第44話 自己紹介
「……お母さん……」
少女の呟きとほとんど同時に
◇◇◇◇◇◇
映像に映し出されたのは少し若いスターリンがソファーに足を組んで座り、ウェルドがスターリンの近くで控え、少し離れた場所の床に黒髪の長髪でボロボロの服を着た、顔色のすぐれない女性が両膝をついて座っている姿が映っている。その女性こそが少女の母親だった。
「全く使えないな!」
「ごほ、ごほ……。も、申し訳……ありません。ごほ、ごほ、スターリン様……」
「フン! しゃべることも満足にできないのか?」
スターリンの怒りが更にヒートアップしそうな時、ウェルドが助け船を出す。
「……スターリン様。奴隷四号は限界です。その者は元来身体が強くはありません。そんな中で、三年間も休まず睡眠も一日二時間程度で朝から夜まで働きました。ある意味では奇跡ですらあります。もう……、手放すべきかと思いますが?」
ウェルドの訴えを聞いたスターリンは即座に反論する。
「手放す? なぜ? こいつら奴隷がどうなろうが知ったことか! 手放すなんて冗談じゃない。……いや、待てよ。おい! 奴隷四号!」
「……ごほ。はい、スターリン様……」
「前にも言ったよな? お前が使えないなら、お前の娘を奴隷に寄こせと。お前を自由にしてやるから娘を寄こせ! それでいいな?」
スターリンのあまりの提案にウェルドは横で表情を曇らせる。一方の女性はスターリンを睨むように見上げてすぐに反論する。
「……ごほ、お断りします……。娘を奴隷にするのだけは同意しません……。……私は……ごほ。まだ、働けます……。私を使って下さい……!」
「チッ! そんな状況で、まだ言うか! ……おい! ウェルド!」
「……はい」
「奴隷四号の娘を連れて来い!」
「……畏まりました」
ウェルドが部屋の外へと行く。しばらくして戻ってくると綺麗な白い髪をした少女を連れてきた。少女は部屋に入るとすぐに奴隷四号――母親の元へと駆け寄り、心配そうに声をかける。
「お母さん! 大丈夫? もう、休んでよ……。このままじゃあ、お母さん倒れちゃうよ!」
娘からの心配の声を聞いた女性は笑顔を作り、娘の頭を優しく撫でながら優しく語る。
「……ありがとう……。お前はいつも優しいね……。でも、大丈夫だよ? ……お母さんは……、お前のためなら何でもできるの……。だから、心配しなくていいの……」
母親の言葉に少女は笑顔で抱きつく。しかし、スターリンがそんな二人へありえない提案をする。
「おい! そんな話はいい。……選べ! 今ここで自害するか、それとも娘を差し出して自由になるか!」
『なっ!!』
スターリンの言葉にウェルドと女性が驚愕する。一方の少女はあまりの状況についていけていなかった。スターリンの発言を聞いたウェルドは考え直すように説得を試みる。
「スターリン様! お考え直し下さい! 自害か娘を差し出すなど、それでは――」
「黙れ! ウェルド! お前の意見なんか聞いていない! それに、もしも自害するなら娘を自由にしてやる。それならいいだろう? フッ。まぁ、自害できるものならな」
スターリンは嘲るような表情で奴隷四号を一瞥する。すると、スターリンはナイフを奴隷四号の近くに投げつける。奴隷四号はナイフとスターリンを交互に見る。奴隷四号を見下しながら、スターリンは再度問いかける。
「さぁ、選べ! 自分の命か、娘の自由か。……あぁ、そういえば奴隷は自害できないんだったな? でも、今回は所有者たる僕が許可をしてやる。死ぬなら死んでいいぞ? ……だけど、当然だが死ねば娘には二度と会えないぞ? それに比べて、娘を差し出せばお前は自由だ。それに体調が戻ったら娘も解放してやるよ。お前の体調が戻るまでの間、お前の仕事をさせるだけさ。悪い話じゃあ、ないだろう?」
一転してスターリンは優しい表情で奴隷四号へ甘い誘惑を囁く。しかし、その笑顔は作り物の笑顔にしか見えなかった。スターリンのことをよく知るウェルドも内心では思っていた。『よくも、そんなでたらめを……』ウェルドには確信があった。例え、奴隷四号の体調が戻ったところで、スターリンは少女を手放すことはないと。スターリンに慈悲という感情などないと理解していた。
奴隷四号はナイフを見ながら考え込んでいる。そして、何かを決意したように顔を上げてスターリンへあることを尋ねる。
「……ごほ、……スターリン様……。……お聞きします……」
「なんだ?」
「先程、仰ったことは、……ごほ……本当ですか……?」
「うん? あぁ、本当だ。娘を差し出せばお前をじゆ――」
「そこではありません! ごほ……、私が自害をすれば……娘を自由にして下さるという……ごほ……ことです……」
「あん? あぁ、自害すればな。だが、そんなこと――」
スターリンが話を続けていたが、突如として周囲に鮮血が飛び散ったことでスターリンの言葉は停止する。一瞬、何が起きたのか全員がわからなかった。しかし、すぐに理解した。奴隷四号がナイフで自らの喉元を突き刺したと。スターリンは目を見開き驚愕する。ウェルドもまた突然のことで小さく『なっ!』と声を漏らす。少女に関しては意味を理解できずに呆然とした表情で奴隷四号――母親を眺めていた。
一瞬の静寂の後、場が騒然とする。ウェルドは何が起こったのを理解するとすぐに奴隷四号の傷を止血をして回復魔法をかけるが、奴隷四号はもともと体力が落ちていたこともあり傷が塞がっても限界だった。そして、奴隷四号――少女の母親である命の灯は終わりを迎えようとしていた。そんな中でも女性は笑顔で娘に対して言葉をかける。娘は意味がわからないというような呆然とした表情で母親を見つめている。
「……おかーさん……?」
「……いいの……。これで、……いいのよ……。……これで、……あなたは……自由……、好きに……生きて……いいの……」
「……やだ……。……いやだよ。……お母さんと一緒がいいよー!」
「……大丈夫。……いつか出会えるから……。あなたを大事に思ってくれる人。あなたの友達になってくれる人。あなたを愛する人」
その言葉を最後に女性は二度と口を開くことはなかった。身体はボロボロで、喉を突き刺すという行動はとてつもない痛みと苦しみだったはずだが、女性は娘の前では決して笑顔を崩さずに――そう笑顔のままで息を引き取った。そんな母親の死に涙を流し悲しみの声を上げる娘の前に突然理不尽な怒りが聞こえてくる。
「ふ、ふざけるな!」
スターリンの激昂にウェルドと少女が驚く。続けてスターリンの言い放った言葉にウェルドは呆れてしまう。
「何を勝手に死んでいるんだ! 僕の所有物の分際で!」
「スターリン様……。お言葉ですが、許可を出したのも奴隷四号をここまで追いこんだのもスターリン様です。これは――」
「僕のせいだとでも言いたいのか!」
スターリンは血走った眼でウェルドを睨みつける。このままでは話を聞かないだろうと判断したウェルドは言葉を選びスターリンへと伝える。
「いえ……、全てとは言いませんが……。一因はあったと考えます。スターリン様。落ち着いて下さい。あなたは才能豊かで、家柄も良い、全てを持っておられるのです。ですから、これからのためにも行動には十分に注意を払って下さることを進言いたします」
ウェルドの言葉にスターリンは少しだけ冷静さを取り戻す。
「……そうだな。……お前の言う通りだ。少し頭に血が上ってしまっていた……」
「……はい。では、私はこの者を連れて行きます」
ウェルドは奴隷四号の死体と少女を連れて部屋を出ようとする。そこへ、スターリンが待ったをかける。
「……待て! どこへ行く気だ?」
「どこへ? 奴隷四号は弔います。少女については、とりあえず孤児院へ連れて行きますが……。恐らく引き取り手はすぐには見つからないでしょう。しかし、奴隷四号の最後の願いを叶えるためにも私が支援をして最低限度の生活ができるように援助を――」
「必要ない」
「……は?」
「必要ないと言った。その子供は僕の奴隷にするのだから、お前が負担をする必要などない」
「なっ!」
「――ッ!」
スターリンの言葉にウェルドは驚きのあまり声を上げ、少女は信じられないという驚愕の表情でスターリンを見る。それもそのはず、約束では奴隷四号の死と引き換えに少女は自由にするはずだったからだ。この状況にウェルドもスターリンへ猛抗議をする。
「スターリン様!」
「なんだ?」
「約束が違います!」
「約束?」
「そうです! 奴隷四号が自害をすれば、この少女を自由にすると約束されていたではないですか!」
「……あぁ、そんなことも言ったなぁ。それで? それがどうした?」
「……で、ですから、約束では――」
「別に守る必要はないだろう? ただの口約束だ。それに奴隷との約束なんか守る必要がどこにある?」
「……で、ですが……」
なおも食い下がるウェルドに嫌気がさしたスターリンはおもむろに立ち上がり、ウェルドから少女をとりあげる。するとスターリンは少女に対して脅しをかける。
「おい! ガキ!」
「な、なんですか……?」
「お前も選べ……。ここで死ぬか? それとも、僕の奴隷になるか? 時間は十秒くれてやる」
「す、スターリン様!」
ウェルドは抗議の意味を込めてスターリンの名を呼ぶが、スターリンは無視をする。理不尽な状況に少女は唯一の味方であろうウェルドに懇願するような助けを求める視線を送るが、ウェルドには少女を助けることはできなかった。ウェルドにはスターリンに逆らうことができない理由があった。そんなことをしている間に十秒は経過する。
「さぁ、どうする?」
「……えっ? ……え……? ……わ、私……で、でも……」
「そうか……。じゃあ、死ね」
そういうとスターリンは剣を抜き少女を斬りつけようとする。その瞬間、少女は涙を流し諦めたように叫ぶ。
「な、なります! 私! あなたの奴隷になります! だ、だから、……こ、殺さないで……」
少女の言葉を聞いたスターリンは満足そうな笑顔を浮かべるとウェルドへ向き直る。そして、悪びれもせずに言い放つ。
「よし! ウェルド。承認を得た。奴隷契約をしてくれ」
「……畏まりました……。スターリン様……」
ウェルドは血を吐く様な想いでスターリンの言葉に従う……。
◇◇◇◇◇◇
映像が終了した後にあったのは静寂だった。サイラス剣闘士大会を行っている闘技場では、常に歓声が絶えないような場所であった。もちろん真剣な戦いに息を呑むという意味での静寂はあったが、この静寂の意味合いは全く別物だ。映像は闘技場だけでなく、サイラス中に拡散していたが映像を見ていた人々の反応はほとんど一緒だった。ありえないような出来事を見て信じられないという気持ちとスターリンの理不尽な行動に対する怒りがあった。そんな怒りがちらほらと爆発し始める。
「……ふざけんなよ」「ありえない……」「……人でなしじゃない……」
「貴族はそんなに偉いのか?」「同じ人間かよ……? 化け物じゃねぇーのか?」
「最低……」「外道だ……」「これが、貴族? 人の上に立つ人間かよ?」
「消えろ!」「あの子に謝れ!」「何がデイン家だ! くたばれ!」
「そうだ! ゲスが!」「とっとと王都に帰れ!」「サイラスから出て行け!」
そんな観客の怒りの声が闘技場内、いやサイラス中へと拡散していく。ついには闘技場内にいるスターリンへ物を投げ込みぶつけようとする者が出ると、触発されたように多くの者がスターリンへと物を投げつけ始める。投げ込まれた物がスターリンを直撃しようとした時、スターリンは
「ふざけるな! 貴族の僕に罵声を浴びせるだけでなく、物をぶつけようとするだと! 貴様ら覚悟はあるんだろうな! お前らの何人かの顔は覚えたぞ! 試合が終わりしだい王都まで連行して拷問にかけて死罪にしてやるからな!」
スターリンの言葉でさらに観客からは悲鳴にも近い罵声が飛ぶ。しかし、スターリンは周囲からの抗議に対しては気にもせずに自分の意見を言い返す。
「フン! さっきの映像がそんなに問題か? あれの何が悪い! 奴隷四号との約束を守らなかったことか? それとも、奴隷五号を奴隷にしたことか? だがな、考えてもみろ! 前提として奴隷四号が全ての元凶だろう! あいつが勝手に身体を壊すからこういう事態を招いたんだ。恨むのなら僕じゃなくて奴隷四号を恨むのだな!」
スターリンの理不尽さに多くの者が我慢の限界だった。叶うならスターリンを殴り倒したいと多くの人間が考えるがそれはできない。スターリンは強い。一般人では敵うはずもない。例え、法律に訴えても罰することは困難だった。スターリンはデイン家の長男であり貴族だ。法律に任せても証拠不十分での釈放かせいぜい罰金刑がいいところだと多くの人が理解をしていた。だが、そんなとき観客から声が上がる。
「頼む……、カイ選手……。あいつを倒してくれ……」
「……そうだ。カイ選手なら……勝てるよ」
「そうよ! お願い! 本気で戦って! あいつを叩きのめして!」
「頑張れー! カイ選手!」
闘技場内では、カイに全ての願いを託そうとカイへの応援コールが殺到した。あまりの一体感に闘技場全体が揺れていると錯覚するほどだ。そんなコールを受けているカイが静かに手を上げて観客に声を押さえるよう頼む仕草をする。そのため、観客は声を上げるのを止めてカイに注目する。そして、カイが話を始める。
「……みなさんのお気持ちはよくわかります……。でも、今はまだ戦えないんです……」
カイの言葉に闘技場内がざわめき、どよめく。しかし、カイは言葉を続ける。
「俺はあの子と約束をしたんです。あの子を本当の意味で助けるって……。だから、俺は待っているんです。あの子の言葉を……」
そう語るカイはスターリンではなく観客席にいる一人の少女を見つめていた。
◇
カイの言葉を聞いた仲間達は笑っていた。そして、全員が思っていた。
≪カイらしい≫
少女は母親の死を見て悲しみの涙を流している。しかし、カイの言葉を聞いて少女は考えていた。
(……私のために怒ってくれる人がいる……)
(……私のことを助けようとしてくれる人がいる……)
(……私の声を聞いてくれる人がいる……)
そんな考え込んでいる少女の肩に優しく手が添えられていく。エル、ルーア、アルベイン、アリア、スー、ムーが少女の背中を押すように支える。クリエ、ナーブは魔法を使用して手が離せないため、手を差し伸べることはできないが優しい眼差しで少女を見つめる。多くの支えを受けた少女はカイを見つめると決意を固めて口を開こうとする。
その瞬間、少女にある声が聞こえた。
懐かしい声、優しい声、聞きたかった声、幻聴かもしれないが、少女には確かに聞こえた。
母親の声が。
『ねぇ? 言ったとおりでしょう? あなたのことを大事に思ってくれる人が、友達が、愛してくれる人がいっぱいできたでしょう? だから、自由に生きて。私はいつもあなたを見守っているから』
少女は瞳から大粒の涙を流しながら、本当の気持ちをカイへと伝える。
『……お願いします……。……私を……私を……私を助けて下さい!』
◇
「……わかった……。君を助ける!」
カイは少女の言葉を聞いてすぐに剣を構える。すると闘技場が壊れるのではないかと思うほどの大歓声と振動が観客――いや、サイラス中から巻き起こる。その状況にスターリンは不快気に顔を歪ませて悪態をつき始める。
「……あの馬鹿は……。帰ったら教育のやり直しだ……。全く。貴様のせいだ! 貴様みたいな田舎者に出会って、あいつはおかしくなった。僕の奴隷でいることの素晴らしさを忘れやがって! いいか! あいつが苦しむげん――がぁ!」
スターリンがカイへと文句を言っている途中だったが、カイはスターリンの鼻先に剣撃を叩きこんだ。そのせいでスターリンの鼻は折れ曲がってしまう。その激痛はかなりのものでスターリンは鼻を押さえて悶絶する。
「ふぉー! はぁー! き、きふぁま! ぼぉくの顔にぃーよ――ごべぇ!」
カイはスターリンの話は聞かずに今度は右頬に思い切り剣撃を叩き込む。顔の骨は折れなかったが、痛みは相当なものらしくスターリンの目からは自然と涙がこぼれ始めていた。そんな状況でもカイはスターリンへの攻撃を止めることなく続ける。しかも、執拗にスターリンの顔面を狙う様に何度も剣撃を打ち込む。その剣撃速度は速くスターリンにも見切れなかった。観客に至ってはカイがどのように攻撃しているか全くわからなかったが、カイがスターリンを叩きのめしていることが理解できるので、大歓声がカイへと降り注いでいた。
◇
一方、カイの攻撃を見ていたアルベインは驚愕している。
「カイ君……。なんという速度だ……。この距離でも影しか見えない……。それに動いた後、すぐに同じ位置へと戻っているのか?」
「んー? あぁ、そうみてぇーだな。でも、なんでわざわざ戻るんだよ? そのまま、あのクソ野郎の近くで攻撃すれば楽じゃねぇーか?」
ルーアの言葉にアルベインも同調する。
(その通りだ……。戻る必要がどこにある……。何のために……)
そんなルーアとアルベインの疑問にエルが答える。
「それは違う。あれは、スターリンを惑わすために必要な行動だ」
「ま、惑わす?」
「どういうことだ?」
「恐らくスターリンはカイがどのように攻撃しているのか理解できていない。カイの速度に全くついていけていないからな」
「そ、それは、そうだと思います。この距離でなんとか判断できるぐらいです。スターリンの様な近距離からでは難しいでしょう。恐らく……、スターリンにはカイ君が動かずに攻撃しているように見えているはずです」
「だから、カイはわざわざ戻っているのだ」
エルの言葉を聞いても理解ができないルーアは首を傾げる。アルベインもエルの言葉の真意を理解しきれず悩んでいた。それを感じ取ったエルが丁寧に説明をする。
「つまりだ。戦いで攻撃方法というのは重要なものだ。魔法なのか、剣なのか、それともただの打撃なのか。それが判明すれば対処する方法を考える。しかし、スターリンはカイの攻撃方法を特定できていない。それはなぜか? 理由はカイが元の位置へと戻っているからだ」
「あん? どういうこった?」
「いや! そ、そうか! カイ君が戻らずに攻撃を続ければ、少なくとも遠距離攻撃でないことは特定できる。そこから、さらに情報を分析すれば剣による攻撃という答えにも辿りつける……」
アルベインの言葉を肯定するようにエルは大きく頷き説明を続ける。
「その通りだ。だが、カイは高速で元の位置へと戻る。そうすると、スターリンにはカイの攻撃方法がわからない。実際は高速移動からの剣による攻撃だが、はたしてそうなのか? 魔法ではないのか? はたまた特殊な攻撃方法を使用しているのでは? いや、フィッツのような気を使っているのかも? という具合に攻撃方法を特定されなければスターリンは余計なことに注意をさかなければならない。なぜなら、攻撃方法を特定出来なければ対処する方法などわかるわけがない」
「そこまでカイ君は考えて……」
「あぁ、カイと戦闘訓練をするときに何度も説明したからな、相手も多くのことを考えていると。それを応用しているのだ」
エルはカイの成長を見て満足しているが、アルベインはカイの成長速度に嫉妬心が生まれていた。
◇
カイの攻撃を何度も受けたスターリンの顔はボロボロになっていた。鼻の骨は折れ、顔面にも複数の亀裂骨折、そのせいでスターリンの意識はすでに朦朧としている。しかし、そんなボロボロの状態でもスターリンはまだ立ちながら文句を言っている。
「……ふじゃけ……、ぼぉぐが……じゃれか……わきゃって……」
「まだ、そんなことを言うんですね……。正直、一言でいいからあの子に謝って欲しかった……。あの子の母親に謝って欲しかった! ……でも、あなたは変わらないんですね。それが、本当に残念です!」
そういうとカイは渾身の一撃をスターリンの後頭部へと叩きつける。そして、スターリンの意識は闇へと落ちた。地面に倒れるとピクリとも動くことができない。カイの勝利だった。観客はカイの勝利を自分のことのように喜び大歓声を上げる。しかし、司会者からの勝利宣言はいつになってもなかった。その理由は――。
◇
「あ、あのー?」
「うん? なんだよ? あれ? お前、司会者だろう! カイが勝ったんだから勝利宣言しろよ!」
ルーアの言葉にエル達は頷きながら同意する。
「あ、はい。そうしたいのは山々なんですが……。……あのー、
『あっ!!!!!!』
ルーアは慌てながら少女から
『サイラス剣闘士大会本戦、二回戦、第一試合の結果はカイ選手の勝利だぁー!』
司会者の宣言に呼応するように、観客から再度大歓声がカイへと降り注ぐ。カイの勝利を確認したエルは少女に一言伝えて動く。
「行くぞ」
「えっ?」
少女が疑問を口にするがエルは答えることなく、少女を抱きかかえてると闘技場に――カイの元へと降り立つ。そして、カイと少女が向かい会う。カイの傷ついた姿を見た少女は涙する。自分が躊躇していたせいで恩人であるカイへ傷を負わせてしまったと……。
「あの……、わ、私……」
「……ありがとう」
「……え……?」
「俺との約束守ってくれたから……。君のおかげで勝てたよ……」
カイは少女へ満面の笑みで感謝を伝える。カイの言葉に少女の瞳から涙が次々とこぼれ落ちる。少女は今までカイに対して暴言しか浴びせていなかった。それなのに、カイは少女を気遣い助けた。そのことがとても嬉しかった。少女はカイの元へ駆け寄るとカイに抱きつき心からの感謝を伝える。
「……あ、ありがとうございます。……それから、……本当に……ごめんなさい……。……私、……あなたに……ひどいことばかり言ったのに……。……あなたは、……私を……」
「……カイって言うんだ」
「えっ?」
「俺の名前……。自己紹介してなかったよね? 俺の名前はカイ。よければ君の名前も教えて欲しい」
カイの言葉に少女は笑顔を見せて答える。
「私は……、パフ。お父さんとお母さんにつけてもらった大切な名前です……」
「パフ。いい名前だね」
カイとパフは笑顔で笑いあう。それを祝福するかのように闘技場内には大歓声が鳴り響く。
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