第91話 みえるくん
ブリージア大神殿にある懺悔室の一室にいるクリエ、ナーブ、アーロの三人は神官長ホロからマザーというシスターの話を聞き終える。話を聞き終えたクリエとナーブは難しい表情、対するアーロは涙を流し鼻をぐずつかせている。話をしていたホロも過去を思い出し切なげな表情を浮かべている。
「これが……、マザーの亡くなった経緯です……。恐らくですが、このことが知りたかったのでしょう?」
「えぇ……、ありがとう。ホロ神官長……。そして、ごめんなさい。あなたに辛いことを思い出せてしまったみたいね」
「いいえ……。あの日から今日までの間……。マザーのことを忘れたことなどただの一度もありません……。彼女はそれほどまでに皆に愛されていた……」
「……ホロ神官長。僕からもお礼と……それから謝罪をさせてもらいます。そして、お亡くなりになったマザーへ敬意を……」
「うむ! 素晴らしい女性だ! 生きていればぜひ一目だけでも会いたかったものだ!」
クリエ達からの感謝と謝罪にホロは頭を振りながら「どういたしまして……」と告げる。全ての話が終わりクリエ達はホロと別れて神殿を後にする。ちなみにホロと別れる間際にクリエがまた足の痛みを訴える。ホロが治療を申し出たが、「大丈夫」と治療をしなかった。神殿を出るとクリエ達三人を日の光が眩しく照らしてくる。日はまだ高いが、あと二時間程もすれば暮れてしまう。夜が近づいている……。つまり、昨夜出現した殺人鬼が今日も誰かを襲うかもしれない。危険な時間が迫っていた。
「先生。どうしますか?」
「うん。そうね。とりあえずは、リディアさんと合流かなぁ……」
「そうですね……。そうしましょう」
クリエとナーブの会話が暗いことにアーロが疑問を呈する。
「おい。どうしたんだ? 何か暗くないか?」
「はぁ……。あんたねぇ……。あの話を聞いて感動しかないわけ?」
「うん? いや、だって……。いい話じゃないか! 自らの命を投げ出してまで他者を救ったのだぞ! この話は後世に残すべき逸話だ! 勇者様の伝説にも引けをとらんぞ!」
アーロが力説している姿を尻目にクリエは馬鹿を見る目で、ナーブは生温かい目で、アーロを眺めている。自分とはテンションの違う二人にアーロが尋ねる。
「……な、なんだ。その目は……。まるで、私を憐れんでいるような、馬鹿にしているような……」
「馬鹿にしているようなじゃなくて、馬鹿だと思っているのよ。この馬鹿!」
「ば、馬鹿……? 私が……?」
「せ、先生……。落ち着いて下さい」
アーロが状況を全く理解していないと判断してクリエは説明をする。
「いい! あの話はこの事件の根幹に関わっているのよ」
「何? なぜだ? マザーという者はもう十年前に死んでいるのだぞ? マザーが犯人なわけがなかろう」
「あんたねぇ……。少しは考えてものを言いなさいよね! いい! マザーが犯人なんて私だって思ってないわよ! 例え本当は死んでいなかったとしても、話を聞く限りの人物ならこんな事件を起こすはずがない。……でも、この事件の動機はマザーの死がきっかけよ」
「事件の動機はマザーの死」というクリエの発言にナーブは力強く頷くが、アーロはまだ理解していない様子で首を捻る。そんなアーロの姿にクリエの額に青筋が浮かぶがナーブがクリエに怒りを抑えるように手で合図を送る。
「全く……。この殺人事件の最初は十年前なのよ。そして、マザーの死も十年前……。被害者は全員がハーフ人種だったら――」
クリエからの話を聞いていたアーロはようやく合点がいった様子で大声を出す。
「あっ! そ、そうか! つ、つまり犯人の動機は……」
「そう、復讐よ。マザーの命を奪ったことへのね……。そう考えればあいつが言っていた意味も理解できる」
昨夜、犯人がクリエに告げた言葉。
『咎人』『罪を償え』
犯人が発した言葉の意味をクリエは理解し始める。
「……正直、ただの逆恨みだけど……。動機としては十分でしょう……」
「な、なるほど……。だが、ちょっと待て……。だったら、なんで今まで動機が予想できなかったんだ? マザーの死、天使の使役、被害者は全員がハーフとくれば……。もっと早く犯人の動機は判明したのではないか?」
「いえ……。それは難しかったと思います……」
「なぜだ?」
「それは……」
「理由は簡単よ。これらの事実を全て知る人間が今までいなかったのよ」
「何?」
クリエとナーブの言葉にアーロは何度目かの疑問を口にする。クリエとナーブは顔を見合わせてなるべく丁寧にアーロへと説明をする。
そもそも十年前に起きたこの殺人事件。連続殺人ということは早い段階で判明はしたが、被害者の共通点に関してはすぐには判明しなかった。性別、人種、年齢、全てがバラバラだったので無差別と判断される。詳しく調べるうちに被害者の全員がハーフという事実が判明する。しかし、判明した後も被害者がハーフということは公表されることはなかった。理由は以前アルベインが説明したように、被害者がハーフであることを公表するとハーフエルフなどへの迫害を助長する危険があること。また、模倣犯を生んでしまう可能性を危惧したからだ。さらに、昨夜までは犯人が天使を使役しているという事実を誰も予想だにしていないこと。犯人は昨夜まで誰にも見つかることなく犯行を行っていたのだ。そのため、クリエ達の導き出した事実には行きつこうにも情報が全く不足していた。
説明を聞き終えたアーロは納得したように何度も頷き口を開く。
「そうか……。情報があっても断片的で繋がる要素がなく時間も経過してしまい。マザーの死との関連に行きつくことも困難だったのか……」
「そういうことよ……。はっきり言って私達も運が良かっただけ……。たまたま昨夜襲われて天使を見た……。そして、たまたまダムスに会った。それに、たまたまダムスが犯行現場をウロウロしていた……。そう、全部が偶然よ。偶然よね……。ダムス……」
自分自身で偶然だと口にしながらクリエも、残りの二人も感じていた。本当に偶然なのかと。一度ならば偶然だろう。二度目ならばたまたまだろう。だが、三度目になってしまえば……。偶然が何度も重なれば、それは偶然とは言わない。偶然ではなく必然となる。三人は、言い知れぬ不安を抱きながらも歩を進めて行く。
三人がブリージア大神殿から離れて五分ほど経過すると後ろから誰かにつけられている気配にクリエとナーブは気がつく。
「ナーブ……」
「はい。先生。どうしましょう?」
「うん? 何がだ?」
「あんたは少し黙ってて!」
一人だけ蚊帳の外にされてアーロは唇を突き出して子供のように拗ねる。だが、クリエとナーブは後をつけてくる気配に集中しているため、アーロの相手はしていられない。三人が角を曲がると後ろからつけてきている人物も角を曲がる。その瞬間に捕まえた。
『
「えっ!? えっーーーーー!」
捕らえられたのは女性だ。女性は突如として捕まり驚きの声を上げる。クリエ達は魔力の鎖で捕えた人物を確認すると目を疑う。
「あれ? 何で? ストラちゃん?」
「な、なんですか? これー! た、助けて下さーい!」
クリエ達の後をつけていたのは新人シスターのストラだった。ストラは身動きがとれなくなりパニックになったようで周囲に助けを求める。すると、通行人や近くの店の人間が注目して声をかけてくる。
「おい。どうした? 大丈夫か?」
「あんたら、シスターを捕まえるなんてどういうつもりだ!」
「ねぇ、通報した方がいいんじゃない?」
「確かに……。おい! 誰か兵士の人に連絡――」
『あぁーーーー! 待ったぁーーーーー!』
騒ぎが大きくなりそうな状況にクリエ、ナーブ、アーロの三人が大声を上げて制止する。クリエ達は魔法を解除してストラを解放すると。周囲の人々にも謝罪をして回る。そのおかげで何とか騒ぎは沈静化する。騒ぎが治まるとストラが恨みがしく嘆く。
「うぅ……。ひどいです……」
「ごめんなさい! まさか、ストラちゃんとは思わなくて……。でも、何で私達の後をつけてたの?」
未だに両膝を地面につけて跪いているような姿勢のストラにクリエは両手を合わせながら謝罪する。しかし、自分達の後を尾行して来たことにクリエが首を傾げながら質問をする。クリエの質問にストラは周囲を少し見渡した後、声を潜めてあることを伝える。
「じ、実は……。マザーについてお話したいことがあるんです……」
『えっ?』
ストラからのまさかの申し出に三人は同時に声を漏らす。
「ストラちゃん……。なんで……」
「待って下さい! ここでは話せません。それに……、ここだけの話にして欲しいんです……。ですから、クリエさんだけにお話します」
「私だけに?」
「はい! 恐らくクリエさん達も知らないことだと思います」
真剣な表情でクリエを見つめるストラ。そんなストラをクリエも見つめる。その時、クリエは頭の上に掛けている眼鏡を装着する。眼鏡のレンズは特徴があり、牛乳瓶の底のようなグルグル模様が浮かんでいる。眼鏡をかけ真剣にストラを見据えると軽く息を吐いてクリエが口を開く。
「……わかったわ。お願いできるかしら?」
「はい!」
「先生。では、僕とアーロさんはここで待っていますか? それとも先にリディアさんのところへ行った方が?」
「うん? あぁ……。ナーブ達はリディアさんの所へ行っていいわよ。でも、さっきも言ったけど急いでね? ここからは転移を使って聞いた情報を手早くリディアさんに伝えて……」
「えっ……? 先生?」
「わかった? ナーブ? 急いでね?」
クリエからの言葉にナーブは理解したと大きく頷くとすぐに行動に移る。アーロの手を掴むとすぐに転移魔法で移動する。ナーブ達が消えたことを確認するとクリエはストラに説明を求める。
「じゃあ、話を聞かせてもらえる?」
「はい。でも、……ここでは人通りが、もう少し進んだところに空き地があります。そこまでついてきてもらえますか?」
「空き地ね……。いいわよ。行きましょう」
「はい!」
ストラに先導される形でクリエは細い路地を突き進む。十分ほど進んで行くと前方に開けた空き地が見えてくる。あそこが目的の場所とクリエも認識する。
「見えてきました! あそこです!」
「なるほどね……。もう、いいかなぁ……」
独り言のように小さく呟くとクリエは突然足を止めて停止する。突如として動きを止めたクリエを見てストラは不思議そうに尋ねる。
「あのー、クリエさん? あの空き地まで来て欲しいんですけど?」
「えぇ、わかってるわよ。でも、もういいんじゃない? 人もほとんどいないし」
「えーっと……、確かに人はいませんけど……。少し長い話になりますから、あの空き地でしたら座る場所もありますし。それに、こんな狭い路地で立ち話というのも――」
「いい加減にお芝居は止めていいわよ? もう、わかってるから」
「えっ? お芝居? 何のことですか?」
「ちゃんと言わないとわからないのかしら? もう、わかってるのよ。犯人さん?」
「はい?」
衝撃的な犯人宣言。しかし、ストラは言われている意味がわからないと言いたげに聞き返す。だが、クリエは確信を持って指摘する。
「こんなところにわざわざ連れ出すなんてね。まぁ、関係のない住民を巻き込まないようにしたのは私も助かったけど。まさか、まだ日が出ているこんな時間から来るなんてね」
「あのー、クリエさん? 仰っている意味がわかりません。私が犯人って……。何のことですか?」
「ふーん。あくまでも惚けるのね……」
「いえ! ですから惚けるも何も――」
「この眼鏡はね!」
ストラの抗議は途中だったが、クリエは抗議を最後まで聞くことはせずに言葉を被せて相手の抗議を中断させる。
「この眼鏡は特別なの。私が作ったんだけど。元々は研究や
全く関係のないことを延々とクリエが説明しているため、ストラは怪訝な表情でクリエを見つめる。だが、クリエはそんなストラに気がついてはいるが何も言わずに話を続ける。
「それで目が覚めたら、この眼鏡『みえるくん』が完成していたわ!」
「『みえるくん』……ですか? 変わったお名前ですね」
「ふふ。ここからが本題なのよねー。実は完成した『みえるくん』とんでもない優れモノだったのよ! 頭部周囲に防御結界を張るのはもちろん。煙や暗闇の中でも視界が遮られることはない。尚且つ
「はぁ……。それはすごいですね」
クリエの言いたいことが理解できないストラは要領が掴めずに生返事をする。しかし、クリエの説明は終わらない。いや、確信の話はここからだった。
「そうでしょう? 二つ以上でも大したものなのに、この『みえるくん』に付与された能力は十種類以上にも及ぶわ。いえ……、もしかしたらだけど。私が気がついていないだけで他にも見えるものはあるのかもね。……この『みえるくん』なんだけど、偶然できただけあってすごい能力ばかりなのよ。エルダーにも褒められたぐらいよ? あのエルダーが『ボクでも作成不可能な
自慢にしか聞こえないクリエの話。その話を黙って聞くしかないストラ。
「ちなみに私も偶然の産物で作ったものだから再現するのは不可能よ。……それでね。この『みえるくん』は相手が魔法で姿を変えても本当の姿が見えるのよ」
「えっ……?」
クリエの発したある言葉にストラは……いや、ストラの姿をした人物は動揺する。その動揺をクリエは見逃さずに言い放つ。
「聞こえたでしょう? 犯人さん。ちなみに私は眼鏡をかけてから、あなたのことをストラちゃんとは一度も呼んでいないわよ?」
そう、クリエには見えていた。『みえるくん』をかけた瞬間から目の前にいるのが、ストラではなく黒づくめの犯人の姿が……。
「しっかし、ストラちゃんに化けてるのに変装は止めなかったのね。その変装をしてなきゃ、あなたの正体がはっきりしたのにね」
正体を言い当てられストラの姿をした犯人はストラではしないような険しい表情と鋭い視線でクリエを睨みつける。その口から発せられる言葉もすでにストラの声ではなく昨夜聞いた男か女かも判断できないこもった声だ。
『……そうか……、わかっていたのか……。だが、……ならばなぜついてきた? 意味がわからん……』
「言ったでしょう。私は他の人を巻き込みたくなかっただけ。あんな人通りの多いい場所で正体をばらしたら関係のない人も巻き込んで大暴れしそうだし……」
『……ふ、ふふふふ。まぁ、いいさ。……ここまでくれば……、私の勝ちだ!』
犯人が右手を上げると周囲から昨夜クリエが戦った天使が出現する。前方に四体、上空に四体、後方に二体の計十体。
「まぁ、罠は張ってるわよね。でも、本当は空き地まで誘導する予定だったんでしょう? 空き地には何があったの?」
『ふん……。あそこまでいけば、魔封じの結界を展開させるはずだったのだ……』
「あぁー……。そういうことね。確かに魔力を封じられたら私の負けだったかもね」
『この状況でよくそんなことが言えるな……。例え魔力が高くとも十体の天使で囲んでしまえば……貴様の負けだ……』
「そうかしら? この私を舐め過ぎじゃない?」
クリエの軽口に苛ついたのか犯人は振り上げた右手を降ろすと宣言する。
『やれ! 殺せ!』
命令が飛ぶと天使たちは一斉にクリエに襲い掛かる。対するクリエは防御魔法を展開して天使たちの攻撃を阻みながら近づかれないようにする。防戦一方のクリエに犯人が挑発するような言葉をかける。
『くくくく……。偉そうなことを言ったわりに……防御で精一杯か……? 転移魔法で逃げた方がいいのではないか……?』
「ふん! 見え透いた挑発ね。周囲に転移誘導の魔法を展開してるんでしょう? 転移をしたら天使の前に出るようにでも細工してるのかしら?」
『ちっ! ……気づいていたか……。だが、そのままでも時間の問題だろう?』
犯人の言う通り、狭い路地ということもあり満足に動くことのできるスペースは少ない。加えて転移は封じられている。クリエにとって危険な状態と言える。だが、クリエは至って冷静に周囲を見渡し考える。自分のできることを……。
(……どうするかなぁ……。本気を出せば、こんな天使の十体や二十体はわけないんだけど。街中で派手な魔法は使えない……。下手をすると街の人を巻き込んじゃうかもしれない。かといって……、このままじゃあ……。あいつの言う通りに時間の問題……。うーん? うん? 待てよ? もう少しで日が落ちる……。よし! あれをやる!)
クリエは防御魔法を強めて時間が過ぎるのを待つ。日が落ちるその瞬間を待つ。対する犯人は勝利を確信して仮面の下でほくそ笑む。
『……終わりだ……。咎人が……これで貴様の罪は浄化される!』
「……そう、上手くいけばいいわね……」
『負け惜しみを! ……だが、感謝しよう……。本来なら貴様を倒すためには奥の手を使うしかなかったのだ……。だが、愚かにも私にのこのことついてきた……。そのおかげで苦も無く貴様を殺すことができる!』
天使達がクリエの防御魔法を破壊しようと攻勢を強める。だが、ついに日が落ちる。その瞬間を待っていたクリエは高らかに叫ぶ。
『
クリエが力ある言葉を唱えると光が全てを呑みこむ。光が消失すると何も変化は見られない。いや、唯一の変化があった。それはクリエを取り囲んでいた十体にも及ぶ天使が全ていなくなっていることだ。息を軽く吐きながら肩を回すクリエ。一方の犯人は意味がわからない様子で周囲を見渡しながら独り言のように言葉を漏らす。
『……ば、馬鹿な……。一瞬で十体の天使を滅ぼしただと……?』
「残念! 不正解よ!」
『……なに?』
狼狽している犯人にクリエは間違いを指摘しながら自分が行ったことを解説し始める。
「私は天使を滅ぼしたわけじゃない。まぁ、やろうと思えばできたけど……。そんなことしたら、この辺り一帯がえらいことになるから選択しなかったわ」
『では……、私の天使達はどこに……? まさか……転移か?』
「惜しいわねー。転移とは少しだけ違うわ。私がやったのは世界の結びつきを強めただけよ」
クリエからの解説を聞いても犯人は理解できない様子でいる。そのことが伝わったのかクリエは詳しく説明をする。
「要するに、あの天使達は自分達の世界に帰ったのよ」
『なっ! ……馬鹿な! あれらは私が召喚したのだ! いくら魔力が強かろうが、私の命令なしに強制帰還などできるはずが――』
「それができるのよ。条件は厳しいけどね」
『……なんだと……?』
「そもそも天使も悪魔も自分から来たんじゃない限りは、無理矢理に魔力でこの世界に存在させているのよ。それはかなり歪なこと。それを魔力という一種の力で成立させている。それでも歪なことには変わりがないわ。だから、私はさっき世界の歪みを修正する魔法をかけた。それによって天使達のいた世界の扉を一瞬だけど開いた。天使達はその扉に吸い込まれたのよ」
『馬鹿な……。世界の扉を開くだと……? そんな大それた魔法を……触媒もなしに……使えるわけが……』
「まぁ、普通は無理ね。一瞬とはいえ世界の理に干渉するなんてこと普通はできない。……でも、日が落ちる瞬間は別よ。日が落ちるということは光の世界が終わりを迎えるということ。次に訪れるのは夜の世界。普通の人には太陽が沈んで、月が姿を見せるぐらいのことだと勘違いしているけど。太陽も月も膨大な魔力を含んだファクターよ。特に変化する瞬間は膨大な魔力が世界を駆け巡る。その力を利用させてもらって世界の扉を開いたのよ」
そう、クリエが待っていたのは太陽が沈み、月が姿を見せる一瞬だった。その瞬間、世界を駆け巡る膨大な魔力を利用して天使が本来いるはずの世界への扉を開いたのだ。扉が開いた瞬間に天使は元いた世界へと帰還したのだ。種を明かせばどうということはないが、魔力が世界を駆け巡るのはほんの一瞬。その一瞬をクリエは逃さずに魔法を使用したのだ。卓越した頭脳と冷静な判断力のあるクリエだからできた芸当と言える。
一方で手駒を失った犯人は身体を震わせ怒りを露わにする。
『……咎人が……咎人が……ふざけた真似をー! やれ!』
犯人の命令に答えるように遥か上空から二体の天使が襲来する。伏兵として認識できないほどの上空に天使を二体配備していたのだ。
「えー! まだいたの……。面倒臭い……。もう!」
文句を言いながらもクリエは軽やかな足取りで天使の襲撃を躱す。だが、天使はしつこくクリエに追いすがる。その攻撃パターンを見てクリエの表情が曇る。
「えっ……? この天使……。まさか……!」
『ふっふふふふ。……どうした……? 何を焦る……? たかだか天使二体だ。さっさと倒せばどうだ? それとも、怪我をした足を庇っているせいで満足に戦えぬのか?』
「――ッ!」
天使の攻撃方法と犯人の口振りでクリエは全てを察した。犯人は足の怪我を知っていると。さらに重要なこと……。クリエには犯人の正体がわかってしまった。犯人の正体が判明したクリエは力なく棒立ちとなる。その姿を見た犯人は勝利を確信する。
『……諦めたか……。……終わりだな……。さらばだ……』
「……待って……」
『うん? なんだ? 命乞いか? ……無駄だ……。お前は……咎人として――』
「マザーはこんなことを望んでないわよ?」
『――ッ!』
クリエが発した「マザー」という言葉に犯人は強く動揺する。その動揺を感じたクリエは訴え続ける。
「あなたにとってマザーがどれほどの存在かは想像だにできない。……でも、こんなことをしたからってマザーは――」
『黙れ!』
クリエの言葉に犯人は激昂する。身体を震わせながら仮面の奥では憎しみに染まった視線で睨みつける。
『……お前が……お前のような……薄汚いハーフエルフが……マザーを語るなぁー! お前らがいなければ……お前がいなければ! マザーはぁ!』
「今も生きていた? 本当にそう思うの? 悲しいのはわかるけど。それで、関係のないハーフエルフやハーフ獣人を殺してどうなったの? マザーが喜んだの?」
『ブチッ!』
犯人の中で何かがキレた。クリエに悪気はなかった少しでも犯人の気持ちを理解して自首を促そうとしていた。だが、クリエにも予想外なことがあった。この犯人には、すでに理性など残っていないことを理解していかったのだ。なまじ犯人の正体がわかってしまったことでクリエは犯人を説得したかったのだが、その行動は完璧に裏目に出てしまう。
『殺せぇーーーー!』
犯人の怒りに呼応するように天使二体がクリエに襲い掛かる。だが、クリエは首を横に振ると魔法を唱える。
『
上空から降り注ぐ黒い雷に打たれた天使は消し炭となり消失する。天使二体をあっさりと失った犯人は撤退を決意する。だが、撤退する前に
『……殺してやる……! お前だけは必ず殺してやる! どれだけの被害が出ようが!』
その言葉を最後に犯人は霧を発生させて、その場から姿を消す。
クリエは犯人を追うことはしない。
なぜなら、追う必要がないからだ。
クリエには、犯人の正体がわかっているのだから……。
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