第43話 約束

 カイは目的の人物――奴隷となっている少女を見つけてカイは微笑んだ。カイは気持ちを落ち着け、そのまま闘技場中央へと移動をする。その場所には、すでにもう一人の人物が待っている。カイと戦う人物である――スターリンが立っていた。二人は向かい合い視線を交わす。カイは睨みつけるようにスターリンへと視線を走らせる。一方のスターリンは、カイを蔑むような視線で見ている。カイにとってスターリンは軽蔑する敵として、スターリンにとってカイは田舎者の平民でしかないため、二人の感情は噛みあうことはなかった。しかし、お互いに一致することもあった。それは、この試合に勝つという決意をお互いに持っていた。


 ◇


 観客席からルーア、アリア、スー、ムーがカイを応援する。


「カイー! 負けんじゃねぇーぞ! そんな奴はギタンギタンにしちまえー!」

「カイ君ー! 頑張ってねー! 勝ったらお姉さんがご褒美にキスしてあげ――ぎゃん!」

「黙ってろ! 馬鹿姉! カイさーん! 頑張って下さーい! 応援してまーす!」

「か、カイさーん! が、頑張れー!」


 ルーアは口汚いがカイを激励。アリアはいつも通り余計な一言を言ってスーのハリセンを受ける。スーは誠心誠意の気持ちを込めて応援。ムーも普段は出さない大声で応援。全員が一生懸命に応援をする。


 ◇


「さて。どうなるか」

「エル殿の見立てでは、勝敗はどうなると思いますか?」

「……まともな戦いなら十中八九、カイの勝利だろう」

「では――」


 しかし、アルベインが言いきる前にエルが言葉を被せる。


「だが、この戦いは単純な戦いではない。……恐らくカイは何かをしている」

「何か?」

「……あぁ、あの少女を助けるために何かを……」


 そんなエルの不安を余所に試合が開始されようとしていた。


 ◇


『さぁー! ついにサイラス剣闘士大会も佳境! これより、二回戦、第一試合! カイ選手対スターリン選手の試合を開始します! お互い目にも止まらぬ剣術の達人だ! この試合、どちらに勝利の女神がほほ笑むのかは予想ができない! ……それでは、試合開始!』


 試合開始の合図を聞いた二人はほとんど同時に剣を抜く。スターリンは模擬もぎ穿刺剣レイピアを構え、カイは模擬剣を構える――と思いきやカイは剣を抜いたが構えずにいた。その姿にスターリンは怪訝な表情を浮かべる。それは、試合を見ているエルとルーアも一緒だった。


(構えない? こいつの試合を見ていたが……。今まではしっかりと構えをとっていたはずだが……。何かの作戦か? ありえるな……。一回戦の体力馬鹿とは違って、こいつは色々と考えて戦っていたからな)


 スターリンがカイの行動は何かの作戦と判断する。そのため距離をとりながら、カイの出方を見守る。しかし、カイは一向に構えもとらなければ動こうともしなかった。ただし、スターリンをしっかりと見据えてはいる。


 ◇


(なんだ? カイの野郎? あんな構えっていうか、あいつが剣をあんな持ち方するのは初めてじゃねぇーか?)


 観客席で応援しているルーアもカイの行動が読めずに困惑する。


 ◇


(……カイ……)


 エルはカイを心の底から心配して見守っていた。


 ◇


 カイとスターリンの試合が開始されて五分が経過したが、戦いは一向に始まらなかった。当初は黙って見ていた観客も焦れてきて声を上げ始める。


「おいおい! 戦えよ! お見合いしてんじゃねぇーんだぞ!」

「そうだー! 真面目にやれー!」

「どっちでもいいから動けよ! つまんねぇーぞ!」


 観客席からの野次やじにスターリンは不快気に表情を歪ませて、観客席を睨みつける。


(全く。あの田舎者を野次やじるならいいが。この僕も一緒に野次やじるだと! 本当に不快な平民どもだ! あいつら王都で見かけたら絶対に殺してやる! しかし、あの田舎者……。何を考えている? 全くといっていいほど動く気配がない。仕方がない……。こちらから仕掛けるか……)


 スターリンは攻撃する決意を固めると一直線にカイへと向かう。しかし、直前で方向を右へと移動するとカイの左肩を狙って突きを繰り出す。その攻撃は防がれることを前提とした陽動の攻撃だった。真の狙いは攻撃を避けた後に待っていた。だが、スターリンの突きは無防備なカイへ見事に命中する。攻撃を受けたカイは後方へと少しよろける。戦いが始まったことで観客からは歓声が鳴り響くが、スターリンは攻撃が当たったことを不思議がっていた。


(当たった……。なぜ? 今の攻撃は陽動だぞ? 避けられるのが前提で大した速度の攻撃じゃない。あの田舎者なら避けるか防ぐかぐらいはできるだろう? どういうつもりだ? ……うん? 待てよ……? あー! そういうことか! フ、フフフフ。なるほど、僕が言ったことを守る気になったということか?)


 スターリンはカイの行動を理解できなかったが、ある結論に達して理解した。それは、カイの一回戦終了後にスターリンが言った言葉だ。


『先に言っておいてあげるよ。僕は強い者は好きだ。君は僕が思っていたよりも強い。だから、次の試合すぐに棄権するんだね。そうすれば、奴隷とはいえまともな生活を約束しようじゃないか』


 スターリンは、カイがこの言葉を受けて戦うことを放棄したと考えていた。


(フフフフ。棄権は恥ずかしくてできなかったようだけど、僕に逆らう道は選ばなかったのか……。素晴らしい! 僕の奴隷にふさわしいよ。君は!)


 そう結論づけたスターリンは再度カイへ攻撃を仕掛ける。スターリンが繰り出す攻撃は全てカイに命中する。右肩、腹部、右胸部、左脚と立て続けに攻撃を受けたカイは後方へと下がるが倒れずに立ち続けていた。しかし、無防備で攻撃を受け続けたことで足元がふらつき始める。そんなカイを見てスターリンは邪悪な笑みを浮かべた。


(よしよし。いい子だ。……でも、これ以上試合を長引かせると観客に不審がられるな……。もう決めてしまおう。安心しろよ! ちゃんと後遺症が残らないよう綺麗に気絶させてやるよ! これでお前も僕の奴隷だ! 感謝しろ!)


 スターリンはカイの額を狙い渾身の突きを入れる。しかし、その突きはカイの剣に阻まれ弾き飛ばされる。


「なっ!」


 予想外の行動をされてスターリンは体勢を崩してしまい、カイに無防備な姿を晒してしまう。それは、カイにとって攻撃する最大のチャンスだった。観客からも歓声が沸き、攻撃を急かすような声も聞かれた。しかし、カイはスターリンに何もしない。その行動を見て観客からはどよめきと困惑が広がる。


「えっ? な、なんで?」「今のって……」

「チャンスだろう! なんで、攻撃しないんだよ!」

「でも、今っていうより……。さっきからおかしくないか?」

「確かに……カイ選手……。わざと攻撃を受けてないか?」

「でも……、なんで?」「さぁ……?」


 そんな観客の困惑を余所にスターリンは顔を紅潮させて激怒していた。


(ど、どういうつもりだ! わざと負けるのが目的じゃないのか? じゃあ、僕を馬鹿にしているのか? なんなんだ! こいつは何を考えているんだ!)


 ◇


 観客席にいたルーア達もカイの真意がわからずに困惑していた。


「カイの野郎! 何をやってやがる!」

「そうよね……。カイ君は何を……」

「ルーアさん。何かご存じでは?」

「知るか! 知ってたら、こんなにイライラしてねぇー!」

「ひぃー!」


 ルーアの怒鳴り声にムーが一瞬驚いて声を上げる。しかし、カイの行動に対する明確な答えはでなかった。そのとき、ルーアがあるものを見つける。


「……うん? あれって?」

「どうしたの、ルーア君?」

「……行くぞ……」

『えっ?』


 ルーアの提案を理解できなかったアリア、スー、ムーは三人同時に疑問を口にするがルーアはもうムーの腕から飛び上がり移動を開始していた。そんなルーアに三人も困惑しながらも追従する。


 ルーアに追従しながらもアリアがルーアに尋ねる。


「ね、ねぇー。ルーアくん。そんなに急いでどこに行くのよー」

「いいから黙ってついて来い!」


 ルーアは質問を受け付けずにひたすら急いでいた。そんなとき、前方に見知った顔が突如として出現した。ルーアはぶつかりそうになり慌てながら避ける。直撃を避けた人物はルーアを見て声を上げる。


「あれー? ルーア君じゃん! やっほー!」

「先生……。その挨拶は軽すぎませんか?」

「そう? 知り合いなら、これぐらいでいいんじゃない?」


 それは、クリエとナーブの二人だった。ルーアは無視をして先へ行こうとするが、動きを止めて一瞬だけ考える。すると、クリエとナーブを見て短く告げる。


「……ちょうどいい! テメーらもついて来い!」

『はい?』


 ルーアの発言の意図が読み取れずにクリエとナーブは同時に疑問を口にするが、ルーアは説明をせずに移動を再開する。その状況を察したアリア達は仕方なくクリエとナーブを背中から押すようにして、無理矢理にルーアの後へついて行かせる。


「えっ? ちょっと? えっ? 何? 何なの? どうしたの?」

「ごめんね! クリエちゃん。私達もよくわからないのよ。でも、ルーア君がついて来いっていうの。……でも、カイ君に関係することみたいだから、できれば付き合ってくれない?」

「カイ君の? ふーん? まぁ、いいわ。それに、何か研究に役立つヒントになりそうな予感がするわ! ねぇ! ナーブ!」

「えっ? そ、そうですか? 僕はそんな予感はしませんけど……」


 ナーブの答えにクリエはしかめっ面で睨みつける。だが、ルーアの後をついて行かなければならないため、文句を言うのはあとにすると心に決めた。


 そうして、ルーア達は目的の場所へと到着する。そこにいたのは、エル、アルベイン、そして奴隷の少女だった。


 ◇◇◇◇◇◇


 少し時間を遡る。


 カイがスターリンの一撃を受けた直後、エルはあることに気がつく。


「……カイ。何を見ている?」

「えっ? カイ君はスターリンを見ていますが?」

「……違う。カイはスターリンに意識を向けていない。視線は確かにスターリンを捉えてはいるが、意識は別の場所だ。恐らく観客席の……」


 そういうとエルは観客席を見渡す。その時、エルはカイが何に意識を向けていたのかを理解した。


「そういうことか……。……行くぞ!」

「はっ?」

「アルベイン。ついて来い」


 エルは短く告げると急いで観客席に向かっていく。アルベインは慌てながらエルの後についていく。二人はすぐに目的の場所に到着する。そこには奴隷の少女がいた。少女はエルとアルベインを一瞥するが何も言わずに、すぐにカイとスターリンの試合へ視線を移す。そんな少女にエルは質問をする。


「おい。単刀直入に聞くぞ。カイと何を約束した?」

「えっ? 約束? そうなのかい?」


 エルの質問を受けて少女はエルに視線を移して口を開く。


「……聞いてないの……?」

「あぁ、知らん。だから尋ねている」

「……約束をした……。……勝手な約束……。……私は望んでない……。……やるとも言ってない……」

「何をだ! 最初から話せ!」

「え、エル殿……。落ち着いて下さい。相手は――」

「黙れ! カイの命がかかっている! 言わないのなら実力行使で行くぞ!」

「え、エル殿……」

「……別にいい……。……最初から話してあげる……」


 少女は語り出した。カイと交わした約束を……。


 ◇◇◇◇◇◇


 医務室近くの廊下でカイと出会い。カイから提案された。


「……君にお願いがある。俺の試合を見ていて欲しい。その試合を見ても、君が助けを求めないのなら……。俺は君を助けない。試合も棄権する。……そのかわりに、助けて欲しいと君が少しでも思ってくれたなら、助けて欲しいと伝えて欲しい。その言葉がどんなに小さくても……俺は聞き逃さないから……。じゃあ、もう行くね」


 ◇◇◇◇◇◇


 少女の話を聞いたエルはカイがとっている行動の意味を理解した。一方のアルベインは絶句する。カイがとっている無謀ともいえる行動に驚愕していた。その時、ルーア、アリア、スー、ムー、クリエ、ナーブが合流する。到着したルーアは先程エルが行った質問と同じことを少女へ質問した。少女は少し呆れたような表情をした後、エルとアルベインに話した内容をルーア達にも話す。その話を聞いたルーアは歯ぎしりをして怒った。アリア達はアルベインと同じく驚愕する。クリエとナーブは話の全容を知らなかったので困惑していたが、スーが要点をまとめてカイと少女のことを説明する。


 説明を受けたクリエは顔を真っ赤にして怒っていた。自分自身もハーフエルフということで、多くのいわれなき誹謗中傷を受けてきた。一歩間違えていれば、少女のように奴隷となっていた可能性もあった。そのため、少女のことが他人事には思えなかった。


 それぞれが多くの想いを抱く。だが、それよりも解決するべき問題があったので、全員が少女に注目する。そして、それぞれが声をかける。


「ねぇ! カイ君を信じて! カイ君はあなたを助けたいだけなの! 悪いことなんて考えてないから!」

「私からもお願いします! カイさんは純粋にあなたを心配しているのです。あなたの意思もあるとは思いますが、どうかお願いします! カイさんを信じてあげて下さい!」

「ぼ、ぼくからもお願いします! か、カイさんを助けて下さい! ……あ、違った……。か、カイさんのために助けを……。……あれ? 違うな……。うー……。難しいよー」

「君が受けている行為は不当なものだ。それを是正するためにも声を上げて欲しい」

「私はあなたの立場じゃないから偉そうなことは言えないけど。忠告はしてあげる。助かりたいなら、変わりたいなら、待っているだけじゃあ駄目よ。ちゃんと自分の想いを口に出して伝えて!」

「あのー、僕はまだ事情をよく知らない身ですが、カイさんのことは存じています。あの方は優しい方です。そのことは信じてあげて下さい」


 アリア達の嘆願を受けた少女は困惑する。


(……何なの……? ……この人達は……なんで……奴隷の……私にお願いをするの……? ……あの人のため……? ……そのために……奴隷に懇願するの……?)


 少女が困惑している中、エルも声をかける。


「どうするのだ? このまま見ているだけか? 声をあげんのか?」

「……そんなの……私の勝手で――」

悪戯ミスチ盗人シーフ!』


 少女の話は途中だったがルーアが突如として大声を上げると、ある行動に打って出た。それは、前日の前夜祭でアルベインからもらった手袋に宿った特殊能力の『悪戯ミスチ盗人シーフ』を発動させたのだ。その特殊能力を使い目にも止まらぬ速技で、ルーアはある物を盗み出す。それは司会者が使用している反響石エコーストーンだ。たまたま司会者の席が近かったこともあり、盗むのは容易だった。しかし、反響石エコーストーンが消えたことで司会者は困惑して焦る。そんな司会者には目もくれずに、ルーアは鋭い視線で少女を睨み、怒りの感情を込めて少女へ言い放つ。


「テメー! いい加減にしやがれ!」

「えっ……?」


 ルーアの剣幕に少女は驚くが、ルーアは止まらなかった。周囲にいたアリアやムーがなだめようとするが、それを押しのけてルーアは少女に近づき怒鳴りつけながら話す。


「助けて欲しくねぇーなら、この反響石エコーストーンを貸してやるから早く言え! それで、あのクソ野郎の所で死ぬまで奴隷でも何でもしてろ! でもな! カイを巻き込むんじゃねぇー! あいつは! あいつは……あいつは俺様の一番の友達ダチなんだ! 馬鹿で、お人好しで、甘くて、すぐ騙される。……でも、俺様にとってあいつ以上の友達ダチはいねぇ! そんなあいつを奴隷なんかに俺様はさせねぇ! あいつが何を言おうが、そんなことはさせねぇ! だから、テメーが助けを本気で望まねぇーなら、その本心をカイに言え! 今すぐだ!」


 そういうとルーアは少女に反響石エコーストーンを強引に渡す。反響石エコーストーンを渡された少女は口を開こうとする。


(……これで終わり……。……私が余計なお世話と……言えば終わる。……そう、私は望んでない……。……助けなんて望んでない……!)


 少女は助けを否定する――だが、声は出なかった。心では思っていても、なぜか否定の言葉が出てこない。そのことに少女は激しく動揺する。


(……な、なんで……? ……さっき、あの人に散々言ったじゃない……。……なんで、言葉が声が出ないの……?)


 そんな少女の様子を見ていたエルが口を開く。


「……無理をするな。本心を言えばいい」

「……な、何を……? ……私は無理なんて……」

「……では、なぜ涙を流す?」

「……えっ……? ……私……泣いて……るの……?」


 そう、少女の瞳からは涙がとめどなく溢れていた。しかし、少女はそのことを指摘されるまで全く気がついていなかった。


「……なんで……? ……別に悲しくなんて……」

「……嘘を言おうとするからだ……。……素直になれ、お前の心が泣いているんだ……」


(……私の心……。本心……。本当の想い……。お母さん……。私……私……)


 少女は母親のことを思い出す。


 優しかった母の笑顔、母のぬくもり、母の言葉。


『……大丈夫。……いつか出会えるから……。あなたを大事に思ってくれる人。あなたの友達になってくれる人。あなたを愛する人』


 そして、少女はある決意をして口を開く。


 ◇


「この田舎者の平民が! この僕を馬鹿にするな!」


 怒り狂ったスターリンがカイへ怒涛の攻撃を行う。その攻撃をカイはある程度はその身に受けるが、行動不能になるような致命的な攻撃だけは剣で弾くなどして防御をした。そんなカイの行動でスターリンは確信する。


(こいつ! そういうことだ! あえて攻撃を受けてやがる! だけど、気絶するような攻撃や致命的になる攻撃だけは避けてやがる! ……ふざけるなよ? つまりは手を抜いてるってことだろう!)


「このやろ――」

『私は!』


 スターリンが再度攻撃をしようとした時、闘技場内に見知らぬ女の子の声が響く。その声に闘技場内がざわつく。観客、貴族、大会関係者、試合中のカイとスターリン。しかし、カイとスターリンはその声の主を知っていた。


『……私は……私は……』


「……あの子だ……」

「この声……? 奴隷五号か……?」


 カイは口元に笑みを浮かべ、スターリンは困惑の表情を浮かべる。


『……私は奴隷です。王都の貴族であるデイン家の長男スターリン・デイン様に仕えています。……私はその立場を自ら受け入れました……。……でも、……でも、本当は嫌だった……。奴隷なんてなりたくなかった!』


 少女の言葉にスターリンは激怒する。


「……あいつ! 奴隷が何を! それよりも、これは何だ! 大会主催者は何をしている! 試合の邪魔だ! 早く止めろ!」


 スターリンの言葉に試合を観戦していた貴族からも後押しの声が出る。


「その通りだ! どこから声が出ている!」

「司会者の席じゃないのか?」

「いや、どうやら反響石エコーストーンを盗まれたようだ!」

「警備は何をしている! これは試合妨害だぞ!」


 貴族からの声に反応して周囲にいた警備兵や魔術師が動き出す。そして、すぐに少女を発見して取り押さえよとする。しかし、少女へ近づく前に全員が動きを止めた。理由はアルベインとクリエだった。二人は少女を庇うように前に出て宣言をする。


「貴様ら! それ以上、ここへ近づくならヴェルト家の名の元に私が――このアルベイン・ヴェルトが直々に成敗する。つまりはヴェルト家に逆らった謀反者として処罰する! 心せよ!」


 ヴェルト家への謀反と聞き警備兵の表情は青くなる。警備兵の多くは貴族家に雇われている者が多かった。ここサイラスではヴェルト家こそが貴族のトップだったからだ。自分達の行動で雇っている主人へ迷惑をかけてしまうことを恐れていた。


 だが、魔術師にはヴェルト家の名もそこまでは関係がなかった。そもそも大会のために雇われている魔術師は全て白銀はくぎんの塔に所属している者だったからだ。白銀はくぎんの塔は権力抗争を嫌い貴族や王族ともある程度の距離をとるようにしているため、ヴェルト家に恨まれようとも特に気にすることはない。しかし、ここにはそんな魔術師も恐れる者がいた。それは、魔術師の眼前に立ちはだかっている見た目は十代にしか見えないハーフエルフのクリエだ。


「あなた達! 私が誰だか知らないわけじゃあないでしょうね? 言っておくわよ! この子の反響石エコーストーンを破壊、もしくは奪う、……いえ、邪魔をしたと私が判断すれば、その瞬間に白銀はくぎんの塔から出て行ってもらうからね!」


 クリエの言葉に魔術師は全員が全身を震わせ恐怖する。クリエは見た目は幼いが実際は九十九才であり、白銀はくぎんの塔にも数十年という期間在籍している。また、魔法道具マジックアイテム研究と開発の天才であるため、白銀はくぎんの塔での立場はとても高く。ここにいる魔術師程度を白銀はくぎんの塔から追い出すことなど朝飯前にできる程度の権力は有していた。いや、それ以上にクリエの魔術師としての実力も群を抜いていた。実のところ、この場にいる魔術師が束になって単純な魔法戦をしても、クリエに勝つことはおろか傷を負わせることも不可能な程の実力差があった。


 アルベインとクリエの働きかけにより、警備兵と魔術師は全く身動きが取れなくなってしまう。その状況に仲間が感謝を伝える。


「よし! いいぞ! アルベインにメガネちび」

「やるじゃん! アルベイン。でも、いいの? 貴族の権力を使うのは嫌いでしょう?」

「……あぁ、嫌いだ。しかし、この状況を見過ごすことは、もっと腹立たしい気持ちになるからな。貴族の権力で正しいと思うことができるなら、いくらでも利用するさ」

「へぇー、格好いいじゃない!」

「茶化すな……。アリア」


 少女が話をしている様子を見たクリエがあることを思いつき、近くで狼狽している魔術師に命令をする。


「ちょうどいいわ。あなた達! そこで油を売っているなら、私に協力をしなさい!」

「えっ? きょ、協力ですか?」

「そうよ。安心しなさい。エルダーから何を言われても私に無理矢理やらされたって言っていいから」

「……えーっと、クリエ先生。そ、その協力の内容は……?」


 魔術師の言葉にクリエは満面の笑みで答える。傍から見ると無邪気な子供の笑顔だが、言われた内容はかなり問題のある行為だった。


「この子の映像と音声を魔法でサイラス中に流すの! まずは通信テレパスでサイラスにいる魔術師に連絡をとって、それから私とナーブでこの子の映像と音声を闘技場のいたるところに映し出すから。あなた達は、その映像と音声をコピーする形でサイラス中の魔術師へ送る。それで、各地にいるサイラスの魔術師が映像を街中に映し出すって寸法よ!」


 クリエの提案に魔術師はめまいがして倒れそうになった。クリエの提案を行うことは可能だが、それには問題点がいくつもあったからだ。そのため魔術師は勇気を持って反論する。


「く、クリエ先生! いくらなんでも、それは無理です!」

「なんでよ? あなた映像を送ることもできないの?」

「そうではありません! そのぐらいのことは僕程度にもできます。無理と言ったのは先生の仰る内容の方です! 許可もなくサイラス中に映像を流せば、サイラスの市民、商会、神殿、貴族などから何を言われるかわかりません! いくら白銀はくぎんの塔が独立した組織とはいっても限度があります! サイラス中を敵に回すような行為をしてしまえば、先生の立場だって――」

「私の責任で構わない!」


 魔術師の抗議にクリエは一喝して答える。そして、再度指示を出す。


「あなた達は無理矢理やらされるだけ! 全ては私の独断専行よ! 誰に何を言われても、そう言いなさい! 全責任は私が持つわ!」

「……な、ナーブさん。本当にいいんですか?」


 クリエを説得することは不可能と判断した魔術師はナーブに助け船を期待する。そんなナーブは静かに答える。


「えぇ、構いません。……ですが、責任の所在に関しては少し変えます」

「ちょっと! ナーブ!」


 ナーブの言葉にクリエが非難めいた声でナーブの名を呼ぶ。しかし、ナーブが次に発した言葉にクリエは別の意味で驚愕する。


「責任はクリエ先生だけでなく。この僕もとります。エルダーに何か言われても、全責任はナーブとクリエによるものと言って下さい」

「ナーブ! さっすが私の助手! 帰ったら私の特製とくせい回復薬ポーションをあげるわね!」

「……それは遠慮します……」

「……わかりました。クリエ先生の指示に従います……」


 魔術師は諦めたように頷き、クリエの指示に従い通信テレパスを行いサイラスにいる魔術師へ連絡を入れ始める。


 魔術師の説得に成功した後、クリエとナーブは少女の映像を闘技場へ映し出そうとする。そのとき、ある人物が後ろから声をかける。


「見事な覚悟だ。流石は音に聞こえる白銀はくぎんの塔に所属する魔術師だ」


 声をかけられたクリエとナーブは警戒して声をかけてきた人物を見る。それはスターリンに雇われている魔術師のウェルドだった。


「……あなたは誰? 見たところ、かなりの魔術師みたいだけど」

「いやいや、私はただの魔術師だ。……いや、スターリン様に雇われている身だから、下種ゲスな魔術師というところだろうな……」


 ウェルドは自分の身分を言いながら自虐的に笑う。スターリンに雇われているという言葉を聞いたクリエとナーブは、警戒を強めてウェルドに訴える。


「言っておくけど無駄よ! あなたがどんな邪魔をしても、私はあの子を助けるために動く! 例え戦うことになってもね!」

「先生。ここは僕が……」


 クリエとナーブが戦闘態勢をとろうとしているのを見たウェルドは、笑いながらある物を差し出して説明する。


「ふふふふ。それは困った。では、私は降参するよ。なーに、無料ただとは言わない。これを進呈しよう」

「はぁー? って何よ。これ? 記憶石メモリーストーンじゃない? これに何が映っているのよ?」


記憶石メモリーストーン:周囲の状況を記録することができる魔法道具マジックアイテム


「それに映っているのは、あの少女がスターリン様の奴隷となった経緯が映っている。それから、あの少女の母親が死ぬ瞬間もな……」

『――ッ!!』


 ウェルドのあまりの発言にクリエとナーブは驚愕する。そして、目の前にいるウェルドを睨みつけて問い詰める。


「どういうつもり! そんなものを記録するなんて趣味が悪いなんてものじゃない!」

「先生の言う通りです! 人の命をなんだと――」

「わかっている。だが、それを流せばスターリン様の悪事を白日の元へと晒せるぞ?」


 ウェルドの言葉にクリエとナーブは目を見開き二人で顔を見合わせる。


「あっ……。せ、先生……」

「……そうね。でも、それが本当ならね? あなたはあの貴族に雇われているんでしょう? なんで私達に手を貸すような真似をするの? 理解できないわ」


 クリエの言葉にウェルドはわざとらしく両手を上げて弁明する。


「協力? 馬鹿を言ってもらっては困る。私は協力などしていない。私は君達に負けて記憶石メモリーストーンを奪われたのだ。そして、君達が勝手に映像を流した。白銀はくぎんの塔に所属する魔術師に襲われた私はむしろ被害者ではないかな?」


 ウェルドの説明を聞いていたクリエはウェルドの言いたいことを理解した。すると、そのまま意地の悪い笑みを浮かべながらわざとらしく話を始める。


「あぁ、そういうこと……。そうね。あなたは私達の邪魔をしようとした。でも、私達に返り討ちにあった。そのときに、この記憶石メモリーストーンを私達があなたから強奪した。――という感じでいいかしら?」

「それでもいいが。強奪という言葉は止めた方がいい。あとで問題になるぞ? 私が落とした記憶石メモリーストーンを拾ったぐらいにとどめることを勧めるよ」

「なるほど。じゃあ、ナーブ。報告書を提出するときはお願いね!」

「はぁー、わかりました。先生」


 クリエとナーブが理解したと判断したウェルドはその場を去ろうとする。その背中にクリエとナーブの話声が耳に届いた。


「……ですが先生。あの子の母親が死ぬ映像を流すというのは……。周囲に与える影響も心配ですが、何よりもあの子が一番ショックを受けるのでは?」

「……そうね。でも――」

「流すべきだ」


 ウェルドはゆっくりとその場を後にしていたが、クリエとナーブにしっかりと聞こえる口調で訴える。


「そこのお嬢さんが映像を流すと決めたのは、少女が奴隷から解放された後にサイラスで問題なく暮らすことができるよう街の者へ理解を促すためだろう? それも確かに必要だが、もっとも必要なのはあの少女自身が全てを受け入れ、新しい一歩を踏み出す勇気だ。映像を見ればわかることだが、少女の母親の覚悟は見事なものだった。……私は一人の人間として、親として尊敬している。そんな死に様なのだ。悲しみは強いだろうが、きっと少女に勇気を与えてくれるだろう……」


 それだけいうと、ウェルドは通路の奥へと姿を消した。ウェルドの言葉を聞いたクリエとナーブは映像を流すことを決める。


 ◇


 一方、大会運営側と貴族。


「このありさまはなんだ! 早くあの奴隷を捕まえないか!」

「全くだ! このままでは、スターリン様に……。いや、デイン家になんと申し開きをすればいいのか……」

「まさに! 警備兵は何をしている! 早く捕まえろ! 抵抗するなら多少は手荒くともよいだろう!」


 貴族はスターリンを、というよりはデイン家に対して失礼のないように対応しようと必死だった。しかし、当の奴隷の少女を捕らえることは叶わない状況だった。その原因がヴェルト家によるものという報告が届く。


「……そ、それは、本当か? アルベイン殿が?」

「は、はい……。邪魔をするならヴェルト家へ逆らう者と言われました……。そうなると、我々では手の出し様が……」

「むぅー」

「何を騒いでおられる?」


 そこに現れたのはヴェルト家の現当主であり、アルベインの父親。アルベルト・ヴェルトだった。


「おぉ! アルベルト卿! 良かった! ご子息を止めて頂きたい!」

「止める? アルベインを? どういうことですかな?」


 貴族が状況をアルベルトへと説明する。説明を聞き終えたアルベルトは顎に手をやりながら考える仕草をする。そこへ貴族がさらに訴える。


「このままでは、大会そのものが実行不可能になります! アルベルト卿! どうかお力を!」

「……わかりました」

『おぉー!』


 アルベルトの言葉に多くの貴族が歓喜の声を上げる。しかし、次にアルベルトが発した言葉に驚愕することになる。


「ただし、あの少女の話を全て聞き終えてからです。それまでは、この状況を見守りたいと思います」

「なっ! ……し、しかし、アルベルト卿! 事態は一刻を争います。真偽も確かでない状況で、あんな奴隷に言いように話をされてはスターリン殿。いや、デイン家にあらぬ疑いをかけることになります。まずはあの奴隷を捕らえてから再度話を聞けばよろしいのでは?」

「正式な手続きという意味では全くその通りです」

「では――」

「ですが、現状ではそれが出来るとは思えません。見て下さい? あの少女の周りにいるのは私の愚息だけでありません。圧倒的な実力で試合を決めているエル選手、白銀はくぎんの塔で一番の魔術師とも呼び声の高いクリエ殿。その二人を相手に正面を切って戦える者がいますか?」

「うっ!」


 そう、現状を打破するにも貴族側に戦力といえるのは、貴族が雇っている警備兵と白銀はくぎんの塔から派遣されている魔術師だけだった。しかし、魔術師に限っていえばクリエという存在が少女の側にいる以上、こちらに手を貸すとは考えられない。つまり実質的な戦力は警備兵のみだった。その警備兵だけでエルやクリエに勝てるかというと答えは不可能だ。警備兵は決して弱いわけではないが、サイラス剣闘士大会に出場する選手、白銀はくぎんの塔に所属するトップクラスの魔術師、そんな二人の強者を倒せる者はいなかった。


「納得してもらえたようですね。では、私は失礼します。みなさんも今は落ち着いて、席に着いて成り行きを見守って下さい」


 アルベルトに促され、貴族達は渋々と席に着くことになる。


 ◇


『……私は……奴隷になりたくて……なったわけじゃない。……そうするしか、……生きられなかったから……。私は……私は……人間と白狼人ホワイトアニマのハーフです……』


 少女からの白狼人ホワイトアニマという言葉に観客席からはどよめきが広がる。中には悲鳴を上げる者もいた。しかし、そんな中でも少女は話を続ける。


『……白狼人ホワイトアニマが……昔、人間を襲っていたのは聞いています……。私の父が白狼人ホワイトアニマでしたから……父から聞かされました……。でも、……父は優しい人でした……。父は……人間を襲うようなことは決してしませんでした……。……父と母と私……三人で……平和に暮らしていました……。でも、ある時……父が白狼人ホワイトアニマということが知られてしまい……。……父は大勢の人に囲まれて殺されました……。そのあと……母と私は……王都に流れ着いて……それで……』

「黙れ!」


 少女の話が途中だったが、スターリンが闘技場の中央から抗議の声を上げた。


「貴様! 奴隷の分際で勝手なことを言っているが! 証拠はあるのか! 貴様は奴隷になりたくないと言ったが! そもそも奴隷契約は、互いの同意がなければ結ぶことはできない! 貴様は奴隷になることを自ら選んだんだ! それを今さらお涙頂戴でなかったことにできるとでも思っているのか?」


 スターリンの言葉に観客の中からも同意する者の声が聞こえた。


「そうだよな……」

「確かに、あんな小さい子が奴隷っていうのは可哀相だけど……」

「……選んだのはあくまでも、あの子だろう?」

「それに、白狼人ホワイトアニマ……」

「いや、あの子はハーフだろう?」

「関係ねぇ! 白狼人ホワイトアニマ白狼人ホワイトアニマだ!」


 観客の声を聞いたスターリンは自分の主張が認められたことで、満足そうに笑みを浮かべる。そのとき、闘技場内の至る所に現在の少女の姿が映し出される。その姿は衝撃だった。少女の状態はボロボロの服、ぼさぼさの髪、身体のところどころに小さな傷や痣が見えていた。そんな少女の姿に多くの人は絶句する。そして、この映像と音声はサイラス中に流されていた。


 映像を見たスターリンが再度抗議しようとした時、クリエは記憶石メモリーストーンの映像も同時に流した。クリエ自身も記憶石メモリーストーンの中身は確認していないため、一種の賭けだったがクリエはウェルドを信用した。記憶石メモリーストーンの映像と音声が流れると少女は目を見開いて呟く。


『……お母さん……』

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