第41話 友達

 フィッツはボロボロの状態ながらも思い出していた。


 自分の過去、忘れ去りたい過去、母との別れ、大切な師との出会いを……


◇◇◇◇◇◇


 フィッツとその両親は白人狼ホワイトアニマによる襲撃で住んでいた村を失う。突然のことでどうすればいいかわからず途方に暮れていた。しかも、襲撃でフィッツの父親は深手を負ってしまい。フィッツが物心ついた時に、その傷が原因で父親は亡くなってしまう。フィッツの母親はある町へ到着するが右も左もわからない状況、頼る者もなく途方にくれていた。だが、それでも母親はなんとかしてフィッツを育てなければならないと奮起する。そのため、フィッツの母親はどんな仕事でも断ることなく行い働き続ける。しかし、そんな状況で身も心も疲弊していった。そんなときに、その町の貴族がある話をフィッツ達へ持ちかけてくる。


「私の奴隷となるなら。お前達二人の面倒をみてやる。死ぬよりはいいだろう?」


 フィッツの母親は、その貴族の誘いに乗ってしまった。死ぬよりはましという言葉にも納得したからということもあったが、何よりも心身ともに限界を迎えてしまい思考力も低下してしまっていたからだ。しかし、実際に奴隷となったフィッツとフィッツの母親は死ぬよりも辛い目にあうことになる。満足に与えられない食事、過酷な労働、劣悪な住居。そんな目にあってもフィッツの母親は、自分を二の次にしてフィッツだけは正しく育てるように努力をしていた。しかし、過労が重なり些細なミスをして、貴族の大事にしていた壺を割ってしまうというミスをおかす。そのことが原因でフィッツの母親はフィッツの目の前で貴族に殺されてしまう。その光景を見たフィッツは我を忘れ貴族に襲いかかったが、ただの子供であったフィッツは貴族を守る衛兵に返り討ちに合い。その命も奪われそうになる。


 そこへ救世主が現れる。見た目はただの白髪の老人。年も八十を超えていると思われる。しかし、見事な体格と屈強な肉体は二十代といっても差支えがないほどだった。


 その男はフィッツを襲った刃を素手で掴むと無造作に、あっさりと刃を粉々にする。突然のことに驚く衛兵や貴族をよそに老人は衛兵たちを一瞬で殴り倒す。その後、貴族に歩み寄ると静かにだが殺意を込めて言い放った。


「選ぶんじゃな。この子を解放するか。それとも、ここでワシに殺されるか。……どっちにする?」


 老人の言葉と本気の視線に晒された貴族はただ頷きフィッツを解放する。そして、フィッツはその老人に引き取られ弟子となり拳法家となった。


 ◇◇◇◇◇◇


 少し過去を思い出したフィッツは笑いながらスターリンへ言葉を続ける。


「……そう、だから俺はあの子を助けるんだ! かつて師匠が俺にしてくれたように!」

「そうか……。そういうことか、理解したよ……」


 スターリンはフィッツへと言葉をかけた後、突然フィッツの顎へ剣撃を叩きこんだ。その衝撃でフィッツは後方へとふき飛ばされるが、なんとか倒れ込むのを踏み止まる。その際に尋常ではない激痛が全身を駆け巡るが歯を食いしばり我慢した。一方のスターリンは怒りの感情をむき出しにしてフィッツへ追撃を行う。そこには慈悲の感情など微塵もない。


「汚らわしい! 元奴隷如きがこの僕と戦う? いや、この僕に攻撃したこと自体が許されざる大罪だ!」


 スターリンは叫びながらフィッツへ剣撃を繰り返す。その攻撃は全てフィッツへと直撃する。スターリンの剣撃がフィッツを直撃すると激しい痛みで意識を失いかける。しかし、血反吐を吐きながらもフィッツは倒れずに立ちながら攻撃を受けていた。そんな状況であるにも関わらずフィッツは不敵な笑みを浮かべてスターリンを挑発するような言葉を言い放つ。


「ごはぁ! ……ごほ! へ、へへ……。そんな攻撃じゃあ、……俺は倒せないぜ? 思いっきり攻撃してみろよ……」

「ふん。そうかい? だったら、望み通りにしてやるよ!」


 フィッツの挑発を受けたスターリンは渾身の攻撃をフィッツへとおみまいしようとする。スターリンはフィッツの言葉が挑発と理解していた。しかし、フィッツの状態を観察してスターリンは確信する。


(フン! 見えすいた挑発だ! 大方、僕が攻撃した瞬間にカウンターでも狙っているんだろうけど……。残念だったな! 君の動かすことのできるのは、左脚のみ! しかも、右脚が役に立っていない以上は左脚で蹴りをすれば倒れるか、倒れなくても踏ん張りの効かない蹴りになる。そんな攻撃が僕に通じるとでも思っているのか? ……とはいえ、こいつは馬鹿の上に鈍いときている。しかも、わけのわからない……気……とか言ったか? 妙な攻撃方法もある。だから、攻撃する時も左脚には注意を払おう。そうすれば、万が一にも僕が敗れることなどない!)


 スターリンがフィッツの左脚によるカウンターに注意を払いながら、渾身の一撃をフィッツに叩き込む。スターリンの攻撃は無情にもフィッツの左肩を直撃する。その手応えに満足したスターリンは笑みを強める。


 そして、次の瞬間には苦悶の表情を浮かべながら地面に両膝をつき倒れる。


「がぁ! き、貴様……。げほ……。な、なんで……。 ……く、クソ!」


 苦悶の表情を浮かべながら地面へ膝をついているのはフィッツではなく攻撃を仕掛けたスターリンだった。


 先程、スターリンから攻撃された次の瞬間にフィッツは気を込めた右拳をスターリンのみぞおちへと正確に叩き込んでいた。


 そのため、スターリンは呻き声を上げながら地面に膝をついた。満身創痍ながらもフィッツは苦痛により動くことのできないスターリンを見降ろしている。


 ◇


「フィッツ……」

「狙っていたのか?」

「だろうな。全く呆れた奴だ。カウンター……。いや、肉を切らせて骨を断つというやつだな。スターリンを挑発して大振りの一撃をあえてその身に受ける。そして、次の瞬間に右拳をやつの腹に打ち込むとは」

「で、でも、フィッツの右腕は動かせないはずじゃあ?」

「あぁ、その通りだ。……恐らくだが、理屈ではなく気合で動かしたのだろう。常識ではありえない。非常識な話だ。本当にとんでもない男だ」


 そう言いながらもエルは微笑みを浮かべる。それはカイも同様だった。フィッツのとんでもない行動に呆れながらも感心していた。


 ◇


 フィッツの見事な大逆転劇に観客からは割れんばかりの大歓声が巻き起こっていた。そして、フィッツは膝をついているスターリンの元へとゆっくり近づいていく。スターリンはフィッツが近づいていることを理解していたが身体がいうことをきかないため、その場を動くことができなかった。


(ま、まずい! このままじゃあ……。負ける! この僕が……こんな田舎者の平民に!)


 スターリンはなんとか身体を動かそうとするが、自力では全く動くことができなかった。先程のフィッツの攻撃は見事にスターリンのみぞおちに打ち込まれていた。そのため、思考することはできても身体の自由は奪われてしまっている。意識がはっきりしていても、身体を動かすことのできない状況にスターリンは歯ぎしりしながら悔しがっていた。


(……これで、終わりだ。……師匠……。やったぜ……。俺は……あの子を救えたんだ……。あんたが俺を救ってくれたように……)


 フィッツはスターリンのすぐ近くへと到達すると右拳を握り込んだ。その拳をスターリンへと振り下ろす。それで試合の決着は着く。一方のスターリンは諦めて目を強く閉じる。その光景を見ていた観客は決着の時を固唾を呑んで見守った。


 しかし、いつまで経ってもフィッツの拳がスターリンへ振り下ろされることはなかった。不思議に思ったスターリンはなんとか顔だけを上げてフィッツを見上げる。するとフィッツは拳を振り上げた状態で止まっていた。いや、拳を振り上げた状態で気絶していた。


 ◇


「フィッツ……?」

「これは……」

「……限界だな。いや、とうに限界は超えていた。恐らくだが、勝利を意識して一瞬だが緊張の糸を緩めたな……。そのためフィッツは意識を失ってしまった……。残念だが、ここまでだ」

「そ、そんな! フィッツー!」


 カイの声がフィッツへと飛ぶが、フィッツが意識を取り戻すことはなかった。アルベインとエルはフィッツの敗北を悟り表情を曇らせる。


 ◇


『こ、これは、一体? フィッツ選手が全く動かなくなってしまった。おーっと、ここで審判がフィッツ選手へと近寄っていきます』


 審判の数人がフィッツへ駆け寄るが、フィッツの状態を確認した全ての審判が首を横に振る。そして、状況を司会者へと伝える。


『えー、ただいま情報が伝わりました。……残念ながらフィッツ選手は意識を失い、もう戦闘を行える状態ではないと判断されました。よって! 一回戦、第二試合の勝者はスターリン選手に決定しました!』


 司会者の宣言を受けて観客からは壮絶な戦いの勝者であるスターリンへと大歓声が降り注いだ。しかし、司会者は言葉を続ける。


『しかし、フィッツ選手も敗れたとはいえよく頑張ってくれました。皆さん! フィッツ選手へも惜しみない声援をお願いします!』


 司会者の言葉に観客は同調したように歓声をあげてフィッツの健闘を称える。そして、フィッツを医務室へ運ぶための担架が運ばれる。審判と救護員が立ちながら気絶しているフィッツを担架へと移そうとする。しかし、その移動をいつの間にか身体の自由を取り戻したスターリンが邪魔をする。


「スターリン選手? どうかされたのですか?」

「……どけ」

「は?」


 スターリンが言った言葉の意味が理解できずに審判は聞き返すが、スターリンは説明をせずに審判を無理矢理に押しのけてフィッツへと近寄る。


 ◇


「まずい!」

「えっ? 何がですか?」

「あ、あいつ! まさか、また!」


 スターリンの行動を読んだエルとアルベインは声を荒げるが、カイは状況を呑み込めずにいた。そのとき、スターリンは気絶しているフィッツへと剣を振り上げる。


 ◇


 スターリンの攻撃は無防備なフィッツの延髄を正確に狙っていた。その攻撃が当たる――直前にスターリンの剣は受け止められていた。突如として出現したエルの剣によって……。エルはスターリンが攻撃することを察知して高速移動でフィッツの元へ駆け寄った。そして、スターリンの攻撃を見事に防いだのだ。


「……何をする」

「それはこちらのセリフだと思うが? 試合は終了している。攻撃をする意味がない」

「意味? 意味ならある。元奴隷如きが、この僕を殴った! いや、それどころか僕に恥をかかせたんだ! こいつの行動は万死に値するんだよ!」


 スターリンは激高してエルへとまくし立てるがエルは冷静に返答する。


「……なるほど、貴様の理屈はわかった。正直、理解することはできないが……。しかし、それでいいのか?」

「何……? それは、どういう意味だ?」

「簡単だ。貴様の行動は常軌を逸している。……周りをよく見るんだな」


 エルの言葉を受けてスターリンは周囲へと目を走らせる。すると、観客席にいる観客、近くにいる審判、救護員など目につく者の全てがスターリンへと非難めいた視線を向けていた。その視線を感じたスターリンは反省するではなく腹を立てる。


(クソ! これだから、田舎者の平民は嫌なんだ! こんなの王都だったら全員死刑になる重罪だぞ! 貴族の僕に対して、そんな視線を送ってくるなんて……。しかし、ここで失格になるのは面白くない。……仕方がない)


「……すまない。戦闘で興奮して我を忘れたようだ……。謝罪をさせてくれ。それから、エル選手だったね? 君が止めてくれたおかげで助かったよ。感謝する。……このはいずれ返すよ」


 スターリンはエルへ謝罪と感謝を伝えてはいるが、エルは気がついていた。スターリンには怒りと殺意しかないと。


「……気にするな。あれほどの戦いの後だ。そういうこともある」


 そうして、フィッツは担架で医務室へと無事に運ばれる。カイとアルベインはフィッツを心配して医務室へと付き添った。しかし、事態はこれだけではすまなかった。スターリンのあまりな行動に審判から異論が唱えられる事態になる。


 ついには、審判団による緊急協議が開始される。


「失格にするべきです!」


 鼻息を荒く訴えるのは、スターリンに押しのけられた審判の一人だった。そして他の審判も同様の意見を言う。


「同感です。彼の行動は目に余る。試合中や試合後の発言も問題です。どうみても平民を見下している」

「全くだ。しかも、彼の問題は今回が初めてではありません。前回の大会では人を殺めています。失格ではなく。今後の大会も含めて彼は出場停止処分にするべきです」


 多くの審判がスターリンを糾弾するが、そんなスターリンを弁護するかのような者が現れる。それは審判の中で一番の年上で審判長の地位を与えられている人物だった。


「なるほど、皆の意見はわかった。しかし、少し感情的になっているのではないかな? 確かにスターリン様……いや、スターリン選手の行動は許されるものではない。だが、前回の大会についての違反に関していえば処分はもう終わっている。今回の件に前回の件を持ち出すのはいかがなものか」

「そ、それは、そうですが……」

「それに、スターリン選手は言っていたではないか。『我を忘れた』と、つまり言動に関しては本心ではなく。戦いに夢中になり偶発的に起きた事故と考えてもよいのではないか?」


 審判長の進言を受けて他の審判は考える。審判長の言葉にも納得できる部分はあると。だが、納得できない部分もあった。


「確かに審判長の仰られることも考えられますが、戦いの度に我を忘れるのであれば失格が妥当ではないかと――」

「いや、それは乱暴な意見だ。そういった行動が起こる前に我々が止めればいいだけの話だ。幸いなことに今回はエル選手のおかげで事故は未然に防げたのだ。なら事態を大きくするのではなく押さえるのが必要ではないかね?」


 審判の多くは複雑な表情を浮かべる。話し合いはまとまらず混迷をしている。そんな状況を察した男がいた。観客席のビップルームで試合を観戦していたサイラス一番の貴族アルベルト・ヴェルトだ。


 ◇


(何をしているのだ? どうやら面倒なことになっているようだな……。仕方がないここは私が――)


 アルベルトが事態を収めようと動き出そうとすると。示し合わせたかのように何人かの貴族がアルベルトへ声をかける。


「おや? アルベルト卿。どちらへ行かれるのですか?」

「……これは、ムスルフ公。事態を収拾させるために動こうと思います」

「いやいや、アルベルト卿。落ち着いて下さい」

「なぜですか? マール伯」

「簡単ですよ。話し合いをしている審判長は私やムスルフ公の推薦した人物でしてね? 多くの大会を経験しているベテランです。ちゃんと管理をしてくれますよ」

「……しかし――」


 アルベルトが異論を唱えようとするとすかさず他の貴族も口を出し始める。


「それにですよ? これは平民の大会です。貴族である我々が口を出せば、入らぬ軋轢あつれきを生みかねませんよ?」

「確かに!」「仰る通りです!」「まさに、まさに!」


 周囲からの声にアルベルトは辟易へきえきしていた。


(……全く。考えなしの貴族どもが……。正直に言ったらどうだ。ただ王都の貴族であるデイン家に恩を売りたいと! ……こんな者達が民を守る貴族だから王国が疲弊するのだ。王都にいる民の苦労が目に浮かぶ……。私の想像を超える苦しみなのだろうな……。だが、私がサイラスにいる限りサイラスの民を王都にいる民のような目には合わせんぞ! サイラスはヴェルト家が管理して民に平和を約束する。……アルベインに早く跡目を譲る準備も必要かもしれんな……。許せ、アルベイン。その結果、お前の夢を壊すことになるかもしれないが、私にはサイラスの民を守る義務があるんだ。そのためにお前を苦しめることになろうとも私は――)


 アルベルトの苦悩は続いた。そして、審判団の協議も終了する。結果として、審判長の進言に従いスターリンには厳重注意処分のみが言い渡される。この結果に多くの貴族が満足する。なぜなら、審判長はそんな貴族に雇われ、スターリンを失格にさせないよう命令を受けて貴族から賄賂を受け取っている人物だからだ。


 審判からのスターリン厳重注意処分に観客は、どよめき、ざわめきといった困惑の声が多く聞かれる。その困惑する多くの意見は処分に関して批判的なものだった。


「軽すぎる」「一歩間違えば人が死んでいたのに注意だけ?」「貴族は特別か!」

「公正ではない!」「媚を売るな!」「真面目にやれ!」


 そんな声で闘技場内に不満が噴出する中……、司会者が話を始める。


『おいおい! みんな落ち着けよ! みんなの意見は聞こえたぜ! どうやら決定に不満があるみたいだな。でも、考えてくれ! 二回戦で戦うのは誰と誰だ?』


 司会者の言葉に観客は考える。そして、声が上がり始める。


「あっ! カイ選手……」「そうだ。カイ選手とスターリン選手の戦い……」

「二人の戦い……。見たい!」「あぁ! 見たい!」


 観客の声を聞いた司会者も盛りたてる。


『そうだ! カイ選手だ! まだ若く、今大会が初出場だが、実力はみんなが見た通りの折り紙つき! そんな、カイ選手とスターリン選手の戦いを見たくないかー!』


 司会者の言葉に呼応して、観客は口々に叫ぶ。『見たい!』『二人の戦いを見たい!』と、そんな期待を持たせることで事態は収束へと向かった。その様子を見ていたアルベルトは満足していた。実は司会者のマイク・アルトンを雇っているのはアルベルトだった。


マイク・アルトン:オレンジの髪をしたツンツンヘアー。目は少し垂れているが、サングラスで隠している。サイラスの貴族家であるアルトン家の末弟。貴族に生まれたが、貴族家でいることに懐疑的で自由に生きたいと願っていた。そんなとき、アルベルトに出会う。そして、アルベルトの援助を受けて自分のやりたいこと。いろいろな行事の司会を行うようになる。その手腕は卓越していて、揉め事が起きそうな場面で持ち前の話術で収め事態を悪化させないように努めることに長けていた。そのため、マイクはアルベルトに信頼されている。また、マイクもアルベルトを信頼している。


(ふぅー。なんとか場は収まったか……。でも、アルベルトさん……。スターリンの行動は目に余りますよ……。このままの状態が続けばいずれ観客……というよりは民衆が怒りますよ。……でも、次の試合……。カイ選手なら、あのスターリンをぶちのめしてくれると俺は個人的に期待しているんですよねー)


 ◇◇◇◇◇◇


 闘技場内の医務室


 スターリンに敗北したフィッツが運ばれ神官から治療を受けていた。神官は白銀しろがねの館でも治療を担当しているハルルが行っている。しばらくして治療が一段落ついた時、ハルルがフィッツから離れる。すると、すぐにカイが質問をする。


「ハルルさん! フィッツはどうですか? 両腕は? 脚は? 後遺症とか大丈夫ですか? いや、それよりも命に別状は――」

「落ち着いて! カイ君!」


 矢継ぎ早に質問をするカイをハルルが制する。ハルルはカイを安心させるように笑顔で語りかける。


「大丈夫よ。フィッツ君に問題はないわ。右脚の損傷ダメージが一番の問題だけど、たいしたものね。骨には異常はない。一部筋肉の断裂があるけど、これぐらいならすぐに回復する。というより、ほとんどは回復魔法で治ったわ。まぁ、念のために一週間は安静にしてもらうけど、意識が戻れば日常生活するぐらいは問題ないわ」

「そ、そうなんですか……。良かったー」


 ハルルの説明を受けてカイはひと安心する。その様子を近くで見ていたアルベインも安心してカイに声をかける。


「良かったね。カイ君。……それから申し訳ないが私は次の試合なのでもう行くよ。あとは頼んでもいいかな?」

「あ、はい。アルベインさん。俺もすぐ応援に行きます」

「ありがとう。だが、フィッツ君についてあげてくれて構わない。大丈夫だ。私は負けないよ!」


 そういうとアルベインは医務室を後にする。そんなアルベインの背中を見送った後、カイはあることを思い出した。


「あっ! そういえば、クリエさんも休んでるのかな?」

「クリエさん? あぁ、あのハーフエルフのお嬢ちゃん? もういないわよ」

「えっ? そうなんですか?」

「えぇ。あのお嬢ちゃんは怪我をしたわけじゃなかったから、魔力を魔法で少し分けてあげたら元気に飛び出して行ったわ。……なんか『研究のヒントをもらうわよー!』って、少し興奮気味だったわ」

「は、はははは。そ、そうですか……」


 ハルルの説明を聞いたカイは乾いた笑いしか出なかった。そんなとき、カイを呼ぶ声がした。


「……カイ。いるのか……」

「うん? フィッツ? フィッツ! 良かった! 目が覚めたの?」

「嘘でしょう? いくらなんでも早すぎるわ。もう目が覚めたの?」


 フィッツの目が覚めたことにカイは喜ぶ、逆にハルルは驚愕する。そんな中、フィッツはカイに謝罪をする。


「……カイ。……ごめんな」

「えっ? なんでフィッツが謝るんだよ?」

「……俺……。黙ってた……。お前に……嫌われたくなくて……奴隷だってこと……言わなかった。……本当に……ごめん……」

「フィッツ……?」

「元奴隷なんかと……友達になんか……なりたくないよな……? 嫌われたくなかった……。それで、……言えなかった……」


 フィッツはカイへ話しながら、涙を流していた。後悔の涙、そして別れの涙を……。


「……お前を騙してた……。友達……失格だよな……? 本当に……ごめん……。……しかも、……あの子を助けることも……できなかった……。本当に……どうしようもない男だ……。俺は……。……俺は……すぐに消えるよ。……また、……旅に出る……。でも、その前に……お前には謝りたか――いてぇ!」


 フィッツの話の途中だったが、カイがフィッツの無傷である左脚を思い切りつねる。そのことにフィッツは文句を言う。


「テメー! カイ! いきなり何しやがんだ!」

「……よし! いつものフィッツだ。フィッツ! 勝手なこと言うな! なんで奴隷と友達なのが恥ずかしいんだ! それに、フィッツは元奴隷だろう? 嘘を言った? フィッツは嘘なんて言ってない。だって俺はフィッツが奴隷かなんて聞いてない。……それに、フィッツが奴隷だろうが化け物だろうが関係ないよ。フィッツはフィッツだろう? 旅に出るのは止めないけど、そんな理由で旅に出るなよ。旅に出るなら、その前にみんなで見送らせてよ。師匠、ルーア、アルベインさん、アリアさん、スー、ムー、ハルルさん。みんなは、もうお前と友達なんだから……」


 カイの言葉に驚きながらもフィッツは聞き返す。


「友達……。いいのか……? 俺は……元奴隷なんだぞ……?」

「それはさっき聞いたし、質問にも答えた。二度も同じことは言わない。でも、これだけは言ってやる。俺達はもう友達だよ!」


 カイの言葉にフィッツは涙する。しかし、そのことが恥ずかしかったのか変な言い訳を始める。


「くそ! 試合に負けた悔し涙が今になって止まらねぇー! ハルルさん! 治療してくれー!」

「残念だけど……。その症状に治療は必要ないわ。好きなだけ泣けばいいのよ?」

「くぅー! みんな……手厳しいなぁ……」


 そう言いながらもフィッツは笑顔を見せながら涙を流し続けた。


 フィッツの感情が落ち着き、身体にも問題がないことをハルルが最終確認をした。それを見届けてカイは医務室を後にしようとする。そのときフィッツがカイを呼び止める。


「……待ってくれ! カイ! お前に一つだけ伝えたいことがある」

「うん? なんだよ? また、変なことを言うなら今度は顔面を殴るぞ?」

「へっ! そんなんじゃねぇーよ。……あの子のことだ……」


 フィッツの言葉にカイは緊張が走る。あの子とは当然奴隷の少女のことだとカイは理解したからだ。


「……伝えたいことって?」

「……あの子がお前に言った言葉は本心じゃねぇ。……だから、迷うな! お前があの子を助けてやってくれ!」

「フィッツ……。聞いてたの?」

「いや、聞いてたっていうよりは聞こえちまっただけさ……。でも、俺にはわかる。あの子の気持ちが……」

「……フィッツ……。嫌なことかもしれないけど……。聞きたいことがある……。嫌だったら言わなくてもいい……」


 カイの表情を見たフィッツは軽く笑顔を見せて答える。


「へっ……。奴隷だったころに死にたかったか? ってことが聞きたいんだろう?」


 フィッツの言葉を聞いたカイは目を見開いて驚いた。聞きたかったことを見事に言い当てられたからだ。


「そんなに驚くなよ。お前の顔に書いてあったよ……。まぁ、別に驚きゃしねぇーよ。それぐらいの扱いだった。……答えとしては、死にたかった。死んだ方がましだと思って生きてた。それは……、あの子もそう思っているはずだ」


 フィッツの答えを聞いたカイは驚きもしたが、心の中では『やっぱり』と感じていた。奴隷の少女が助けを拒む理由がそれぐらいしか思い当たらなかったからだ。そして、考えてしまう。それでも、あの子を助けるべきなのかと……。そんなカイの心中を察してフィッツが話を続ける。


「死にたいと思ってはいるが……、それは本心じゃねぇ」

「……えっ?」

「本心じゃねぇーんだよ。……死にたいっていう気持ちは嘘じゃねぇ。でもな、本当に……本当に望んでいることは死なんかじゃねぇ。ただ解放されたいんだよ……。奴隷から解放されてやりたいことをやりたいんだ……」

「やりたいこと……?」

「あぁ……、それが何かは俺にもわかんねぇーけど。絶対にある。奴隷から解放されてやりたいと感じていること。願っていること。絶対にあるんだ……。……でも、それを前面に持っていると死ぬこともできなくなるんだよ……。生きることが何よりも辛いのに死ぬという逃げ道もなくしたら……。おかしくなっちまうんだよ。……だから、本当にやりたいことを心の奥底に追いやって死っていう簡単な方法を選択するんだ……。でも、絶対に願いを……何かを持って生きている。でなきゃあ、あの子はとっくに死んでいるはずだ」


 カイはフィッツの言葉を聞いて自信を持った。あの少女を救えると。


「……フィッツ。ありがとう!」


 カイは笑顔でフィッツへ感謝を伝え足早に医務室を後にする。そんなカイを見送ったフィッツは満面の笑みだった。


(……この街に……サイラスに来て良かった……。カイに会えた……。カイみたいな友達ができた……。いろんな街を旅したけど……、みんな俺が元奴隷と知ると距離を開けた……。でも、ここのみんなは違う……。しばらく……住むかな……)


 そんな笑顔で眠るフィッツをハルルも満足そうに眺めていた。


 カイが医務室を出ると、すぐに思わぬ人物と遭遇した。それは、今もっとも会いたい人物でもあり、今もっとも救いたい人物でもあった。


 そこにいたのは奴隷の少女だった。

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