第42話 第三試合! 第四試合!

 サイラス剣闘士大会が行われている闘技場内の医務室から出てきたカイは意外な人物と鉢合わせしていた。その人物はカイが最も会いたかった人物。最も助けたい人物。人間と白狼人ホワイトアニマのハーフである奴隷の少女だった。


「君は……。どうして――」

「……あの人は……」


 カイは少女へ話しかけようとしたが、途中で少女が話を始める。そのためカイは話すのを止めて少女の言葉に耳を傾けた。


「……あの人は……、……大丈夫……なんですか……?」

「あの人?」

「……スターリン様に……やられた人です……」

「あぁ! フィッツ! 大丈夫だよ。もう意識も戻った。……そうだ! 会っていく? 君も心配してくれていたんでしょう?」


 カイは少女の言葉に驚きながらも少女がフィッツの身を案じてくれたことが嬉しかったので少女に提案をする。しかし、少女は表情を変えずに返答する。


「……いいえ……。……大丈夫なら……いいです。……それでは……」

「えっ?」


 少女は短く告げるとすぐに立ち去ろうとする。そんな少女をカイは呼び止める。


「ま、待って! ……君が来たのは、フィッツを心配したからだよね? それはフィッツが……元奴隷だから?」


 カイの問いかけに少女の身体が一瞬だけ跳ねるような動きをした。しかし、少女は振り返り否定をする。


「……違います。……私は心配なんかしていない……。ただ、気になっただけ……」


 否定する少女の表情は無表情ではなく少女の意思が感じとれた。カイはさらに少女へ質問をする。


「それを心配しているっていうんだよ? ……君がこの間、言った言葉を考えていたんだ。君は『余計なことをしないで』と言ったけど……。あれは本心じゃないよね? 本当は……、君も助けを待っているんだろう?」

「……うるさ――」

「えっ?」


 カイの質問に対して少女が何かを口にしたが下を向きさらに小さな声のため、カイは聞きとることができなかった。そのため疑問を口にした後、聞き返そうとすると予想外の反応が少女から出る。


「うるさい! うるさい!! うるさい!!! 勝手なことを言わないで! あなたに何がわかるの? 奴隷でもないあなたに! 私のことなんて何も知らないくせに! 助けたい? 今さら言わないでよ! 私はもう死にたいの! 生きることに興味なんてない! やりたいことなんてない! 私には何にもない! だから放って置いて!」


 少女は感情のあらん限りでカイへと怒鳴る。それはカイに対する少女の怒りだった。少女の怒りの言葉を受けたカイは心の中で喜んでいた。


(……初めて聞けた……。……この子の本当の言葉を……。それだけ辛いんだろうな……。この子の言う通りだ……。俺は奴隷のことを何も知らない……。助けたい理由も、ただこの子が可哀相で見ていられなかっただけ……。全て……この子の言う通りだ。俺は自分勝手なことを言っている……。でも……、それでも……。俺は……)


「そうだね。君の言う通りだよ。君を助けようとしているのは、俺のわがままだ。君の意思を全く尊重していない……。でも――」


 カイは少女の目を正面から見据えて想いを伝える。


「――でも、俺は君を助けるよ! 君を本当の意味で助ける! その言葉は嘘じゃない!」


 カイの言葉に少女は表情を歪ませる。そしてカイに感情をぶつける。


「……あなたも一緒……。……スターリン様と一緒……。自分勝手な意思を押し付けるだけ……。勝手にすればいい……。助けたければ……助ければいい……。それでも……、私は奴隷のまま……。助けられたら……あなたの奴隷になればいいんでしょう……?」

「違うよ……。言ったよね? 本当の意味で君を助けるって? だから、あとは君が決めるんだ……」

「……どういう意味……?」


 カイの言葉を聞いても真意が読みとれない少女は聞き返す。そんな少女にカイは衝撃的な提案をする。


「……君にお願いがある――」


 ◇◇◇◇◇◇


「はぁぁぁーーーーー!」

「……ちっ」


 闘技場ではすでに一回戦、第三試合のアルベイン対モルザの戦いが始まっていた。


 アルベインは模擬もぎ斧槍ハルバード、モルザは模擬槍を使い一進一退の攻防を繰り広げていた。気合を入れてアルベインが距離を詰めて攻撃を繰り広げている。その攻撃を嫌いモルザが距離をとり始めていた。二人の武器の射程はほとんど同じだが、わずかに槍の射程が勝っていた。そのため、アルベインが有効的な攻撃をするには距離を詰める必要があった。逆に距離を詰められるとモルザは不利となるため、距離を詰められないように立ちまわっている。そして、同じような攻防のあとに二人は大きく間合いを開けた。


(ふぅー。やはり狙いは読まれているな。まともな方法で距離を詰めるのは不可能に近いか……。それに、速度はあちらが僅かに勝っている。……どうしたものか)


 アルベインが攻めあぐねているとモルザは槍を構える。その構えは槍を扱う者のお手本のような構えだった。以前、アルベインも槍を使用していた時期があったので、モルザの構えを見て驚嘆する。


(本当に見事な構えだ。しかし、まずいな……。てっきり、あの風貌から我流の槍使いで、基本など無視をしていると思っていたが。実際は全く逆だったな……)


 そう、アルベインはモルザと対峙するまでは、モルザは基本を無視したアウトローな槍使いだと決めつけていた。しかし、実際にモルザと戦い。その考えは間違っていたことに気付かされる。モルザは基本を忠実に守り、攻撃も防御にも隙がなく高い技術を持った槍使いだった。


(基本を究めている者との戦いは厄介だ。ほぼ完成した構えゆえ隙が少ない。……それに、この男は慎重だ……。大雑把な攻撃をしてこないため、よりいっそう隙がない)


 アルベインが考えて動きが止まっていてもモルザは突撃せずに、中段に槍を構えながらじりじりと距離を詰めていた。見ている者からは退屈な動きに見えるかもしれないが、実際に戦っているアルベインにとっては厄介な動きだった。


(……自分が有利とわかっていても、慎重な行動は崩さないか……。だとすれば、私が勝つ方法は一つだけだな。あの構えを崩すしかない!)


 そう決心をしたアルベインは斧槍ハルバードを構えてゆっくりと距離を詰める。あと少しで相手の攻撃範囲に入る。その光景を見ていた観客も息を殺してアルベインとモルザの二人を見つめていた。


 モルザの攻撃射程にアルベインが入るとモルザが動いた。アルベインへ向かい真っすぐに鋭い突きを打ち込む。その攻撃をアルベインは当然の如く弾く。しかし、モルザも弾かれることは織り込み済みだったのか、弾かれても表情一つ変えずにアルベインへ突きを繰り出す。アルベインも攻撃は続くと確信していたので、放たれてくる鋭い突きを弾きながら前進する。そして、アルベインが自分の攻撃範囲に入った瞬間、斧槍ハルバードの一撃をモルザへと叩きこむ。すると、アルベインは後方へと吹き飛ばされて大地に倒れ込んだ。


 アルベインが吹き飛ばされると観客からはどよめきとモルザの攻撃に対して大きな歓声が沸いた。


『おーっと! 互角の勝負と思われていたが、モルザ選手がアルベイン選手を吹き飛ばしたぞー! これは、モルザ選手の勝利かぁー!』


 ◇


 観客席で観戦していたルーア達は、アルベインが吹き飛ばされた姿を見て声を上げる。


「アルベイン! 何してやがる! 早く立ちやがれ!」

「る、ルーア君。落ち着いて。アルベインさんは強いから。こ、これぐらいじゃあ負けないよ!」

「えぇ。ムーの言う通りよ。……でも、相手の方も予選を勝ち抜いただけあって強敵のようです。アルベインさんでも勝てるかどうか……」

「えー。スーお姉ちゃん……。そんなこと言わないでよー。ぼ、ぼく心配になっちゃうよ……」


 スーの言葉でムーは表情を曇らせて泣きそうな声を出すが、対照的にルーアは興奮気味にまくし立てる。


「けっ! 今ほどの実力はなかったけど、アルベインはカイに勝った男なんだぞ! だから、あんな死神みてぇな野郎に負けるなんて気にいらねぇ! アルベイン! 負けたら承知しねぇーぞ!」


 ルーア、ムー、スーが一生懸命に大声でアルベインを応援しているが、もう一人の身内でアルベインとは幼馴染であるアリアからは何も声が上がらなかった。そのことに気がついた三人はアリアの方を見る。すると、アリアはよだれを垂らして居眠りをしていた。


『お姉ちゃん!!』


 スーとムーの声がハモりアリアを起こした。


「……うん? 何? カイ君の試合が始まるの?」

「そうではありません! 今はカイさんのことよりも、アルベインさんの試合を応援してあげて下さい」


 スーの抗議にムーは横で首を縦に何度も振りながら同意している。


「えー!? アルベインの試合だったの? なら、もう少し寝かせてよー」

『お姉ちゃん!!』


 再度、スーとムーの声がハモりアリアは怒られる。そんな光景を見ていたルーアが疑問を口にした。


「なぁ、乳でかねーちゃん。聞いていいか?」

「うん? なーに? ルーア君」


 ルーアの失礼な呼び方を全く気にせずにアリアはルーアを見る。


「オメーとアルベインは付き合いが長いんだろう? 心配じゃないのかよ?」

「うーん? 心配じゃないかって聞かれると、心配だって答えるけど……。まぁ、付き合いが長いからね。あいつのことは、なんとなくわかっているつもりよ」

「あん? どういうこった?」


 アリアの答えにルーアは首を傾げる。一緒に聞いていたスーとムーもアリアの答えがよく分からなかった。そんな三人にアリアは自信満々の笑顔でウィンクをしながら答える。


「うふふふ。つまり、アルベインが勝つってことよ」


 ◇◇◇◇◇◇


 アルベインはモルザの一撃を受けて大地に横たわっていた。損傷ダメージもあったが、致命的ではない。しかし、アルベインはすぐに立ち上がらず倒れたままだった。理由はモルザの技術に感心していたからだ。


(……上手いな。最初の攻撃は手を抜いていたな……。いや違うな、手を抜いたのではなく。緩急をつけたのだろうな……)


 モルザの槍による突きを弾くことができたアルベインは自信を持って前進する。そして、斧槍ハルバードの攻撃範囲に入った瞬間に攻撃へと移った。しかし、攻撃がモルザに届く前にモルザの槍による突きがアルベインを吹き飛ばす。その槍の突きは、最初の突きの倍以上の速度だった。そのため、アルベインは弾くことができずに吹き飛ばされた。


(決して対応できない速度ではなかった……。しかし、最初の攻撃で相手の繰り出す突きの速度を勘違いさせられたこと。そして、急激な速度変化に頭も身体も対応できずにまともに受けてしまった……。実戦なら死んでいたかもな……。強い者というのはいるものだな……。さて、感心してばかりもいられないか)


 アルベインは口元に少しだけ笑みを浮かべ立ち上がりモルザに向き直る。すると、意を決したように斧槍ハルバードを構える。しかし、その構えは先程までの基本の中段ではなく振り上げた上段だった。その構えにモルザは視線を少し上に動かす。見ている観客からはざわめきが起こる。


 理由は単純。上段からの構えは防御よりも攻撃重視の構えだからだ。攻撃をまともに受けたアルベインが上段の構えをしたことに疑問があった。何よりも射程距離の問題がある。斧槍ハルバードと槍ではわずかとはいえ槍の方が射程距離は長い。つまり、アルベインが攻撃をする前にモルザは攻撃を仕掛けてくるというのに、アルベインはモルザへ近づく前に上段へと構えた。このことが観客には理解ができなかった。だが、アルベインにはある目論見があった。そして、その作戦に気がついている者が一人いる。


 ◇


「なるほど、アルベインの奴。思い切った作戦に出たな……」


 呟いたのは謎の戦士エルだ。エルはアルベインの作戦に気がついていた。そして、その作戦は悪くないと思いながらアルベインを見ていた。


「……しかし、成功できるか? 失敗すると負ける可能性が高いぞ?」


 ◇


『これは! アルベイン選手、上段の構えのままでモルザ選手へと近づいて行く。しかーし! 一方のモルザ選手は動かずにアルベイン選手を待っている。迎え撃つ気なのか? さぁー! どうなる!』


 司会者が実況している最中もアルベインはモルザとの距離をゆっくりと詰める。しかし、モルザは動かずに待っていた。アルベインが槍の攻撃範囲に入ってくるのを……。


(待ちか……。ということは、狙いに気がついたか……? もしくわ、ただ慎重に行動しているだけか……。まぁ、どちらでも構わない。私は私の出来ることをやるだけだ!)


 そうこうしている間にアルベインがモルザの攻撃範囲へと入る。するとモルザは、すかさず攻撃に転じる。その攻撃はアルベインを吹き飛ばした突きよりもさらに速度が増していた。この突きがモルザの渾身の突きだった。そんな槍の一撃がアルベインを襲う。


 次の瞬間、周囲に金属同士が当たる甲高い音が鳴り響く。


 音の後、何かが闘技場で戦っている二人の周囲に散らばる。散らばった物はかつて武器だった物の一部だ。その武器を持っていた人物は自分の両手を見ながら膝を大地につけている。


「……くっ! ま、まさか……」

「私の勝ちだ。降参しろ!」


 アルベインが斧槍ハルバードをモルザの肩へ押しつける。モルザは痺れて震える両手を見ながら両膝を地面につけていた。モルザの持っていた模擬槍は見事に叩き壊され、モルザの両手はアルベインの攻撃による衝撃で痺れてしまっていた。そう、アルベインの勝利だった。

 

 少し遅れて大歓声がアルベインへと降り注いだ。


 ◇


「見事だな、アルベイン。敵の攻撃が当たる前に斧槍ハルバードの一撃で相手の槍を破壊する。簡単なようだが並はずれた技術と力が必要だ。……当然だが勇気もな」


 アルベインはモルザの突きに合わせて斧槍ハルバードを槍に叩きつけたのだ。その攻撃によりモルザの槍は破壊され、槍を握っていたモルザの両手にも甚大な損傷ダメージを与えた。しかし、それはモルザが基本に忠実な戦士だったから成功した。基本を守っていたモルザは槍を手放さないようにしっかりと握っていた。そのため、アルベインの攻撃を受けても槍が飛ばされないように逆に握り返していた。だが、その行為が裏目に出てしまい。アルベインによる想定以上の攻撃でモルザの模擬槍は破壊され、モルザの両手には甚大な損傷ダメージを残す結果となった。もしもモルザが槍を素早く手離していれば、槍は壊れずに弾かれるのみでモルザの両手にもたいした損傷ダメージを与えることはできなかったことだろう。だが、アルベインには自信があった。モルザは決して槍を手放さないだろうと。理由はモルザが基本に忠実な戦士だったからだ。武器を手放さないということは、戦士ならば当然のこと。それは、戦いを学ぶ初期に誰もが教わることだ。その習性をアルベインは利用したのだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 医務室近くの廊下。


「……何を言っているの……?」

「言った通りだよ。じゃあ、俺は行くね。知り合いの試合が始まってるから応援をしてあげたい」


 そういうとカイは少女の横を通り過ぎて去ろうとする。だが、少女は声を荒げて反論する。


「……ふ、ふざけないで! 勝手なことを言って、……私はそんなことしない!」


 少女の叫びを聞いたカイは歩みを止めずに一言だけ言う。


「……それならそれでいい。それが君の答えだから……。でも、俺は信じる!」


 そして、カイは少女の前から姿を消した。少女はカイが去った後もしばらく困惑して、その場に留まっていた。


 そんなカイと少女の会話を盗み聞きしていた人物がいた。スターリンに雇われている魔術師のウェルドだ。


「変わった青年だ……。いや、ある意味では正しいのかもしれんが……。どうするのだ? 奴隷五号が選択を誤れば自分の身が奴隷に落ちるというのに……。全く……」


 そういうと、ウェルドは首を横に振る。しかし、その表情には笑顔がみられる。ウェルドは内心ではカイの行動を称賛していた。


 ◇◇◇◇◇◇


『勝負あったー! 一回戦、第三試合の勝者はアルベイン選手だー!』


 司会者の勝利宣言で観客の大歓声がさらにもう一段階高まった。その歓声に応えるようにアルベインは斧槍ハルバードを天にかざす。しかし、歓声の鳴りやまない観客席のある場所を見て憮然とする。アルベインの目に映ったのは欠伸あくびをしているアリアの姿だった。


(全く。あいつらしい……)


 観客の歓声に答えた後、アルベインは地面に膝をついているモルザへ近づき右手を差し出して声をかける。


「ありがとう。いい試合だった。正直、実戦では負けていたかもしれない。君の槍は見事なものだった。我流と思っていたが、基本を忠実に守る姿勢は尊敬に値する」


 声をかけられたモルザは鋭い視線でアルベインを睨みつけた。その視線を見たアルベインは苦笑する。


(しまったな……。相手のプライドを傷つけてしまったか? 悪気はなかったのだが……)


 相手の機嫌を損ねたとアルベインが後悔しているとモルザが驚きの行動をとる。アルベインが差し出した手をがっしりと両手で掴み言葉を発した。


「……ぼ、僕も感激でした! あ、あなたみたいな強い人に……で、出会えて嬉しいです! そ、それに僕にそんな声をかけてくれたのは……あ、あなたが初めてです!」


 モルザの発言にアルベインは目を丸くして驚く。槍の使い方もそうだったが、見た目からもっと寡黙な人物と想像していたからだ。


(ぼ、僕? み、見た目とのギャップがすごいなぁ……。どうみても、私とか俺とか言うようにしか見えないが……)


「そ、そうかい? しかし、意外だよ。そんな喜んでもらえるとは……」

「と、当然です。……ぼ、僕は見た目のせいか……。全然、人が寄って来なくて……。だ、だから、あなたが声をかけてくれたのが嬉しいんです!」

「な、なるほど。それは良かった」

「……あ、あの! も、もしよければ、お、お友達になって下さい!」

「えっ! と、友達?」

「だ、駄目ですか……?」


 モルザは今にも泣き出しそうな表情に変化した。慌てたアルベインはモルザへ返答する。


「いや! い、いいとも。友達になろうじゃないか!」

「あ、ありがとうございますー!」


 モルザは歓喜して涙を流す。そして、観客はアルベインとモルザの会話は聞こえていなかったが、二人の戦士が戦いを称えあっていると読み取り暖かい拍手をしていた。そんな中、アリアはアルベインの表情を見て困っていることをいち早く察していた。


「あー、あー。全く。だらしないわねー」


モルザ:黒髪の長髪だが、後ろで髪を束ねている。眼光鋭く人を寄せ付けない雰囲気を持つ男。全身は黒い衣装に身を包んでいる。死神のような出で立ちだ。そのため、多くの者から恐れられている。だが、実は――寂しがり屋の恥ずかしがり屋。目つきが悪いのは生まれつき、緊張すると上手く話すこともできないため、友達ができないことを悩んでいる。

 しかし、本日モルザに初めてアルベインという友達ができた。余談だが大会後、モルザはサイラスに長期滞在をしている。理由は友達ができたからである。


 ◇


「あー、間に合わなかった……」

「遅かったな。カイ」


 アルベインとモルザの試合終了とほぼ同時にカイは選手控室へと戻ってきた。そんなカイにエルは声をかける。


「はい。……少しやることがありました。あっ! それよりも、次の試合は――」

「あぁ、私だ」

「頑張って下さい! し、……エルさん!」

「あぁ、任せておけ」


 アルベインとモルザが控室へと戻った十分後に一回戦、第四試合が開始される。戦うのはオウカロウ対エルだ。二人は悠然と闘技場の中央まで進み向かい合う。オウカロウは二メートルを超える巨体のため、向かい合っていると体格差が浮き彫りになる。見ている観客からもエルを心配するような視線や声があったが、予選を見ていた観客はエルの圧倒的な強さを見ていた。そのため、エルよりもオウカロウを心配するような声もちらほらと聞こえてきた。そんな中で司会者が話し始める。


『さぁー! 一回戦もいよいよ最終試合となった! 勝つのは圧倒的な体格と力を持つ、オウカロウ選手か! それとも、予選にて圧倒的な実力を見せつけたエル選手か! それは戦ってみるまでわからない! では! 一回戦、第四試合の試合開始!』


 試合開始の合図とともにオウカロウは両腕を上げて威嚇するように構える。一方のエルは剣を抜いたが特に構えるわけでもなく右手に剣を持ち下へと力なく下げていた。その姿に対戦相手のオウカロウは勿論、周囲で見ている観客も怪訝な表情を浮かべる。唯一変化がないのは、エルというよりはリディアのことを知っているカイ達だけだった。


 しかし、リディアのことを知らないオウカロウはエルに対して質問をする。


「おんし、それは何のつもりじゃあ? まさか、ワシのことを馬鹿にしとるんか?」

「そんなつもりはない。ただ、予選でお前の戦いを見ていたが、私が本気を出すほどの相手ではないと感じてはいる」


 エルの言葉に観客から感嘆と驚愕の声が漏れ聞こえる。要するにエルはオウカロウに「相手にならない」と言っているのだ。エルの言葉を受けたオウカロウは怒りに燃えると思いきや声をだして笑い始めた。


「わははははははは! おんしは豪胆な者じゃのう! 女子おなごにしとくのが勿体ないわ。……じゃけん、わしも戦士のはしくれじゃあ! 本気で戦わんのなら本気にさせるまでじゃあ! ふほぉぉぉーーーーーーー!」


 そういうとオウカロウは突然、空気を目一杯という感じに吸い始める。その行為の意味をエルは理解できずに首を傾げる。それは周囲で見ている観客も同様だった。しかし、すぐにオウカロウの身体に変化が現れ始めた。肌の色が赤黒く変化を始める。その変化に観客からはどよめきが起こる。その変化を見たエルは声を漏らす。


「まさか、身体能力の向上……?」


 エルの質問にオウカロウは空気を吸っている最中のため、答えることはしなかった。しかし、行為が終わりオウカロウの全身が赤黒く変化するとエルの質問に答え始める。


「そうじゃあ! よくわかったのー! 呼吸気法という技じゃあ! 体内に空気を溜めこむことで、身体を活性化させることができるんじゃあ。見んさい!」


 説明をしたオウカロウはおもむろに大地を殴りつける。その衝撃で大地がひび割れる。その力に観客は歓声を上げるが、オウカロウが行おうとしていることはこの後だった。ひび割れた大地から岩石を持ち上げる。大人の人間ほどの大きさの岩を上空へ軽々と投げる。その岩は上空まで浮かびきると重力に負けて落ちてくる。その岩をオウカロウは頭部で受け止めた。普通なら頭部に大怪我をするか、当たり所が悪ければ死んでしまってもおかしくないが、オウカロウは無傷で平然と立っていた。いや、オウカロウと直撃した岩の方が粉々に砕かれている。オウカロウの一連の行動を見た観客は大歓声を上げる。しかし、エルは冷静に分析してオウカロウへと話しかける。


「なるほど。それが呼吸気法とやらの効果か……」

「その通りじゃあ! この通りワシの身体は硬質化しておる。おんしの攻撃でワシを倒すことができるかのう?」

「そうだな。まともな攻撃では無理だろうな」


 ◇


 エルからの敗北宣言にも似た言葉を聞いたカイは驚愕して声を上げる。


「そ、そんな……。し……、いやいや、エルさんが勝てないなんてことが……」

「いや、それはわからないぞ。カイ君」

「アルベインさん。どうしてですか?」

「これは実戦ではない。ルールのある競技にも似た部分がある。何でもありの勝負であればエル殿に勝つことは無理かもしれないが、大会では攻撃魔法は禁止だ。つまり攻撃は肉体攻撃、武器の攻撃に限定される。……しかし、あの男は自らの身体を硬質化させることで完璧な防御をしている。損傷ダメージを与えることができなければ、いくらエル殿でも……」

「……負けるって言いたいんですか?」


 カイの最後の質問にアルベインは沈黙で返すが、それはカイの言葉を肯定しているようにしかみえなかった。しかし、カイはアルベインに反論する。


「……いえ。エルさんは勝ちます……。エルさんの強さは俺が一番知っていますから!」


 カイに根拠はないが、エルの勝利を信じて疑っていなかった。


 ◇


「ほんじゃあ、説明もすんだことじゃし。始めてもええんか?」

「あぁ、いつでもいいぞ。というより、司会者から試合開始の合図は出ている。私に尋ねる必要などないぞ?」

「わはははは! そうじゃのう! じゃあ、始めるぞ!」


 豪快に吠えたオウカロウがエルへ向かって、一歩を踏み出す。そして、そのまま大地に倒れ伏した。倒れて動かなくなったオウカロウを見降ろした後、エルはオウカロウに背を向けて控室へと引き返す。大勢の観客は何が起こったのかわからずに声もあげずに呆然としていた。それは、実況をする司会者も同様だ。しかし、勝負がついたことを理解したと同時に声を上げる。


「あー、えー、お、おーっと! え、エル選手! 予選に引き続き、本戦でも一瞬で! まさに一瞬で勝負を決めたー! い、一回戦、第四試合の勝者はエル選手だー!」


 司会者の言葉を聞いた観客は息を吹き返したように大歓声を上げてエルの名前を連呼していた。それほどまでに衝撃的な勝利だった。


 ◇


「やったー! さすがはエルさん!」


 カイはエルの勝利を心の底から祝福する。そして、控室へ戻ってきたエルを労う。


「お疲れさまです! すごかったです! あそこをピンポイントで狙っていたんですね!」

「あぁ、まともに攻撃しても意味がないと判断したのでな」


 カイとエルが話している間――いや、試合が終了した時から観客と同様に理解できなかったアルベインは目を見開き驚愕していた。そんなアルベインに気がついたエルが声をかける。


「どうした、アルベイン。体調でも悪いのか?」

「い、いえ、そ、そうではなく……。あ、あの、エル殿?」

「なんだ?」

「い、今の試合では、な、何をされたんですか?」

「今の試合? ただ、一撃を加えただけだが?」


 平然と答えるエルにアルベインはさらに困惑する。すると、半ばやけになり聞き返す。


「し、しかし、あの男の技によってエル殿の攻撃は効かないはずでは!」

「そうだな、まともに攻撃しても通じなかったろう。だが、人間というのは……。いや、生き物というのは、そんな単純ではない」


 エルの言葉を聞いてもアルベインは理解できなかった。そんなアルベインの状態を理解したカイがエルに代わり説明する。


「あのー、アルベインさん。エルさんは人間の弱点を……要するに急所となる場所を狙ったんです」

「……急所?」

「はい。エルさんは攻撃を仕掛けてきたオウカロウさんの顎の先端を思い切り剣で叩きつけたんです」

「顎の先端? ……あっ!」


 カイの説明を受けてアルベインにもようやく理解ができた。さっきの攻防はエルの言った通り、エルが一撃をオウカロウへと加えただけだった。ただし、その一撃はオウカロウの顎へと正確に打ち込まれていた。その攻撃自体はオウカロウの身体に損傷ダメージを与えることはできなかった。しかし、顎を打ちこまれたことで頭部に衝撃を受ける。その衝撃がオウカロウの脳を揺らした。そして、脳が揺れたことでオウカロウは意識を消失した。つまりは気絶したのだ。


「……そうか。そういうことか……」

「そうだ。しかし、お前が気付かないのは意外だったな」

「えっ?」


 エルの言葉にアルベインは驚く。そんなアルベインへエルは言葉を続ける。


「そうではないか? 先程の試合でお前は相手の槍を壊して、相手の両手を痺れさせていたではないか。私がやったことは、それと大して変わらないぞ?」

「あっ! た、たしかにそうですね……」


 アルベインは自分の視野の狭さを痛感する。エルの言う通り、アルベインのやった戦法とエルのやった攻撃はほとんど同じだった。しかし、アルベインは説明されるまで、エルの行った行動を思いつきもしなかった。それは思いこみや先入観が強かったからだ。相手の技にばかり目がいってしまい重要な部分を観察することや判断することができていなかった。アルベインは、そんな自分が次の試合でエルと対戦することに強い不安を覚えていた。


「まぁ、いいさ。とにかく次はお前との試合だ。よろしく頼む」

「……こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

「ようやくだね」

『――ッ!!!』


 三人にある男が声をかける。四人目の一回戦勝利者であるスターリンだ。カイ、エル、アルベインはスターリンを睨みつける。しかし、スターリンは全く動じなかった。


「覚えているかい? この試合で君が負けたらどうなるかを?」

「……はい。……でも、スターリンさんも忘れていませんよね? この試合で俺が勝ったら――」

「そんなことは、天地がひっくり返ってもありえない! ……とはいえ、覚えてはいるよ。もしも、万が一だが僕が負ければ奴隷五号は奴隷から解放するよ」


 スターリンの言葉を受けてカイは小さく頷くと小さな声で呟く。


「……あとは、あの子が……」

「うん? なんだって?」


 カイの呟きにスターリンが聞き返すが、カイは首を横に振ると気持ちを切り替えるように謝罪する。


「すみません。何でもないです。……それよりも、スターリンさん。よろしくお願いします」

「フフフ。あぁ、こちらこそよろしく」


 カイは表情を引き締めるが、スターリンは口元に笑みを浮かべながら挨拶を交わす。


 そして、二回戦、第一試合が始まろうとしていた。


 スターリンは早々に闘技場の中央へと移動を始める。カイもスターリンの後を追うような形で闘技場の中央へ向かおうとする。そこへ声がかかる。


「カイ!」


 エルの言葉にカイは振り向く。


「勝て! 絶対だ!」

「……はい! 絶対に勝ちます!」


 カイは力強く返事をした後、颯爽さっそうと闘技場の中央まで移動する。移動の途中で観客席を見渡した。その中でルーア、アリア、スー、ムーといった友人を見つける。ルーア達を見たカイは少し笑顔になる。しかし、カイが探しているのはルーア達ではなかった。カイが探している人物――それは……。


 ◇◇◇◇◇◇


 ある人物が、闘技場内の廊下で立ちつくしていた。あとほんの数歩だけ移動すれば闘技場を見渡せる観客席の通路へと出ることができる。しかし、その人物は足を踏み出そうとするとまた元の位置へと戻る。そんなことを延々と五分ほど繰り返していた。


「……私は……」

「何をしている?」


 声をかけられ、一瞬だけ身体を跳ねさせて声の方へと向き直る。それは、奴隷五号と呼ばれる人間と白狼人ホワイトアニマのハーフである少女だった。


「……ウェルド様……」


 声をかけたのはスターリンに仕える魔術師のウェルドだ。ウェルドはもう一度同じ質問を少女にする。


「私は何をしていると聞いたのだが?」

「……何もしていません……」

「だから聞いているのだ」

「……えっ?……」


 少女は考える。何か言いつけをされていたのかと。何か忘れているのかと。そんな困惑する少女へウェルドは真意を伝える。


「お前は、あの青年と約束をしたのだろう? だったら、ちゃんと試合を見ろ」

「――ッ!」


 ウェルドの言葉に少女は驚愕する。カイとの会話を聞かれていたからだ。しかし、ウェルドはそのことを深く言及はしなかった。だが、少女に諭すように話しかける。


「お前がどんな選択をするのかは、お前の自由だ。……だがな、あの青年はお前を助けるために魔力による契約を交わした。それは本気でお前を助けるという覚悟の証だ。お前がそれを断るのは別に構わんが……、せめて見るんだ」

「……見る?」

「そうだ。あの青年が見ず知らずのお前をどうして助けようとするのかは、私にもわからないが……。彼の覚悟は尊敬に値する。そして、当事者のお前が最低限することは、あの青年の戦いを最後まで見ることだ。それを見てどうするかを決めろ。最初から決めつけ、諦め、答えを出すな! ……私から言うことはそれだけだ。あとはお前が決めろ。そこを一歩踏み出せば試合が見えるのだからな」

「……私は……」


 少女は悩み……。


 少女は一歩を踏み出した。


 太陽の光に一瞬だけ目の前が白く映るが、すぐに慣れる。


 少女が目を凝らすと見えたのは、闘技場に立っているカイの姿だった。


 ありえないはずだが、少女は確信する。


 カイと目が合ったこと。


 カイが微笑んだことを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る