第32話 奴隷の少女
サイラス近くにある林、近くには小川が流れている。そんな小川の畔でカイは横になりながら休んでいる。空を見上げていると雲ひとつない青空が広がり、そよ風が頬を軽く撫でるような清々しい陽気だ。カイの修行は全て終了して剣闘士大会まで、あと三日後となっていた。カイはリディアからの指示で、残りの三日間は修行を一切せずに休息をとるようにと言われている。休息と言われても剣闘士大会が気がかりでいたカイは気晴らしのために外へと出て時間を潰していた。
(うーん。いい天気だなぁ。本当なら修行したいんだけど、大会まであと三日だし。余計な体力を使うわけにもいかないか……。でも、本当に勝てるのかなぁ? あのアルベインさんが、一回戦で負けた大会……。どれだけの強者が来るんだろう……)
カイはまだ見ぬ敵を想像して少しナーバスになっていた。そんなとき、大きな声を上げながら何かがカイの元へと近づいてくる。
「おーい! カイ! カイ! 見ろよ! これ!」
それはルーアだった。ルーアは手に持った物体をカイに見せつける。それを見たカイはルーアを軽く睨みながら聞き返す。
「……見たけど? なんでそんなの持って来たんだよ?」
「なんだよ! もっと、驚けよ! こんなに、でっけーキノコなんだからよ! これなら、結構腹に溜まると思わねぇーか?」
ルーアは両手に持っている大きなキノコに感動していたが、カイは冷静にルーアへ真実を告げる。
「……ルーア。それは毒キノコ。食べてもいいけど、一週間ぐらいは笑いが止まらなくなるぞ?」
「何! 嘘だろう! こんな綺麗な斑点があんのに食えねぇーのかよ!」
ルーアはカイの言葉に心底驚く。逆にカイはルーアの反応に呆れていた。
(……いや、普通はキノコに斑点があったら毒を疑うんだけどなぁ。まぁ、ルーアは悪魔だし。人間の常識に当てはめたらかわいそうか……)
カイは時間があるため、ルーアにキノコについて説明しようとする。しかし、カイは人の気配を感じて動きを止めた。
「……これは」
「あん? どうしたよ? カイ」
カイはルーアの言葉には答えずに周囲の気配を探る。すると、離れてはいたが複数の人間の声が聞こえた。内容まではわからなかったが、なんとなく言い合いをしていると感じたカイは声の方へと急いで向かう。そんなカイにルーアは後からついていく。
◇
少女は一人歩き続ける。命令通りに馬車の後を歩いていたが、当然のようにどんどんと離された。もう、馬車の痕跡すらわからなかった。しかし、少女は普通の人間とは違うため、わずかな痕跡や匂いで馬車の後をなんとかついて行けた。だが、ほとんど休まず、食事もとらずに移動しているために速度は落ちる一方だった。そのため、少女は水だけでも飲もうと水の気配を探る。そして、川があることがわかると川まで急いで歩いた。川を見つけると少女はすぐに水を飲んだ。それだけだが、少女にとっては久しぶりに口に何かを入れる行為だった。水分をとり終えた少女は、すぐに馬車を追うつもりだったが疲労も限界だった少女は自分の意思とは無関係に倒れるように眠りについてしまう。
その数時間後に少女を荒っぽく起こす者が現れる。目つきや顔つきの悪い戦士風の男が五人だった。その男達は、少女を見つけると面倒そうに近づき少女を起こそうとする。しかし、少女から発生する異臭に腹を立て、感情のままに少女を蹴り飛ばす。
「ごほ! ごほ!」
「チッ! たく! くせーな! クソ!」
少女は蹴り飛ばされ一瞬だけ意識を取り戻してむせ込むが疲労が強く再び意識を失う。少女を蹴り飛ばした男に仲間の男が注意をする。
「おい! 止めとけ! そいつを下手に傷つけたら、俺達がスターリン様に殺されるぞ!」
「へっ! 大丈夫だよ。こいつに余計なことをしゃべるなって言えばいいだけだ。それに、わざわざ探しに来てやったっていうのに気持ちよさそうに寝てる。こいつが悪いんだろうが!」
男の言葉に、仲間の男達は無言だが同意する。それを確認した男はさらに少女へ暴行を加えるために近づいて行く。
「全く! 甘やかすからこうなるんだ! 今から俺がスターリン様の代わりに躾をしてやんよ!」
そういうと男はさらに少女を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされた少女は、木に思いきり叩きつけられる――その寸前に少女は突如として出現した青年に抱きかかえられる。それは、カイだった。
◇
突然の闖入者に男達は驚くが、見てみると若い男が一人だけだ。腰に剣を携えていることから旅の戦士と判断する。だが、若くまだ幼い印象を受けた男達はカイを駆け出しの戦士だろうと高を括る。余裕のある口調で男達はカイに向かって声をかける。
「悪いな、兄ちゃん。そいつはうちらの使用人なんだよ。だから、ここであったことは忘れてそのまま帰りな。それで全部が丸く収まる」
男の言葉を聞いても、カイは何も答えず動かない。男達の言葉を聞いてもカイは男達には見向きもせずに傷ついた少女を凝視していた。全く動こうとしないカイに男達は怪訝な表情になる。そして、もう一度だけ声をかける。
「おい! 兄ちゃん! 聞こえなかったのかよ! そいつは俺達の使用人なんだ。だから、そい――」
「聞こえてましたよ」
男の言葉を最後まで聞く前にカイが言葉を被せる。カイは男達に視線を向けると問いかける。
「……一つだけ聞かせて下さい。なんで、この子を蹴ったんですか?」
カイの問いかけに男達は動揺する。下手に答えると自分達の雇い主。つまり、スターリンへ迷惑をかける。そんなことをすれば、自分達の命が危険と考えた。そのため、男達はカイの問いには答えず脅しをかける。
「そんなことはどうでもいいだろう! いいから、ただ言う通りにすればいいんだよ! それとも、この人数相手にやろうっていうのか?」
男の言葉を聞いたカイは無言で少女を優しく地面に下ろす。それを見た男達は脅しが聞いたと判断する。しかし、カイは少女を下した瞬間、一気に行動へ出た。一瞬で男達の視界から消えると。それぞれの顎の先端を拳で思い切り殴りつける。カイの攻撃で男達は意識を失い数時間は起き上がることはなかった。
カイは男達を気絶させると、すぐに少女へ駆け寄り状態をみる。
(ひどい……。生傷だらけだ……。しかも、ボロボロの服に……、この臭いは……。この子……、猫か犬みたいな耳と尻尾があるけど……。もしかして、獣人なのかな……)
獣人:人の姿に似ているがどちらかというと獣に近い種族。しかし、獣とは違い人並みの知能をもつため、人の言葉を理解できる。獣に近いこともあり、獣とも会話は可能。身体能力も人間を凌駕する。しかし、獣に近いことから大抵の獣人は魔力が生まれながらに低い者が多く。魔術師の才能を持つ獣人は少ない。
カイは少女の姿を見て怒りが込み上げていたが、それよりもこの少女を何としても助けなければと考える。
本来なら、少女に対しての入国審査が必要だったが、カイが「緊急事態です!」と短く伝えたこと。カイはサイラスでそれなりに有名なこと。そして、門番の兵士へ「
「ルーさんお願いします!」
「はい! 事情はルーアさんから大体は聞きました。とにかく、医務室へ!」
こうして、少女は
――約一時間後。治療が終わり、医務室から神官が出てくる。カイは神官へ少女の容体を尋ねる。すると神官は言葉を詰まらせながら容体を説明した。その内容にカイは自分の耳を疑った。
この少女は、日常的な暴力を受けている。そのため、大小さまざまな傷があちこちに残っていること。そして、食事もほとんどとることができていないこと。そのため、栄養失調でいつ病気や最悪は死んでも不思議ではないということを伝えられる。しかし、まだ大丈夫とも伝えられた。このまま、ここで治療を行い栄養をとれば、問題なく回復すると神官のお墨付きをもらえた。回復するという、最後の言葉にカイは安堵した。
そうこうしているとサイラスの兵士達がカイの元を訪ねに来る。理由は言うまでもなく。先程、見知らぬ少女を抱えてサイラスへと入ったことだ。カイは起こった出来事を最初から説明する。すると、状況を理解した兵士は少女へと暴行を行った男五人を拘束に向かう。幸いにもカイが気絶させていたことで、男達は兵士達が到着した時にも気絶した状態だった。こうして、男五人は捕縛されることになる。これで事件は全て解決した――かと思われたが、事態はそんな単純な問題ではなかった。
翌日、カイは少女のことが気になって
「おー! カイじゃねーか!」
「あれ? フィッツ! もう、出てこられたんだ。良かったね」
「それを言うなよ……。でも、差し入れサンキューな! お前はやっぱり料理の才能もあるぜ! 俺が太鼓判を押してやる!」
「いやー、フィッツに褒められてもなぁ……」
二人はたわいもない会話を楽しんでいた。出会って一ヵ月程だが、二人は気が合うのか仲の良い親友のようだった。そんな中、フィッツはカイに頼みごとをする。
「そうだ! カイ。悪いんだけどよ? 道具屋まで一緒に来てくれねーか?」
「うん? 道具屋? 妖精の木漏れ日ってこと?」
「あっ? 妖精の木漏れ日?」
「あれ? ここの中にある道具屋だけど知らないの?」
「あぁ、そうなのか? いやー、実は俺、牢屋から出てきたばっかりでよ。まだ、サイラスのことはよくわからねーんだ。武器とか防具は問題ないけど、道具っていうのは種類も多くて、何を持っておけばいいのかよくわかんねぇーんだよ。だから、できればアドバイスを頼む!」
そういうと、フィッツはカイを拝んだ。そんなフィッツにカイは笑顔で頷く。
「いいよ。それに妖精の木漏れ日には、俺よりも頼りになる店員さんがいるから紹介するよ」
「おっ! 本当か! サンキュー! カイ! やっぱり、持つべきものは友達だな!」
そうして、二人は連れ立って妖精の木漏れ日へと向かう。
入り口には、双子の従業員スーとムーが笑顔でお出迎えをしてくれた。
「いらっしゃいませ! ようこそ! 妖精の木漏れ日へ!」
「い、いらっしゃいませ! よ、ようこそ! 妖精の木漏れ日へ!」
そんな、丁寧な双子のスーとムーへカイは挨拶をする。そして、横にいるフィッツを紹介する。
「こんにちは、スー。ムー。いつも、ご苦労様。突然だけど紹介するね。こいつはフィッツっていうんだ。まだ、サイラスに来て日が浅いから案内してるんだ。それで、二人にお願いがあるんだけど、良ければこいつの相談に乗ってやってくれない? なんか、どういった道具が旅に必要かアドバイスをして欲しいだって」
「おう! 頼む! それと、自己紹介させてもうぜ。俺は旅の拳法家でフィッツ。よろしくな!」
カイとフィッツの願いにスーとムーは満面の笑顔で承諾する。
「お任せ下さい! そういったことは私達の得意分野です! それから、フィッツさん。私は、この妖精の木漏れ日で従業員をしています。名前はスーと言います。スーとお呼び下さい。では、フィッツさん。どういった物をお探しか教えてもらってもいいですか?」
「ん? どういった物?」
「は、はい。戦いの道具なのか……。そ、それとも、回復の道具なのか……。もしくは、宿泊するための道具なのか……。あっ! ぼ、ぼくも、自己紹介します。ぼ、ぼくはムーって言います。お、同じくこの妖精の木漏れ日で従業員をしています。ムーって呼んで下さい……」
スーとムーはフィッツに懇切丁寧に説明する。そして、話を聞いたスーはフィッツの必要な物を理解した。すると、目をぎらつかせフィッツに説明を始める。その商魂は凄まじく。フィッツはスーに言われるがままに商品を買っていった。傍から見ていると騙されているように見えなくもないが、スーはちゃんとフィッツに必要で値段よりも実用性のある物をしっかりと選んでいた。その姿をみながらカイは「流石はスー」と感心していた。そこへ、後ろからカイに抱きつく人物がいた。
「カーイ君!」
「おわぁー! あ、アリアさん?」
「そうよー! もう、カイ君ったら修行ばっかりで、ちっとも遊びに来てくれないから……。お姉さん。寂しかったよぉー」
アリアはそういって、カイの頬に頬ずりをして必要以上に密着をする。その状況にカイが困惑していると突然何かが飛んできてアリアの顔面を直撃する。
「ぎゃん!」
アリアは倒れながら短く叫ぶ。アリアから解放されたカイは飛んできた物を見る。それはハリセンだった。つまり――
「……この、馬鹿姉は! 何度も同じことを言わせるんじゃねぇー!」
アリアはスーのお仕置きを受けて、いつものように床へと転がっていた。
この光景を初めて見たフィッツは、驚愕してスーに最大限の敬意を払う。一方のカイは苦笑いをしていた。そんなとき、カイはあることを思いついた。
「そうだ! スー。悪いんだけど、俺にも知恵を貸してもらえない?」
「えっ? も、もちろんです! カイさん! なんでも仰って下さい! お力になります!」
スーは一瞬驚いたが、すぐに目を輝かせながら少し興奮気味にカイの頼みを承諾した。
「ありがとう。実は昨日、ある少女を助けたんだ。命に別状はなかったけど、かなり疲労が蓄積しているようだったから、何か道具で回復させるような物ってあるかな?」
カイの言葉にスーは頷き答える。
「なるほど。そのお話は少し噂になっていました……。そうなんですね。……でしたら、こちらはどうでしょうか?」
スーは小瓶に入った液体を勧める。
「うん? これって、
カイの言葉にスーは軽く首を横に振って説明をする。
「いいえ。これは
「へー! そんなのもあるんだ!」
「はい! ……ですが、通常の
「えーっと、いくらかな?」
「金貨二枚になります」
「なるほど……。よし、スー。それを頂戴!」
「はい! お買い上げありがとうございます!」
カイとフィッツはお互いに必要な物を買い、妖精の木漏れ日を後にしようとする。そのときに、カイはスーにもう一つ頼みごとをした。
「スー……。仕事中にこんなことを頼むのもなんだけど。できれば、その子のところにスーも一緒に来てもらえない?」
「えっ? それは構いませんが。何故ですか?」
「……うん。その子は、ひどい目にあってきているようなんだ。きっと、男達から……。だから、俺が渡すよりもスーが渡してあげた方が――」
カイの言葉を聞いてスーは静かに頷き、カイの横に並ぶ。
「……大丈夫ですよ。カイさんのお気持ちはわかりました。私でお役に立てるかわかりませんが、ご同行致します」
「ありがとう。スー」
カイは笑顔でスーへ感謝を伝える。すると横にいたフィッツが泣きながら話す。
「くー! カイ! お前って奴は! 本当にいい奴だな! 俺は友として誇らしいぜ! よし! 俺もついて行くぜ!」
そうして、カイ、スー、フィッツの三人は少女が休んでいる医務室へと足を運んだ。部屋へ入るとベッドに寝ている少女、神官、そして、なぜかルーアがいた。
ルーアを見たカイは驚いて声をかける。
「あれ? なんで、ルーアがいるんだよ?」
「ふん! 別にー。たまたまだよ! 散歩してたら、ここへ辿りついただけだ」
「散歩って……。お前な……」
ルーアの言い訳にもならない言い訳にカイは苦笑いをする。ここは外ではなく
「残念だけど……。変化はないわね。余程疲労が溜まっているのか。目も開かない状態よ。でも、安心してね。昨日も言ったけど、ここからちゃんと治療をしていけば問題なく回復するから」
神官の言葉にカイは力強く頷く。そして、神官に
「あー、いたいた。あれだよ。僕の所有物はね」
「……本当に彼女を……?」
「うん? それは、そうだろう。エルフのお嬢さん? ……いや、失敬。エルフなんだから、きっと僕よりも年上なんだろう?」
ルーは金色の長髪男性からの言葉に嫌悪感を覚えているようだった。一方のカイはこの状況を全く理解できないでいた。
「あの……。ルーさん。アルベインさん。これは、一体……?」
カイの問いにルーもアルベインも顔を歪めて顔を下へ向ける。その状況を察して、口髭を生やした兵士風の男性が口を開く。
「突然の訪問を失礼した。申し遅れたが、私はこのサイラスで兵士長をしているキーンという」
「あ、俺はカイって言います」
「俺はフィッツ。旅の拳法家だ」
「私はスーです。妖精の木漏れ日で従業員をしています」
「……俺様はルーア。オメーら何しに来た?」
ルーアはいつもの軽口は叩かずに異様な状況に警戒感を強めていた。そして、キーンは医務室内にいた誰もが驚愕する説明を始める。
「……そこに眠っている少女はこちらにいる。王都の貴族であるスターリン・デイン様の所有物と判明した。よって、私はサイラス兵士長として、彼の元へその少女が無事に届けられるように同行している」
『なっ!!!!!』
医務室内にいた全ての者が驚きの声を上げる。少女を所有物と言う異常な現実と少女を物と認識しているような人間へ渡すと言う言葉に耳を疑っていた。そして、当然のように非難が飛び交う。
「そんな! この子は、意識も戻っていないんですよ! それに命の危険もあるって神官さんが」
カイの言葉に神官も声を荒げる。
「その通りよ! 今、無理に動かしたりして、この子が死んだらどうするの! 今はこの子を回復させることに集中させて!」
「いきなり出てきて、わけのわからねーことをほざいてんじゃねーぞ! 俺の拳が飛ぶ前に、この部屋から出て行くんだな!」
「わ、私は事情はよく知りませんが、こんな状態の女の子を無理矢理に連れて行くなんて問題だと思います」
「……テメー。こいつになんかしてるな……。魔力で追跡したのか?」
ルーアの問いに魔術師風の男が静かに答える。
「ほぅ、よく気がついたな。
『はぁー!!!!』
魔術師風の男が言った奴隷契約という言葉にカイ以外の四人が反応した。カイは奴隷契約のことを知らないため、反応することができなかった。しかし、カイ以外の四人からは猛烈な異論が唱えられる。
「嘘でしょう? まだ、そんなことをやっている人間がいるの?」
「嘘です! サイラスでは奴隷契約は認められていないはずです!」
「ふざけやがって! こんな小さい子と奴隷契約だと! どこの腐れ貴族だ! コラァ!」
「……そういうことか……。どおりで、こいつから変な魔力を感じるわけだ……。気に入らねぇ!」
多くの異論が唱えられ、キーン、アルベイン、ルーは険しい表情でいた。しかし、糾弾されている当のスターリンは涼しい顔で返答する。
「ふふふ。面白いなぁ。これだから、田舎者っていうのは……。しかし、ウェルド。何で余計なことを言ったんだ?」
「すみません。スターリン様。ですが、状況的に事情を説明しなければ、ここにいる者達を納得させることは困難だと判断しました」
「ふーん。そういうものか? まぁ、お前が言うなら信じるよ。お前が間違ったことは今までないからな」
スターリンとウェルドの会話の途中にフィッツがスターリンへと殴りかかる。しかし、その拳が届く前にアルベインに止められた。
「テメー! 邪魔をするんじゃねー!」
「駄目だ! 何を考えている! 彼は貴族だぞ! しかも、王都でも有数のデイン家の長男だ! そんなことをすれば君の命はないんだぞ!」
「知ったことか! こんな、ふざけたことを認める貴族も王族も俺の拳で殴ってやる!」
「くっ!」
「加勢するぜ! フィッツ! 『
フィッツとアルベインが揉み合っている隙にルーアがスターリンへ向けて
「なっ! なんで……。ぐえ!」
ルーアが困惑して、自分の手を見ているとウェルドがルーアを魔力を鎖のように変形させて拘束する。拘束後にウェルドはルーアの疑問に答える。
「残念だったな。その程度の魔法はスターリン様へ当てることはできない。スターリン様の周囲には『
「く、くそー! は、離しやがれ……」
「ルーア!」
カイはルーアを助けようとするが、魔力で捉えられているために力では引き寄せることができなかった。そのため、カイは剣を抜こうとする――
「そこまで!」
混乱した状況でキーンが声を張り上げる。全ての人間がキーンに注目することになる。
「双方ともに、意見があることは理解した。ただ、現状はその少女をスターリン様へと引き渡すことを邪魔することは許されん!」
キーンの言葉に反論しようとカイ達が口を開こうとすると、キーンは手でその言葉を制した後に話を続ける。
「だが、少女の命を危惧する君達の意見も理解できる。そこで、サイラスへいる間は私の部下とそちらの神官殿を少女につけるとういうことで、この場を収めて欲しい」
キーンの言葉にカイ達はしぶしぶだが納得しかけたが、今度は違うところから異論が出る。
「おっと。残念ながらそれは断るよ」
『――ッ!』
スターリンからの反対意見に全員が驚く。
「……スターリン様。何故です? あなたの邪魔をするわけではありませんよ?」
「ふふふ。申し訳ないが、君達のような平民の意見に従う理由なんて僕にはないんだよ? 君は言われた通りに、僕の所有物を取り返してくれればいいんだよ。わかったかな?」
スターリンの言葉でフィッツはキレた。
「ふざけんなよ! この腐れ貴族が!」
あまりの力にアルベインは押さえておくことができず、フィッツをスターリンの元へ通してしまう。そして、フィッツの拳がスターリンの顔面を捉える――寸前にスターリンは、軽やかな足取りでフィッツの拳を避ける。その動きを見たカイは理解した。
(……こいつ! 素人じゃない。というより、かなりの手練れだ……)
「全く。アルベイン。君はいつもそうだ。そんなんだから、君は前回の大会で僕に手も足もでずに負けたんだ」
『――ッ!』
スターリンの言葉にカイとルーアは衝撃を受ける。前回の剣闘士大会で、アルベインが負けたということは知っていた。そのことから、アルベインを倒したのは、そこにいるスターリンだということだからだ。
(こいつが! アルベインさんを倒した男?)
アルベインはスターリンの言葉に応えることなく。無言でフィッツを後ろから羽交い絞めにして動きを封じる。フィッツは抵抗するが、完全にロックされて動くことはできなかった。そして、ようやくアルベインがスターリンへと返答する。
「……ふん。そういうお前も変わっていないな。だから、前回準優勝だったんだ!」
アルベインの言葉に、スターリンは顔を真っ赤にして激高した。
「黙れ! 前回も僕の優勝だった。それを、お前の家がくだらない難癖をつけて準優勝に落としたんだろうが!」
「そうではない! お前が決勝で相手を死に至らしめたのが原因だろうが!」
「ふん! あんな平民の一人が死んだからなんだというのだ!」
「もういい!」
また場が混乱してきたのでキーンが声を張り上げる。
「……少女を渡してもらおう……」
キーンの言葉に神官は顔を歪める。そして、神官は最後の意見を伝える。
「……本当にいいんですね……。この子は死にかけているんですよ? ……あなたの判断でこの子は死ぬかも知れないんですよ?」
「……それでもだ。この子の所有権は、法律上はこの子自身にもない。……持っているのは、スターリン様だ……」
神官は最後に少女へありったけの回復魔法をかける。その後、キーンへ道を譲り少女を渡す。それを見たカイは剣を抜こうとするが、両手を誰かが押さえている。それは、ルーとスーだった。二人とも泣きそうな、苦痛にまみれた表情でカイの手を押さえている。そのため、カイは剣を抜くことができなかった。
「……どうぞ、スターリン様……。あなた様の所有物を確かにお返ししましたぞ」
「ふん、随分時間をかけてくれたね。これだから、田舎っていうのは……」
そんな悪態をつきながらスターリンは少女を受け取る。少女を受けった次の瞬間、スターリンは少女を床へと無造作に落とした。その場にいたスターリンとウェルド以外の人物が目を疑う。しかし、抗議の声を上げる前に少女が目を覚ました。
「……う、あ、……ここは……」
「やっと、目を覚ましたか。奴隷五号」
『――ッ!!!!!』
少女に対して、名前ではなく奴隷五号と平然と言うスターリンに全員が絶句する。しかし、奴隷五号と呼ばれた少女は平然とした様子でスターリンの言葉に対応した。
「あ、ご主人様……。……申し訳ありません……。……私は気絶していたようです……。……ご迷惑をおかけしました……」
少女はスターリンから受けた行為に文句を言うのではなく。その行動を全て受け入れ逆に謝罪をする。その光景にカイ、フィッツ、ルーアの三人は我慢が出来なくなっていた。フィッツはアルベインの手から逃れようと、あらん限りの力で抵抗をする。ルーアも不可能とはわかっていたが、ウェルドの拘束魔法である
「ふん。全くだ。まぁ、いい。じゃあ、行くぞ。……ウェルドも行くぞ? いつまでも遊んでいないでついてこい」
「はっ!」
ウェルドはルーアに
「その
「……はい。ウェルド様……」
カイ達は何もできずに、少女が
「……大丈夫……。……もう離していいよ……。……暴れたりしないから……。……でも……」
ルーとスーは、カイの言葉に従い。押さえていた手を話す。
そして、カイは叫んだ。
「くそぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
その声はスターリンの元へも届いたが、全く意に介さずにいた。そして、少女はカイの声に一瞬だけ動きを止めたが、すぐに歩きだした。
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