩中。

「あ、鳩中さん!ドクタービートは…」

鳩中の背後を覗き込むと奥の方でぐったりとしている、ドクタービートの姿があった。

全部、ビンタ、パンチ、キックだけの物理攻撃でやっつけたかと思うと苦笑するしかない。

「なぁなぁ、変身どうやって解いたらいいん?」

レンジャースーツのままであたふたする鳩中。

「ベルトを右に回せば戻りますよ」

明石の助言通り、右に回す。

ガシャン

音と共に、変身が解かれる。

「さて、とこれからどうします?」

「ウチとしては飲み直したいんやけど?」

「賛成です」

一仕事、終えた後の足取りは軽く、二人は嬉々として居酒屋へと戻って行った。



「お疲れ〜」

「お疲れ様です〜」

生ビールと生ビールのジョッキをコツンと合わせ、互いを讃えあう。

「いやぁ、鳩中さんに変身道具交換しようって言われたときは驚きましたよ!まさか、本当に変身できるとは!」

コッコッと喉を鳴らして、ビールをのむ明石。

「ふっふっふ〜!我ながらいい案やったやろ〜蒸れたくない明石くんとフリフリがキツイしおりちゃんの利害が一致した故にできた戦闘方やで!」

鳩中もビールを美味しそうに飲みながら、つまみのから揚げも一緒に頬張った。

「『利害の一致』俺もシスターデネブに言ってやりましたよ!」

「嘘やん〜ウチら、最強のコンビになれるんちゃう?ハハハ!」

ビールジョッキを置いて、鳩中が嬉しそうに言った。

「そうや、聞いてぇや、明石くん。ドクタービートに最後の一発喰らわせる時にな、最後に言いたいことは無いんかって聞いたねん」

から揚げをかじり、枝豆を剥き、揚げ豆腐を追加注文する明石に鳩中が言う。

「アハハ…最後の一発までドクタービート、よく意識ありましたね…」

「そしたらな『普通、ハートとかピンクとかの主人公キャラは関西弁じゃないだろ…黄色とかオレンジポジションだろ』って言ったんやで!あーもー、差別や、差別!でも、最後までウチを否定しつづける断固たる意思は気に入った!」

ビールを一口グイッと飲むと鳩中は、続けてたずねる。

「なぁ、明石くん。魔法少女、というか魔法青年やってみてどうやった?」

思わず、ビールを吹き出す明石。

「き、聞いてたんですか!?」

「ちょっと、耳に入っただけやって!っで、どうやった?」

零した、ビールを拭き取りながら明石は言った。

「確かに、服装とか鳩中さんの言う通りキツかったですね」

「ハハハ、やろーな」

「でも」

明石は向き直って、鳩中の目をじっと見つめる。

「戦闘方法は俺にあってたかもしれないですね!」

「確かに!ウチ、数打てば当たる!と思っていっつも適当に撃ってたけど、明石くん全部命中させとったもんなぁ」

「俺、小学生からずっと野球やってたんですよ!だからかも!」

まるで、子供のように喋り続ける二人。

「ウチもレンジャースーツ気に入ったわ!でもなぁ、やっぱ、汗とかちょっと気になるかもな」

「大丈夫ですって!全然気になりませんよ!ていうか、敵の名前個性的過ぎません?」

「それは、ここでは言われへん奴の趣味の問題やな!それより、明石くん〜シスターデネブに格好キツイ言ってたやろ〜ウチにも本当は思ってるんちゃうん〜?」

「ハハハハ、思ってないですって!」

そんな二人の楽しい会話を打ち破るかのように、テレビのニュースキャスターが言った。

「今日未明、悪の組織2組による襲撃が緑ヶ丘公園であったもようです」

二人は凍りついたかのように、会話を止めそのままの表情でテレビの方を向く。どこで取れた映像なのか。そこにはしっかり、レンジャーハートと魔法青年レッドの姿が写っていた。

「謎のレンジャー、魔法少女、らしき人物による討伐により、現状は無事回復。今後の活躍に期待されています。次のニュースです。年末…」

まるで、ブリキのおもちゃのような固い動きで向き直る二人。

その顔は変わらずニコニコとした表情を浮かべている。

「明石くん」

「はい、鳩中さん」

「思ったより、自分の体型やばいなぁ思ったんやけど」

「僕も思ったより、見るに耐えない格好でした」

二人は笑顔をのままでスマホを取り出す。

そして一心に検索をかける。レンジャー、魔法少女で。

数分後、大量の汗を浮かべて、二人は顔を見合わせた。

「あはははははは」

「ハハハハハハハハハハハハ」

乾いた笑いが広がる。

「飲もう、明石くん」

「飲みましょう、鳩中さん」

二人の苦悩はまだまだ続く。




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