第46話 嫉妬

 サイラス剣闘士大会の二回戦、第一試合が終了した。その試合では多くの出来事があった。スターリンの外道的な行い、クリエによる映像流出、カイの劇的な大勝利、少女の奴隷解放などだ。そのため本来は速やかにとり行われる第二試合の開始はかなり遅れていた。とりわけクリエが行ったサイラス中に映像を流した行動が一番の問題となっている。映像を見た市民の多くは、カイの勝利で終わったことや少女が奴隷から解放されたこともあり、突如として流れた映像に関しての批判は特になかった。しかし、サイラスの一部貴族や商会からは苦言が呈されていた。いくら不正を正すためとはいえ、行き過ぎた行為に反発していた。


「どいうことですか! そんな好き勝手するなんて、一体何の権利があるんですか!」

白銀はくぎんの塔の後ろ盾があれば何をやってもいいと思っているのか!」


 いくつかの抗議が大会運営側に寄せられていた。人が直接来る場合もあれば、『通信テレパス』を用いて一方的に言ってくる場合もあった。その状況を見かねたクリエは全責任は自分にあると名乗り出ようとするが、ナーブや大会運営側に強く止められる。理由は抗議を訴えてきている者が一部であること。また、文句を言っている者の大半はスターリンのような貴族や悪どい商売をやっている者のためだ。文句を言っても表に出てくる勇気はなく。ただ文句を言う相手を探しているだけだからだ。そこへクリエが参戦すると余計ないざこざが増えると判断したのだ。


 大会関係者がクリエに状況を説明する。


「――ですから、ここは私達にお任せ下さい。もうすぐ大会も再開できるはずですから」

「うー! 納得いかないわ! そんな貴族や商会連中に気をつかうなんて!」

「先生。落ち着いて下さい」


 クリエの言葉に大会関係者も苦笑いする。


「まぁ、お気持ちはわかりますが……。そういった人との折り合いをしながら付き合わないといけない時もあるんです。……あと、覚悟しているとは思いますが、あなた方のした行為は違法ですので後日、正式に白銀はくぎんの塔へは抗議させて頂きます」


 「抗議」という言葉を聞いてクリエとナーブは表情を引き締める。大会関係者に言われるまでもなく覚悟していたが現実になると緊張してくる。しかし、それは自分のことではなくお互いに相手のことを心配するからだ。二人は意を決した様子で同時に訴える。


「わかったわ。……でも、今回の件は私の独断専行よ。全責任は私にある!」

「わかりました。……責任は全て僕がとります。先生には何の落ち度もありません!」


『えっ!?』


 お互いが相手を助けようと発した言葉は見事に被ってしまう。クリエとナーブは顔を見合わせると、お互いに文句を言い始める。


「ちょっと! ナーブ! 何を勝手なことを言ってるのよ! 責任は上司である私がとるに決まっているでしょう!」

「先生こそ勝手なことを言わないで下さい! 先生は白銀はくぎんの塔に必要な方なんですよ? 勝手に引退をされては困ります!」

「誰が引退するかっての! エルダーが文句を言うなら私が実力で――」

「物騒な物言いは止めて下さい! 先生は後先を考えなさすぎ――」


 クリエとナーブが言い合いをしていると横から申し訳なさそうに大会関係者が付け加えて発言する。


「あ、あのー……」

「何よ!」

「何ですか!」

「す、すみません……」

「……いや、こっちこそごめん」

「し、失礼しました」


 クリエとナーブがばつの悪そうな表情で大会関係者に謝罪する。状況が落ち着いたことを見計らい大会関係者は少し声を押さえて話をする。


「あの、先に申し上げるべきでした。その……、抗議をすることはするんですが……。それは形だけですので……」

「うん? 形だけ? どういう意味よ?」

「……えーっと、つまりですね。我々としては大会の妨害をされた手前がありますので、抗議はさせてもらいますが……。あなた方のとった行動は誰が見ても正しい行為です。ですので、我々はあなた方を責めることや処罰を求めません。……逆に感謝しています。違法ではありましたが、勇気を持って正しいことをしてくれたみなさんに……」


 その言葉を聞いてクリエは笑顔で頷き、ナーブも表情を緩める。しかし、ナーブの表情はすぐに曇り始める。暗い顔をするナーブにクリエが疑問を口にする。


「何よ? ナーブ。そんな青い顔をして、喜びなさいよ! お咎めなしなんだから!」

「先生……。それは、こちらのみなさんからのお咎めがないだけです。……ですが、エルダーは……」


 ナーブの言葉にクリエの顔色が蒼白になり、徐々に青くなっていく。


「いやいやいやいや。だって、こちらの方が許してくれたのよ! それなのにエルダーだけが許さないなんておかしくない!」

「あの……、許すというのは裏の話ですから……。表向きには抗議をするので、多分ですけど何かしらの処分は出るとは思いますけど……?」


 大会関係者の身も蓋もない言葉にクリエは言葉を失う。


 余談だが、後日クリエとナーブはエルダーから罰を受ける。その内容は反省文一万字、ボランティア活動三百時間、三ヵ月間の給料十パーセントカットだった。ナーブは処分がその程度ですんで安心していたが、クリエは三百時間の間、研究ができないという現実に落ち込んだ。


 ◇


 ルーア、アルベイン、アリア、スー、ムーは、試合再開にはまだまだ時間がかかるという大会側のアナウンスを受けて、どうするかを模索していた。ルーア達はどのように時間を潰すか迷っている。しかし、アルベインは心ここにあらずという感じだ。


「けっ! 人間ってのは本当に面倒だなぁ。片はついたんだから、早く試合を始めろっての!」

「あはは……。で、でも、ルーアくん。し、仕方ないよ。ぼく達が起こしたことで大騒ぎになっちゃったから……」

「そうそう。それに少し時間がかかるだけよ。すぐに始まるって。せっかく時間ができたし、飲み物でも飲まない?」

「でしたら、私が買ってきます。……あっ! アルベインさんも飲まれますか?」


 スーに問われたがアルベインは声が聞こえていないような様子で立ちつくしていた。その姿にルーア、スー、ムーは首を傾げる。しかし、アリアだけは目を細めてアルベインを見てなんとなく状況を理解した。そのとき、スーが再度アルベインへ声をかける。


「あのー、アルベインさん?」

「うん……? あ、あぁ、すまない。少しボーっとしてしまった。……何の話だったかな?」

「えーっと。飲み物を買ってきますが……。アルベインさんもよろしければどうかと思いまして……」

「ありがとう。スーちゃん。……だが、試合前なので遠慮するよ。それから、少し考えたいこともあるのですまないがここで失礼する……」


 そういうとアルベインは足早にその場から離れて行った。そんなアルベインを見送った一同は疑問の声を上げる。


「なんだ。あいつ? 調子でも悪いのか?」

「さ、さぁー? で、でも、いつものアルベインさんとは少し違うような……」

「そうですね。次の試合がリディ……ごほん! エルさんですから緊張されているのかも知れません」

「そうかー? あいつは、リディアと戦うのを楽しみにしてたぜ? 今さら緊張なんかするかぁー?」

「そうなんですか? あっ! ルーアさん。エルさんと呼ばないと、また怒られますよ?」

「けっ! 知るか! あいつの三文芝居にいつまでも付き合いきれるかってーの!」

「えー! で、でも、もともとはルーアくんのせいだったような……」

「うっ!」


 ムーのツッコミにルーアは顔をそむけてわざとらしく口笛を吹きだす。すると、アリアが頭を掻きながら動き出す。


「……しょうがない。スー」

「はい? なんですか、お姉ちゃん」

「私は野暮用ができたからこれでみんなの飲み物を買ってあげて。……あっ! 私のもちゃんと買っておいてよ!」


 アリアはスーに財布を渡すと、その場を離れようとする。その行動の意味をスーは察していたので頷きながら承諾するがルーアとムーはよくわかっていなかった。


「おい! ねーちゃん! どこに行くんだよ?」

「アリアお姉ちゃん。どこに行くの?」

「うーん? そうねー? いじけてる男に渇を入れに行くのよ!」


 ルーアとムーの疑問に対してアリアは拳を振り上げながら満面の笑顔で答える。ルーアとムーは、アリアが何をするかは理解できなかったが、アリアの表情を見て安心したのか黙って見送ることにした。そして、アリアは言葉通りにいじけている男の元へと向かう。


 ◇◇◇◇◇◇


 闘技場近くの林にアルベインは一人でいた。アルベインは林の中にある木を思い切り殴りつけながら愚痴をこぼしている。


「クソ! 俺は今まで何をやっていたんだ! この日のために、五年間も自分を鍛えていたんだろう! なのに……」


 拳を震わせながら、また木を殴りつけようとしたときに場違いな声がアルベインを止める。


「あー! いーけないんだー。いけないんだー。サイラスを守る兵士がサイラスに生えてる何の罪もない木を痛めつけてるー! 通報しなきゃあー!」

「……何か用か……? アリア」


 アルベインは背を向けたままアリアに声をかける。一方のアリアは、アルベインの背中をしっかりと見つめながらいつも通りに話しかける。


「うん? 別にこれといって用事はないわよ?」

「……なら、一人にしてくれないか? 試合前なんだ……。集中させてくれ……」

「いいわよ。……ただし、ちゃんと私の顔を見てから今のセリフを言って」

「……なぜ?」

「そんなの当たり前じゃない。人と話をするときには人の顔を見て話しましょうって、学校で習ったじゃない。忘れたの?」

「……いいから、あっちへ行け! 今の俺は気が立っているんだ! 冷静じゃない! だから――」

「知ってるわよ」


 アルベインの怒鳴り声を聞いても、アリアは平然といつも通りに接した。それは、アリアにはアルベインの気持ちがわかっていたからだ。しかし、アルベインは離れようとしないアリアへ苛立ちが募る。


「知っているならどっかへ行けよ! お前はいつもそうだ! いつも、いつも……。……すまない。怒鳴り散らしてしまった……。謝罪する……。頼む……。今は……一人に――」

「いやよ。許さない。私に怒鳴ったお馬鹿さんを簡単になんて許さないわよ」


 アリアはアルベインへ文句を言いながらアルベインへと近づいて行く。アルベインはアリアが近づいて来ていることを理解していたが、動かずにその場に留まっていた。


「……来るな、アリア。……来ないでくれ……」

「いやって言っているでしょう」


 そして、アリアはアルベインの真後ろまで近付いた。あと一歩踏み出せばアルベインの正面へと回れるが、そうはせずにそのまま話を続ける。


「言いなさいよ。溜めこんでないで。これから試合なのよ? それも相手はリディアさん。あんたより格上なのよ?」

「……あぁ、わかっている。……別にリディア殿と戦うのが怖いわけじゃない。……ただ、許せないんだ……」


 アルベインの言葉を聞いたアリアは少し笑いながら補足する。


「自分を……でしょう?」

「……あぁ。……俺は本当に小さな男だ……。身体が大きいだけの弱い男だ……。考えてしまう。なぜ、俺ではなくカイ君なのかと。……俺がカイ君より先にリディア殿に出会っていれば、俺が弟子になれた……。俺はもっと強くなれた……。そんなくだらないことまで考えてしまう……。ようするに嫉妬だ……。俺は……リディア殿だけでなく、カイ君にも……勝てない……。リディア殿に勝てないのはわかっていた……。でも、カイ君は俺より弱かったんだ……。勿論、才能は感じていた。いつかは追いつかれ、追い抜かれることもあるとは思っていたが……、一年もかからず追いつかれ……。いや、追い抜かれるなんて夢にも思っていなかった……。俺のしてきた修行はなんだったのかと……」

「……それ、本気で思っているの?」


 アリアの言葉にアルベインは下を向き弱々しく首を横に振る。


「……そんなはずないだろう……。リディア殿が悪いわけじゃない。カイ君が悪いわけじゃない。……悪いのは……弱いのは……俺のせいだ……。リディア殿の弟子になれたカイ君が幸運? そんなはずない! カイ君はただの村人だった! 戦いから無縁だったんだぞ! そんな彼が亡き村人の想いを背負い、一生懸命に努力した成果であそこまでの強さを手に入れたのだ! 称賛こそすれ、嫉妬していいわけがない! ……本来ならカイ君は戦いなどせずに平和に暮らせるはずだった……。俺のような兵士が守るべき存在だった……。なのに……俺は……彼を……村の人を……守れなかった……。そんな俺が彼に嫉妬する……? 全く……ひどい話だろう? 軽蔑してくれて構わんぞ……。俺は最低だ……」


 アルベインの話を聞いたアリアは一呼吸置いて一言呟く。


「あー、良かった!」


 その言葉を聞いたアルベインは思わずアリアへと振り向く。振り向いた先にあったのは、いつものアリアの笑顔だった。


「あー! やっと、こっちを向いた。本当に世話の焼ける奴ね!」

「あ、アリア? なんで?」

「うん? 何を言ってるの? さっきからいたけど?」

「そ、そうじゃない! なんで、良かったなんて……。俺は……カイ君に嫉妬して――」

「聞いたわよ? でも、嫉妬するのってそんなにいけないことなの?」

 

 アリアの言葉にアルベインは目を丸くしてしまった。そんなアルベインに構わずにアリアは話を続ける。


「私はよく嫉妬するわよ? 最近はスーにするかなー! だって、あの子ったら私に隠れてカイ君とイチャイチャしているのよ? もー! 憎たらしい! 私だってカイ君とイチャイチャしたいのにー! あっ! それに、私もリディアさんに嫉妬したことある! カイ君と同じ屋根の下に暮らしているって考えると……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、……はっ! いけない、いけない。興奮してきちゃった……」


 コロコロと表情を変えるアリアを見ていて、自然とアルベインは笑っていた。そんなアルベインの笑顔を見たアリアはアルベインへ伝える。


「ね? 嫉妬しているでしょう? みんなそうだよ? 自分に持っていないものや自分より優れた部分に気がついたら、人は嫉妬する。でもさ、それでもその気持ちとちゃんと折り合いをつければいいと思うの……。アルベインはわかっているじゃない……。カイ君が幸運なんかじゃなくて、頑張って努力した成果だって……。それに、嫉妬した自分をちゃんと恥じてる。……それができるなら大丈夫だよ」

「アリア……。すまない……」

「うん? 駄目よ! 謝るぐらいじゃあ許さないわよ!」

「なっ! で、では、どうすれば――」

「優勝して……」

「……えっ?」

「ちゃんとアルベインらしく戦って優勝したら許してあげる。リディアさんだから勝てない。カイ君には追い抜かれた。……そんな、アルベインらしくないこと言ってないで戦って! それで、優勝して! わかった?」


 アリアの言葉を受けてアルベインは一度天を見上げる。それから大きく息を吸い込み、覚悟を決めたような表情でアリアの顔を見て答える。


「あぁ! 俺らしく戦って来よう! そして、勝ってみせる!」


 そんなアルベインの宣言をアリアはいつもの表情で見ていた。すると、闘技場の方からアナウンスが聞こえてきた。


『みんなー! 待たせたなー! ようやく準備が終わりそうだ! 次の試合! 二回戦、第二試合は三十分後に始めるからな!』


 アナウンスを聞き終えたアルベインは闘技場へと足を向け歩きだして、アリアへ一言だけ伝える。


「行ってくる!」

「えぇ、いってらっしゃい!」


 ◇◇◇◇◇◇


 闘技場内の医務室


 ウェルドが去り、パフが休んでいた。そんなパフにカイとエルは付き添っていた。そんなときにアナウンスが聞こえてくる。


『みんなー! 待たせたなー! ようやく準備が終わりそうだ! 次の試合! 二回戦、第二試合は三十分後に始めるからな!』


 アナウンスを聞いて、エルは静かに立ち上がる。そんなエルを見てカイは声をかける。


「ししょ……じゃなくて、エルさん。行くんですか?」

「あぁ、少し早いが次の相手はアルベインだ。まだ、私の相手ではないが油断のできない相手だ。少し身体を動かしてくる」

「あっ! それでしたら付き合いますよ! 俺も試合が見たいですし!」

「いや、カイはここにいてやれ。その手を見ろ」


 エルの視線の先をみるとカイの服を小さな手が握りしめていた。いつの間にかパフが眠りながらカイの服を掴んでいた。


「あ……。パフ……」

「その子を安心させてやれ。一人で生きて行く覚悟を決めたといっても、今までその少女が味わった苦しみを考えれば、それぐらいはしても罰は当たらないだろう」

「はい……。俺も、そう思います……」


 そういうとカイは、眠っているパフの小さな手をしっかりと握ってあげた。すると心なしか、パフの表情が安心したように変化したように感じた。そんな光景をハルルは嬉しそうに眺めている。


「では、行ってくる」

「あ、はい。……エルさん!」

「うん? なんだ?」

「頑張って下さい……」

「当然だ! 私の目標は決勝で君を倒すことだからな!」


 エルは不敵な笑顔で言い切り、医務室を後にする。


 三十分後――


『さぁー! 待ちに待った試合再開だ! 選手の二人はそうそうに闘技場中央に来ているぞ! 二回戦、第二試合は! 堅実な戦いで勝利を上げているアルベイン選手! 圧倒的な実力で勝ち抜いてきたエル選手! この二人だぁー!』


 司会者の言葉に会場からは大歓声が上がる。しかし、当の二人はそんな観客の声が聞こえていない様子で互いに相手を見据えていた。まるで、すでに試合が開始されたような緊張感が二人の間にはあった。


『では! アルベイン選手対エル選手による。試合開始!』


 司会者の言葉により、試合が開始された。


 ◇◇◇◇◇◇


 場所は変わり、ここはオーサの大森林にある隠れ里。この場所へ到達するには、特殊な方法での移動または『転移ワープ』などでしか入ることはできない。それ以外の方法で入ろうとすれば、里に張りめぐらされている結界に阻まれ最悪は死を迎えてしまうだろう。そんな隠れ里にいたのは多くのエルフだった。そう、ここはエルフの隠れ里『フェーン』という。ここでは、エルフの長老達による話し合いが毎日のように行われていた。


 薄暗い家の中、(といってもエルフは人と違い明かりがなくても周囲を鮮明に見ることのできる目を持っているため、特に暗いとは誰も思っていない)そこに、五人のエルフ達が円卓のような机に座り話し合いをしていた。


「ふむ……。では、もう始まるのか?」

「うむ、そのようじゃ……」

「今回はえらく早くないかのう?」

「確かに……、前回の時から数えて百年も経っていないのではないか?」


 四人のエルフが意見を述べていると中央に座しているエルフが口を開く。


「それは然したる問題ではない。……問題はこの世界の安定と安寧だ」


 中央のエルフの言葉に四人のエルフ達は一斉に首を縦に振る。


「……我々は世界を導く存在だ……。そのためにも、勝手な行動は控えるように……。特にダークエルフやハーフエルフの様な身勝手な考えを持つではないぞ?」


 ダークエルフやハーフエルフの名が出ると、その場にいたエルフ達は表情を歪め口々に罵り始める。


「当然じゃ! あの馬鹿共は!」

「全くじゃ! 同じエルフとは思えんわい!」

「おい! あんな者達と我らを一緒にするではない! 全く腹立たしい!」

「その通りじゃ! あいつらはエルフの名がついてはいるが、世界のことを全く考えずに行動する愚か者じゃあ!」


 全員の意見は一致している。ダークエルフやハーフエルフをエルフの仲間としては認めないと。エルフにとって変化は大敵だった。しかし、ダークエルフやハーフエルフは変化を柔軟に捉える。いや、変化することは進化と考えている。そのため、エルフとは考えが全く相いれなかった。この隠れ里が厳重に管理されているのも、外から来るであろう変化から里のエルフ達を守るために行っていた。


 話し合いが一段落すると中央のエルフが新しい議題を出す。


「――では、先の件とは違うが里にとっては大きな決断となるだろう議題に入る」


 その言葉に四人のエルフは注目する。他のエルフからの視線を感じても全く動じることなく中央のエルフは言葉を続ける。


「まだ、先の話になるだろうが後継の話をさせてもらう。私の後継者は当然だが孫娘になる」


 四人のエルフ達は一様に頷く。しかし、話をしているエルフの表情は浮かなかった。そのことに気がついた下顎の髭を仙人のように足元まで伸ばしているエルフが尋ねる。


「ん? どうしたのじゃ? リリブー老よ? そなたらしくもない」

「あぁ……。アーム老」


 リリブーと言われた中央に座しているエルフは長い銀色の髪を後ろで束ね、老人とは思えない屈強な肉体と鋭い視線をしていた。彼は隠れ里の長老をまとめる者でもある。つまりはエルフの隠れ里を率いる者だった。そんな彼の浮かない表情に疑問があったのだ。


「ふぅ……。みなも知っていると思うが、孫は優秀だ。魔法にも長け、頭脳も優れ、優しさもあり、人望も高い」


 リリブーの言葉に他の四人の長老は当然のように頷く。しかし、リリブーには懸念があった。


「だが、あの子には理解できない部分もあろう?」

 

 リリブーの言葉に四人は顔を見合わせ少し苦笑いする。するとフォローをするかのように声をかけていく。


「それは、仕方があるまい。優秀とはいえ、まだ若いエルフじゃ」

「その通りじゃ。あの娘は確か二百歳程だろう? そのぐらいでは、外の世界に興味を持つのも当然じゃ」

「うむうむ。わしもかつては、外へとよく旅に出たものじゃよ」

「リリブー老よ。そなたの懸念もわかるが、あの娘が優秀だということはここにいる誰もが認めておる。それに、後継といってもあと三百年以上はあとの話ではないか?」


 四人の長老のフォローを受けたリリブーは少し笑いながら感謝を伝える。


「確かにそうだが……。我らにとっては、三百年などあっという間ではないか……?」


 リリブーの言葉に四人は静かに笑う。そのとき部屋の扉が叩かれ、すぐに言葉が投げかけられる。


「失礼します! 長老様方!」

「なんだ?」

「リリブー老のお孫さまがご到着されましたが、いかがされますか?」

「……正装はしているのか?」

「はっ! 会合に呼ばれたということで、正装されて来ています!」

「ならば、通せ」

「はっ!」


 長老の言葉に従い、一人のエルフが会合の場に通される。その者こそ、先程の議題に上がっていた。リリブー老の孫娘であるエルフだった。全身をエルフ族の民族衣装である装束に包み、その場に現れたエルフはしっかりとした足取りで長老達の前へと歩み出る。そんな孫娘を見てリリブーが口を開く。


「まずは、挨拶からだ」

「……はい。おじい様。みなさま。私はリリブー・オベルロ・ルーラが孫娘である。ルー・オベルロ・ルーラです」


 そういってルーは、長老達へ丁寧に挨拶を交わす。そして、話し合いが再開された。

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