第45話 少女の決意
サイラス剣闘士大会の闘技場内はかつてない程の盛り上がりとなっている。それは試合内容というよりは、観客――いや、多くのサイラス市民が願っていたことをカイが叶えてくれたからだ。カイは数々の非道を働いていたスターリンを完膚なきまでに叩きのめした。そのことが見ている者にとっては自分のことのように嬉しかったのだ。そんな中、司会者が衝撃的なことを告げる。
『みんなー! 嬉しいのはわかるが、少しだけ俺の話を聞いてくれ!』
司会者の言葉で徐々に歓声が止み始める。観客の一部は喜びに水を差されたことに不満を持っていたが、次に司会者から発せれた言葉を聞くと不満は消えてしまった。それは――
『実は、カイ選手はスターリン選手とある賭けをしていたんだ! この試合でカイ選手が敗れた場合、カイ選手はスターリン選手の奴隷になる――』
奴隷になるという言葉に観客からは気絶しているスターリンを非難する言葉が飛び交う。だが、司会者の話はまだ終わっていない。
『――だが、カイ選手が勝った場合は、奴隷となっている少女を奴隷から解放するという約束だ! そして、勝負の結果はカイ選手の勝利だ! ということは……、わかるよな! みんなー!』
一瞬の静寂が場を支配する。しかし、そのすぐ後に怒号のような大歓声が闘技場内を――いや、サイラス中を駆け巡る。クリエが行っている映像の流出はまだ続いている。つまりサイラス中でこの映像は流されている。司会者の話した内容が、サイラス中を揺るがすような事態へと発展していく。
そんな状況だったが、ルーアには疑問があった。
「おい! なんで、オメーがそのことを知ってんだよ?」
司会者はルーアの質問に
「なんでって、ひどいなぁ……。僕も昨日の前夜祭には出ていたんだよ? 最後まで出席していたら、君達のいざこざは目立っていたから嫌でも目には入っていたさ」
そういうと司会者はルーア達に軽くウィンクをして、さらに観客を煽る。
『さぁー! みんなー! 少女が自由になる瞬間を見たくないかー!』
『見たーい!!!!!』
闘技場内はもはや大混乱の様相となる。次の試合を始めるにも、パフが奴隷から解放されなければ前に進むことはできない状態だ。この騒然とする中で闘技場内に現れた人物がいる。黒いローブを纏った魔術師ウェルドだ。ウェルドの出現に観客は注目する。しかし、ウェルドの顔を見て
「やれやれ……。すっかり嫌われ者だ。まぁ、当然と言えば当然だがな……」
「……ウェルド様。……血が……」
「うん? あぁ、気にするな。たいした傷ではない。お前が今まで受けてきた辛酸に比べれば蚊ほどにも感じない」
「……ウェルド様……」
「ところで、あなたが来たということは……」
「そんなことは説明するまでもないだろう? 奴隷契約を解除するために来たに決まっている」
ウェルドの言葉にカイは表情を緩めるが、すぐに険しい表情に変わる。
「……でも、スターリンさんが……」
カイは地面に倒れ気絶しているスターリンへと視線を向ける。スターリンは微動だに動くことはなく大地に倒れていた。ようやく救護員がスターリンを医務室へと運ぶ準備をしているところだ。そんなカイの心配を察したのか、ウェルドがカイへ説明する。
「問題はない。昨日、君とスターリン様が交わした約束の中で君が勝った場合、奴隷五号を奴隷から解放することにスターリン様は同意している。つまり、スターリン様の意思はもはや関係がない。奴隷契約の解除は私だけで十分に行える。というよりは、スターリン様が気絶してくれていて良かったよ。スターリン様の意識があったのなら、『契約は無効だ。田舎者との約束など知るか』などと言って同意することはなかっただろうからな……。まぁ、魔力契約の履行を拒めば最悪はスターリン様が死ぬ可能性が高かったが……」
「そ、そうなんですか。でも、良かった……。これで、パフは奴隷から解放されるんだ……」
カイはパフが奴隷から解放されることを自分のことのように喜ぶ。そんな笑顔のカイとは対照的にパフの表情は険しく、不安を誤魔化すようにカイの服を掴んでいる。その姿をウェルドは見逃さなかった。そして、ウェルドは予想外のことを口にする。
「……と、本来ならすんなりいくのだが、私は確認をしたいことがある。その答えいかんでは、奴隷五号を奴隷から解放はしない……」
「えっ!」
「――ッ!」
ウェルドの突然の発言にカイは驚きの声を上げ、パフは顔を上げてウェルドを見る。ウェルドはパフの視線を正面から受け止めていた。エルは、その状況を隙のない視線で見つめている。
「な、何で! あなたはパフを解放するために来たって――」
「君の覚悟に関しては確認するまでもない」
「……えっ?」
「私が確認したいのは――お前の覚悟だ。奴隷五号」
「……私の……覚悟……?」
「そうだ。お前は奴隷から解放され自由を手に入れることができる……。だが、本当にその覚悟はあるのか? 奴隷から解放され、自由に一人で生きていく覚悟が貴様にあるのか!」
ウェルドの言葉にパフは怯えるように震えてカイの後ろに隠れてしまう。カイはパフを庇うように守る。
「一人って……。この子を一人になんか――」
「わかっている。君のことだ。奴隷五号を解放して終わりなどとは私は思っていない。……だが、君は死なないのか?」
「……はい?」
ウェルドの質問の意図がわからずにカイは間の抜けた返事をしてしまう。しかし、ウェルドは構わずに話を続ける。
「君は不死身か? そうではないはずだ。ただの人間……。確かに若くまだまだ生きていくだろう。しかし、本当にそうか? 十秒後に突然心臓が停止する可能性がないのか? 明日、強敵と戦い命を落とす可能性は? 一ヵ月後に魔物に殺される可能性は? ……今、私が言ったことは低い可能性だ。そんなことは恐らくない。……けれど皆無ではない。低い可能性だが、起こり得る可能性のある未来でもある。そうなれば、奴隷五号よ。お前は一人になる。そうなったときに、一人でも生きていける覚悟はあるか? まさかとは思うが、死んだ青年を恨むか? それとも悲しみのあまり一緒に死ぬか? その程度の覚悟ならお前に自由を得る資格などない。さぁ、奴隷五号よ。どちらがお前にとって本当の望みだ! 答えろ!」
ウェルドの言葉にカイは何も言えなくなった。それはウェルドの真意がカイにも理解できたからだ。そのため、カイは何も言わずに少女――パフを信じることにする。
パフは迷った。いや、恐ろしかった。ウェルドの言っていることに恐怖していた。パフはカイを信じている。カイなら自分を助けてくれる存在と安心している。しかし、そのカイが死ぬ可能性を考えると恐怖しかなかった。
(……カイさんが……死ぬ……? ……お母さん見たいに……死ぬ……。……そうなったら、私はもう生きていけない……。だって、カイさんは私を信じてくれた。助けてくれた。守ってくれた。……そんな人にもう出会えるはずない……。だから、カイさんが死んだら私も……)
死ぬ。
パフが安易に死を考えた時に、何かがパフの頭を軽く叩く。それはパフの母親が娘を叱るときにしていた行動だった。その感触を感じたパフは思い出した。
(……違う……。……そうじゃない……。……だって……、……私の命は……私だけの命じゃない……!)
パフの眼の奥に強い光が宿る。パフはカイの後ろから出て来ると堂々とウェルドに向き直り精一杯の大声で宣言をする。
「あります!」
「……何がだ?」
「私は自由になる覚悟があります!」
「そう言いきれる根拠はあるのか?」
「……あります! それは、私の命は私だけの命じゃないから!」
パフの言葉にカイ、エル、ウェルドは注目した。ウェルドはパフに尋ねる。
「その言葉の意味はなんだ?」
「私の……この命は……お母さんにもらった命! 守ってもらった命! だから、私は簡単に死ぬことなんてしない! これから、どんな困難があっても! どんな理不尽なことがあっても! 力の限り生き抜いてみせる!」
カイ、エル――いや、パフの言葉を聞いた全ての者がパフを褒めたかった。まだ子供だが、パフは自分の意思をしっかりと示したのだ。すると、突然青白い光がパフを包む。するとパフの首に掛かっていた黒いチョーカーが白い光の中に消えていく。それは、パフの奴隷契約が解除された証だった。パフは驚き思わず自分の首の周囲に触れる。
「見事だ。お前の覚悟を見せてもらった。奴隷契約は解除した。これでお前は自由だ。奴隷五ご――いや、パフ。自由に生きろ。お前の思う通りにな……」
伝えるべきことを伝えるとウェルドはすぐに踵を返して、その場を後にする。そんなウェルドにパフは何かを言おうとするが、足元がふらつき倒れそうになる。倒れる寸前にカイがパフを抱きかかえる。そんなパフの状況にウェルドは気がついていたが振り返らずに闘技場内の廊下へと姿を消して行った。
廊下を歩いていると一人のメイドがウェルドに軽くお辞儀をした後、ハンカチを差し出す。ウェルドは軽く眉を動かして不思議そうに質問する。
「なんだ、それは?」
「私のハンカチです。ウェルド様」
「そんなことはわかっている。なぜ、ハンカチを差し出しているのかと聞いているのだ」
「それは――」
メイドは仕方のないという表情を浮かべながら、ハンカチでウェルドの出血している頭部を押さえる。メイドはウェルドの傷を心配してハンカチを差し出していた。
「――これで、おわかりでしょうか?」
軽く笑顔を見せながらメイドはウェルドの傷を手当てする。そんなメイドにウェルドはため息交じりに説明する。
「必要ない。こんな傷は魔法ですぐに治すことができる。それよりも、お前のハンカチが私の血で汚れてしまうぞ?」
「あら? ウェルド様こそ何を言っているのですか? この程度の汚れは王都の魔術師に頼めば魔法ですぐに消してもらえますよ? ……それに、私がお世話をして差し上げたいんです……。ウェルド様のとった行動は立派だったと思いますから……」
「立派? 面白いことを言うな。恐らく
ウェルドの自虐めいた言葉にメイドは首を横に振りながら答える。
「そうかも知れません……。でも、私はウェルド様の真意をわかっているつもりです」
「私の真意だと……?」
「はい……。あのような厳しい言葉をかけたのは、あの子のことを心配されていたからでしょう? 奴隷から解放された後、しっかり生きていけるように応援をしたかったのでしょう? ……本当に不器用な方ですね」
メイドの言葉にウェルドは表情を変えずに答える。
「……考えすぎだ。不器用ということは認めるが、私はそのように甘い人間ではない。……ただ、奴隷から解放された途端に死んでしまわれては寝覚めが悪いと思っただけだ……。それに、これから何が起こるかなど誰にもわからないことだ。長く生きている者として警告をしてやったまでだ」
「……そうなんですね。ウェルド様がそう仰るのでしたらそうなんでしょう……」
ウェルドとメイドが会話をしている時、ウェルドの元へ男数人が走ってきた。
「はぁ、はぁ、うぇ、ウェルド様……」
「ん? どうした。お前達」
ウェルドの元へと走ってきたのはスターリンの護衛をしている戦士の一部だった。戦士は困った表情でウェルドへ説明をする。
「そ、それが……、スターリン様の治療が……」
「なんだ? 確かに手酷く負けはしたが、命に関わるような怪我ではないはずだぞ? まぁ、しばらくは痛みが残る可能性は高いが……」
「い、いえ、命に別状という以前に……ち、治療を拒否されました……」
「……あぁ。そういうことか……」
戦士の治療拒否という言葉を聞いて、ウェルドは起こっている問題を理解する。
「はい。それで、どうしましょう? ……あの状態のままで街の神殿まで連れて行くべきでしょうか?」
「まぁ、それでも問題はないとは思うが……。念のために、ここの神官に診察と最低限の治療はしてもらおう」
「……で、ですが、治療室にいる神官は頑なに治療を拒否しています。我々では、もう力尽くに治療を行わせることしか……」
「それは止めておけ。ただでさえ問題が大きくなっている。これ以上の問題を起こせば、サイラスから強制退去をさせられてしまう危険もある。さすがに王都までの距離をあの状態のスターリン様を治療もせずに運べば死んでしまう危険もある」
「で、では、どうしたら……」
「私が話をつける。行くぞ」
「はい!」
ウェルドと戦士は治療室へと足を運ぶ。その途中、振り向きもせずにウェルドがメイドに告げる。
「このハンカチはしばらく預かる。綺麗にして返すと約束しよう。……それから、感謝するぞ。アイウェルン」
「えっ? ……は、はい。ウェルド様」
声を掛けられたメイドは深くお辞儀をしてウェルドを見送る。その場を後にしようとするが、ウェルドの言葉を思い出して足を止める。
(あれ? ウェルド様……。今、私の名前を仰った……。私なんかの名前を覚えていて下さったんだ。……うふふふ。意外に律義な方なのね)
◇
闘技場内の医務室
「絶対に嫌!」
顔を真っ赤にして怒っているのは、医務室の神官であるハルルだ。ハルルはスターリンの治療を絶対に行わないと拒絶している。理由は言うまでもなく……。
「あんな人でなしの治療をするなんて御免よ! あなた達も映像を見ていたんでしょう! それとも全部知っていて、こんな奴のところで働いていたの?」
「い、いや、我々も全ては把握していなかった……。だが雇われたからには雇い主の不利になるようなことは――」
「話しにならない! とっとと出て行って!」
ハルルのいた医務室にも先程の映像は全て流れていた。只でさえスターリンに良い印象を持っていなかったハルルは、あの映像を見てしまいスターリンを心底嫌悪していた。そのため、治療をさせようとするスターリンの護衛達へ感情的に怒鳴り散らす。そこへ医務室の扉が開きウェルドが姿をみせる。
「あっ! ウェルド様! お、お願いします。指示を下さい。この神官は我々の言葉には耳を傾けません」
「何を言ってんのよ! あんな小さな女の子を無理矢理に奴隷なんかにしてたくせに!」
「どうか落ち着いてもらいたい!」
ウェルドは声を上げ場を落ち着かせようとする。自分に注目が集まったのを見計らい話を始める。
「まずは確認をしたいのだが……。神官殿。あなたはスターリン様の治療を拒否しているということでよろしいのか?」
「えぇ、そうよ! あんな奴の治療はしないわ! 例え力尽くや大金を積まれてもお断りよ!」
「なるほど。その気持ちはわからなくはない」
「何を他人事みたいに言ってるのよ! あなたも同罪よ! こんな男の命令で奴隷契約なんかして! 良心は無いの! 誇りは無いの!」
ハルルの指摘にウェルドは軽く目を閉じながら首を左右に振る。
「……あいにくと私は誇りなどはとうの昔に捨てた身だ。良心は持っているつもりだが、それを誰かれ構わずに行使することはできない」
「最低ね……。まぁ、誇りもないような人間だから、あんなことを平気で行えるんでしょうけど!」
ハルルの言葉にウェルドは軽く笑みを浮かべる。その表情を見たハルルは更に激怒する。
「何を笑っているの! もう話すことなんてない! 早く出て行って! これ以上居座るなら、警備兵を呼ぶわよ!」
「失礼をした。あなたのことを笑ったつもりはなかった。許されよ。……しかし、あなたの発言からあなたは良心と誇りを持っている人間と受け取っても構わないのかな?」
「はぁ? そんなの当然でしょう!」
「そうですか……。だとすれば、あなたが治療を拒否するというのは問題ではないですか?」
ウェルドの言葉にハルルは怪訝な表情を浮かべる。そんなハルルの変化をウェルドは見逃さずに畳みかける。
「確かにスターリン様の行った行為は褒められたことではありません。いや、言ってしまえば人として最低です。……ですが、傷ついたスターリン様を放置する神官のあなたも人として最低と言えませんか?」
「――ッ!」
ウェルドの言葉にハルルは怒鳴り返して否定をしたかったが、否定できない自分が確かにいた。
「あなたは神官ですよね? 神官とは病気や怪我をした人を助けるための職業ではないのですか? そこに優劣はつけないはずです。罪人や悪人を裁くというのであれば法を司る行政機関に入るべきです。……どうですか? あなたの個人的感情ではなく。神官としてスターリン様を――いえ、スターリン様とは考えずに、戦いに敗れ怪我をした哀れな戦士を診てもらうことはできませんか? 完治させろとは言いません。命に問題がないかと神殿に行くまでの最低限の治療だけでもお願いしたい」
言い終えるとウェルドはハルルに深く頭を下げる。ウェルドの姿を見た護衛達も慌てたように頭を下げていく。そんなウェルドを見ていたハルルは何も言わずにスターリンの元へ近づいて行く。そして、診察を行い治療魔法をかけ始める。
治療を終えるとハルルはウェルドの近くへ進み伝える。
「鼻の骨はくっつけたわ。顔面の亀裂骨折も元に戻った。ただ、痛みはしばらく残るわよ。それから命には問題ないから」
「そうですか、感謝します」
「感謝なんていらない。それよりも用事がなくなったのなら早く出て行って!」
「はい。直ちに出ていきます。お前達! スターリン様を神殿まで運べ! 問題はないと思うが念のために意識が戻るまでは神殿で養生させる」
「はっ! わかりました!」
ウェルドの命令に護衛の戦士達は素早く動き神殿へと向かう。その姿を見送った後、ウェルドはハルルへ向き直り頭を下げ医務室を後にする。そのとき、医務室の扉が乱暴に開いた。扉の近くにいたウェルドは素早く横に避ける。扉が開いた瞬間に入ってきたのは、カイ、エル、そして、カイに抱きかかえられたパフだった。パフは意識がないようでぐったりとしている。
「カイ君! その子は……。どうしたの?」
「わ、わかりません……。突然、倒れたと思ったら意識を失って……。ハルルさん。診てあげてくれませんか?」
「もちろん! そこに寝かして!」
カイはハルルの指示に従いパフを横に寝かせる。ハルルは急いでパフを治療しようとするが、そこへウェルドが声をかける。
「心配はない。休ませておけばじきに目覚める」
ウェルドの薄情ともとれる発言にハルルは激怒する。
「あなたは黙って! 今まではそうやってきたのかもしれないけど、もうこの子は奴隷じゃないのよ! 口を出さないで!」
ハルルの攻撃的な言葉を受けてもウェルドの表情に変化はない。ウェルドは冷静に話を続ける。
「そういう意味で言ったのではない。パフが意識を失ったのは奴隷契約を――というよりは、私の魔力供給を絶ったことが原因だ」
「えっ……? 魔力供給……? どういうこと?」
「その子との奴隷契約を行う際に、私が保有している魔力の一部をその子へ持続的に供給するように細工をしたのだ。だが、奴隷契約が解除されたので魔力供給も絶たれた。だから、一時的に体力が極端に低下して意識を失ったのだ。……安心しろ。直に慣れる」
ウェルドの説明を聞いていたハルルは疑問しかなかった。一方のカイは何を言っているのか理解はできていなかったが、問題がないということだけは理解して安堵する。エルは表情は変えないが最初からある程度は理解している様子だった。説明を終えたウェルドは医務室から出ようと扉に手をかける。そこへハルルが質問をする。
「……なんでよ……」
「うん? 私に言っているのか?」
「そうよ……。なんで、あの子に魔力供給をしていたの? 持続的にということは、あなたは常に魔力の一部を失っていたということ……。それは、ある意味でとてもリスクのある行為。それなのに……、なんであの子に魔力供給をしていたの?」
持続的に魔力供給をしているということは、ウェルドは常に万全な状態ではなく不完全な状態でいたということだ。簡単に言えば、『
ハルルの疑問にウェルドはカイ達の方へと振り向く。表情は特に変化をさせず当然という様に答える。
「私は、私のできることをしたまでだ。あの場にいて、スターリン様を止めることは私にはできないことだった。ならば、せめて少女が死なないように魔力で体力を補助してやることが私のできる精一杯だった。……そんなことで、許されることではないが……。あの母親の願いを叶えるまでは生かしてやりたかった」
ウェルドの答えにハルルは何も言えなかった。いや、恥ずかしかった。何の事情も知らずに感情のままウェルドに罵声を浴びせたことを悔いていた。そんな空気の中でエルが質問をする。
「聞いてもいいか?」
「答えられることならな」
「なぜ、あの男に仕える? お前はあの男を信頼していなければ、慕ってもいない。それほどの実力も持っているのに……。なぜだ?」
「……悪いが。その質問には答えられない。……まぁ、一言だけ言わせてもらうなら、私にも守るべきものがあるということだろうな……。例え、どんな犠牲を払おうが、悪人となじられようが、地獄に落ちようが、守るべきものがな」
そういうとウェルドは医務室を後にする。扉が閉まる直前にある声がウェルドの耳へと届いた。
「……ありがとうございました……。……ウェルド様……」
その小さな声を聞いたウェルドは少しだけ微笑んで呟く。
「……幸せになれよ……」
ウェルドはスターリンが運ばれた神殿へと足を運ぶ。闘技場を出ると厚い雲が空を覆い始めていた。そんな雲を見て少し憂鬱な気分になりながらもウェルドは闘技場を後にする。
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