第92話 合流

 犯人が使役する天使の猛攻を凌いだクリエは一度周囲を見渡して安全を確認する。周囲に気配が無いことを確信するとようやく緊張を解く。しかし、緊張を解いてもクリエの表情に安堵や笑顔はなく険しい表情でいる。理由は一つ。クリエには犯人がわかったからだ。そのため、どうすればよいのかがわからずに苦慮している。


(はぁー……。なんとなく予想はしていたけど……。できればハズレていて欲しかったわ……。知り合いが殺人事件の犯人とか……、本当に勘弁して欲しいわ……)


 一人悩むクリエの元に複数の気配が近づいてくる。クリエは近づいてくる気配の方へと視線を移す。すると見知った顔が見えてきたので安堵する。


「先生! 大丈夫ですか?」

「クリエさん! 助けに来ました!」

「おう! 眼鏡ちび! 犯人はどこだ! このルーア様が相手してやるぜ!」

「うるさい! 黙っていろ! 羽虫! ……クリエ。無事か?」

「く、クリエさん。ご無事ですか?」

「みんな……」


 近づいて来ていたのは、ナーブ、カイ、ルーア、リディア、パフといった面々だ。ナーブ達を見渡すとクリエは笑顔になる。しかし、満面の笑顔から悪戯っ子のような笑みに変化する。


「ちょっとー! ナーブ! 遅いじゃないの! 急いでって言ったでしょう!」

「す、すみません……。これでも急いだんですけど……」

「クリエさん。ナーブさんは悪くないんです! ナーブさんから話を聞いてすぐに向かったんですけど……」

「うん? 何かあったの?」

「あぁ。昨夜の天使が我々の前に立ち塞がったのだ。大したことはなかったが、場所が狭いのと天使どもは時間稼ぎの役目なのかまともに襲っては来なかった。攻撃しては物陰に隠れるといった行動を繰り返すばかりだった」

「なるほどね……」


 リディアからの情報を聞いたクリエは瞬時に理解する。犯人の目的はあくまでもハーフ人種。今回はクリエだ。わざわざクリエを一人にして誘い出す行動をしたことからも、標的でない者を巻き込むのは本意ではないのだと。状況を理解したクリエが腕を組んで考え込んでいるとナーブが頭を下げて謝罪する。


「先生……。本当にすみません!」

「うん? 何を謝ってるの? さっき怒ったのは冗談よ?」

「しかし、先生は僕とアーロさんを守るためにお一人で……」

「気にしないでいいわ。それよりも、ろくに説明もしてないのによく私の意図を読み取ったわね」

「それは簡単ですよ。僕は先生の助手ですよ?」


 ナーブの言葉にクリエは気恥ずかしさを覚える一方で誇らしい気持にもなる。自分のことを理解してくれているナーブに心から感謝をする。


「そっか……。ありがとね。ナーブ!」

「いいえ。当然です」


 クリエとナーブの強い絆をカイ達も理解して一様に笑顔を見せる。そんな時に遅れていた人物がようやく到着する。


「はぁ、はぁ、……く、クリエ殿……。だ、大丈夫ですか……?」


 息を切らせながら小走りに走ってきたアーロにクリエは意味がわからずに唖然とする。対するカイ達も微妙な表情だ。いや、リディアとルーアに至っては呆れている。


「アーロ? 何よ。あんた。今頃来て……。みんなと一緒に来れば良かったのに……。もしかして置いて行かれたの? あっ! ひょっとして! みんなを先に行かせるために天使と一人で戦ってくれてたの?」

「えっ……。いや……、その……、私は……」


 クリエからの質問にアーロは歯切れ悪く口ごもる。その状況を見かねたのか、はては面倒だったのかルーアが口を挟んでくる。


「そうじゃねぇーよ! その貴族の野郎も一緒に近くまでは来てたんだ。だけど……、足は遅い。戦力にはならない。挙句の果てにはすっ転ぶ。こっちは急いでるのに時間がかかってしょうがねぇーから置いて行ったんだよ!」

「る、ルーア……。そ、その……。アーロさんは、戦いに慣れていないみたいでしたので……、師匠と相談をして後から来てもらうようにしたんですよ! ねぇ! 師匠!」

「うん? そうだったのか? 私は単純に邪魔だったから後から来いと言っただけのつもりだったのだが?」

「……師匠……」


 カイによる全力のフォローは、悪気と遠慮のないリディアからの言葉で水泡に帰す。一方で散々な言われようのアーロは申し訳ない表情でクリエに謝罪を繰り返す。


「ほ、本当にすまない。クリエ殿……。私のために貴殿を危険な目に……」

「……まぁ、いいわよ。私を心配してくれるアーロの気持ちは素直に嬉しいわ」


 クリエの言葉にアーロの表情が少し明るくなる。だが、クリエは子供のような無邪気な笑顔で言葉を続ける。


「……でもね。一言だけ言わせて?」

「うん? 何かね?」

「この……! 役立たず!」


 クリエの正直な感想にアーロはまた落ち込み。カイ、パフ、ナーブは苦笑い。リディアとルーアは大きく頷く。


 クリエはリディア達と合流して大通りへと歩み始める。天使の襲撃も警戒していたが特に問題なく大通りへと出てこれた。安全が確保できたとリディアは判断する。そのため、リディアはクリエに謝罪する。


「すまなかった……。クリエ」

「うん? なんで、リディアさんが謝るの?」

「日が出ている間は犯人も襲っては来ないだろうと高を括ってしまった……。そのせいで、お前はまた襲われた……。なんとか撃退できたようだが、下手をすれば……」


 「死んでいた」という。最悪の結果をリディアは口には出さないが考えている。だが、リディアの謝罪を聞いていた当のクリエはいつもの笑顔で答える。


「気にしないでよ。神殿に行きたいって言ったのは私だし。それに、私も昼間の間なら犯人に襲われないと思ってたわ。一緒よ。一緒よ。だから……。ね? リディアさん!」


 クリエを心配するリディア。リディアを気遣うクリエ。二人を見ていたカイ達はなんとなく笑顔になる。しかし、そんな和やかな空気はすぐに消失する。これから、クリエが確信に迫る発言をするからだ。


「そうだ。みんなに大事なことを話すわね」

「なんだ?」

「何かわかったんですか? クリエさん」

「えぇ……。私……、犯人がわかっちゃったの……」

『――ッ!!!!!!』


 犯人が判明したという重大な告白を聞いたカイ達は一様に驚愕する。一同が驚愕している中、クリエが犯人の名を告げる。


「犯人は――」


 犯人の名を聞いてカイ、ルーア、パフ、ナーブ、アーロが驚きのあまり大声で叫んでしまう。しかし、リディアだけは冷静に一言だけ呟くに留まる。


「奴か……」


◇◇◇◇◇◇


 一方、ブリージア大神殿のとある一室では……。


「くそ! くそ! くそぉーーーーー! あの薄汚いハーフエルフめがぁ! マザーを……知った風にぃ……」


 犯人は怒り狂っていた。辺り構わずに叫びながらクリエへの憎悪を燃やしている。理性などなくただ感情を暴走させる。しかし、突如として動きを停止させると。口元に笑みを浮かべ大笑いをする。


「……く、くくく。は、ははははっはあははははは――」


 ひとしきり笑い通すとすぐに真剣な表情へと戻り呟き出す。


「……いいさ。もういい……。殺してやる……。絶対に殺してやる! を使う! 恐らく……、大勢の無辜むこなる民を傷つけ殺めてしまうかもしれないが……。それも止むを得ん! 奴が悪いのだ! 大人しく罪を償わない奴が全ての元凶だ!」


 怒りに燃える犯人は最後の選択を成してただ突き進む。


 己の歪んだ正義を実現させるために……


◇◇◇◇◇◇


 「――とまぁ……。そういうわけ。どう? 犯人で間違いないでしょう?」


 クリエからの説明が終了すると一同は一様に頷き納得する。


「そうですね……。信じられないですけど……。クリエさんの話を聞く限り……。犯人はあの人ですね……」

「信じられないです……」

「ま、まさかだが……。だ、だが、クリエ殿が言うのだ! ここまで一緒に行動を共にした。このアーロ! クリエ殿を信じましょう!」

「はいはい。ありがとう。リディアさんはどう思う?」

「奴が犯人で間違いないだろう。では、行くとするか……」

「そうね! いい加減に決着をつけるわ!」


 リディアの言葉に同意とばかりにクリエも立ち上がる。だが、そんな二人を見た周囲の人間が制止する。


「えっ!? し、師匠? も、もしかして、今から神殿に行くんですか? もう、日も暮れましたし……。アルベインさんに伝えてから明日にでも出直した方が……」

「せ、先生! 先生は襲われたばかりなんですよ? ここは、リディアさんに任せるか、アルベインさんへ伝えて少し休まれても……」


 カイとナーブの心配する声を聞いたリディアとクリエは即座に否定する。


「いや。カイよ。犯人は焦っているはずだ。十年間も正体どころか手口すら掴めなかった犯人が二度も襲撃を退けられている。しかも、二日連続でクリエを襲っていることから、下手をすると今夜にでも再度仕掛けて来る可能性もある。クリエのためにも今すぐに行動するべきだ」

「駄目よ! ナーブ! ここまできたら、最後まで見届けないと気が治まらない! それに……、これは私の問題でもあるのよ。だから……。心配してくれるのは嬉しいけど……。お願い! 行かせて!」


 師匠であるリディア。先生であるクリエ。


 二人からの願いに弟子であるカイ、助手であるナーブは決意を込めて大きく頷き立ち上がる。


『わかりました!』

「師匠!」「先生!」


 全員が心を決めた。かに思われたが、今にも動き出そうとするリディア達をある人物が制止させる。それは……小さな悪魔である小悪魔インプのルーアだ。


「待てよ! オメーら!」

「えっ? 何? ルーア君」

「この状況でメシを食わせろとでも言ってみろ! 本当に叩き斬るぞ!」


 クリエとリディアからの視線を受けながらもルーアはいつも通り面倒そうに頭を掻きながら切り出す。


「……はっきり言ってやる! 作戦もなしに行っても門前払いされるぜ? いや、そもそも犯人と断定するにはきついぜ」


 ルーアからの指摘に全員が怪訝な表情になる。とりわけクリエが一番困惑する。そのため、ルーアへ真意を尋ねる。


「どうしてよ! 言ったでしょう! 私はあいつに――」

「わかってるよ! 犯人は間違いなくそいつだろうよ! でもな! 今の話は全部が状況証拠だぜ? 客観的な……そいつを犯人と断定するような決め手になる証拠は何一つとしてねぇーぞ?」


 証拠がないというルーアの言葉にカイが疑問を呈する。


「でも、ルーア。クリエさんが言っていた通りなら……。証拠は十分じゃないのか? クリエさんていう証人もいるんだし」

「甘いな。カイ。証拠っていうのはな。誰が見ても明らかな証拠じゃなきゃあ決め手にはならないんだよ。眼鏡ちびの話を聞いてたけど……、状況証拠だけだろう? それじゃあ犯人の野郎が否定してきた時に証明する方法なんてないぜ!」

「まぁ……、確かに……。しかし、お前そんな難しい言葉がよくポンポン出て来るなぁ……。本当に悪魔か?」

「けっ! ムーの野郎に勧められた本を読み過ぎたな……。人間の世界は面倒臭いってのがよくわかる本だけど……。結構面白かったからな……」


 ルーアの言い方にカイは少し微笑む。


(相変わらず素直じゃないなぁ……。ムーが勧めてくれた本だから読んだって。素直に言えばいいのに……。まぁ、ルーアらしいって言えばルーアらしいか……。しかし、ルーアの予想通りだとすると……)


 カイはリディアとクリエの様子を窺う。リディアはルーアに指摘されたのが気に入らない様子でルーアを睨みつけている。一方のクリエは腕を組んで何かを考えている。


「では、ルーアさん。どうすればいいと思いますか?」

「あん? それは――」

「それは?」

「――知らねぇ!」


 当然のように知らないと胸を張るルーアの態度に期待を込めて尋ねたナーブはこけそうになる。しかし、ルーアはアドバイスをする。


「正直言って、本なんかじゃあ都合よく証拠が見つかるか。犯人が観念してぺらぺらと自分がやったことを喋り出すのがほとんどだ。……だから、一か八かで追求するのも悪くねぇのかも知れねぇけど……。現実はそんなに甘くねぇんじゃねぇか?」

「そ、そうですね……。都合よく犯人が自供するとは思えません。ここはもう少し作戦を練ってから――」

「それは駄目だ」


 ナーブの慎重意見をリディアが一蹴する。


「さっきも言ったが、犯人は焦っているはずだ。これ以上勝手にさせてしまうと後手にまわる。ここは無茶を承知で攻めるべきだ」

「な、なるほど。リディアさんの考えはもっともです……。ですが……」

「でも、師匠……。ルーアが言ったように証拠もなしに犯人を追いつめても捕まえられないんじゃあ……。捕まえられなければ、相手に正体を掴んだことだけを伝える結果になるんじゃあ……」

「ふーむ……。だから捕まえるのは嫌なんだ……。やはり魔物も人間も討伐依頼しか今後は受けないようにしよう……」


 後半はリディアの愚痴になっているが、リディアもどうすれば犯人を捕まえることができるか悩む。誰もが頭を悩ませ考え抜く。しかし、誰一人として突破口を見出せずにいる。すると少女のような魔術師のクリエが不敵な笑みで妙案を出す。


「いいえ……。大丈夫よ」

『えっ?』


 全員がクリエに注目する。全員の期待と不安が入り混じる視線を受けながらクリエは口を開く。


「犯人は捕まえられる! しかも、証拠も提示できるわ!」

「ほ、本当ですか!? 先生!」

「えぇ! でも……、私達以外にも協力が必要になるわね……。ねぇ! リディアさん!」

「なんだ?」

「アルベインさんの協力は借りられるのかな?」

「アルベインの?」

「うん! 多分、アルベインさんの……いいえ! 捜査機関としての力を借りることができれば十中八九の確率で成功するわ!」

「何をするのかは知らんが……。アルベインにも事情は説明している。先程の襲撃については知らないだろうが、昨夜のことについては伝えているから協力は得られるはずだ」

「オッケー。じゃあ、作戦開始よ!」


 ついに、クリエ達が犯人を追いつめるために動き出す。サイラスを恐怖に陥れている犯人との直接対決が幕を開ける。


◇◇◇◇◇◇


 夜も深くなる時間。多くの人々が仕事を終えて自由な時間を楽しんでいる。しかし、このブリージア大神殿では未だに仕事をこなしている者達が多くいる。山のような書類を一生懸命に運ぶ新人神官のストラもその一人だ。


「よっと……。ふぅー……。これで今日のお仕事は終わりかしら」

「はーい! お疲れ様! ストラちゃん」

「あっ! 先輩! まだ、いらしてたんですね! 先輩もお疲れ様です!」


 ストラに挨拶をしたのは若く麗しい美人神官……ではなく。女性にしか見えないが実は男性のマルス……もとい、エルザが満面の笑顔で挨拶をする。


「いいのよ。私は神殿の門番の役目もあるから、大抵は門を閉ざすまではいるのよ」

「そうでしたね……。でも、先輩! 門番のお仕事ですから、仕方のない部分はありますが! むやみに暴力を振るわないで下さいね!」

「はい。はい。相変わらずストラちゃんは真面目ねー」


 仕事が終わったので、ストラとエルザの二人は他愛のない話を続ける。しかし、そこへ歩いてはいるが少し急いでいるような雰囲気の男性が近づいてくる。男性はストラ達に気がつくと声をかける。


「すまない。エルザさん。ストラ」

「あれ? ダムス君じゃない。まだ、お仕事なの? 無理しないでよね」

「えっ? あっ! お兄ちゃん……じゃなかった。コホン。何かご用でしょうか? ダムス神官長補佐」


 ストラは思わず「お兄ちゃん」と呼んでしまったので言い直す。実際にダムスとストラは兄妹なのだが、仕事中は公私混同をしないようにと二人での決めごとがあった。「基本的に仕事中は役職を尊重して馴れ馴れしくしない」というものだ。そのため、ストラは少しよそよそしい感じで話しかける。とはいえ、傍から見ていると「わざとらしく逆に仕事効率が悪いのでは?」と懸念する者が多くいる。


 ダムスはストラとエルザにあることを尋ねる。


「二人ともすまないが、ホロ神官長を知らないか?」

「えっ? 神官長様……ですか?」

「あれ? ダムスくん。神官長とお話をするって言ってなかった?」

「えぇ……。ただ、少し野暮用がありまして……。神官長にお願いをして話は明日にしてもらったのです」

「そうなんだ。えーっと。神官長は……。あー! 確か礼拝堂に入って行ったわよ?」

「礼拝堂……。わかりました。ありがとうございます」

「あ……、お兄ちゃん……」


 ストラが小さく兄のダムスに声をかけるが、聞こえていないのか急いでいるためか。ダムスはストラに振り返ることなく礼拝堂へと進んでいく。


「うん? どうしたの? ストラちゃん」

「お兄ちゃん……。怖い顔をしてる……」

「えっ? そう? 少し急いでるみたいだけど、別に怒ってはなさそうじゃない?」

「いいえ、私にはわかります。お兄ちゃん……。何かあったんだ……」

「ふーん……。じゃあ、行って来なさい」

「えっ?」


 エルザがストラの背を軽く押し出すとストラは驚いた表情をする。驚いているストラにエルザが発破をかける。


「だって、気になるんでしょう? だったら、行って来なさい」

「で、でも、公私混同に……」

「いいじゃない。別に。まぁ、そんなに公私混同が嫌ならこう考えればいいじゃない。『仕事は終わった。だから、妹して兄を追いかける』ってね!」


 エルザはウィンクをしてストラに言い聞かせる。エルザの言葉を受けてストラも笑顔になり一礼をしてすぐにダムスの後を追いかける。ストラの背中を見ながらエルザは笑顔で手を振る。


「いやー。初々しいわー! 二人とも真面目過ぎなのよねー。まぁ、それがあの二人のいいところでもあり、悪いところかしらね?」


 独り言を言いながらエルザは右人差し指を自分の右頬に当てながら首を傾げる。知らない人が見えば女性が可愛らしい仕草をしているとしか見えない。実際に可愛らしい。しかし、何度も言うがエルザは男性……。似合っているために誰も何も言わない。いや、言うことなどできない。ブリージア大神殿でエルザに格闘で勝てる者など存在しない。もしかしたら、サイラスでも……。



 礼拝堂の中で直立姿勢を保ちながら祈る男性がいる。それは神殿のトップであるホロ神官長だ。小さなロザリオを握りしめながら一心不乱に祈り続ける。だが、その祈りも突如として乱暴に開けられた扉の音で中断せざるを得なくなる。扉が開くと同時にホロを呼ぶ声も聞こえてくる。


「ホロ神官長!」

「うん……? 誰だね? そんなに慌てて……。おや? ダムス? どうしたのだね? 急な用事ができたと言っていなかったかね?」


 突然の訪問に驚いたホロが質問をするが、ダムスは質問には答えずにホロの近くまで近寄ると声を抑えてある願いをする。


「神官長……。お願いがあります」

「お願い? なんだね?」

「地下にある秘宝の間に行かせてください」

「なっ!?」


 真剣な表情でダムスが願い出るが、ホロはダムスの言葉に困惑する。そのため、驚いた表情で聞き返す。


「ダムス……? 秘宝の間に……。君も知っているだろう? あそこに立ち入るには手順があることを……」

「はい。知っています」


 秘宝の間へ入る手順

一、秘宝の間にある扉は神官長と神官長補佐が持つ鍵が必要。

二、秘宝の間へ立ち入る時には最低でも高位の神官四名を同行させる。

三、秘宝の間を解放する時間は一時間を限度とする。


 以上、三つの手順が必要になる。


 だが、現状では一と三の項目は問題ないが、二の項目をクリアすることが困難だ。夜も更けていることもあり、神殿に残っている者も限られるからだ。何よりも、秘宝の間へ夜更けに入ろうとすることが異例だ。


 そんな異例な状況をダムスは理解をしているがホロに懇願を続ける。


「お願いします……。神官長……」

「……わかった。何かわけがあるようだ。君のことは信頼している。願いを叶えよう……」

「ありがとうございます」

「しかし、どうするか……。高位の神官四人は無理でも立会人は必要だろう。うーん……」

「で、でしたら!」


 ダムスとホロの会話に突如としてストラが割り込む。ストラの存在に気が付いていなかった二人は驚く。しかし、ホロはすぐに笑顔になりストラを優しく迎える。しかし、ダムスは表情を険しくしてストラを叱る。


「おぉ! ストラか。驚かせないでくれ……。私も年だ。驚いてしまったよ」

「ストラ! お前! 盗み聞きしていたのか!」

「ち、違うよ! お兄ちゃんを追いかけたら……、何か難しいお話をしていたから、声をかけづらくて……」

「それで話を聞いていたのか? 呆れた奴だ……。お前もシスターの端くれなら――」


 ダムスがストラへ説教を始めようとしているとホロが助け船を出す。


「まぁ、まぁ、落ち着きなさい。ダムス」

「神官長……。妹が大変に無礼を働きました。罰については私が受けますので、ストラは許してやって下さい」

「そ、そんな!? し、神官長! 罰を与えるなら私に! お兄ちゃんは悪くありません!」

「ふ、ふふふふふ。あははははは。二人とも早とちりをしないでほしい。私は君達に罰を与えようとは思わないさ」


 笑顔で「二人へのお咎めはない」と宣言するホロ。ホロの言葉にストラは胸を撫で下ろす。しかし、ダムスは険しい表情で首を横に振る。


「いいえ。神官長。特別扱いはしないで下さい。神に仕える者として過ちを犯したのです。何なりと罰を――」

「よいのだよ。ダムス。……君達二人は私にとって自慢だよ。小さいころから兄妹で仲良く育った。子供のいない私にとって君達は我が子のようなものなのだよ……」

「身に余る光栄です……」

「あ、ありがとうございます! ホロ神官長! 私も神官長をお父さんだと思ってます!」

「ストラ!」

「はははは! それは嬉しいよ! ストラ。ありがとう」


 話が少し脱線しかけるが、話し合いの末で決まったことはこうだ。


 秘宝の間へは、ホロ、ダムス、ストラ、最後にエルザへと声をかけて四人で向かうことになる。そのため、ホロ、ダムス、ストラがエルザの元へ向かおうとする。だが、そのときエルザがホロ達のもとへと来た。「手間が省けた」と感じる間もなく異様な状況に三人は困惑する。


 エルザは来たが、エルザの後方にはサイラスの兵士が何十人と詰め寄せて来ていたからだ。兵士達は機敏な動きで礼拝堂へ入るとホロ達の周囲を取り囲む。意味がわからないホロ達は困惑しながらもエルザへ視線を移す。しかし、よく見るとエルザも困惑した表情でいる。そのとき、新しい乱入者が入ってくる。


 それは、兵士長であるアルベイン。その後ろには、カイ、リディア、ルーア、パフ、クリエ、ナーブ、アーロが続く。クリエを確認するとダムスの表情が険しくなる。ダムスは、礼拝堂へ入ってきた者達を一瞥すると抗議する。


「どういうことですか! ここは神聖な場所ですよ! 正当な理由がなければこんな暴挙は許されるはず――」

「正当な理由ならある!」


 ダムスの抗議に対してアルベインが声を張り上げて反論する。


「サイラスで起こっている連続殺人事件の犯人がここにいる!」

『――ッ!!!!』


 アルベインの言葉にホロ、ダムス、ストラ、エルザの四人が驚愕する。いや、騒ぎに驚いて残っていた神殿の人々が集まってきてたこともあり、周囲にいる神殿関係者全員が驚愕している。

 

 しかし、ダムスはすぐにアルベインへ確認をする。


「犯人……? ここにいる? それは確証があるんですか?」

「あるわよ!」


 答えたのはアルベインではなく見た目は少女にしか見えない九十九歳のハーフエルフのクリエだ。クリエを見たダムスは呟くように尋ねる。


「そうですか……。あなたが……、犯人を見つけたのですか……」

「えぇ……。見つけたわ。犯人は――」


 クリエが事件の追及を始めようとした時、思いもよらぬ発言がダムスから飛び出す。


「わかりました。犯人は僕です。……どうぞ捕まえて下さい」


 ダムスから発せられた告白に多くの者が驚愕する。


 クリエはそんなダムスを正面から見据える。対するダムスも目を逸らすことなくクリエを見据える。


 この後、事件の真相が解明されていく。

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